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余吟抄  作者: 森川めだか
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アンティーク・ローズ

アンティーク・ローズ

          


 これは僕が二番目に辛かった時の話だ。やっぱり一番目は病気の時の何年間かなんだけど、それは名前が付いてたからまだ良かったな。

北海道へ旅行に行ったんだ。大学の冬休みだか春休みに一人でね。真冬の北海道。札幌から網走へ北海道横断するんだ。

何にもなかったよ。何にもなかったから良かったんだ。心惹かれたね。強く。ここが僕のふるさとなんじゃないかっていうくらい。

親からもらったお金を散財してね。だって、タクシーじゃないと移動できないんだもの。観光地が全て雪で埋もってたよ。

一日なんて、タクシーの運ちゃんにきっと騙されたんだろうけど、前金で何万か払って、一日中乗せてもらってね。

観光地が全て雪に埋もってるから、温泉巡りしか出来なかった。けど、満たされていたな。僕は。

途中の真ん中あたり、地名はボンヤリとしか覚えてないんだけど、夏にはラベンダー畑になる所。そんなこと僕にはどうでもいいんだけど。そこに小さな店があって、冬だからドライフラワーしか売っていないんだけれども、そこに立ち寄ってね。

ドライフラワーを沢山買い込んだんだ。夏にはラベンダーが咲くなんて種みたいなものも買ってね。お母さんのために。

本当におかしいよ。

網走に着いてね。パンツが一つ足りなくなっちゃったんだな。計算違いで。

それでね、雪の道をとぼとぼ歩いてたんだな。パンツを何処かで買いにね。網走から海を見てたらね。死にたくなったね。本当に。

橋から川に飛び込んだら海で死ねるかななんてね。

事故ってことで済まされるだろうけどさ。

どうして僕が死んだかなんて誰も知らない。

それでも僕はとぼとぼ歩いてたんだな。

その頃僕は、僕の処女作となる小説を書いたばっかりで、いろいろ辛い目にもあったから、疲れ切っていた。

ずっと涙を堪えていたようなもんなんだ。

それがいよいよ限界に来てね。

「頑張ったな・・。もう充分、頑張ったよ・・」って、一人で呟いて、涙が出てきたんだな。

泣かなかったけど、泣いたよ。

それを今でも思い出すんだな。強く。

それで、どっかのドラッグストアでパンツを買って、温泉に行ったんだ。

それで、女満別空港で飛行機に乗ってまた帰って来たってわけ。

それだけなんだけどさ。

おかしいのは、そんな感じだったのに、その時にはもう、新しい小説のビジョンらしきものを持ってて、書き始めてたってことなんだな。ノートに書いてたんだ。凄い勢いでね。

生きる力と、それを諦める力が、相互に作用し合ってたってことかな? それが思い出に残っているんだ。

それからしばらくして、北海道の警察から電話がかかって来てね。無事に携帯電話は戻って来たよ。バスで落としたらしい。

それから、何だか僕はもっとドライフラワーが欲しくなってね。ドライフラワーを買った店に電話して、何本か注文したんだ。そこに立ち寄った時には買わなかったんだけど、「アンティーク・ローズ」っていうドライフラワーが印象に残ってて、その名前も覚えていたから、注文した。

もう一回、真冬の北海道に行きたいな。思い出すために。夏なんかには行く気しないね。

そんな思い出は淡雪が如く、消えないで残っているんだな。

辛い辛い出来事や時代は、消えろ、消えろ、って思っているから思い出さないけど、こういう記憶は消えないで、心の奥底にまで届いているもんなんだな。

だから君も、辛い時は一人旅をお薦めするな。

でも死なないで戻って来るんだよ。その為の一人旅なんだからさ。


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