土日ヒーロー
土日ヒーロー
幕は開かれた。
さあ、ハッピーエンドの始まりだ。
「レッド!」
「ブルー!」
「グリーン!」
「ピンク!」
「ヒーロー戦隊! オーバーヒーロー!」ワアワアワアと拍手。
作原由はこの仕事を始めてから、蝉の声にも色々あることを知った。
土日だけデパートの屋上で始まるこのヒーローショー。
他は役者を目指してたりするが、由はただのバイト感覚だ。
時給が破格なのもいい。
夏休みとなったら大入りだが、今は冬だから、そんなでもない。子供と母親がたまに来ることぐらいだろう。たまにヒマそうな父親。
由はマスクを被った中から見た目で、子供だけ一人立っているのに気付いて不思議に思った。それもちっとも面白そうじゃないのだ。
ただ見ている。由も目の端で捉える度、少し不思議にただ思うだけ。
今日も怪獣が無事に倒され、ハケる。
「作原くん」
由は裏で日給をもらって一息ついていた。
「あ、サインももらっとく? おじさん、サインペン持って来るからね」
監督がどっか行った。
出て来たのは、あの子だった。
たまにこういう事があるが、子供一人とは初めてのことだった。
「何?」つっけんどんに由は日給を隠しながら言った。正直なところ、子供は扱いにくい。
喜びそうなところで、喜んでくれないのが子供だ。すぐ駄々をこねるし。
「ちょっといいですか」子供は利発そうな声で外を指す。
「サインじゃないの?」由も立ち上がる。
「ちょっと・・」と、子供は先に外に出てしまう。
寒風吹きすさぶ真冬の外。
子供はテケテケと先に行ってしまう。
「何よ?」由はちょっと小走りになっても一度聞いた。
「ここじゃ、ちょっと・・」と言って、子供はエレベーター乗り場の有る中に入って、自動販売機の横のベンチに座った。
由が座るのを待っている。俯いて。
由は仕方なしに横に座った。
「お母さんが誘拐されたの」
「は?」
「警察には報せるなって」
「いやいやいやいや、ちょっと話が見えない・・」
「お父さんが誰か連れて来いって。誰でもいいから」
「え? 何で?」
「そう指示されたから。お父さんはずっと電話の前」
「え? 何で俺なの?」
「グリーンだから」
「そういう意味じゃなくて・・」
「ピンクは女の人だし、レッドとブルーは目立ち過ぎるし、思い当たるのグリーンさんしかいなくて・・」
いいトコついてるねとも、警察呼んだら? とも言えなかった。
「俺達は夢を売るのが仕事なんだよ。そんな現実手に負えないよ」
「何その言い草」
「言い草って・・。難しい言葉知ってるな」
「とにかく、家まで来てよ。ね? お願い。お願いします」
「チッ」子供は甘えるのも上手だ。
「何か買ってやろうか?」由は自動販売機の前に立った。
「悠長なこと言ってないで、来てよ」子供は腕を引っ張る。
「お前のお父さん何? 国語教師?」
安藤家具店。寂れていて、今はシャッターが閉められている。
「儲かるの? ここ・・」
「そんなに・・」
裏に回って勝手口から入る。
「武夫! 武夫か!?」
「武夫君から話は聞きました。話だけは」
「あ、じゃ、あなたが・・。私、安藤伸夫と申しまして、・・家内が・・」伸夫は泣き出した。誰かに話して緊張の糸が途切れたんだろう。
「まあ、お父さん。まずは落ち着きましょうよ。僕らが焦ってても仕方ない」伸夫と武夫と由は膝を突き合わせて座った。
「で、犯人の要求は?」
「金です。3000万用意しとけと」
まあ、そりゃそうだろな、と思った。
「で、そもそもなんですが、何故私がここに居るんでしょう? 武夫君に聞いても要領を得ず、・・」
「犯人が第三者を間に立たせろ、と。そう言うもんで」
伸夫はこの寒いのに冷や汗をかいている。
「犯人からの電話は?」
「これまでに二本。また誰か来たら電話しろと」
「電話番号分かってるんですか!?」
「はい。しかし、勝手に連絡したら殺すと・・」伸夫は冷や汗を拭う。
「じゃ、僕が電話してみましょう」
「ありがとうございます! あ、こっち押したら、ね? これがリダイヤル」
「はいはい」
プルルと呼び出し音が数回、くぐもった声が出た。ハンカチでも口に当ててるんだろう。
「あ、もしもし? 私、作原由と申しまして、第三者」
「助かる。余計な駆け引きしないですむからな」
「ヨリ! ヨリは無事なのか!?」隣で伸夫が叫ぶ。
「ヨリ? ヨリって、ああ、依子さんのことね。そちらにいらっしゃる依子さんは無事ですか?」
「そうじゃないと駆け引きになんないだろ」
駆け引きしたくないって言ったのはお前じゃないか。この間抜け。
「無事だって」
伸夫と武夫はほっと胸を撫で下ろす。
「金は用意できたんだろうな?」
「金は?」
伸夫がコクリコクリと肯き、向こうのナイロンバッグを指差す。心なしか指も震えているようだ。
「用意はしてある」
「あんたの携帯電話の番号教えろ。それからはそっちにかける」
由は自分の携帯番号を告げた。
「明日、もう一度かけ直す」
「明日とかもう一度とかっておせっかいよ」
「え?」
「ちょ、ちょっと、待っててくれ、頼む・・」モゴモゴとあっちで話す声が聞こえる。
「どうしたの?」武夫が心配そうに覗く。
「あっちで一悶着あったらしい」由は電話の向こうに耳を澄ませる。
クドクドと説教されているような雰囲気だ。
「お前の母ちゃん、もしかして気強いか?」武夫に聞いた。
「うん」
「今日にしなさい。明日死んじゃうかも知れないんだから」聞こえる。
「も、もしもし?」
「もしもーし」
「今日。今日だ。いいな?」
「分かった。計画は?」
「今夜、大川に来い。ガソリンスタンド寄りのところだ」
「今夜って何時だ?」
「ん? ああ、そうだな、・・8時頃だな。着いたらまた連絡してくれ。こっちから連絡してもいいが」
「いや、こっちからするよ」
「そうか? ま、じゃ、そういうことで。・・よろしく」
「よろしくどうぞ」
電話が切れた。
由は大川のほとりに来ていた。武夫も付いて来ていた。多分、大丈夫だろうとの判断からだった。
「お前の母ちゃんなー、犯人に説教してたぞ」
「お母さんらしいや」
「犯人もビビってた」武夫も笑う。
「平たい石探すんだぞ」
「どうして夜なんだろう?」
まだ夕暮れ。二人で水切りをして過ごした。
「姿見られたくないんだろ」
「何にする?」自動販売機の前。
「コーンポタージュ」
「やっぱり子供だな」
「お父さんがよく買ってくれるんだ」
由はあったかい缶コーヒーにした。
「いつも煙草を吸っている王様は誰だ?」
「横綱だろ」
ガッカリしている武夫を見て、「やっぱり子供だな」と由は笑った。
「無人島に持って行くなら何がいい?」
「コーヒーか煙草か迷うね」
武夫はコーンポタージュの粒を取ろうと、底をポンポンと叩いていた。
「大人になったら煙草吸うようになれよ」由は武夫の額を軽くポンと叩いた。
「大人になったら、僕ね、お母さんの言う通りにする。僕、わがままだから。お母さん、出て行っちゃったかと思った」
夜が暮れてゆく。
「由さんのお父さんとお母さんは?」
「もういないよ」
「そう・・。ごめんね」
「お前はもっと子供になれ」由はもう一回武夫の額を叩いた。
「もういいか? それ」
「取れないんだ。もうちょっとで・・」武夫は指でほじくり出そうとしている。
「またお父さんに買ってもらえ」由は残念そうにしている武夫から缶を受け取り、ちゃんと自動販売機の横に据えられているゴミ箱に落とした。
「誰が拾うんだろうね。これ」
「どこにでも働いてる人はいるんだよ」
「由さん、手温かいね。女の人みたい」
「ヒーローだからな」
「でも、グリーンでしょ?」
「このタコ!」
月を見ていたら、携帯電話が鳴った。
「出ろよ」
「僕でいいの?」
「母ちゃんだろ」
「もしもし? お母さん? ・・違うみたい」携帯電話を渡された。
「もしもし」
「何考えてんだ、あんた」
「依子さんは?」
「それよりも、子供連れて来るなんて聞いてないぞ」
「いいじゃないか」
「依子さんにはさるぐつわを噛ませてる。タオル」
「電話に出るくらいいいだろ」
「ちょっとだけだぞ」
「・・いいから、離しなさいよ! 武夫?」
「あ、今代わります」
ホレ、と渡す。
「お母さん? うん。元気だよ。お父さんは来てない。泣いてたよ。・・うん。・・うん。・・ごめんね。・・うん。大丈夫。はい。分かった。・・じゃあね、あっ、今代わるね」
ハイ、と渡される。
「あの通り、元気だろ?」
「無事なんだな。じゃあ手筈通りに」
「あ、ああ・・。川の中に大きな岩があるだろ? その、橋の下。マークがしてある。赤いインクでな。そこの中に金が入ったバッグごと置いてくれ。その手に持ってるのがそれだろ?」
どうやら対岸にいるようだ。
双眼鏡でも使っているのだろうか?
由はナイロンバッグを高く上げてみた。
「よし。じゃあ、それを置いたらすぐに去れ。俺らが金を取りに行って、確かめてから依子さんを渡す。それでいいだろ?」
「俺に言われてもな」
「ま、まあな・・。俺らも早いとここの人から離れたい。よろしく頼む」
「うん。じゃあ、分かった。そうする」
「じゃあな」
電話が切れた。
携帯電話をポケットに入れながら、「お腹空かないか?」と武夫に聞いてみた。
武夫は首を振った。
「もうすぐ帰れるからな」と言って、由はいきなり服を脱ぎ始めた。
「な、何するの?」武夫がギョッとして聞いた。
「今から、お前の母ちゃん助けに行くからよ」パンツ一丁になった。由が脱ぎ散らかした服を武夫が集めていた。
寒い。
由はズボンのポケットにあったライターを武夫に渡して、「焚き火、用意しといてくれ」と頼んだ。
武夫は肯いた。
「どうして助けてくれるの?」
「ただの暇潰し」
足先が水に入ると、頭の芯までキーンときた。思わず目をつぶった。
思い切って、ザブザブと進んでいく。
腹まで来ると、ナイロンバッグを頭の上に持ち上げて、とにかく橋の下を目指した。
もう歯の根も合わないくらいに口の中が震えている。
それでも笑ってみる。
「ヒエー、これみんな水か?」
由はガチガチ言いながら呟いていた。
「マジかよ。寒中水泳かよ」
岩が足に当たった。
「狭い舞台だな」
ようやく橋の下の岩場まで這い上った。
こんなに震えて。
「こんなのステージでもなかったのに」
岸でボッと小さな火が昇った。
武夫が上手くやったらしい。
帰りもこれかよ。
あった。赤いマークの円の中にナイロンバッグを置く。手を振る余裕も無くて、今度は走って川の中に入った。
流れに流される。
死んでしまう。
「武夫。武夫」と呟いていた。
火がみるみる内に大きくなっていく。
「由さーん」武夫が手を振っている。
一気に泳いで、岸に上がった。
「まず、体拭いて。由さんの服、温めておいたから」武夫が脱いでくれたのだろう、自分のTシャツを使って、由の体を拭く。
「早く、早く。死んじゃうよ」
幽霊みたいに震えながら焚き火の側に転げた。武夫の言ったようにきちんと畳まれた服が焚き火に当たっていた。武夫がその中からダウンを取って、由に被せる。
「大丈夫? ねえ、大丈夫?」
「だだだ、大丈夫。コーヒー飲みすぎたんだ。ほら、手も震えてらあ。ハハ、震えが止まんねえ」由は何故か泣いていた。
やっと手が和らいだ時、目出し帽を被った二人があの岩に上っているのを見た。
そんなのどうでもよくて、由はただ火を眺めていた。
「お母さん、どうしたのかな・・」
「さっさと行け!」声だけ聞こえた。
見ると白いワンピースだけの女が器用に石を踏んで駆けて来る。
「武夫!」
「お母さん!」武夫が駆け寄って行った。
二人が抱き締め合っていた。
由は服を着た。
すぐに依子も焚き火に当たりに来た。白い息を吐いている。
武夫もそのすぐ隣に座って、「キャンプファイヤーみたい」と言った。
「チューは?」依子が武夫に頬を寄せた。
武夫が由をチラと見て、「人の前だよ」と言った。
「誰? この人」
「第三者」
「そんな言い方無いだろ」由は言った。
「お金は?」
「銀行から借りたって」
「あんなチンピラども、すぐに捕まるわよ」依子が憤然として言った。
「お父さんも呼ぼっか」
「始めからそうしろよ」由は笑った。
「じゃあな」由は立ち上がった。
「由さん?」武夫が見上げた。
「家族水入らずで過ごしな」
「どこ行くの?」
「自動販売機におつりを取りに行く」
「あの・・」依子も立ち上がった。
由は笑って、武夫の頭をポンポンと撫でた。
「お大事に」
由が行こうとしたら、武夫が「由さん」と呼び止めた。
「着ぐるみピエロの回、面白かった」と武夫が言った。武夫の肩を依子が抱いていた。
「今度は見に来るんだろ?」
「まだ宿題が残ってるんだ」残念そうに武夫が言った。
「見に来いよ。今度の怪獣は手さぐりのクモだぞ」
「結末は?」
振り返って、「ハッピーエンドに決まってる」と由は笑った。
自動販売機の前まで来た。
チカチカ点滅している。
「もうクリスマスか・・」由は何となく呟いた。
十円玉を入れようとした時、指先が微かに震えて、ちょっと笑った。
「寒っ」そのまま十円玉をポケットにしまい、歩き出した。
夜空を見上げた。
月が近いな。
「こんなの人生の台本に無いぞ!」笑いながら空に叫んだ。
手さぐりのクモと闘っていると、「由さーん!」と大きな声が響いた。
それとなく見ると、安藤家族が揃って座っていた。
マスクの中で笑った。
「今日はお前が主役か?」レッドが寄って来て囁いた。
「らしいね」
「作原くん、またこの子だよ」監督が武夫一人を連れて来た。
「何だよ」由はまた日給を尻の下に隠して、とぼけた。
「ハイ、これ」ライターだった。
「ライターを返しに来てくれたの?」由は笑った。
「ありがとうって」
「舞台では客席を向かないもんだ」
「中でおしっこしなかった?」武夫は笑っていた。
「したかもな」
「どうして信じてくれたの?」
「勘かな」由は首をひねった。




