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余吟抄  作者: 森川めだか
25/25

土日ヒーロー

土日ヒーロー

       


 幕は開かれた。

さあ、ハッピーエンドの始まりだ。


「レッド!」

「ブルー!」

「グリーン!」

「ピンク!」

「ヒーロー戦隊! オーバーヒーロー!」ワアワアワアと拍手。


(つく)原由(はらよし)はこの仕事を始めてから、蝉の声にも色々あることを知った。

土日だけデパートの屋上で始まるこのヒーローショー。

他は役者を目指してたりするが、由はただのバイト感覚だ。

時給が破格なのもいい。

夏休みとなったら大入りだが、今は冬だから、そんなでもない。子供と母親がたまに来ることぐらいだろう。たまにヒマそうな父親。

由はマスクを被った中から見た目で、子供だけ一人立っているのに気付いて不思議に思った。それもちっとも面白そうじゃないのだ。

ただ見ている。由も目の端で捉える度、少し不思議にただ思うだけ。

今日も怪獣が無事に倒され、ハケる。


「作原くん」

由は裏で日給をもらって一息ついていた。

「あ、サインももらっとく? おじさん、サインペン持って来るからね」

監督がどっか行った。

出て来たのは、あの子だった。

たまにこういう事があるが、子供一人とは初めてのことだった。

「何?」つっけんどんに由は日給を隠しながら言った。正直なところ、子供は扱いにくい。

喜びそうなところで、喜んでくれないのが子供だ。すぐ駄々をこねるし。

「ちょっといいですか」子供は利発そうな声で外を指す。

「サインじゃないの?」由も立ち上がる。

「ちょっと・・」と、子供は先に外に出てしまう。

寒風吹きすさぶ真冬の外。

子供はテケテケと先に行ってしまう。

「何よ?」由はちょっと小走りになっても一度聞いた。

「ここじゃ、ちょっと・・」と言って、子供はエレベーター乗り場の有る中に入って、自動販売機の横のベンチに座った。

由が座るのを待っている。俯いて。

由は仕方なしに横に座った。

「お母さんが誘拐されたの」

「は?」

「警察には報せるなって」

「いやいやいやいや、ちょっと話が見えない・・」

「お父さんが誰か連れて来いって。誰でもいいから」

「え? 何で?」

「そう指示されたから。お父さんはずっと電話の前」

「え? 何で俺なの?」

「グリーンだから」

「そういう意味じゃなくて・・」

「ピンクは女の人だし、レッドとブルーは目立ち過ぎるし、思い当たるのグリーンさんしかいなくて・・」

いいトコついてるねとも、警察呼んだら? とも言えなかった。

「俺達は夢を売るのが仕事なんだよ。そんな現実手に負えないよ」

「何その言い草」

「言い草って・・。難しい言葉知ってるな」

「とにかく、(うち)まで来てよ。ね? お願い。お願いします」

「チッ」子供は甘えるのも上手だ。

「何か買ってやろうか?」由は自動販売機の前に立った。

「悠長なこと言ってないで、来てよ」子供は腕を引っ張る。

「お前のお父さん何? 国語教師?」


安藤(あんどう)家具店。寂れていて、今はシャッターが閉められている。

「儲かるの? ここ・・」

「そんなに・・」

裏に回って勝手口から入る。

武夫(たけお)! 武夫か!?」

「武夫君から話は聞きました。話だけは」

「あ、じゃ、あなたが・・。私、安藤伸夫(のぶお)と申しまして、・・家内が・・」伸夫は泣き出した。誰かに話して緊張の糸が途切れたんだろう。

「まあ、お父さん。まずは落ち着きましょうよ。僕らが焦ってても仕方ない」伸夫と武夫と由は膝を突き合わせて座った。

「で、犯人の要求は?」

「金です。3000万用意しとけと」

まあ、そりゃそうだろな、と思った。

「で、そもそもなんですが、何故私がここに居るんでしょう? 武夫君に聞いても要領を得ず、・・」

「犯人が第三者を間に立たせろ、と。そう言うもんで」

伸夫はこの寒いのに冷や汗をかいている。

「犯人からの電話は?」

「これまでに二本。また誰か来たら電話しろと」

「電話番号分かってるんですか!?」

「はい。しかし、勝手に連絡したら殺すと・・」伸夫は冷や汗を拭う。

「じゃ、僕が電話してみましょう」

「ありがとうございます! あ、こっち押したら、ね? これがリダイヤル」

「はいはい」

プルルと呼び出し音が数回、くぐもった声が出た。ハンカチでも口に当ててるんだろう。

「あ、もしもし? 私、作原由と申しまして、第三者」

「助かる。余計な駆け引きしないですむからな」

「ヨリ! ヨリは無事なのか!?」隣で伸夫が叫ぶ。

「ヨリ? ヨリって、ああ、依子(よりこ)さんのことね。そちらにいらっしゃる依子さんは無事ですか?」

「そうじゃないと駆け引きになんないだろ」

駆け引きしたくないって言ったのはお前じゃないか。この間抜け。

「無事だって」

伸夫と武夫はほっと胸を撫で下ろす。

「金は用意できたんだろうな?」

「金は?」

伸夫がコクリコクリと肯き、向こうのナイロンバッグを指差す。心なしか指も震えているようだ。

「用意はしてある」

「あんたの携帯電話の番号教えろ。それからはそっちにかける」

由は自分の携帯番号を告げた。

「明日、もう一度かけ直す」

「明日とかもう一度とかっておせっかいよ」

「え?」

「ちょ、ちょっと、待っててくれ、頼む・・」モゴモゴとあっちで話す声が聞こえる。

「どうしたの?」武夫が心配そうに覗く。

「あっちで一悶着あったらしい」由は電話の向こうに耳を澄ませる。

クドクドと説教されているような雰囲気だ。

「お前の母ちゃん、もしかして気強いか?」武夫に聞いた。

「うん」

「今日にしなさい。明日死んじゃうかも知れないんだから」聞こえる。

「も、もしもし?」

「もしもーし」

「今日。今日だ。いいな?」

「分かった。計画は?」

「今夜、大川に来い。ガソリンスタンド寄りのところだ」

「今夜って何時だ?」

「ん? ああ、そうだな、・・8時頃だな。着いたらまた連絡してくれ。こっちから連絡してもいいが」

「いや、こっちからするよ」

「そうか? ま、じゃ、そういうことで。・・よろしく」

「よろしくどうぞ」

電話が切れた。


由は大川のほとりに来ていた。武夫も付いて来ていた。多分、大丈夫だろうとの判断からだった。

「お前の母ちゃんなー、犯人に説教してたぞ」

「お母さんらしいや」

「犯人もビビってた」武夫も笑う。

「平たい石探すんだぞ」

「どうして夜なんだろう?」

まだ夕暮れ。二人で水切りをして過ごした。

「姿見られたくないんだろ」


「何にする?」自動販売機の前。

「コーンポタージュ」

「やっぱり子供だな」

「お父さんがよく買ってくれるんだ」

由はあったかい缶コーヒーにした。

「いつも煙草を吸っている王様は誰だ?」

「横綱だろ」

ガッカリしている武夫を見て、「やっぱり子供だな」と由は笑った。

「無人島に持って行くなら何がいい?」

「コーヒーか煙草か迷うね」

武夫はコーンポタージュの粒を取ろうと、底をポンポンと叩いていた。

「大人になったら煙草吸うようになれよ」由は武夫の額を軽くポンと叩いた。

「大人になったら、僕ね、お母さんの言う通りにする。僕、わがままだから。お母さん、出て行っちゃったかと思った」

夜が暮れてゆく。

「由さんのお父さんとお母さんは?」

「もういないよ」

「そう・・。ごめんね」

「お前はもっと子供になれ」由はもう一回武夫の額を叩いた。

「もういいか? それ」

「取れないんだ。もうちょっとで・・」武夫は指でほじくり出そうとしている。

「またお父さんに買ってもらえ」由は残念そうにしている武夫から缶を受け取り、ちゃんと自動販売機の横に据えられているゴミ箱に落とした。

「誰が拾うんだろうね。これ」

「どこにでも働いてる人はいるんだよ」

「由さん、手温かいね。女の人みたい」

「ヒーローだからな」

「でも、グリーンでしょ?」

「このタコ!」


月を見ていたら、携帯電話が鳴った。

「出ろよ」

「僕でいいの?」

「母ちゃんだろ」

「もしもし? お母さん? ・・違うみたい」携帯電話を渡された。

「もしもし」

「何考えてんだ、あんた」

「依子さんは?」

「それよりも、子供連れて来るなんて聞いてないぞ」

「いいじゃないか」

「依子さんにはさるぐつわを噛ませてる。タオル」

「電話に出るくらいいいだろ」

「ちょっとだけだぞ」

「・・いいから、離しなさいよ! 武夫?」

「あ、今代わります」

ホレ、と渡す。

「お母さん? うん。元気だよ。お父さんは来てない。泣いてたよ。・・うん。・・うん。・・ごめんね。・・うん。大丈夫。はい。分かった。・・じゃあね、あっ、今代わるね」

ハイ、と渡される。

「あの通り、元気だろ?」

「無事なんだな。じゃあ手筈通りに」

「あ、ああ・・。川の中に大きな岩があるだろ? その、橋の下。マークがしてある。赤いインクでな。そこの中に金が入ったバッグごと置いてくれ。その手に持ってるのがそれだろ?」

どうやら対岸にいるようだ。

双眼鏡でも使っているのだろうか?

由はナイロンバッグを高く上げてみた。

「よし。じゃあ、それを置いたらすぐに去れ。俺らが金を取りに行って、確かめてから依子さんを渡す。それでいいだろ?」

「俺に言われてもな」

「ま、まあな・・。俺らも早いとここの人から離れたい。よろしく頼む」

「うん。じゃあ、分かった。そうする」

「じゃあな」

電話が切れた。

携帯電話をポケットに入れながら、「お腹空かないか?」と武夫に聞いてみた。

武夫は首を振った。

「もうすぐ帰れるからな」と言って、由はいきなり服を脱ぎ始めた。

「な、何するの?」武夫がギョッとして聞いた。

「今から、お前の母ちゃん助けに行くからよ」パンツ一丁になった。由が脱ぎ散らかした服を武夫が集めていた。

寒い。

由はズボンのポケットにあったライターを武夫に渡して、「焚き火、用意しといてくれ」と頼んだ。

武夫は肯いた。

「どうして助けてくれるの?」

「ただの暇潰し」

足先が水に入ると、頭の芯までキーンときた。思わず目をつぶった。

思い切って、ザブザブと進んでいく。

腹まで来ると、ナイロンバッグを頭の上に持ち上げて、とにかく橋の下を目指した。

もう歯の根も合わないくらいに口の中が震えている。

それでも笑ってみる。

「ヒエー、これみんな水か?」

由はガチガチ言いながら呟いていた。

「マジかよ。寒中水泳かよ」

岩が足に当たった。

「狭い舞台だな」

ようやく橋の下の岩場まで這い上った。

こんなに震えて。

「こんなのステージでもなかったのに」

岸でボッと小さな火が昇った。

武夫が上手くやったらしい。

帰りもこれかよ。

あった。赤いマークの円の中にナイロンバッグを置く。手を振る余裕も無くて、今度は走って川の中に入った。

流れに流される。

死んでしまう。

「武夫。武夫」と呟いていた。

火がみるみる内に大きくなっていく。

「由さーん」武夫が手を振っている。

一気に泳いで、岸に上がった。

「まず、体拭いて。由さんの服、温めておいたから」武夫が脱いでくれたのだろう、自分のTシャツを使って、由の体を拭く。

「早く、早く。死んじゃうよ」

幽霊みたいに震えながら焚き火の側に転げた。武夫の言ったようにきちんと畳まれた服が焚き火に当たっていた。武夫がその中からダウンを取って、由に被せる。

「大丈夫? ねえ、大丈夫?」

「だだだ、大丈夫。コーヒー飲みすぎたんだ。ほら、手も震えてらあ。ハハ、震えが止まんねえ」由は何故か泣いていた。

やっと手が和らいだ時、目出し帽を被った二人があの岩に上っているのを見た。

そんなのどうでもよくて、由はただ火を眺めていた。

「お母さん、どうしたのかな・・」

「さっさと行け!」声だけ聞こえた。

見ると白いワンピースだけの女が器用に石を踏んで駆けて来る。

「武夫!」

「お母さん!」武夫が駆け寄って行った。

二人が抱き締め合っていた。

由は服を着た。

すぐに依子も焚き火に当たりに来た。白い息を吐いている。

武夫もそのすぐ隣に座って、「キャンプファイヤーみたい」と言った。

「チューは?」依子が武夫に頬を寄せた。

武夫が由をチラと見て、「人の前だよ」と言った。

「誰? この人」

「第三者」

「そんな言い方無いだろ」由は言った。

「お金は?」

「銀行から借りたって」

「あんなチンピラども、すぐに捕まるわよ」依子が憤然として言った。

「お父さんも呼ぼっか」

「始めからそうしろよ」由は笑った。

「じゃあな」由は立ち上がった。

「由さん?」武夫が見上げた。

「家族水入らずで過ごしな」

「どこ行くの?」

「自動販売機におつりを取りに行く」

「あの・・」依子も立ち上がった。

由は笑って、武夫の頭をポンポンと撫でた。

「お大事に」

由が行こうとしたら、武夫が「由さん」と呼び止めた。

「着ぐるみピエロの回、面白かった」と武夫が言った。武夫の肩を依子が抱いていた。

「今度は見に来るんだろ?」

「まだ宿題が残ってるんだ」残念そうに武夫が言った。

「見に来いよ。今度の怪獣は手さぐりのクモだぞ」

「結末は?」

振り返って、「ハッピーエンドに決まってる」と由は笑った。


自動販売機の前まで来た。

チカチカ点滅している。

「もうクリスマスか・・」由は何となく呟いた。

十円玉を入れようとした時、指先が微かに震えて、ちょっと笑った。

「寒っ」そのまま十円玉をポケットにしまい、歩き出した。

夜空を見上げた。

月が近いな。

「こんなの人生の台本に無いぞ!」笑いながら空に叫んだ。


手さぐりのクモと闘っていると、「由さーん!」と大きな声が響いた。

それとなく見ると、安藤家族が揃って座っていた。

マスクの中で笑った。

「今日はお前が主役か?」レッドが寄って来て囁いた。

「らしいね」


「作原くん、またこの子だよ」監督が武夫一人を連れて来た。

「何だよ」由はまた日給を尻の下に隠して、とぼけた。

「ハイ、これ」ライターだった。

「ライターを返しに来てくれたの?」由は笑った。

「ありがとうって」

「舞台では客席を向かないもんだ」

「中でおしっこしなかった?」武夫は笑っていた。

「したかもな」

「どうして信じてくれたの?」

「勘かな」由は首をひねった。



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