少ないけど
少ないけど
僕の名前はリンネ・クランク。本名だ。アンネ・フランクみたいだろ?
今、ペン・リーディングという筆名で小説を書いている。
僕はこの作品の主人公に自己を投影しているから、まだ何を書くのか分からない。
これから書く物語が、きっと僕自身のことになるだろうって予感はしてるんだよ。
だから、主人公は僕自身でなければならないし、僕も主人公自身でなければならないんだ。
前置きはさておき、何作目かのこの作品、幾度も途中で投げ出した作品ばっかりだけど、この小説だけは完成させるつもりだ。
そうはいっても、分からない。
僕は生来、努力は嫌いでね。
俳優になろうとしたこともあって、劇団にも入ったよ。
でも、誰かと一緒にしていることが馬鹿らしく思えるんだ。
集団行動が苦手でね。どうしても。
仲間意識が乏しいってところだろうね。
天才肌だから、人ともうまくやれなくてね。
すぐ辞めたさ。
けどね、いつも鏡を見る度に、「いつか、大物になる」って、鏡が言っている気がするんだ。
言い忘れたね。僕は現在17歳だ。未来は大きく開けてる。でも、生きにくさは感じるさ。
人は、「若い頃は失敗を恐れずに何でもトライするべきだ」と言うようだけど、それは違うんじゃないかな?
むしろ、そう言われるべきは、もう何もすることがなくなった退屈な老人なんじゃないか?
若い頃は確かにトライする力は持ってるさ。けどね、人生において失敗を取り返すのは、大変な労力と時間を必要とするものだよ? 若い頃にそれは酷な話ってもんだよ。
そういう意味でも、おとなしく家で小説を書くことは有意義なことだよ。誰にも邪魔されないし、迷惑にもならない。そしてトライしていることにも、一応、なるしね。
まあ、他人のざれ言はさておき、自分は自分の思うように生きるしかないんだ。結局のところね。そうじゃないと、後悔が残るだろ? どんなに言い訳しても、その後悔は人生の中でくすぶり続け、人生をただの燃えかす、灰にしてしまうんだよ。
それに結局、自分の思うように生きられなかったなんて、寂しい話じゃないか。
そんな話、誰が聞いて喜ぶんだい? ありえない話だよ。
天才とはね、生まれながらにして、ある境地に達しているんだよ。それが孤独なんだよ。
精神の高尚さ。それが必要なんだな。多分。
天才は生まれながらにしてそうなんだ。だから寂しさは当り前さ。それで狂っちゃう人も稀にいるけどね。
努力は才能に優るって言う人もいるけどさ、また他人の意見で申し訳ないけど、そういう秀才ってのは、ある意味、孤独じゃないんだよ。
だから、人間臭いんだ。
僕はそういうの嫌いだね。余りに言い訳じみてて。憐れな気分になる。
天才は天才でいいんだ。それしか生きる道はありえないんだよ。
他の世間一般の、まあ、いわゆる凡人だね。そういう方々は他に幾らでも生きる道はあるんだ。逆に言ったら、それは幸せなことかも知れないね。
僕には分からないけど。
僕は僕自身、天才で良かったと思ってる。
ただ一つ難儀なのはセンシティヴ過ぎることなんだ。
例えば、誰かと話をする。それが何事もなく終わる。それだけで僕は傷付くんだ。
やるせない気持ちでいっぱいになる。
ところでね、僕は、ある出来損ないの作品の中で、登場人物の一人にこう言わせたんだ。
「人生は一冊のノートにしか過ぎない。けれどね、それに何を書くかは君自身なんだよ」とね。これはある意味、真実を射抜いてるんじゃないかと、我乍らにそう思うんだよ。
それに限らず、僕は、真実しか書かないことにしているけどね。
けど、これはちょっと厳し過ぎるね。
自分で書けることなんて、僅かばかりのことだよ。ままならないことが多々ある。それを運命と呼ぶのさ。
君は僕を、夢の世界にいると思っているね?
もっと人間、自由になっていいんじゃないかって思うんだよ。少なくとも、精神面でね。
今、君は息苦しくないかい? 生きにくさを感じていないかい?
もし感じているとしたなら、それは自由に気付いていないからなんだよ。
何かに気付くことは、とっても易しいことから、とっても難しいものまである。
人は、誰しもという訳じゃないけど、その易しいものに捕らわれて、難しいものまで辿り着けないのさ。
本当の真実ってものは、複雑だけど当り前のことなのさ。
何も僕は全智者ではないよ。
でも、ほんの少し、時間があるだけさ。
人間は卑小な生き物だよ。神に比べたらね。
人対人の不平等を唱えるよりも、神と人の不公平を論じるべきだと思うな。僕は。
僕は神を信じてるよ。根っこからね。生まれながらに信じてるんだ。
何故かって言うと、答えられないね。
生まれながらだからね。何となく・・かな。感づいてるとでも言うのが適当だろうか。
無神論者ってものが、本当にいるとしたら、その人は単に神に気付いていないだけなんだよ。
神の存在は、人間がいくら知恵を絞っても、人類が破滅しても、証明は出来ないだろうね。いくら難しい数式を使っても、ね。
人智を超えたものは、感じるしかないんだ。
それしかないんだよ。
だから、僕はあまり人というものを信じない。
限界があるからね。
人間が残せるものがあるとすれば、それは芸術だよ。
これまで神の存在とか色々と言ってきたけど、なにも僕は全て信じ切っているわけじゃないんだ。
特に、天地創造の件。あれはどうかな? と思うね。
僕は進化論の方を今は信じている。
一日やそこらで、生き物たちを創造するよりも、何億年もかけて、少しずつ進化していって今の生き物たちがいる。その方がよほどダイナミックじゃないか。その方が神の行いにふさわしいよ。
まぁ、ただの昔話だよ。
まぁ、突き詰めると、過去と未来はいずれにしても無なんだけどね。
ここで一つ、エピソードか何かしようか。
ありふれているけど、僕の初恋の人の話だ。
それは僕が12歳の頃・・。
その頃の僕はマセてたのかどうか知らないけど、年上の人にばかり、魅力を感じていた。
しかし、僕がある時本当に恋したのは、僕と同じ歳のマリーという女の子だった。
知り合いの家で、結婚式だか何だかで、ホームパーティーが開かれてね。それに僕の家族も招待されたってわけさ。
それで、出会ったのがマリーなんだ。初めはとても愛くるしい目をした女の子だなって、思った。大きな瞳をキラキラクルクル回して、好奇心と知性に溢れていた。
僕はとたんにその子が気になり出した。でも、僕はシャイでね。
とうとう、その子には声もかけられずじまいだった。それは愚か、僕のシャイは筋金入りでね、僕はそのパーティーの間中、その子から身を隠すように行動していたんだ。きっと、目が合ったり、見られたりすると、僕は気恥ずかしくて、たまらなくなるだろうと思ったんだよ。
マリーっていう名前を聞いたのも、パーティーが終る直前だった。僕はオレンジジュースを片手に持ちながら、その子の言動を遠くからチェックしていたんだ。すると、その子の友達が「じゃあね、マリー。またね!」と言ったのを聞いたんだ。
それが出会いってわけさ。二人の出会いというよりも、一人の出会いだね、こんな場合。
それから、僕の片想いが始まった。マリーが通っていたのは僕と違う学校で、女学校だったんだ。頭が良いので有名なね。いわゆるお嬢さん学校。
そこから僕に、マリーという世界ができたんだよ。
その内にね、マリーも僕のことを悪く思ってないようだよという噂が入って来たんだよ。
僕はねぇ、ウキウキしたし不安にもなった。とにかく複雑な心境だった。
それでね、何か月かして、僕は何か嫌になっちゃったんだ。突然だと思うだろ?
まだ何も起きてないのにさ。
何だか途端に恋をしている自分が嫌になったんだよ。嫌気が差したんだ。
その頃から急に、マリーを見ても何とも思わなくなった。
それが僕の初恋さ。
これには後日談があってね。マリーが本気で僕のことを好きになったんだ。
告白しに来たよ。何人か友達を連れてね。
悲しかったよ。断るのが。
マリーは、真っ赤な顔をして最後にさよならを言った。
さよならが心臓を止めるほど、辛かった。こんな気分は初めてだったけど、これが人を傷付けることかと思った。
もう一つエピソード。
僕の家は、僕がまだ幼い頃から、白い、シェリーという犬を飼っていたんだ。
朝の散歩は父の当番だったけど、夕方の散歩は僕の当番だったんだ。
シェリーはずっと退屈だったんだろうね。綱を持って歩いてくる僕の顔を見るとちぎれんばかりに尾を振ってね。笑うんだ。口角を上げてね。何よりも素敵な笑顔だった。賢い犬でね。それきり犬は飼っていない。
よく笑う犬でね。
今も思い出すよ。僕に何のくもりもない笑顔を向けてくれたのは、あの犬だけだったんじゃないかって。
話は変わって、僕は恋ができない人間になっちまったんだよ。
ある病気にかかってね。死にかかった。九死に一生を得たんだ。
これは、遺伝性の高い病気でね。だから、僕は結婚ができないんだ。だって、結婚したら子供が欲しくなるだろ。僕はそうなるんだ。
その愛する子供に病気を苦に自殺でもされたら。・・
死ぬより辛い。そんなことは許されないことだ。
だから、どんなラブソングも僕には当てはまらない。
こうやって、大人になるにつれ仕方がないことが増えていく。
誰かといるから孤独になるんだね。
抑え切れない涙が、流れたことがあった。
流れた。
何だか分からないけど、その時は抑え切れなかったんだ。
きっと気弱になっていたんだね。
何で僕だけ頑張る必要があるのか? って思って、涙がこぼれてしまったんだ。
他人に言ったら、失笑されるか、怒られるかのどっちかだろうね。
皆頑張ってるんだと、口を揃えて言うだろうさ。
悲しい時には大概、「だけ」って気がするもんさ。
そもそも生きるために嫌な仕事もするって、その人の人生は何のためにあるんだい?
本末転倒だよ。
なまじ才能があるから分からないことばっかりだ。
日常、何気ない眼をしている人が、ふと、悲しそうな眼をすると、気になる。そんなことがあるだろ?
僕がそれなんだ。いつもは大きな哀しみに気付かないふりをしているけど、それに呑み込まれそうになることがあるんだな。
憐れみは受けないよ。
天才は凡人のふりはできない。凡人に天才のまねができないのと同じようにね。
僕には一つ好きな歌があるんだ。
『さよなら愛よ傷付けないで』って曲なんだけどね。
とても救いようのないさよならの歌なんだ。
だから、『さよなら愛よ傷付けないで』なんだね。
別れは繰り返すものだけど、その時が来なければ出逢いはそれと分からないものだね。
僕はそんな人の脆さが大好きだ。
幼い頃友達が、糸を付けた昆虫で遊んでいるのを見ていて、寒気がしたのを覚えている。その残酷さにね。
人間ってのは、大抵弱い生き物だけど、時たま恐ろしいほど強く見えることもある。不思議だね。
僕はどうして生まれてきたのか? 誰も答えをくれるものじゃないけど、僕は、死ぬまで神に叫びたい。
天使の寿命はどれくらいだろうね。
僕はこんな傲慢に語っているように見えるだろうけどね、言えないことがいっぱいあるのさ。
言えないことを嘘と言うのか。そうじゃないだろう?
だから、僕は卑屈な程、コンプレックスの塊なんだ。人の目も見られないほどにね。
歩く時もいつも僕は下を向いて歩く。
目が合って、自分の弱さを見透かされないためにね。
苦しいよ。
自分の目の悲しさに、自分が負けそうになる。
死んだ人が言ってた。「芸術は存在するだけでそれだけでいい」って。
僕はその時、反対したんだ。芸術は誰かに受け止められて、初めて意味を成すんだってね。
その問答の本当の答えは分からない。
けど、芸術は人間と同じような物なのかもね。
その人は、死んだけど、今も僕の心に生きている。その人の「芸術」は生涯認められることはなかったけど。
そういう意味では、その人の言っていたことは正しい。
けど、僕が死んでも、誰の心にも残らないかも知れない。だから、僕の言っていることも正しいとは思えないかい?
現実と理想っていうのは、シーソーみたいに互い違いに動くものさ。
本当言うとね、僕は迷ってばか・・・・。
僕の時計、チカチカと点滅してるだろ? これ、アラームなんだ。いいだろ?
そろそろ時間だから。
じゃあ、僕は『赤い人、運命の人々』という作品を書きにゆくとするよ。
マリーが引っ越す前、リンネは父親の酒を一口飲んだ。
シェリーも連れて。
マリーは友達に囲まれていた。
「本当言うとね、僕は迷ってばか・・」
「何?」声が小さくて聞き取れない。
「人生は一冊のノートにしか過ぎない。けれどね、それに何を書くかは君自身なんだよ」
他の友達がマリーの肩を叩いた。
「少ないけど」マリーに茶封筒を渡した。
「あんたのそういうとこ嫌い」
「誤解だよ」




