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余吟抄  作者: 森川めだか
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縁切り神社

縁切り神社

     


 仕事帰りに寄ってみた。

とある神社の謂れが気になって。

七曲交差点、通称・魔女の鼻を越えて行く。

長い階段が続いている、山の上へ。

もう、どれだけ階段を登ってきたのか、もう足もクタクタだ。

まるで一人になるために、産まれてきたようなものだ。

朱い手すりは非現実的で、どこか違う考えでものを見られる。

湿った匂い。苔むした、砂漠だ。

太陽から隠すような木々が、人の目からも、日常の現実、今までの自分からも、隠してくれる。

夕方遅く出たせいか、西陽がキツく、もっと日常から切り離されたように見える。

長い階段を、登って行くと、ボゥッと灯りが見え、鳥居が現れた。

やっと着いた、境内だった。もうとっぷりと日も暮れ、赤い灯りともる宵の口だ。

縁切り神社。

赤い光。

神社にいると沈黙が長くなる。

静かだからか。

当たり前か。

まるで誰かが黙っているみたいだ。

誰もいなかったが、それなのにけっこう有名だ。

赤い神社、さすがに異様な見栄えだった。

その横には、はしごの様なものに、幾つもの赤い紙が結びつけられている。

どうやらこの神社のみくじらしい。赤い風船を連想していた。夜道、祭り、小店、幼い時は、こんな神社に来るなど、思えただろうか。

縁は、この世に張り巡らされた、この赤い色をした縄のようなものだ。

抗がって、もがいても、そこからは立ち入れないし、出られない。

ひっぱって出てきた先が、おどろおどろしい、自分の思っていたものとはまるで違ったものであることもある。

決別だ。

愛とは少し違う赤。縁は血の色だ。

間違いも、禍いも、過ちも、憎しみも。嫉妬もだ。血に乗って流れて来る。

血に混じる色だ。

生い立ちとは、言い得て妙なもの。負って立つ。産まれた時から大きく重くなってゆく背中におぶった赤子。

ザワめく赤い風だ。

結びつけられた縄、くい込み、しめつける、果ては括られるハメになり。

その縁の縄を、ちょん切ってやらなければならない。血の縄を。

赤い、血管のような、私の四肢をしばり上げた、不自由な呪いを。

赤い、血のような戒めを。罪の色だ。恥の色だ。

己の血を呪う。

怒り、恨み、赤い目をした時、初めて気付く、濛々と自分の闇の中を流れる血の河だ。

ソロリソロリと、まるで屍を避けるかの如く、本堂へ道を歩いた。

小机に、小銭と書かれた皿、その横にも皿が有り、小銭のようなものが何枚か積み入れてあった。「五十円と一枚の紋をお取り替え下さい」と板が置いてあった。

その回毎に片付けてあるのか、五十円を入れる朱い皿は、まっサラだった。

何もかも朱く照らされていて、どうかなってしまいそうだ。まるで異世界に踏み入ったようだった。

本当は青かった、今は紫色に見える財布から、イソイソと五十円玉を取り出し、皿に置き、紋を取った。

紋と呼ばれる小銭のようなものは、あたしには分からない和風の絵、多分松かな? が彫られている。

本堂は無垢の木造りで、まるで上を見上げて口を広げ、泣いてるみたいだった。

まるで私を見ているようでもあった。私が来てるのを分かってるのに無視をしてるみたいでもあった。

ポンッと二段階段を登ると、賽銭箱の前に立った。

あぁ、ここは風が吹いてないんだ。だから静かなんだ。今頃気付いた。

迷い込むには最適の場所だ。

風が入り込まない場所。静かな風が降りて来ているような所。空のかえり路。

しばらく、ボンヤリして、それでも紋を持った。

賽銭箱に紋を投げると、朱い本堂の観音扉を隔てた奥から、自動なのか、いや、誰かがもちろん待ち受けていたのではないだろうか。

ドン、ドンと縄を切る音がする。

紋を握っていた手が、汗ばんでいた。

今、終わったのだ。気の迷いも、泣いてた奥の自分も。

まるで扉をつないで閉め切りにしていた縄が、今切れた。

そこから全てが始まるのに。まるであの本堂の閉じ込められてたのは自分だった。そんな気も、した。

朱い顔をした、朱い神社、朱い境内。もうみくじをひくのも、ためらわなかった。

末吉だ。

もう末もこりごりなのよ。と自分たちが口を揃える。

待人来る。

もううんざりなんだ。占いは、・・。

みくじを結ぶ。誰も彼も、結びつけたのだ、ここに。同じ顔をしてたのか、ふと浮かぶ。

写った顔は見知らぬ男だ。疲れきったのに、それなのに、這い上がらなければならない。

手すりにつかまりながら、降りる。夜の階段。だんだんと普通の夜の匂いも取り戻って来た。カエルの鳴き声まで、湿った草むらから嬉しげに聞こえてくる。ふと、夜を見上げて、月が正面に出ていた。林の裂け目。

縁を断ち斬った、そんな人、一人。

人生のすき間、人生の外、そんな気もする。なんか怖い。「禍」という感じが浮かんだ。

いや、そんなことはない。間違いだ。人生の全てが間違いだった。いや、・・人生の間違いが全てだったのか。

間違いを正しても、正しくなれるものであるなんて、上手く都合良く運べないことも知っている。

正しさは、天性だ。間違わない才能だ。

生き直す。こんな身近に、こんな言葉を自分が任うことがあるなんて。

これも縁か。縁はまるで、夕陽のように、こんな日突然に気付くものなのかもしれない。自然に、年老いてゆくような、黄昏を身にまとって、子供の頃、遊んだ帰り道、ふり返り、神社の裏、鳥居をはさんで、静かに沈んで行く夕陽の目を見たこともあったこともあるような気もする。

あの時隣に居たのは誰だったか。まるで黄昏に顔が隠された様に、私、一人ぼっちだ。

あの時の私、ポンと浮かぶ、不思議な、意識だった。

人生は、一つでは生きていけなかったの。夜の河に流されていくだけでは駄目だったの。精一杯だったの。分かってくれるでしょ。これでも。

少女の頃の私。そう言いたい。何もかもが変わった。あの頃と違った。

黄昏の少女の時、私は何を知っていたのか。

そう戻りかけた時、階段を降りていた時に、ふと、階段の入り口の鳥居の横に、小さな入り口、森の分け目を感じた。今はもうけもの洞のようで、昔は道だったように見る。

まるで、縁切り神社を、俯いて降りて来た人にしか見えない所だ。

私は、歩いてそこに分け入った。どうせ帰る事のない私だ。

確かに道だった。木風吹く。

少し歩いたところで、荒れ果てた階段があった。

少し下がっていく。小さなカエルの石像がある。

ふと、幻の如くに、祠が林の奥にあった。朱い。禍々しい、あの縁切り神社の朱赤さ、黒が脳裏に混じる様な色ではない。多分、これが本堂なのだろう。

直感で感じて分かった。

横には、花かごを抱えた少女、そして、釣り竿を持った少年の像が未も有った。多分、この二人は運命同士だ。

祠に近付くと、「縁基神社」とある。縁の基盤、失くした物、セミ達が飛び立つ。

蚊が血を吸い取る。

二人の神像。

紅と白。

お願いします。

ただそれだけ。

ハッとする程綺麗なアゲハ蝶。

萎れかけた蕾。

遠くで咲いている。

朱い鳥。

互い、人生は半分ずつ続いて、運命でつながるのだ。

運命の二人の像の半分はあたしだ。像に近付いたら、私の中の水色の道が見えた。

海よりも深く、私を見つける人を探したい。本当の恋人を。

自分に会える気がする。

自分はこんな森みたいに続いてるんじゃないかしら。

その先には、二人がいる。光の先へ踏み込む。手をとり合って、歩き出す。

風は私を見る。

私は久しぶりに笑った。

人間嫌いになりました。

そんな自分が嫌いです。


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