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余吟抄  作者: 森川めだか
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ユーレイクラブ

ユーレイクラブ

       


 気付いたら、海老沼(えびぬま)(なぎさ)(しじま)は光の中にいた。

「ここ、どこお?」汀が言った。

海老沼も黙も汀と同じような気持ちだった。

座っているはずのとこも雲のようでまるで実感がない。

「あたし、さっきまでひこばえ公園にいたのに・・」

「ひこばえ公園? 俺もそこに・・」

「え?」

「俺もだよ」黙が言った時、稲光がした。

「そうだ、あの時、にわか雨が降って・・」

「見て! ここ、雲の上よ」稲光がする度に地面が光る。

「じゃあ、ここは天国か・・」

「あたしたち、あのにわか雨の中で死んだって言うの?」

「雷に打たれたのさ。きっとそうさ」

「あたし、木の陰に隠れたのに・・」

「馬鹿! 木の陰が一番危ないんだよ!」

「馬鹿はそっちでしょ! 死んだからって興奮しないでよ!」

「だいたい、何でお前、チャイナドレスなんだよ」

汀は真っ赤なチャイナドレスを着ていた。

「大学のコンパで仮装バーベキューやってたの! いやらしい目でこっち見ないでよ!」汀はスリットを引っ張って太ももを隠した。

「まあ、落ち着けよ・・」黙は呆れたようにため息を吐いた。

「そもそも、ここが本当にあの世だったら、もっと人がいるはずだろ? 何で俺たち三人だけなんだよ?」

「そうよね。きっとこれから閻魔大王とか出てきて地獄と天国に振り分けられるんだわ。あたし、舌抜かれるの嫌だあ」

「正直者が馬鹿を見るだよ・・」

「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿うるさいのよ、さっきからあ!」

「待てよ。俺らの肌まだ温かい。心臓も動いてる。脈もある。死んでるならこれっておかしくないか?」

「ホントだ。ちゃんと温もりがある」汀は自分の脈を取った。

「そっか!」海老沼は膝を打った。

「俺らは仮死状態なんだよ。だからこんなとこにいるんだ。そっか。これは臨死体験なんだ」海老沼は一人で納得した。

「走馬灯も見えなかったぞ? 見逃したか」

「あの人の言う事なんか信用できない」

「何か説得力ないんだよな」

「何言ってんだよ。そうに決まってる。きっと、一人ずつ目覚めて、こんなこと覚えて、」

「いいや。そなたらは死んでおる。死にました」耳慣れないハスキーな女の声がした。

「な、い」

「誰?」

見ると、雲と雲の間から黄色い衣をまとった女が現れたところだった。

「わらわは黄泉(よみ)。この国の王だ」女は現れた玉座に座って、煙草を取り出した。

「よみのくにー。やっぱり私たち死んだんだ」汀は突っ伏した。

「うるさい娘だ・・」黄泉はため息を吐き煙草を置いた。

「私は忙しい。ビブリオ。ビブリオ」黄泉が声を掛けると、豚に似た生き物が舞台袖から現れるように、ヒョコヒョコと歩いて来た。

「以下の者をよろしく頼む」黄泉が言うと、ビブリオと呼ばれた物が何度も頭を下げた。

「手短に言う。そなたらは死ぬべきではなかった。だから、生き返る術を自分で考えるのだ」黄泉は言った。

「何、それ。どういう事」

「確かに汝らは雷に打たれて死んだ。ただ、それは単なるアクシデントだった、ということだ。」

ポカンとしている三人を見下ろして、ただ、黄泉は煙草を吸っていた。

「今、昼休みだから」

「そういう事じゃないでしょ! 間違って死んだのなら、ちゃんとあなたが責任を取って戻してよ! 戻してよ!」汀は立ち上がって叫んだ。

「だから、私は忙しいのだ。これから先はこのビブリオに任せておる。言わば、おぬしらの魂の水先案内人だ。一人ずつ雷の落ちる前に運んでやる。それからは汝らにかかっておる」

ビブリオが大きなくしゃみをした。

「ビブリオって。ちょっと、この豚が?」

「この者は彼岸と此岸を行き来するもの。敬意を表すがいい」

「馬鹿にしないでよ!」

「そっちのせいよ・・」

一人で笑っている海老沼を汀がキッと睨みつけた。

「生き返れるなら話が早い。さっさと済ましちまおうぜ」黙がドッコラショと立ち上がった。

「ホントにフワフワしてらあ」

ビブリオが鼻を鳴らして、歩き出した。

三人はその後を追った。

汀が振り返ると、黄泉は大きな欠伸をして、首を揉んでいた。


「何、ここ。真っ暗じゃない」

ビブリオに付いて来た三人は、深いぬばたまの中を進んでいた。

ビブリオが舟に脚をかけて、船首に立った。

三人も並んで続いて、舟の中に腰かけた。船は何の前触れもなしに進み始めた。

「これが噂に聞く三途の川かあ・・」

「あなたたちは運がいい」ビブリオが言葉を利いた。

「なんだ、あんた話せるんじゃん!」

「黄泉様の前ではアガってしまって・・」

「コメディアンになったら?」

「一体、生き返るってどうやるのさ? 分かり易く説明してくれよ」

「黄泉様は分かりやすく魂と仰いましたが、人の魂のことは、正しくは(すだま)といいます。まず、人が死ぬと魅が飛び出します。ボールみたいなものだと思って下さい。それをまたもう一度体に入れ込むだけです」

「入れ込めなかったら?」

「魅は勢い良く飛び出します。タイミングを逸するともう追い付けません。その時が命です」

「難しいじゃないの・・」

「もし、上手いこといったとしても、俺達、雷に打たれたんだろ? タダじゃすまないんじゃないの? 全身大火傷とか俺、嫌だよ」

「心配ありません。雷に打たれて死ぬこととあなたたちが生きる運命にあることに矛盾が生じます。そこのところは黄泉様がうまく処理して下さるでしょう」

「ねえ、あたしが死ぬ時にはモザイクかけてよ」

「黄泉様は一人ずつと仰いましたが、三人いっぺんにします」

「話が違うじゃない!」

「無茶なこと言わないで下さい。あなたたちがお亡くなりになったのは、ほぼ同時刻です。いくら何でも一人ずつしている余裕はありません」

「黄泉様に言いつけるから」

ビブリオは鼻を鳴らしたのか、ため息を吐いたのか分からなかった。

「ねえ、この海鳴りみたいなのは何?」

「ああ、これは魂の行き来です。これから黄泉に下るもの、産まれゆくものが寄せ返す波音です」

「早く煙草吸いてえ」黙が呟いた。

「もう少しの辛抱ですよ。永遠の闇から出ます」

目の前が明るくなってきた。

「これからあの時あの前のひこばえ公園に着地します」

視界が開けた。

あのにわか雨の降る前のひこばえ公園だ。

大勢の行楽客で賑わっている。

「私たちの姿は他には見えません」

「お前だけはしゃいでるじゃねえかよ」海老沼がバーベキューをしている汀を見つけて、笑った。

「何か、あたしが二人いるって、変な気分」

「ほら、曇ってきた」

暗雲が空に迫ってきた。

「それぞれ位置に着いてください」

「ねえ、魅ってどうやって戻すの? ボールみたいなものなんでしょ? それを掴んで体ん中に押し込むのよね?」

「やり方はそれぞれ。ただ、あなた方の魅は特別です。何しろ、死ぬはずなかったんですから。なので、飛び出した魅の方向をほんの少しでもあなた方の方に向かわせることができれば、魅は勝手に体の中に戻ります」

「なんだ、簡単じゃないの」汀はスキップしてバーベキューをしている自分の方へ向かった。

海老沼は張り切って、キャッチボールをしている自分の方へ向かった。

黙だけはつまらなそうに、つまらなそうに煙草を一人吸っている自分の方へ歩いて行った。

ビブリオが黙の後に付いて来ていた。

「なんだよ、あっち行けよ」

「チャンスは一度きりです」

「それがなんだよ」

「目を見れば、分かります」

「なにがだよ」

「あなたは死ぬべきではなかった。生きて下さい」

「もう何も言うな」

ビブリオは頭を下げて、また三人の見える場所にヒョコヒョコと戻って行った。

黙は自分の目の前まで来て、頭をペシッと叩いてみた。

ゴロゴロと雷の音が聞こえてきた。ベビーカーを押して母親が走る。他の行楽客も座っていたシートを頭に被せて避難していく。

汀が木の陰に隠れた。

今だ!

「今よ!」汀が叫んだ。

光った。

三人の体から魅が勢い良く飛び出す。

スローモーションになった。

「黄泉様の計らいです。早く!」

「てやんでい!」海老沼が自分の魅をキャッチし、倒れかけた自分の体めがけて投げた。

魅は引きつけ合う磁石の様に体の中に入り込んでいった。

「っしゃ! ストライク!」海老沼はガッツポーズをして、二人を見た。

汀は見当たらなかった。

黙は魅を追いかけていた。

「煙草なんて吸うんじゃなかったぜー!」と叫びながら、ヒーヒー言って必死に追いかけていた。

「ちょっとー!」汀の声が聞こえてきた。

「どうした!?」

「上よ! 上!」駆けつけて見ると、汀は必死に木によじ登っている。

「頭から上に飛び出したのよー! 聞いてないわよ! そんなのー!」

ヒュルヒュルと汀の魅は空に昇っていく。

「ビブちゃん、助けてよー!」もう汀は泣きそうだ。

「幽霊も汗かくのか」黙はやっと追いついて、魅を掴みながらハーハー言ってフラフラと自分の倒れた体に歩いていた。

「私に掴まってください!」ビブリオが空を飛んだ。

「パンツ見ないでよ!」汀が下にいる海老沼に言っている。

「ユーレイのパンツなんて誰が見るか!」

「そんな事言ってる場合じゃないだろ!」魅を体に入れ終えた黙が叫んだ。

「キャー!」汀はビブリオの後ろ脚に掴まった。

「今気付いたけど、あたし、足ないじゃない」

汀の魅はもう木の梢まで来ている。

「追い越しちゃった!」汀がビブリオの脚を引いた。

「大舞台なもので緊張して・・」

「ビブちゃん、ごめん!」汀はビブリオの両の脚を握って、フルスイングした。

ビブリオの頭に当たって、まっしぐらに汀の魅は汀の体に飛び込んだ。

雷鳴が轟く。

雨に濡れる三人。

「ハハ、ハ、俺ら生きてるぜ!」

三人は手を振り合った。

「誰? あの人たち」汀の友達が汀に聞いた。

「言っても分かんないよ」

にわか雨が止み、ジワジワとセミが鳴き始めると、空には虹が架かった。

「ビブちゃん、昇っていっちゃったねー」

「ああ・・」

「何も言わずに・・、まあ、どっかで生きてるさ」

「生きてるっていうのかなあー」

「分かんねえ」

「ああ、生けるときめき・・!」


クリスマス。

汀が海老沼の家を訪れた。

「はい、これ」

マフラーを手渡す。

「まさか、俺に・・!」

「義理よ。市販のよ。黙くんにもあげた」

家の中ではつけっ放しのテレビが流れている。

「彼女もいないの? 寂しい奴」ホホホと汀が笑う。

「お前はどうなんだよ」

「あたしはいるわよ。本命は」

「まさか黙じゃないだろうな?」

「悪いけど、あんた達二人とも全然タイプじゃないんだよね。友だちなら、そこのところ、うまく伝えて。え? あれ?」

汀がつけっ放しのテレビを指差した。

「××市のひこばえ公園で新種のブタらしき物が・・未だ捕獲されておらず・・」

「ビブちゃん!」

「あれ!?」


黙も呼び寄せて、ネットで画像を見た。

「間違いねえ」

「もうあれから半年よ?」

「大方、目を回してる内に戻れなくなったんだろ?」

「ありゃ、ホームランだったからな」

「あたしの責任だ。どうする?」

「ユーレイクラブの出番だな」


ひこばえ公園に大きな網を持った三人の姿があった。

青空。

「青天の霹靂、か・・」黙が呟いた。

「変なこと言わないでよ」

「悪い冗談だ」海老沼も笑った。

ドキドキしながら後ろから三人を見ているビブリオ。



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