16scenes
16scenes
特
僕の母と父はお見舞い結婚だった。
盲腸で入院した母を父が通い詰めたのだった。
気球性格の兄が浮いている。
「ケチな二人が残ったと」
トメスはちんばだ。
未熟児であり、過去にジフテリアに罹った後遺症から右足をひきずる。
彼は「ウィスパー」だった。
聞こえない声が聞こえる。
生体的に恵まれない特徴が、この特異な能力を呼びよせたのかも知れない。
ある日、文壇に呼び出された。
彼は文筆家だ。
これといって代表作というものはない。
二流の彼がなぜ呼ばれたのかというと「ウィスパー」だからだ。
文壇ではけっこう有名だった。
意外なことに割と招聘された。
文壇の人は皆コラージュで、秋のデザインだ。
季節先取り?
ウインドペーンのオックスフォードシャツを着ているのは僕だけだった。
僕が時代おくれなのか。
文壇の一番奥へ案内されると、一冊の本があった。
「16scenes。ミテキ先生の遺作よ」
「ミテキ先生の」
植物標本だった。
「標本ですかー」
「先生の遺した物だから何か意味があると思うけど・・」
ミテキ先生は著名な作家だった。
僕とは比ぶべくもない。
「植物には明るくないので、皆目・・」
色々な葉等がテープで貼り付けられている。
「どこにでもありそうな」
「どう? 何か聞こえる?」
「いや、まだ何も」
「とりあえず持ち帰って。くれぐれも丁寧にね」
トメスは折り畳んで収めた。
ハンド・ブックになっている。
ラッカーの匂いがする。
トメスは家に帰って弁当を食べた。
昼は母が作ってくれたお弁当を食べる。
夜食は僕が作る。
生野菜は控えめに。
その日から、有料図書のブースに通った。
出先でお弁当を食べる。
フケがオックスフォードシャツにたまっている。
植物図鑑に噛り付き。
フレスコ画やテンペラ画まで調べた。
「蝋で描く技法もあったのか」
オックスフォードシャツのボタンを外した時、ウィスパーが聞こえた。
「16トーン」
頭の中に聞こえる。
16トーン?
音階?
トメスは音符も読めない。
指を折って数えた。
「ドレミファソラシドレミファソファミレド」
何か違うような。
浅薄で格下の僕には分からなくて当たり前だ。
言「葉」?
ちんばだから歩幅が狭い。
今時の歩き方には縁遠い。
トメスは16scenesを夢の中まで持って行く。
一日が24時間なら26時間そのことを考える。
自分が小説を書く時もそうだ。
ピローケースの中に16scenesを入れて寝る。
夢の中で16scenesを広げている。
最後まで読み終えた。
「なかなかいい作品ができたね」
子供の声?
ページをまくり直す。
最初のページに文字が現れる。
見開き。
びゃくごう。
百合の群れ。
揺れている。
打ち震える。
目を覚ましたトメスは急いで画用紙に描いた。
夢は煙草の煙のように消えてしまう。
文壇のミーティング。
ホワイトボードにイメージ画がかけられている。
「いいと思います」
「大満足です」
文壇の人たちはどこか不満げだった。
「タラーン、ハーゲンダッツ買って来たよ」
バニラしか食べないから。
「冷蔵庫に置いておくね」
トメスは床に入った。
なかなかいい作品ができたね。
誰と話してる?
自分だったような。
去
ビジューをほどこした服で母は仕事に行ってしまった。
「いってらっしゃい。気をつけてね」
僕も誰かのウィスパー?
テレビ電話で詰責された。
四人のお偉方が座っていた。
「和名じゃないか!」
「本意ではありません。しかし・・」
「ショウアップ、背伸びだよ」
「僕は手弁当でやってるんですよ。それを・・」
「君はこの作品のホエー、上澄みしか分かってないんじゃないか」
「不服ですか」
「怠慢だよ」
「ではまた明日・・」
折り合いがつかないままで明日文壇に行くことになった。
爪先を切った。
トメスはもう一度読み直してみた。
一人で土曜ドラマを見ていた。
電話が鳴った。
こんな時間に。
「もし、も」
彼は受話器を置いた。
温めて
食べて下さい
お母さん
明日世界が
終わるとしても
冷蔵庫に貼った。
残ってたの?
ハーゲンダッツが半分。
トメスはガウンを脱いだ。
文壇に向かう。
現実は凍えるほど寒い。
ユニオンジャックが反旗で翻っている。
何かあったんだろうか。
足をひきひきアンダーパスに入る。
「ウィスパー、ボイス」
鼻声。
かき消える声。
僕の歯は少し欠けている。
兄の置き土産だ。
ミノタウロスほど孤独じゃないよ。
僕の本当の名前。
動物性家族。
800マイルほど歩いただろうか。
まだ誰も生まれていない石炭紀へ。
温もり。
100本の花。
パームの木が。
節足動物。
酸素が多過ぎる。
喉が詰まって涙が。
目が熱い。
涙がちょちょぎれる。父語。
涙は過去から来る。
神のいる所。
おわします。
我は背にあり。
原野にトメスの足跡が点と線になっている。
あんよが上手、あんよが上手。
ブランケットの上に仰臥した。
リタイヤ。
「だから・・」
神の藁を掴む。
道しるべ。
髪が震えてる。
きみしくて。
うつわ。
先生が書けたピーマンだった。
「愛して・・」そう言いかけて息絶える。
桜色の空。
渺茫。
幽玄の宇宙。
営々。
ゴルゴダ。
必ず帰ってくるから。
生女。
汚れなき死。
日が浅く。
木っ端微塵に弾けた。
後塵になる。
夢で生きる。
天国の神様に会ったら言いたい事がある。
「プアユー」




