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Monday⑨「力」


遠くから声が聞こえる・・・・・




『皆さんもご存じのとおり、この世界には様々な【力】が存在します。


それらは言い出したらキリがないくらい、無数の形で私たちの前に姿を現します。



しかし、多種多様な力にも分類がないわけではありません。


基本的には大きく3つに分けられます。



一つ目は【精霊魔法】といいます。


これは【精霊】と呼ばれる存在を呼び、その恵みを受けて力を発揮するという形を取ります。


そのためこの力は【借りる力】といえます。



二つ目は【魔獣】です。


これは【魔獣】と呼ばれる存在と契約を交わすという形を取ることで力を発揮することが出来ます。



そのためこの力は『共にある力』といえるでしょう。


なぜなら魔獣は猫や犬といった普通の動物と同じように生きているからです。



契約者は一生、魔獣と共にあり続けることになるわけです。



そして三つ目は【魔術】と呼ばれます。


これは前の二者と異なり、誰かの力を拝借したり、誰かと共闘したりはしません。


己に内在する力・・・・まだ謎な部分も多いのですが、自分の力のみで技を出すのがこの魔術の基本的な形です。



それでは本題に入りましょう』



『今回の基礎魔術の授業では魔術の原理と基本的な分類をお話します。



先ほど魔術は己の力にのみ依存すると言いましたが、これはあいまいな表現です。



その原理といいましょうか、大原則は【代償】を払うということです。



基本的に無から【力】を創り出すことは出来ません。


ですから己にある何かをいわば犠牲にして、有たる力を生み出すのがこの魔術の基本形式です。



その効果も威力も払う代償次第で、自由にコントロール出来ます。



当然、強大な力を出そうとすれば大きなリスクを負うことになります。


またリスクを恐れては、思いどおりの力を発揮することは出来ません。



と言っても、中々イメージが湧かないと思います。



みなさんには抽象的な概念よりも具体的な例を出したほうが分かりやすいですね。



それでは、今から私が実際に魔術をかけます。



代償は・・・・そうですね・・・・この小指の動きにしましょう。



今から術をかけている間、私の左手の小指は一切動かなくなります。



そうそう、ここで代償について補足があります。



私は今、小指の動きだけで術をかけますが、みなさんが同じ術を使用する場合は恐らくもっと大きな代償が必要になります。


これは経験と修練で代償の度合いを減らすことが可能です。



ですからみなさんもきちんと向上心を持って勉強してください。



それでは今からある生徒の動きを封じます。




・・・・白封術【ハルト】!』



ん?なんだ?



突然、違和感がオレを襲った。


ぞわっとするような感覚が全身を走った。



同時に喪失感も感じた。


今まで感じていた感触がいきなり消えてしまったのだ。




なぜ?



オレはしばらくじっと動かずに考えた。



・・・・・そうか!手が動かないんだ!



オレは自分の手がまったく動かなくなっていたことに気づくのに数秒かかってしまった。



どんなに動かそうと努力しても、どんなに力をこめて動かそうとしても微動だにしない。


まるで自分の手ではないようだった。



銀色の毛並みに乗せられたまま、オレの手はマネキンの手のように完全に固定されてしまったのだ。


そのため『もふもふ』した心地よい感覚はオレの元から逃げてしまった。




アレ?・・・・・手だけじゃない・・・・



今まで手のみに意識が集中していたため気づかなかったが、自由にならないのは手だけではなかった。


手も腕も足も体も頭も・・・・・体のあらゆる運動を行う部位が尽くその活動を止めてしまっていた。



完全にマネキン状態だった。



動かせないからまるで自分の腕が無いような感覚さえ覚え始めていた。


それどころか自分という存在が消えてしまったような気さえした。



自分の体が見えているから存在していることは理解出来る。


しかし、頭では理解できても、実感出来ない。



オレは『ここにいる』という感覚を失ってしまったのだ。



何なんだ!これは!?



オレはだんだん気持ちが重くなっていくのを感じた。



これは不安か、恐怖か・・・・そんなのどっちでもよかった。



そんな冷静な分析が出来るほど、今のオレには余裕がなかった。



ヤバい!これはピンチだ!



何とかしてこの事態を誰かに知らせなければ!


そしてこの状況からオレを解放してくれ!



オレはもがくという感覚を感じずにも、必死にもがいていた。



しかし、頭で必死に「動け!動け!」と念じても、どんなに全身の筋肉を収縮させようとしても、やはりオレの体は固まったままだった。



くそ・・・・どこも動かないのか・・・・ん?



オレは今まで意識していなかったある運動を思い出した。



そうか・・・・呼吸は止まっていない。



これはラッキーだ!



オレは心の中で腕を高らかに上げて、ガッツポーズをした。



口が動くということはもしかしたら声も出せるかもしれない。



オレは一縷の望みにすべてをかけることにした。



どうせこのままでも動けないままなんだ。


藁にでもなんでも縋ってやる!



スゥー・・・・



オレは大きく息を吸い込んだ。



そして吐き出した。声という名の音とともに。




「助けてくれぇぇぇ!!!オレから『もふもふ』を奪わないでくれぇぇぇ!!!」



くすくす・・・・・・


くっくっく・・・・・・


・・・・あっはっはっは!!!!



ガヤガヤ・・・・ガヤガヤ・・・・・・




「へ?」



オレにまだ残っていた感覚のうち聴覚は摩訶不思議な音を拾った。



聞こえるのは笑い声、しかも微かに笑う声から大声でゲラゲラ笑う声まであらゆる種類を含んでいた。



そしてオレはその笑い声の原因が自分であることに気づくのにも数秒かかってしまった。




ここはアルカディア学園中等部、2年A組の教室。



教壇にはひとりの女の先生が立っている。



地味で印象の薄い先生だが、唯一特徴をあげるとすれば、眼鏡をかけていることくらいか。


髪も服装も地味で、美人というわけでも不細工というわけでもない。



そんなどこにでもありそうな顔が、してやったりといった表情でオレを見ている。



満足感に満ち溢れている様子だった。



そして教室には席に座る数十名の生徒たちと立ち尽くすひとりの生徒がいた。



「・・・・・・?」



教室でひとり立ちあがり、他のクラスメートに笑われている。



オレは今の状況を理解できても、なぜこうなったのかがさっぱり分からなかった。



「授業中はきちんと集中しなければいけませんよ。新学期が始まって間もないのにもう五月病ですか?」



大きな眼鏡をクイッと上げ下げしながら、女先生は呆れた様子で言った。



やっぱりどこにでもありそうな地味な声だった。



この眼鏡先生・・・・えっと名前は確か・・・・・・



駄目だ・・・・印象が薄いからすぐに忘れちまう。



オレは自分の記憶力ではなく、完全に対象のほうに原因があると決めつけた。



医務室の先生の名前だったら覚えてるのになぁ。


まだ意識が鮮明でなかったオレは教室の天井を眼球だけ動かして眺めた。



どうやら視覚や聴覚といった感覚は残っているらしい。


しかし、オレが一番幸せを感じる感覚、すなわち『もふもふ』は感じられないことから触覚は駄目っぽい。



天井はこの学園の歴史を物語るように色々な染みやら汚れがついていた。



しかし、オレの眼に映っているのはそんな趣深い光景ではなかった。



オレはまだ見たことのない医務室を想像する。



この医務室の主、校医の先生は美人で有名だ。



オレはまだ見たことないけど、聞いた話ではもう『ヤバイ』らしい。



この前、体育の授業で怪我した奴がいて、すぐに医務室へ運ばれたんだ。


ただの捻挫で軽傷だったんだけど、問題はそいつが新たに重症な『病』を抱えてしまったってことなんだ。



そいつ、その日からほぼ毎日医務室へ通うようになってしまった。



別に毎日具合が悪いわけじゃない。


それなのにそいつはまるで医務室へ行くのが日課であるかのように、放課後になると医務室のドアをノックするんだ。



不思議に思った誰かが「何で毎日医務室に行くんだ?」と尋ねると、そいつは「僕はオアシスに行くんだ」なんて鼻の下を伸ばしながら口にしたらしい。



医務室=オアシスという評判は何度も耳にしていたが、その実際をまざまざと見せつけられたのはそのときが初めてだった。




この『健康なのに医務室へ通う』という症状を持つ患者をオレは『ハルマ病』って名付けることにしたんだ。



『ハルマ』っていうのは例の美人先生の名前さ。



早く見てみたいなぁ・・・・いっそのこと怪我でもしよっかな・・・・


そしてオレも『治療』してもらいたいなぁ・・・・・



・・・・って!何で『』がついてるんだよ!



別に妖しい意味なんかないからな!誤解すんなよ!




あ!怪我ならもうすでにしてるじゃないか!


顔にガリガリッとつけられた傷があるじゃないか!



この膝の上で丸くなっている子犬からもらった、エレ曰く『セクハラ』の罰はまだヒリヒリするんだ。



ヒリヒリする?


あれ・・・・触覚も回復してたのか・・・・



まあいいや。




オレは医務室の入口に立っていた。



オアシスへのドアをガラッと開けると、まずいい香りがして、目の前には・・・・・



『すいませ~ん。怪我しちゃったんですけど・・・・』



オレは顔をさすりながら、俯き加減で言う。



『あら?それは大変。すぐに私が治してあ・げ・る(はあと)』



色っぽい声で、美人校医、ハルマ先生はオレの顎に手を添える。



促されるがままに顔をあげるとそこには・・・・・



「ランス君!ランス君!しっかりしてください!今、授業中ですよ!スピカ先生が怒ってますよ!」



横から声がする。


それに眼鏡・・・・が2つ見える。



そうか『オアシス』の主は眼鏡をかけているのか・・・・・



アレ?でも学園中の男子を虜にしているという先生の名前は『ハルマ』だ。


それに『スピカ』って誰の名前だ・・・・・



「ランス君・・・・私の授業でそのような態度は許しませんよ。さあ!起きないと今度は『黒』でやりますよ!」



今度は真正面からだ。


滑らかで艶っぽい声とは程遠い、何の特徴もない声。



違う!これはオアシスなんかじゃない!




目の前に見える眼鏡。


その持ち主はオアシスの主にはまったく相応しくない顔だった。



やっと意識が現実へと回帰したオレは、目の前に立つ眼鏡№1ことスピカ先生に向かって今出来る最善の行動を取った。



「す、すいません!オレ・・・・えっと、すいませんでした!!!」



言い訳するのは効果なしと判断して、オレはひたすら頭を下げた。



その横で眼鏡№2ことトリスは「やれやれ」と言いながら、顔は面白おかしそうに笑っていた。



スピカ先生は再び教壇に戻り、授業は再開した。



「この他にも魔術には様々な種類があります。



それらを分類する上で重要なのは同じ魔術でも『白』と『黒』があることです。



先ほど私がかけた『ハルト』は白の封印術です。



従って私は『白封術』と言いました。これはその略称です。


一般的には略称を用います。そのほうが言いやすいでしょう?



この白と黒の違いは厳密に定義するのは実は難しいのです。



未だに学会でもどちらに分類するかはっきりしない術も多々あります。



ですが、みなさんはこう認識してもらえば十分だと思います」



スピカ先生は黒板に文字を書き始めた。



『白=仲間のため』

『黒=敵に対して』



「この分類で考えれば私がランス君を『敵』とは見なしていないことが分かりますね。



そして魔術には封印術の他にも、錬金術、呪術、医術など豊富な術が含まれています。



そのどれもが『白と黒』を持っています。



ちなみに私は封印術を専門にしていますが、他の術が使えないわけではありません。



今から封印術の他に魔術の中で代表的な『錬金術』、『呪術』、『医術』をお見せします。



それではランス君。もう少し付きあってもらいますよ」




ニコニコ笑みを浮かべながら、スピカ先生はオレを『指名』した。



結局、オレはそのまま魔術の教師であるスピカ=ヴァルゴ先生に、魔術の具体例を示すためのモルモットにされる破目になった。



さっきかけられたのが『白の封印術:ハルト』で、スピカ先生は自分の小指の動きを『代償』にしてオレの体の動きを完全に封じてしまったんだ。



小指の動きだけで人ひとりの体の自由を奪うことが出来るとはなんて恐ろしいんだ。


この術も、この先生も。



なんて思ったら、今度はもっと恐ろしい術を次々とかけられてしまった。



身動きできなくなるなんてまだいいほうで、幻覚をみせられたり、変な姿にさせられたりと散々な目に遭った。




どんな魔法かって?


説明するのもうんざりだよ・・・・・



しかも追い打ちをかけるようにスピカ先生はわざわざ顔の傷まで治してしまったのだ。




『最後に白の医術も見せましょう!ちょうどいい傷が『ここ』にありますからね』




オレの顔を指差しながら、スピカ先生は一瞬で引っ掻き傷を消してしまった。



クラスメートからは拍手喝采が湧きあがった。


オレも思わず「へぇ・・・・」って呟いてしまった。



確かにこの傷を一瞬で治すにはかなり技術が必要だ。



さすが学園の教師なだけはある。それは認める。



けど・・・・



普通なら怪我を治してくれた人に感謝するのはごく自然なことだ。



しかし、オレにとってこの傷はオアシスへの『鍵』だったんだ。



先生は良いことをしたつもりでもオレにとっては大きなお世話でしかない。



これで昼休みに顔の傷を口実に、医務室へ初入室しようとしていた計画がパァだ。


未知の領域へ足を踏み入れるチャンスは羽がついてどこかへ飛んで行ってしまった。




生徒たちから羨望の視線を受けて、地味な女先生は満足そうな顔でオレを見た。



「協力感謝しますよ、ランス君。でも授業中は集中しなければいけませんよ」


「分かりました・・・・すいませんでした」



謝罪と同時に顔の傷の件で「ありがとうございました」とお礼を述べた。




「どういたしまして」と嬉しそうな先生の隣で、オレはちっとも感謝してはいなかった。



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