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Monday⑦「名前」


「かわいい!」



耳にキンキン響く感嘆の声。



あまり近くで大声出されると、今のオレの頭には容赦なく響いてしまう。


もちろんその声の主には何の悪意もないはずなのだが、疲れているオレの脳髄には遠慮なくジンジンと浸み渡ってくる。



かき氷一気食いの後のキーン感に少し似ているな。




それはいいとして、ここはとある教室。



『とある』というか正確には学園の中等部2年A組。



周りにはクラスメートたちがワイワイガヤガヤとお喋りする声で溢れている。


同じ制服を身にまとった彼らは朝のホームルームが始まるまでの時間をこうして過しているのだ。



しかし、その会話の一つひとつははっきりと聞こえない。


それはオレが疲れていて耳を傾ける余裕がないためでもあるし、どうせ大した話題でもないだろうと興味が湧かないからかもしれない。



一人ひとりの声は教室内に飛び交い、合わさって、まるで見えない『霧』を作っているようだった。


どれも確かに、もやもやと耳に入る。



しかし認識は出来ても理解は出来なかった。




今、オレの中で『霧』になっていないのは目の前で、嬉しそうに子犬を眺める1人の女生徒だけだった。



「ねえ、この子どうしたの?今まで『子犬が飼いたい!』って喚いても、絶対に飼わなかったのに。もしかして宝くじでも当たったの?」



女生徒はオレが教室に来るや否やすぐに抱えていた子犬に気付き、すっかり夢中になっているのだ。



「あ~・・・・当たった・・・・と言いたいけど、実は拾ったんだよ・・・・エル・エンズで。・・・・ていうか・・・・何で宝くじが当たると・・・・オレが子犬を飼うんだよ?」



オレはまだ呼吸が落ち着きを取り戻していないため、椅子に腰かたまま途切れ途切れで覇気のない話し方しか出来なかった。



「だって子犬を飼えないのは『これ』のせいなんだっていつもぼやいてたじゃない」



エレはなぜか楽しそうに親指と人差し指で輪をつくった。



「『金さえあればオレは『ハーレム』をつくるんだ!』とも言ってたわね!」



クスッと笑いながら、エレは自分でつくった輪っかの中を覗き込んで、「こっからお金が出てくればいいのにねぇ~」と付け加えた。





・・・・・・・・




小馬鹿にされているのが手に取るように分かった。




そもそもこいつにそのジェスチャーの意味を教えたのはオレだ。



オレが日ごろからエレの言ったようなセリフを口にしながら、右手でいつも『輪っか』をつくっていたんだ。



あるときエレが「なにそれ?それってどういう意味なの?」なんて聞いてくるから、オレは「何だ、そんなことも知らないのか」ってちょっと偉そうに教えたんだ。


そうしたら、今みたいに事あるごとに、面白おかしそうにオレをからかってくるようになった。



いつもならここで反撃するところだが、いかんせん今はそんな気力がなかった。



それもそのはず。



確かに列車には間に合った。


それはそれで良かった・・・・とても。



とはいえ、『そこ』からが最も大変だったのだ。



そこまでにもけっこう苦労した気がするが、今日の『学園への旅』において一番苦労したのは、列車が目的の駅に着いてからだった。





オレが通う王立アルカディア学園の最寄り駅であり、首都ア・ヴァロンでも指折りのターミナルである『バール駅』。



列車が何本も乗り入れていて、駅ビルも大規模だ。


駅前の賑やかさもまさに国の交通機関の心臓と呼ばれるにふさわしい。



一方、オレの地元唯一の駅であるフォアブリッジ駅は寂しいことこの上ない。


駅前も閑散としていて、吹く風はなぜか少し冷たく感じる。



だからオレも学園に通うようになってからはバール駅周辺で遊ぶことのほうが多くなった。



そんな大駅から学園までは歩いても大してはかからない。


普通に定刻通り列車が到着して、普通に歩けば、普通に間に合うはずだった。



しかし、今日は残念ながら普通どおりにはいかなかった。



別に列車が事故を起こして、到着時刻が遅れたわけではない。


第一、そんな大事に巻き込まれたなら今ここでこうして呑気に座ってなんかいられない。



「起こしてくれりゃあ、いいのによ~・・・・あの婆さん。それにあのクソ犬・・・・」



オレは抱えた子犬の体をさすりながら、恨みがましく呟いた。



相変わらず『もふもふ』した銀色の毛並みは極上の感触をオレに提供してくれた。


この感覚さえ味わっていれば何だか大抵のことなら許せるような心境になる。



ははは、どんな罪も許そうぞ・・・・・なんて、神や仏みたいだな。


でもそれくらい幸福で満たされた気持ちになるんだぁ~・・・・・



さすが子犬LOVE症レベルⅤ。


末期患者は伊達じゃない!



オレは感謝の意味を込めて、子犬の小さな頭をやさしく撫でると、小さな声で「きゅ~ん♪」と返ってきた。



頬が緩んで何だかくすぐったいぞ!


あははは、もう婆さんもあのクソ犬もどうでもいいや!




そんなわけでオレはもう今朝のことをこれ以上深く考えるのは止めにしようとした。


何だかんだで朝のホームルームには間に合ったし、こうして幸せを満喫出来るわけだし。



それに今は体力の完全回復と幸せの享受にすべてを集中したほうがいい。


そう思ったんだけど・・・・・




残念ながらそれはすぐに頓挫してしまった。



オレが独り言のつもりで言った小言を目の前の女生徒は耳聡く聞いていたからだ。


すぐに「あの婆さんって、誰のこと?それに『クソイヌ』?もしかしてこの子のこと?」と銀色犬を指差しながら質問を投げかけてきた。



どうしよっかな・・・・・



正直言って答えるのも面倒だったが、答えないとこいつはしつこいからな。



オレは一回「ふぅ~・・・」と息を吐いた。



「今日、オレが列車に乗った時に向かいに婆さんが座ってきてさ。その婆さん、オレが・・・・って、子犬LOVE症末期のオレがこんな愛らしい宝石犬を『クソ』呼ばわりするわけないだろ!なぁ~♪」



オレは子犬に思いっきりすりすりと頬ずりしてから、まず今朝、列車にて相席したあの黒服の老婆(?)のことを話した。


といってもよく考えたら、そいつについてほとんど知らないけどね。




なぜ(?)がつくのか。


それはその老婆が本当に『人生の先輩』なのか確信できないからだ。



その黒服老婆(?)は年寄り口調で話す割に、幼い少女のような声をしていた。


でも幼い声質の割にはどこか成熟した雰囲気を出していた。



顔は見えなかったからどうしようもなかったが、直観というか第6感というか、そのときはそう感じたことだけははっきり覚えている。



「起こすっていうのはどういうこと?」



当然ながら女生徒はオレの回答ですべて理解するはずも納得するはずもなかった。



「オレ、車内で眠っちゃってさ。色々あったからさ。で、バール駅に着いてもすぐには起きなかったんだ。そんで気づいたら周りは誰もいなくてさ・・・・ヤバかったんだ」



オレはその後ここまでたどり着く場面を思い出すと、再び大きく息を吐いた。



「つまりその婆さん、眠ってるオレを無視してさっさと下りちまったんだ」



オレは同意が欲しくて「酷いだろ?」と付け加えた。


そして女生徒の顔をやっと真正面から見た。




エレイン=イースト=ファウスト。




目の前にいる女子生徒の名前だ。


やたら長いだろ。



でもこれがこいつの本名だからな、しょうがないんだよ。


だからオレはいつも『エレ』と呼んでいる。


みんなもそう呼ぶといい。




こいつ、エレは一言で言えばオレの幼馴染だ。


ガキのころに色々あって、あいつとは付き合いが長いんだ。



エレの特徴は綺麗なブロンドの髪をセミショートに切り揃え、笑顔がとてもやさしくて、才色兼備、クラスで、いや学園で一番の美少女・・・・・




なんてね!


実はこれ、オレの友人の弁なんだ。



ちょっと、いや、かなり褒めすぎだよな。



オレに言わせりゃぼぉ~・・としてるただの小娘なのに。



まあ、あの笑顔はある意味『兵器』かもしれないけどな・・・・・



そしてもう一言付け加えるとしたらこいつはいわゆる『お嬢様』なんだ。



それもただの『お金持ち』なんかじゃ、収まりきらないくらいの超、超、超といくつも『超』が舞うような家の生まれなんだ。



何たってこの国で5指に入る有力貴族『イーファス家』の一人娘だからな。



そのイーファス家は首都ア・ヴァロンの東地区に屋敷を構えているんだけど、これが屋敷なんて甘っちょろい言葉じゃ表せないくらいデカイ!


むしろ城だな、あれは。



余りにもデカ過ぎて、エレ本人ですら未だに知らない場所が多々あるらしい。



オレもガキの頃は屋敷や庭を探検したけど、やっぱりというか当然というか、何度も迷子になったなぁ。



エレなんか未だに敷地内で迷子になることがあるらしい。


その度にイーファス家中が大騒ぎになって、総出で大捜索が始まるんだ。



そのときはまるで天変地異や世界の終りが来たかのような緊迫感と切迫感が家中に蔓延していた覚えがある。



徹底捜索の末、エレが見つかったときのメイドやボディガードたちの顔といったら・・・・・


本当に嬉しそうだったな。



まるで自分の子供や恋人と同じくらい、いやある意味それ以上の愛情をエレに注いでいるんだと、当時のオレは少し羨ましく感じたっけな。




・・・・・・・・



少し、思い出しちゃったな・・・・・



今、オレの目にはあのドデカイ屋敷も大勢のひらひらフリルを身に付けたメイドも屈強な体つきのボディガードも浮かばなかった。



代わりに映ったのは・・・・・



・・・・・・・


・・・・・止めよう。



要するにオレはエレの実家にはものすごく世話になったんだ。



ガキのころの思い出を語る上でイーファス家は欠かすことが出来ない。


だから今でも屋敷のある東地区に足を向けて寝ることなんか出来ないし、ちゃんと実行しているぞ。



それくらい、言葉で軽く表してはばちが当たるくらいの深い恩をオレは受けたんだ。




あの頃の恩はきっと一生かかっても返せない。


仮にオレがどんなに尽くしても返せない。





だって返す相手はもう・・・・・



「それはランス、あなたが悪いんでしょ。それにそのお婆さんだってバール駅よりも前で下りちゃったかもしれないし。だから自業自得よ。間に合っただけ良かったじゃない」


「それは・・・・そうだな・・・・」



柄にもなくぼぉ~っとしていたオレは、エレにそれを悟られないように同意を示した。




もう、呼吸も落ち着いてきたし、体力も何とか持ち直してきた。


リカバリーが速いのもやっぱりこいつのおかげかな。



オレの腕の中には、すっかり元気の素となった子犬が丸くなったまま、大人しくしている。




「そんなことよりもその子犬はどうしたの?「クソイヌ」じゃないんでしょ?」



エレは顔を近づけて「いいかげん教えなさい」と凄んできた。



「はいはい、分かりましたよ。こいつは・・・・ああ、ちなみに『クソ犬』っていうのはあの野良犬軍団のボスのことな。確か名前はガルムだったかな。そいつが何もしてないのにオレを追いかけやがったんだよ。まあ、それから逃げるのに必死になってたらいつの間にか学園に着いてたってわけだ」



あれには本当に参った。


ガルムにはけっこう追いかけまわされるんだけど、それには大抵原因があるんだ。



例えばやつの尻尾を踏んだとか、縄張りに勝手に入ったとかいった原因があるはずなんだ。



だけど今朝はたまたまあいつを見かけて、オレは近づかないように避けていただけなんだ。



それなのに・・・・後ろから「ガルルル・・・・」なんて唸り声が聞こえたかと思ったらいきなり追いかっけこだもんな。




でもこのおかげでオレの中に眠っていた潜在力が開化して遅刻は免れたわけだ。


体力のすべてを犠牲にして。



「まったく不幸中の幸いっていうのはこのことだな、あははは・・・・・って、何で怒ってんだよ?」



目の前には仁王立ちでオレを睨みつけるエレ。



「・・・・・ランス・・・・」



いつもより低いトーンでオレの名前を呟くと、エレはまた無言で鋭い視線を放ち続けた。


あのとき子犬がやったような視線にも負けない迫力がそこにはあった。



「何だよ・・・・お前が聞いたんじゃないかよ・・・・何で・・・・」



「怒ってるんだよ?」と聞こうとしたとき、エレは両手をオレに差し出すポーズを取った。





・・・・・・・・・



は?



益々分からない。



オレがエレの意図することを理解出来ないでまごついているのは彼女に筒抜けだった。



エレは表情を緩め、大きく溜め息めいた、というか溜め息か、を吐くと、小さな声で一言呟いた。




「・・・・鈍感・・・・」




小さい声だったが、明らかにオレに聞かせるつもりだったんだろう。


現に聞こえてるんだからな。



オレはまだ口を開けずにいると、代わりにエレはようやくいつものトーンの声で話し始めた。


というか怒鳴り気味に語りだした。



「ランス。私はその銀色の子のことを聞きたいの。そのガムルだとかいう野良犬なんてどうでもいいの!それに私がこう両腕を前に出せば、私がその子を抱きたいんだって普通分かるでしょ!なのにすぐに話を脱線させて・・・・だからあなたは鈍感なのよ!」



散々な言われ様・・・・




オレは無慈悲な言葉を叩きつけられ、プライドにひびが入った音がはっきりと聞こえた。




「・・・・分かったよ・・・・こいつを渡せばいいんだろ・・・・だったらそう言えばいいじゃないかよ・・・・いちいち怒ることないだろ・・・・」



納得いかない気満々だったけど、エレと口喧嘩しても勝てないことは長年の経験上明らかなことだ。



今までこいつとは何回も喧嘩したけど、オレは一度も勝った覚えがない。


口でも勝てないけど、実力行使でも実は勝ったことがない。





実はこいつ、エレはむちゃくちゃ蹴りが強くて・・・・・



だから怒らせるとその『黄金の右足』でボコボコにされちまうんだ。



だからオレは決して「ガムルじゃなくてガルムな」という突っ込みはしなかった。



もし突っ込んでしまったらきっと・・・・・



『へぇ~・・・・それはごめんなさいね、ランス・・・・・!!!』



そしてオレはエレに『粛清』されるんだ・・・・・・



散々蹴りあげられたオレはそのまま医務室に直送されるわけだ。




「ケツが痛いです・・・・」って校医の先生にケツを見られちまう羽目になるわけだ・・・・




あ!でもそれもいいかも・・・・



実はオレはまだ行ったことないけど、聞いた話ではアルカディア学園医務室は通称『オアシス』って呼ばれてるらしい。



昼休みや放課後には男女問わず頻繁に通う者までいるそうだ。




なぜ病人が行くところのはずの医務室がオアシスと呼ばれているかって言うと、そのオアシスの主、つまり校医がめちゃくちゃ美人らしいんだ。



だから特に男子にとってはオアシスどころか『パラダイス』なんて言う奴もいるという。



そんな美人先生だったらきっと手厚く看護してくれるんだろうなぁ・・・・・



ギィ~~・・・・・・



オレは妄想世界の扉が開いていくのを今か今かと待ち構えていた。




「ランス!!!」



「はい!すんまっせーーーーん!!!」



やばい、やばい。


また脱線するところだった。



オレは素早い動作で抱えている子犬を持ち直し、エレに渡そうと体から離そうとした。




ところが・・・・



「きゅううう!きゅうう!・・・・」


「どうしたんだよ・・・・あ、そうかまたか・・・・」



銀色の子犬はオレの体から離れる寸前に、がっしりとオレにしがみつき、離れるもんかと主張するように唸り声をあげ始めたのだ。



こんな小さな体のどこにそんな力が宿っているのか、オレがどんなに力を入れても子犬は頑として離れようとしなかった。




参ったな・・・・




オレが悪戦苦闘しているのは目の前で子犬を待っているエレにも伝わったらしい。



怒りの刃を鞘に納めたエレは、今度は不思議そうな顔でオレと子犬を交互に見た。



「どうしたの、その子・・・・何だか怯えているように見えるんだけど・・・・」



次第にエレの顔に申し訳ない感情が見え隠れしていた。



多分、子犬を抱きたいと言った自分に罪悪感を感じているのだろう。



オレは一応フォローのつもりで「ああ、心配しなくていいよ。ここに来る時もこうだったんだよ」と告げると、子犬を再び抱き直した。



それが子犬には『お前を離したりしないよ』という意図だと伝わったのか「きゅ~ん♪」とかわいい鳴き声をあげた。



すっかり力を緩めた子犬をまた引き離そうとする気にはとてもなれず、オレはエレに「ごめんな」と片目をつむった。




「・・・・残念だけど分かったわ。でも学園に来る時もこうだったの?」



エレはそっと子犬の顔に指を近づけようとした。




「あ!それはまずいって!」


「え?」




子犬の爪の切れ味は初めてエル・エンズで出会ったときに身にしみていたから、オレは子犬をエレの指から離そうとしたが遅かった。




ガリッ・・・・・




鋭い刃はエレの人差し指から赤い液体を湧きあがらせた。



「痛い!・・・・ご、ごめんね!」



エレはすぐに子犬に謝罪の意味で頭を下げた。



・・・・・オレに謝る時は絶対にこんなことしないのに、偉い違いだな。



「悪いな、エレ・・・・実はこいつ大の人間嫌いらしいんだよ。どうもオレ以外の人間にはみんなこうなんだ。気にすんなよ・・・・」




そう、この銀色の子犬はオレを追いかけて来たくせに、人間に対して敵対心を持っている。




これがこいつに対して抱いていた2つ目の疑問だったんだけど、そういえば前回は途中で眠くなって語りそびれちまったっけ。



まあいいや、とりあえずそういうわけなんだ。



でも大変だったんだぞ、ホントに。




オレが歩いて、じゃない走っていたときに背中で「きゅん!きゅん!」と吠えたり、「きゅう~~・・・・」と唸ったりで。



しかも駅に近づくにつれてすれ違う人もだんだん多くなってくるもんだから、子犬のテンションも悪い方向にどんどんエスカレートしていく始末。



仕舞にはたまたま接触しちゃった赤の他人に『ガリッ』だもんな・・・・



あのときはかなり焦ったんだ。



でもその人はすごくいい人で「私のほうこそごめんなさい」なんて笑って許してくれたんだよ。




確かペットショップで働いてるとか言ってた気が・・・・今度、行ってみようかな。


かわいい子犬がたくさん溢れてるかもしれないしな・・・・あははは。



そのとき子犬にはきちんと注意したんだけどな、「もう勝手に吠えたり、引っ掻いたりしちゃダメだぞ」って。




オレはエレが落ち込んでいるかどうか確認しようと彼女の顔を見た。



「へえ、ほのいふははんへいふははえはお?」



エレは口に何かを含んだまま、もごもごとはっきりしない言葉を並べていた。


それはまるで奇妙な『外国語』だった。





「ゴクリ・・・・ねえ、その犬は何ていう名前なの?」



エレは何かを飲み込むと、もう一度同じ言葉を述べた。



ああ・・・・そう言ってたのか・・・・



オレはエレの難解な言語を理解しようと、回転させる準備が出来ていた頭を止めた。



「またチョコパンか・・・・相変わらず好きだなぁ・・・・」



エレは大の『チョコ好き』なんだ。


特にチョコレートを包んだクロワッサン、いわゆる『ショコラティーヌ』が大好物で、度々朝の登校中に買うらしい。



コンビニで買ってるのかと思ったら、どうやら違うらしく、この前聞いたら「おいしいパン屋さんよ♪」なんてご機嫌な顔してたな。



でも朝早くから開いてるパン屋なんてあいつの通学路にあったっけな・・・・?



・・・・・まあ、いいや。



「名前か・・・・そういえば、こいつの名前は何ていうんだろう・・・・首輪とかなかったしな。そうか、名前ねえ・・・・」



オレはまた子犬の頭をそっと撫でた。


するとそれまでの敵対心はどこ吹く風か、小さな体から唸り声も緊張も消えていた。



どうもこいつはこうされるのが一番落ち着くらしく、すぐに「きゅう~ん♪♪」なんて甘えた声を返してくる。



「そうだ!オレがこいつの『名付け親』になる!それがいい!」



オレは緩んだ表情筋と伸びた鼻の下を元に戻すと、高らかにそう宣言した。






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