Monday⑥「疑問」
「き・・・奇跡だ・・・・・ゲホッ!ゲホッ!・・・・」
やっと絞り出した一言はオレの心情から今の状況を的確にすべて表していた。
まさにミラクル。それしか言いようがない。
渾身の一言を出すと、オレの心は安心を得たものの、体は限界に近かった。
胸をズキズキと攻める激しい痛み、ゼェゼェと頻繁に行われる呼吸を抑えるため、体の動きを止めざるを得なかったのだ。
仕方がないので代わりに思考のみを回すことにした。
まずは状況整理から。
オレは今、列車内の席に腰掛けている。
そう、間に合ったんだ!良かったよ・・・・・
本当にもう駄目かと思ったけど、どうにかこうにか帳尻を合わせたというべきか、がけっぷちから生還したというべきか・・・・・
やっぱり諦めないってことは大事だよな・・・・ははは・・・・
しかもさらに幸運なことにいつもなら立って過ごすことになる車内で、今日は始めからどっかりと座っていられるのだ。
別にガラガラというわけではない。
いつもどおり朝の通勤・通学ラッシュの時間帯であり、駅のホームでは列車に駆け込むスーツ姿のサラリーマンや制服姿の学生は嫌でも目に入る。
それでも今日は若干の余裕があるのだ。
これは非常に珍しいことだった。
今日はついているかもしれない。
運命の女の子とは出会えなかったけど、体はヘトヘトだけど。
でも代わりにもっといいものをオレは手に入れたんだ。へへへ・・・・
にんまりとした顔でオレが座っているのはコンパートメント形式の一席。
隣にも向かいにも今のところ誰も座っていないが、誰が座ろうがどうでもよかった。
今すべきことは汗でびっしょり濡れた体を休めることだ。
だらんとした両足は鉛のように重く、動かすことさえキツかった。
オレは何度も深呼吸をしながらゆっくりと背もたれに背中をつけようと体を傾けた。
これでひとまず楽になれる。
ゆっくりと背中と背もたれの距離が縮まっていく。
安息の地はもう目の前だ!さあレッツラゴー!
「ん?なんだ?・・・・」
何かが動く感触が伝わり、オレはオアシスへ向かう動きを止めた。
「・・・きゅ・・・・きゅーー!」
背中に目を向けると、背負っていた鞄がわずかにガサガサ揺れ、中から必死そうな声が聞こえてきた。
「あ!しまった!悪い悪い!」
自分の体を休ませることに必死で、すっかり忘れていたが、この中には一匹の子犬が入っているのだ。
鞄を下ろさずにそのまま座ってしまったため、あやうく押し潰すところだった。
こいつは体が小さいから、もしおもいっきり寄りかかっていたら、ヤバかったな。
ぷちん!なんてかわいい音がしそうだな。
あははは、不謹慎か~・・・・
でも危ない、危ない・・・・・
「きゅん!きゅん!」
子犬は鞄から顔を出したまま鳴いた。
少しむくれた顔に見えるのは気のせいかな。
ひょっとしてオレの背中と席の背もたれにサンドイッチされそうになったことを抗議しているのかもしれない。
しかし、そんな小さい体に小さい顔、でも大きくパッチリした目で見つめられながら吠えられても少しも迫力を感じない。
それどころかそんな姿さえもかわいく見える。
こいつはオレが飼っているわけでも、誰かから預かっているわけでもない。
途中で寄り道したエル・エンズっていう地元のデカい公園で、怪我していたところを助けたらついて来てしまったというわけだ。
「よっこらしょ・・・・と」
オレは鞄を隣に置くと、子犬の脇に両手を入れた。
ひょいと持ち上げた体はやはり軽いし、それに・・・・・
気持ちいい・・・・やっぱりこの感触・温もりはたまんねぇ!
両腕に抱えられている子犬は綺麗な銀色の毛並みを持っている。
そのさわり心地は一言で言うなら『もふもふ』だ。
子犬にもいろいろな毛並みを持つタイプがいるが、オレにとって『どストライク』なのはこのふわふわでもこもこで、もっふりとした感覚をくれるタイプだ。
たださわるだけじゃなくて、頬ずりしたり、抱きしめたりしてとにかくこの幸せな感触を堪能するのが最高なんだ。
子犬にとっては揉みくちゃにされて迷惑かもしれないが、しょうがないだろ。
恨むならこんな愛らしい生き物を生み出した『神様』を恨んでくれよな。
こんなふうに子犬が好きで好きでたまらない奴をオレは『子犬LOVE症』と勝手に呼んでいる。
もちろんオレ自身もその『患者』なわけだ。
この症候群の発症条件は簡単だ。
『世界中のあらゆる生き物の中で子犬がナンバーワン!』
あ、言っておくけど『ワン』を鳴き声とかけてるわけじゃないからな。
前にも言ったけどこんなネタがギャグに分類されては世に広まっている様々なギャグに対して失礼だからな。
でもあいつだけは笑うんだよな~・・・・呆れるくらいに。
え?誰って?忘れたのか?
エレだよ!・・・・って、そういやまだ紹介してなかったっけ。
まあ焦らなくてもそのうち出てくるからさ。
とにかく子犬LOVE症の症状は子犬を愛する気持ちが抑えきれなくなってしまうんだ。
ただその症状のレベル、つまりは子犬を愛する度合いも様々ある。
子犬を見ると「かわいい」と言わずにはいられず、その姿や仕草に心がなごむ人は『レベルⅠ』だ。
子犬が好きでいつもそばに置いておくために、家で飼い、毎日話しかけている奴は『レベルⅢ』だな。
この程度ならまあ普通レベルかな。
そして子犬を見るだけで、妄想が駆け巡り、顔が緩み切り、抱いただけで世界一の幸福者のような顔になってしまう。
さらに頬ずりしたり頭を撫でたりして『もふもふ』を感じることでまるで天下を取ったような気分に浸ってしまう。
そう、まさにオレのような子犬LOVE症患者は『レベルⅤ』、もはや末期症状だ。
こうなるともう道を歩く好みの子犬を見るだけで、勝手に妄想ワールドを展開させてどんどん自分を盛り上げてしまう。
この幸せ妄想世界では、レベルⅤ患者は自分の好きな子犬に囲まれてそれはもう・・・・
・・・・っと!危ない危ない!
危うく『あっちの世界』に行くところだった。
この症状は大変に危険なんだ。
そのまま子犬の魅力にほだされて、帰らぬ人になってしまうこともあるからな。
オレは自分の膝の上に子犬を乗せた。
「きゅ~ん」と鳴いた子犬はそのまま体をくるんと丸めた。
この仕草もいいんだよな・・・・もう、いちいちかわいいなぁ!
表情をへなへなに緩ませて、オレはふわふわした毛で包まれた小さな頭を何度も撫でた。
「きゅ~ん♪」と何度も鳴く子犬はとても嬉しそうに見えた。
あははは・・・・こっちまで嬉しくなってくるな。
「それにしても・・・・」
オレは不思議な気持ちがふわっと頭を横切るのを感じた。
こんな身近に大好きな子犬がいて、その温かい体に触れ、しかも膝にはその体温が常に伝わっている。
子犬も丸くなったままで、オレがどこをさわろうとも抵抗したり、暴れたりしない。
まさにレベルⅤにとっては妄想が現実になったといってもいいくらいの状況のはずだ。
それなのに何だか腑に落ちないもやもやした気持ちが、幸せ満腹のはずの心に入ろうとしていた。
不安ではない。気になるだけなんだ。
オレが目の前の、膝の上で丸くなっている子犬の姿を単なる微笑ましい一コマに感じられなかったのは、駅に着くまで心に少しずつ湧き出ていた2つの疑問のせいだった。
1つ目はあの何ともいえない嫌な視線だ。
じ~~~っと後ろから監視されているような、それでいて遠くからじゃなくてもっと近く、それもすぐ背後から見られているような感じだった。
まるで背中にべっとりと貼りついているようにも思えた。
何かが背中におぶさって、重みすら感じるほどだった。
あれが本当にオレについてきたこの子犬のものだったのだろうか。
オレに気付いて欲しくて必死だったのは分かる。
あのとき、結局連れて行こうと決めて、一緒に走ろうとしてスタート切ったとき、子犬はまだ走れなくてその場にうずくまってしまったんだ。
そしてちょっとオレから離れてしまったわけだけど、それだけでまるで死別したかのような悲しげな表情を見せたんだから。
そうさ・・・・ありえないな、そんなこと。
こんな銀色の宝石みたいな子犬があんな背筋がゾクッとするような視線を送るはずがないし、そもそもそんな真似出来っこない。
オレは膝の上で静かになった子犬の顔を見た。
「スゥー・・・・・スゥー・・・・・」
窓からはぽかぽかした日差しが入り込み、ちょうど子犬に当たっている。
温かい太陽からの子守唄でも聞こえたのかな・・・・なんてな!
あははは!オレにポエムはちょっと合わないよな!
でもやっぱりあれはこいつのものじゃないな。
オレは自分に言い聞かせるように何度も呟き、そう思おうとした。
オレは子犬が容疑者ではない根拠を探すため、必死に駅まで駆けていたときの周囲の様子を頭に描いてみた。
あのとき通りには確かに何人かの通行人がいたが、誰ひとりとしてオレを凝視する者はいなかった。
その中をオレは走っていたんだ。
そのスピードこそ限りなく『歩く』に近いものだったけど、少なくとものんびりと歩いている連中よりは速かった。
まさかわざわざオレを追っかけてまで嫌がらせをしようとするような奴はいない・・・・・
とも限らないかもな・・・・・う~~~ん。
別にオレは好んで周りに敵を作るような男じゃないし、好き好んで喧嘩を吹っ掛けるような野蛮人でもない。
けど誤解ってやつは些細なすれ違いから生まれるものだからな。
知らず知らずのうちに誰かを傷つけて、恨まれるなんてことも十分にありえる。
そうさ、聖人君子なんてこの世にはいない。
人間である以上、万人に好かれる奴なんていない。
誰だって好きな奴、嫌いな奴はいる。もちろん程度の差はあるけど。
もし自分を神や仏みたいにすべての人に等しく優しいと堂々と誇らしげに言う奴がいたら、むしろそいつのほうが恨みつらみの掃き溜めみたいな人物だろう。
表で正義感ぶったり、やたら正論を並べ立てる輩に限って裏で何をやってるか知れたもんじゃないからな。
これは仮面。
誰だって良かれ悪かれいくつもの仮面を被っているからな。
オレだってその例外じゃないんだから、誰かに誤解を与えることだって多分あるだろう。
でも意図してそんな真似をするような人間じゃないぞ。
それは覚えておいてくれよな。
まあ売られた喧嘩は買うけどね。
でも・・・・
オレはそこまで考えてもまだ視線の正体が子犬であることを完全に否定出来る根拠は見つけられなかった。
何とか『自分に恨みを持つ者の嫌がらせ』という結論を導きたかったんだけど、どうもスッキリしない。
まあ『かわいい子犬に悪い奴はいない』という持論でもって否定してもいいんだけど・・・・
それも出来なかった。
そう出来ない根拠もまたあるからだ。
あの視線が消えたとき、オレは膝の上にいる『宝石』を抱えていた。
つまり、子犬を抱きしめるとほぼ同時にあの嫌な感覚がなくなっていたのだ。
オレを追いかけていた子犬がオレに追いついて、視線を送るのを止めた。
あの感覚を与えたのはオレに気付いて欲しかったから。
そう考えるとこの疑問はあっという間に解決する。
辻褄も合う。
普通の人ならこれで納得してこんな疑問なんかなかったかのように忘れるだろう。
でもオレはこの答えにもスッキリしないし、納得も得心もいかない。
理由は簡単だ。
この考えはさっき言ったオレのポリシーと、そして子犬LOVE症レベルⅤ患者の理念に反するからだ。
子犬LOVE症患者にとって子犬とは単なる愛玩動物じゃない。
神がこの世に生み出した『生きた宝石』なのだ。
だから特にオレのような末期症状を持つ者にとってはそこらにあるダイヤモンドだとかルビーだとかのキラキラした鉱物は単なる石ころにしか見えない。
もし目の前に10カラットのダイヤモンドと、もふもふした子犬が置いてあったらみんなならどうする?
どっちかもらっていいよと言われたらどうする?
どうせ固い石のほうに真っ先に飛びつくんだろ。
そりゃあ現実的な金額面で見れば、どんな高級な子犬でもダイヤモンドには敵わない。
桁が違うからな。
だから10人中10人が当然だとでもいわんばかりの顔で冷たい石を持ち帰るんだろう。
この世は金だけじゃない・・・・なんて考えを立派に持っている奴でもそうだろう。
でもオレたちレベルⅤは違う。
レベルⅣまでなら一般人と同様に無機質な宝石のほうを選ぶだろうが、レベルⅤは違う。ⅣとⅤは近くてもその間には大きな溝があるのだ。
そう、もしオレがその場面にいたら、「どっちかもらっていいよ」なんて言われる前に真っ先に石ころを蹴飛ばしてもうひとつの『宝石』を抱きしめるんだ。
そしてそのあとはもう・・・・・
って!だからヤバいんだって!
『あっちの世界』に行ったら本当に戻ってこれないかもしれないんだって!
フー・・・・・・
まあどっちでもいいか。
きっともうあんなことはしないと思うしな。だって・・・・・
体がなぜかほてってきた。顔も熱い。
日差しのせいかな。
・・・・・・・・
あ!えっと・・・・そうだ!
もうひとつの疑問だったよな!そうだそうだ、あはははは!
「隣、座ってもいいかのう・・・・」
「え!?あ!・・・・ああ、どうぞ・・・・・」
「すまんのう」と言いながらオレの向かいに一人の老婆と思われる女性が座った。
「思われる」なのはその判断材料がその年寄りくさい喋り方しかなかったからだ。
まあお年寄りがみんな「~じゃ」とか「~だのう」といった喋り方をするわけではないけど。
でも少なくともフォアブリッジにいる爺さん、婆さん連中はみんな『人生の先輩』という雰囲気の話し方をする。
だから向かいの乗客もそうなんだろうと思ったわけだ。
だってこの婆さんの格好を見ればそこまでしか推定出来ないんだ。
真っ黒。この婆さんは上から下まで真っ黒なローブに身を包んでいるんだ。
しかも顔も隠れて見えない。
下から覗けばもしかしたら見えるかもしれないけど、オレの膝の上では子犬がすやすや夢の中だ。
こんなに気持ちよさそうに眠っている子犬を起こしたくない。
「かわいいのう・・・・お前さんの子犬かね?」
相変わらず顔は見えなかったが、老婆は恐らく頬笑んでいるのだろう。
目の前には日の光を独占するかわいい子犬とそれを大事そうに抱く学生。
誰だって微笑ましい光景だって思うだろ。自分で言うのも恥ずかしいけど。
「ああ、でもついさっき出会ったんだけどね」
「大事にするんじゃよ・・・・」
「うん・・・・」と頼りない返事しか出来なかったのは、オレにこの子犬を大切にする自信が無いからじゃない。
どうもおかしい・・・・そう思ったからだ。
それはこの話し方に加えて声質も奇妙だったからだ。
子供の声。
冷静に聞いてみると目の前で話している女性はオレよりもはるかに年下の女の子の声に思えてならないのだ。
確かに背丈は決して背が高いとはいえないオレより低い。
でも婆さんだってこのくらいだろ?
ますます分からなくなってきた。
さっきから疑問だらけで、オレの脳細胞も肉体同様、次第に疲れてきていた。
だからもう別に気にしなくてもいいのかもしれない。
でも一度気になると、オレの頭の中で日々繰り広げられている『脳内会議』ですぐに議論が始まってしまうのだ。
議長が宣言する。
『目の前の黒服の女性はいくつかな?』
かぁーーーーーーー!!!どうでもいい!!
果てしなくどうでもいい!!それになんだ『いくつかな?』って!?
小学校の学級委員会か!!
オレがどんなに傍聴席で喚いても、議員たちは真剣に議論を交わす。
たちまち議会は騒々しくなり、それに比例してオレの疲労も増えていくことになる。
・・・・・もういいや。勝手に議論して、結論が出たら一応教えてくれ。
オレは傍聴席でくだらない論争というタイトルのBGMを聞きながらごろんと横になる。
ある議員は言う。
「喋り方から明らかにご老人だ。今どきの若者やちょっと年上でもこんなふうには喋らない」と。
すぐさま反論が返ってくる。
「いや、子供でも祖父母と一緒にいる時間が長くてこんな口調になったこともありえる。
話し方だけで年齢の判断は早計である。やはり子供っぽい声なのだから『犯人』は子供だ」と。
犯人扱いかよ・・・・
「いやいや私はこんな話し方をする若者は見たことがない。それに全身を真っ黒いローブに包み、同じく黒いフードまで被って顔を隠している。こんな若者はいない。やはり高齢者の女性だ」
まあ、オレも見たことないな、確かに。
「いやいやいや某マンガの幼稚園児はこう話すぞ。だから話し方だけでは判断できない。もしかしたら小学生かもしれないぞ。その証拠に声質は子供の声だ。老人が子供の声真似をしてるとは考えにくい」
・・・・もういいや、突っ込むの止めよ・・・・
「いやいやいやいや・・・・・・」
・・・・・・・・・・
静かになったな。終わったのかな。
結局、婆さんなのかな、子供なのかな・・・・・
オレはゆっくりと体を起して議会を見る。
え?なにそれ・・・・・
オレは大きなため息を吐いた。
議会がとっくに終了していたからでも、それを誰も教えてくれなかったからでもない。
脳内会議では議長席の後ろにある掲示板に毎回、議決案が表示される。
今回もデカデカと派手な毛筆風の文字でこう表示されていた。
『結論:顔を見てから判断しましょう』
だから!!何が『しましょう』だ!!
っていうか何にも結論出てないし!!他人任せかよ!!
顔を見てからってその役目はオレだろ?
あいつらまったくやる気ないな・・・・・
オレは再び目の前の黒服の女性に顔を向けた。
議会の連中の言いなりになるのは癪にさわるが、やっぱり確認しないと気持ち悪い。
それにはこうするしかない。
オレは寝息を立てる子犬に小さな声で「ごめんな」と呟いて、小さな体を隣に置きなおした。
「きゅ~~~~・・・・」と寝ぼけながらも文句を言うように鳴く子犬もかわいらしくて見惚れそうになったが、それを振り切ってオレは屈んで靴に手をかけた。
靴を脱ぐわけではないし、靴ヒモがほどけたわけでもない。
これは結ぶフリをしてこっそり顔を見ちゃおうという作戦だ。
しかし、オレがゆっくりと目線を上げるとそこには黒いフードしか見えなかった。
正確にはフードの横の部分、ちょうど耳のあたりだろう。
黒服の女性は窓から駅のホームを見ている風だった。
顔が見えないから分からないが、もしかしたら寝ているかもしれない。
あれ?
まただ。また疑問が湧いてきた。
しかし、今回の疑問は向かいの席からではなく、隣で丸くなって再び寝息を立て始めていた子犬のほうだった。
そう、さっき途中で途切れた2つ目の疑問だ。
そんな疑問を投げかけ続ける子犬はオレの太ももにぴったりと銀色の体を寄せながら、お腹を呼吸に合わせて上下させている。
これがおかしいのだ。
呼吸がおかしいんじゃない。
寝息は相変わらず「スゥー・・・・スゥー・・・・」と聞いているこっちが気持ち良くなるくらいだ。
何で吠えないんだ?
どうして子犬は今、ぐっすりと寝ていられるんだ?
だってあのとき・・・・ふわぁ・・・・・
オレは大きなあくびをして、涙目になった。
流石に眠くなってきたな。
電車もそろそろ出発するし、この疑問を脳内会議にかける暇も体力も残ってないな。
・・・・・寝るか。
オレの両瞼がゆっくりと下がっていく。
そして聞こえた。あの『声』が。
目の前に座る黒服の女性からではない。
オレを追いかけて来た子犬が弾丸のごとく飛び込んでくる直前、「後ろを見て」と言ったあの声だった。
「どっち?ねえ・・・・」
オレはまだ尚問いかけてくる声に反応せず、さっさと夢の世界への扉を開けていた。




