Monday⑩「蛇」
グゥ~・・・・・
「・・・・腹減ったな・・・・何か買いに行くか」
オレは立ちあがり、鞄を肩にかけて、重々しい足取りで教室をあとにした。
午前の授業が終わり、すでに昼休みに入っていた。
弁当を持参してきた者はすでに昼食を開始しており、そうでない者は昼の栄養補給のために食堂に出かけていた。
オレもエネルギー補給タイムにするか・・・・・
オレは廊下をゆっくりと歩きながら、ポケットをまさぐった。
「朝から何も食ってなかったからな・・・・それに魔術の授業で散々な目に遭ったからな・・・・出来れば朝の分も食いたいんだけど・・・・」
何度も漁っても、期待していた冷たい金属の感触はない。
次に肩から下げていた鞄の中を詮索し、薄っぺらい財布を取り出した。
「これだけか・・・・今月は節約強化月間だからな。あまり無駄遣いするわけにもいかないんだよな」
家の財政状況は国の財政よりも厳しいといえた。
国は『国債』という名の無制限な借金が出来るが、オレの家はそんな便利なものはない。
赤字財政が許されるのは、どっかの無能な大企業や貴族、そして国だけなのだ。
中小企業や庶民はリストラや節約などの苦肉の策で何とか生き延びているのだ。
そしてそんな庶民がここにもひとり。
「これじゃあ食堂に行っても一番安い定食だって食えないな・・・・仕方ない」
オレは食堂へ向かうのを止め、別の手段を取ることにした。
グゥ~・・・・・グゥ~・・・・・
腹の虫は次第に鳴く感覚を狭めていった。
その音を聞くたびに腹をさすっては、オレの表情はますます曇っていくばかりだった。
背筋は曲がり、片手でお腹を押さえている姿は腹痛を訴える患者に似ていた。
「・・・・きゅ~ん」
鞄から小さな声がした。
半開きになっているチャックの隙間からぴょこっと顔を出したのは、銀色の子犬だった。
フェンリーヌという名の小さな子犬はまるでオレを心配するかのように、大きな目にオレを映していた。
「どうした?・・・・ああ、気にするなよ。あれは『ルール』を破ったオレの罰だし、お前に嫌な思いをさせた償いでもあるんだからな。ちょっと顔、そのままにしてろよ」
オレはポケットからクシャクシャのハンカチを出すと、なるべく綺麗な面でフェンリーヌの顔をさすった。
「これでよし!あははは、お前の顔を拭くのはこれで2回目だな。大福、うまかったか?」
パッと明るい表情になったフェンリーヌが元気に「きゅん!」と鳴くのを聞くと、オレは顔の力が抜けていくのを感じた。
グゥ~・・・・
ヤバいヤバい・・・・今、脱力感を感じるのは辛い・・・・
でも・・・・・押さえられないな~・・・・あははは・・・・
オレの腹部は全力で力を込められ、代わりに顔だけは幸せを表現していた。
実は学園に着いた時点で、オレは『食料』を持っていた。
家から持ってきた大好物の大福が半分だけまだ残っていたのだ。
なぜ半分なのかというと、学園に来る前にフェンリーヌにあげていたからだった。
エル・エンズの森の奥深くで初めて出会ったとき、こいつは瀕死だった。
右の後ろ足から出血していて、かなり衰弱していたんだ。
それをオレが白医術のひとつである『血癒』で治してやり、出口のベンチに寝かせてあげたときに、置いていったんだ。
そのとき、学園まで遅刻ギリギリだったオレはある『ルール』を課して自分を鼓舞した。
一度も立ち止まらずに走り続けたら、ゴールである学園で残りの半分を食べられるというルールだ。
結果からいえば、学園には遅刻せずに済んだから、食べてもいいかもしれないが、細かくいうとルールを破っていた。
オレの鞄に居心地よさそうに収まっているフェンリーヌがオレを追いかけて飛び込んできたときに、オレは確実に足を止めていたんだ。
従って『一度も立ち止まらずに』という箇所を満たしていなかったのだ。
まあ、それは口実でオレはどちらにしろフェンリーヌに残りをあげるつもりだったけどな。
この銀色の子犬はメ・・・・じゃなくて『女の子』だ。
それを知らなかったオレは子犬の名前を付ける上で、性別の確認をしようとした。
そのときにエレ曰く『セクハラ』を犯してしまったのだ。
あのときは何でそうなるんだと納得いかなかったが、自分の身になって・・・・っていってもオレは女じゃないけど、もしそういう状況だったらやっぱり抵抗しただろう・・・・多分。
その後、フェンリーヌはオレの顔を引っ掻くという制裁を加え、すっかり機嫌を損ねてしまったのだ。
しばらくは目も合わせてくれず、かわいい声で鳴いてもくれなかったんだ。
『もふもふ』しようとすると、唸り声をあげて拒否するし、子犬LOVE症レベルⅤのオレはまさに地獄に叩き落とされた気分だった。
そんなご機嫌ななめだったフェンリーヌだが、オレが残り半分の大福をあげると言うと、コロっと態度が変化した。
始めはオレの申し出に見て見ぬふりを決め込んでいたフェンリーヌも、オレが甘い匂いをちらつかせると、だんだんと落ち着かなくなり、しまいには我慢できなくなってパクッと食いついてきた。
小さな口で夢中でむしゃむしゃ食べるフェンリーヌの姿はとても愛らしく、それだけでオレはお腹いっぱいだった。
しかし、現実のお腹はそれだけでは満たされないのも事実だった。
腹の虫はまるでオレに抗議するかのように激しく鳴り続けた。
早くしろ!早く飯を食わせろ!と叫んでいるようだった。
フェンリーヌの「きゅ~ん」な鳴き声は聞いていて心が温かくなるが、品の無い『グゥ~、グゥ~』という鳴き声は聞くたびに心が沈んでいった。
オレは空腹に耐えながら、ようやく玄関近くに辿り着いた。
もちろん早退するわけではない。
空腹以外は至って健康、絶好調だ。
ここにはパンや飲み物を売る購買部があり、この時間になると何人かの生徒が利用するんだ。
ここなら安上がりだし、手っ取り早いしな。
すでに購買部の前には行列ができていた。
そういえば今日から購買部の売り子が変わるってトリスが言っていたな。
今までは中年のおばさんが購買部を仕切っていたが、今度は若い男になるんだそうだ。
どうせなら綺麗な女の人にすれないいのにな。
そうすればここが『第二のオアシス』になるかもしれないからな~。
そんなことを考えながらオレは残り少ない金額を包んだ財布を片手に、購買部の行列の最後尾に並んだ。
オレは結構、購買部に通っているけど、今日はいつもより行列が長い気がした。
いつもは多くてもせいぜい5、6人が並んでいるといった具合で、すぐに購入できるはずだった。
しかし今日はざっと見たところ30人以上が並んでいた。
しかも心なしか行列に並ぶ生徒は女生徒が多い気もした。
しばらくかかりそうなので、オレは何を購入すべきかを考えていた。
いかに低金額でより多く食べるかが今回最も重要なポイントだった。
この際、味や好みはある程度目をつぶる覚悟だ。
オレは『議会』の緊急招集を行った。
議題は『たくさん食べても安上がり!今日のお昼は何かな?』だった。
何だかどんどんタイトルが凝りだしてきているような気がする。
オレは傍聴席で呆れ果てていた。
まあ、それで脳内議会が活性化して、いい案がポンポン出るならいいんだけど、今までこの会議で名案が出たためしがない。
フェンリーヌの名前を考えていたときだって、ロクな名前がなかったし、しまいには議論を放棄しやがったからな。
アテになりゃしない。
やっぱり脳内会議に頼るのは止めようかな・・・・
そう思いかけたとき、すでにオレの前に並ぶ人数は3人になっていた。
しかし、後ろには再び長い行列ができていた。
やはり女子が多い気がした。
オレの前にいる3人はみな女子で、知らない顔だった。
横並びになっていることから友達同士なんだろう。
何だか3人とも興奮気味でメニューを選んでいる。
というよりメニューよりもキャッキャ言いながら購買部の店員をチラチラ見ているような気がする。
そんなに美味いもんここにあったかな・・・・・
オレは前に見たメニューを思い出していた。
確かこの前はサンドウィッチとカフェオレを買ったはずだ。
他に目ぼしい品物は無かった気がしたが、もしかしたら店員が変わったから新商品を販売したのかもしれない。
これは見逃せないな!
もしかしたら何かサービスしてくれるかもしれない。
前の3人組がようやく買い終えると、オレはワクワクしながら初めて店員の顔を見た。
そして理解した。
なぜ、行列に女子が多いのか。
なぜ、皆興奮したり騒いだりしているのか、を。
「いらっしゃいませ!・・・・って男の子ですか・・・・いらっしゃい・・・・」
店員は爽やかな営業スマイルをしたかと思うと、オレの顔を見るや否やあからさまにガッカリした表情を見せた。
期待はずれと顔に書いてあった。
何だ!こいつ!
オレはこのチャラチャラした販売員の面倒そうな顔を睨みつけた。
しかし、店員はまったく目を合わそうとしない。
後ろからはすかさず「早くしなさいよ~」とか「さっさとそこをどきなさいよ~」といった女どもの文句が湧きあがり、オレはメニューに目を移した。
メニューを見て考えるふりをしながら、オレはじっと目の前の男を観察した。
まず、名札には『AZUMAYA販売員:ロキ』と書いてあった。
ロキ・・・・これがこいつの名前か。
このロキという店員は頭にバンダナを巻き、『AZUMAYA』とプリントされた黄色いエプロンを身につけている。
背は高く、整った顔立ち、いわゆる『イケメン』だった。
さっきからこのイケメンは目の前にいる客のオレではなく、後ろに並ぶ何十人もの女生徒に向かってウインクしたり、笑顔を向けたりしていた。
それだけでも腹立たしかったが、その度に『観客』からは声援が湧き起っていたのもまた気に入らなかった。
この販売員がまったくオレに接客する気がないのは明らかだった。
チェッ・・・・女子がうるさいのはこいつのせいか。
ああ!やだやだ!
さっさと買ってここから立ち去ろう。
オレはメニューにさっと目を通し、目新しいものがないことを確認すると、サンドウィッチとカフェオレを頼んだ。
期待はしていなかったが、やっぱりで少し残念だった。
サービスもこの調子じゃしてもらえそうにないし、こんな奴にそんな施しを受けるつもりもなかった。
しかし、オレが注文を口にしても、ロキはまったく気づいていななかった。
・・・・わざと無視しているのかもしれない。
何なんだ!こいつは!
さっきから態度が悪いな!
前のおばちゃんはオレが『家庭の事情』を話すと、いつもアンパンをおまけにつけてくれたのに!
「可哀想ねぇ・・・・」なんて涙混じりになって「がんばるんだよ」なんて優しい言葉をくれたのに!
こいつときたら!
恐らくさっきまでずっと女子相手にナンパ混じりに接客していたに違いない。
それが突然、男子生徒が来たもんだから、残念無念ってか!?
ふざけんな!ここはいつから女子専用になったんだ!
だからイケメンは嫌いなんだ!
「サンドウィッチとカフェオレ!!早く!!」
オレはカウンターをバンバン叩きながら大声で怒鳴った。
すると女子の黄色い歓声は立ち消え、ロキもようやくオレに今気づいたかのような『ふり』をした。
「はいはい、元気で結構です。でもそんなに大声で言わなくても聞こえてますよ。カレーパンと牛乳ですね」
そう言いながら、店員はさっさと袋に商品を詰めて、追い出すかのようにオレに突き出した。
オレは文句のひとつも言えないまま、カウンター前に押し寄せてくる女子の大群によって行列から追い出されてしまった。
ひそひそ聞こえるオレへの陰口と突き刺さるような視線を背にオレはうんざりしながら、渡された袋の中身も確認せず、廊下を駆け抜けた。
むかつくな!何なんだ、あの店員は!
何だってあんなに態度が悪いんだ!
こっちは客だぞ!それなのに、胸くそ悪い!
廊下を走りながらオレはもう二度と購買部は利用しないことを確認し、イケメンは敵であることを再確認した。
熱くなった頭がようやく冷え始めたとき、上に行く階段にトリスがいるのを見つけた。
正確にはトリスと『4人』の男だった。
特にトリスの横にいた男はドデカイ体をしていた。
「トリスか・・・・あいつ、何してんだ・・・・そうだ!あいつにこの汚れた制服の代わりを貸してもらうの忘れてた!」
オレは自分の上半身を見た。
汚い染みがいくつもついている。
今朝、フェンリーヌを助けるに当たって結構汚してしまったのだ。
エレにも「汚い制服ね。どうしたらそんなに汚せるのかしら」なんて冷たいお言葉を頂いたばかりだし、何とかしないとな。
オレはトリスの後を追い、階段を駆け上がった。
トリスと『4人』の男たちは上の階に向かうどころか、屋上への階段を昇り始めていた。
「屋上か・・・・一体何の用だ?・・・・まさか!あいつ、やっぱり『こっち系』で、あの男たちもその仲間なのか!?だったら・・・・」
止めさせないと!
友人としてそんな危険な関係、危険なプレイをさせるわけにはいかない。
オレがその『縁』を断ち切ってやろう!
オレはグッと拳に力を入れると、屋上へのドアを開けた。
屋上はたまに来るけど、特にこれといって何かあるわけじゃない。
そんなところであいつらは何をするつもりなんだろう?
お天道様の下で楽しくお昼を食べようなら、別に構わないんだけど、あの5人がそんなことするなんて想像出来ないし、したくもない。
やっぱりデンジャラスなことをしているんじゃないのか?
オレは屋上に吹く風に流されるがまま、足を進めた。
「な・・・・!」
そこでオレが目にしたのは『こっち系』な仲間たちが危険な関係を築いている光景でも、男同士で友情を確認し合っている光景でもなかった。
「お前ら!何やってんだ!!」
オレはダッシュでトリスの腕をつかんだ。
「ラ、ランス君?・・・・どうして?」
緊張した顔でトリスはそう言うと、目を見開いたまま硬直してしまった。
つかんでいる腕は微かに震えていた。
オレはトリスに向かって「やれやれ」と呟いた。
「お前、やっぱり『こっち系』だったのか・・・・そんでこんなむさい連中相手に欲求を満たしていたのか・・・・これはその『お礼』ってか」
オレはトリスの手から数枚の紙を抜き取った。
「それにしては多すぎないか?・・・・・って5万グラールかよ!2、3万くらいオレにくれよ!な!・・・・あ、でもお前の相手は勘弁だけどな」
「ランス君・・・・」
トリスは相変わらずオレの名前しか口にしない。
しかしその顔からはわずかに緊張感が取れているように見えた。
「おい!何なんだよぉ~、テメーは?俺様の『取引』の邪魔をするなよぉ~」
ガラガラ声と高圧的な口調で巨体の持ち主はオレを見下ろしてきた。
「お前らこそトリス相手に『こっち系』なプレイしやがって・・・・しかも3人がかりで、気持ち悪い。変態だな、お前ら」
オレはわざとらしく体を震えさせた。
演技のつもりだったが、頭にその絵図らが浮かぶとリアルに寒気がした。
「何勘違いしてんだ!お前、この旦那がそんな変態に見えるのか!?顔は確かに変態っぽいいけど!気持ち悪いのは顔だけですぜ!」
ヒョッヒョッヒョッという笑い声とともに背の高い痩せた男がその細長い体をくねくねさせながら大男の顔を指差している。
このデカブツの仲間か。
しかし、高いな・・・・・
ひょろ男はデカブツよりも背が高かった。
腕や脚は木の枝のように細長く、栄養が足りないのか頬も痩せこけている。
「コラ!ノッポ!お前、ダイダラさんになんて失礼なことを言うんだ!ダイダラさん以上にハンサムなお人はこの世にいない!」
誰かが高い声でキーキーと先ほどのひょろ男に見当違いの文句を言っている。
このデカブツをハンサムと呼ぶ人種がいるとは・・・・・
でもどこから聞こえてくるんだ?
オレは左右を見渡したが、そんな人影はなかった。
「下だ!この野郎!ここだ!」
小さな手を振りながら必死にアピールする姿は右にも左にも、ましてや上でもなく『下』にあった。
顔中にニキビがある小柄な体は頻繁に激しく動いていた。
「ノッポ!ダイダラさんに謝れ!今すぐに!」
「ヒョッヒョッヒョッ。何だ、チビ。お前、そんなとこにいたのか。気付かなかったよ。ヒョッヒョッヒョッ」
ノッポと呼ばれたひょろ男は細長い胴体を90度以上折り曲げて、チビと呼んだ男に顔の高さを合わせた。
ついでに小さな体を指差している。
ノッポにチビ・・・・これがこいつらの名前なのか・・・・・
なんて可哀想なネーミングなんだ。
オレは睨み合う正反対の体格を持つ男たちを不憫に思った。
それに・・・・『デイダラ』っていうのがこのデカブツの名前か。
変な名前だな。
とにかくデイダラ、ノッポ、チビ・・・・こいつらがトリスと『こっち系』な関係にある連中か。
ん?あれ・・・・もう一人いなかったっけ・・・・・
オレはさっと周囲を見たが、それらしい姿はどこにもなかった。
「おい、テメ-ら。静かにしろ。今はこの身の程知らずが相手だぜ。なぁ・・・・」
デイダラはペロッと舌で唇を舐めた。
その舌は顔中を舐めまわせるんじゃないかというくらい長く、そして不気味だった。
「なぁ・・・・パンダ野郎!!」
泥水のように濁った眼、そして憎たらしいほど口角を上げてデイダラは笑った。
「何だと・・・・デイダラ。お前、変態のくせに・・・・このデカブツが!」
「ああん!名前を間違えてんじゃねぇよ!ダイダラだ!ダ・イ・ダ・ラ!最高に強そうなカッコイイ名前だろうが!パンダちゃんよぉ~」
フンッと鼻息荒く豪語するデイダラの姿は、見ていて滑稽だったが、オレは呑気に笑っていられるほど胸中穏やかじゃなかった。
パンダ・・・・こいつよくも『言ってはいけない名前』を口にしたな!
オレはさっき購買部で買った袋を鞄に押し込んだ。
「きゅ~~・・・・」という苦しそうな鳴き声が聞こえたが、オレは無視してデイダラの顔を睨みつけた。
「覚悟はいいなぁ~?可愛い可愛いパンダちゃんよぉ~、その頭もそうだが、その指に貼ってある絆創膏も可愛いぜぇ~・・・・テメーには動物園がお似合いだぜ!」
ダイダラは相変わらず気味の悪い喋り方で、オレを罵倒した。
デカイ顔についている蛇みたいな目でオレにプレッシャーをかけているのだ。
なるほど、トリスがビクついているも納得だ。
この『教授様』は知識は完璧でも、喧嘩は駄目という典型的な頭でっかちなんだ。
だがオレは違う。
『蛇に睨まれた蛙』なんて言葉があるけど、オレは蛙なんかじゃない。
こんな木偶の坊なんかにビビるわけがないだろ。
「お前こそ、目と舌が蛇みたいだな。薬用に漬物にでもしてやろうか!あっ、でもお前のエキスなんかじゃあ逆に病気になっちまうか。お前、体臭くさそうだしな!」
オレとデイダラは互いに嫌味をぶつけ合うと、今にも攻撃をしかけるぞという体勢に入った。
どうしよう・・・・ランス君とダイダラ君が・・・・・
このままじゃ喧嘩になっちゃう。
僕のせいで・・・・・
僕はちょうど2人が対峙する中間に立っていた。
ポジション的には格闘技での審判の位置だった。
でもそんなこと出来るほど今の僕は冷静でも沈着でもなかった。
「何だと・・・・キサマ、俺様に向かってそんな口を利いてただで済んだ奴はいないぜ!その生意気な口を封じてやるぜ!」
ダイダラ君はピクッと眉を吊り上げた。
怖い・・・・僕はダイダラ君が少し表情を変えただけでビクビクしてしまうのだ。
それほど、この大きな同学年に恐怖していた。
一方、ランス君はその気迫に負けんばかりに向き合っている。
表情は厳しく、いつも楽しそうにヘラヘラしている彼とはまったく違っていた。
こんなに怒りを前面に出すランス君を僕は見たことがなかった。
凄い・・・・僕はまったく動じないランス君にただただ驚いていた。
ランス君・・・君はこんなに勇気のある人だったのか。
正直、さっきランス君が現れた時、僕は心のどこかでほっとしていた。
彼をまるで正義のヒーローのようにさえ見えた。
でも・・・・・
いくらランス君でもダイダラ君相手じゃいくらなんでも無茶すぎる!
僕はさっきまで抱いていた淡い期待感が一瞬で消え、代わりに緊張感と恐怖心が腹の底からじわりと浸みこんでくるのに耐えられなかった。
心臓もバクバク鳴り続け、その音が聞こえるくらいだった。
ダイダラ君は体も大きいし、力も強い。
ランス君みたいな華奢な体じゃあ一発で吹っ飛ばされてしまう。
どうしよう・・・・でも僕が出張ったって結局、やられるだけだし・・・・・
殴られるのも、痛いのも嫌だし・・・・
でもランス君は僕の友人だ、親友だ。
何とかしたい・・・・もしかしたらここから一緒に逃げることなら出来るかもしれない。
でも足が体が全然動かない。
どうして?何で僕の体は動いてくれないんだ!
早くしないとランス君が、僕の大切な親友がやられてしまう!
それでも、友人のピンチを目の前にしても、僕は加勢することも逃げることも出来ずに、ただ固まっていた。
ランス君が笑った。
「あははは、いいよ・・・・オレは格闘ゲームも得意だけど、実戦はもっと得意なんだ!」
ダイダラ君も笑った。
「ガハハハ!その減らず口だけでなくキサマのすべての動きを封じてやる!黒封術:スチュードスティル!」
その瞬間、ダイダラ君の濁声が聞こえなくなった瞬間、僕の体は固まってしまった。




