67あとがきにかえて
この回は時代背景や物語の設定などの紹介です。
歴史ものを書くのは本当に難しいですね……。
その国の歴史や文化を知ったうえで書いたつもりですが、まだまだ落ちがあると思います。
それは後になってわかるのですよ……
ようやくアーティガル号編を終えてほっとしています。一年半もかかるとは思ってもみなかったことです。
本編ではアン女王戦争が背景にあり、歴史の絡みが少なかったのと、もともと学生時代に書いたものがベースになっていたので書きやすかったのですが(それでも10話あたりからベース関係なく話を展開していったので学生時代に書いたものと違う作品になっていった)、アーティガル号編は歴史の絡みが結構あってそれが一番大変でした。インターネットの普及により、今は検索すると知りたい情報が出てきます。中には公開された大学の卒論や教授たちの論文まで出てきます。それに加えてネットで書物を容易に買うこともできるようになり、情報を得るにはありがたい時代となっています。
この情報を整理してかみ砕いてどのように物語にかかわらせるかが非常にやっかいでした。
○マリサの設定について
学生時代に書いたものではそこまで掘り下げていなかったのですが、ネット投稿するにあたり掘り下げておかなければならないと感じて書き込みました。
マリサは作中にある通り、実の親を知らず幼少のころから血の繋がらない他人に囲まれて育ちます。育ての親とはいえどこか遠慮をしていて海賊になってからも育ての親のデイヴィスに対して「父さん」と言えない立場でした。マリサは家族というものがよくわからないまま結婚をし母となります。
ジャコバイト派による拉致事件に巻き込まれたハリエットとエリカのために奔走をし海賊化をするマリサたち。マリサは再び連中が処刑される事のないように策をねります。それを支えたのは政治の裏表を知っている貴族オルソンや、子育て経験があり知識人(文字の読書きができ、情報を得やすかった)でもあった市民ハリエットです。
ハリエットはエリカの子どもらしくない様子や成長を気にしていました。マリサだけならわからなかったことでした。
○スパロウ号について
フレッドが乗っていたスパロウ号ですが、学生時代書いたものに名前があることから、『船の名前は適当でいいや。知っている英語を使えばいい』という安易なネーミングだったのではと思います。ところが先日検索して見つけてしまったのです。
「わが指揮艦スパロー号」(海の勇士ボライソー シリーズ 、アレグザンダー・ケント作 ハヤカワ文庫)
おお、同じ名前じゃないですか。しかもハヤカワ文庫といえば私の好きなホーンブロワーシリーズを出している出版社です。向こうはスパロウ号でなくスパロー号なのですが、船に同じ鳥の名をつけるとは偶然ですね。
○なぜエドワード・ティーチを討伐したメイナードの船ジェーン号、レンジャー号に砲が装備されていなかったのか
これは推測ですが、この頃にはイギリス海軍はジャコバイト派の討伐やスペインとの関係悪化で動かざるを得ない状況であったことから、大物といえどエドワード・ティーチ討伐にフリゲート艦などを出すことを渋ったのかもしれません。砲撃という決定打のない船でも見事に作戦勝ちしたメイナード。しかしその後は成果に見合った報酬を受けられず、昇進もなく歴史から消えてしまいます。
○ジョン・デイヴィスの名前について
学生時代の設定からあったので偶然としか言えないのですが、今回またしても見つけてしまいました。
ラッカムとともに処刑された海賊たちの中にジョン・デイヴィスの名があったのです。きっとよくある名前なんでしょう。偶然って恐ろしい。
○アイザック・オルソン、イサーク・サウラ、メアリーとマリアの名前について
欧州の人の名前は国によって発音が異なることから変化します。英語でメアリーはスペイン語でマリア、フランスではマリー。オルソンの3男アイザック、マリサにスペイン語を教えて後半「女海賊たちの競演」にも登場したイサーク・サウラは旧約聖書の同じ人物名です。旧約聖書にアブラハムとイサクのエピソードがあります。イサクはアブラハムと妻サラが老人になってからできたこどもです。神はアブラハムの信仰心を試すためにイサクを生贄に差し出すことを求めますが、その直前に彼の信仰心を確認し死なせることはさせませんでした。イサクの名前も英名はアイザック、スペイン語ではイサークとなります。
他にもイエスの12人の弟子のなかにルカという人物がいますが、英名ではルーク、もしくはルーカスとなります。
オルソンの孫にあたるジョシュアは旧約聖書の中にモーセの後継者となって古代イスラエルの民を導いたヨシュアが語源です。
欧米の名前は結構聖書から来ているのですね。
○コーヒーハウスとパイについて
本編から登場する市民の社交場コーヒーハウス。この時代、紅茶は船で長い時間をかけて運ばれる高級品でした。紅茶の原産地を考えれば納得します。よく飲まれていたのはコーヒー、そしてビールでした。ビールは常温だったのでどのようなものかはわかりません。船乗りだからと言ってラム酒ばかりでないのです。
現在もコーヒーハウスは存在しています。
そしてハリエットとマリサが何度か作ったホットパイ。実はパイも歴史ある料理でした。中世にはすでにその名があります。パイ生地を使ったもの、マッシュポテトを生地としたものとバリエーションが多いです。しかしなんでパイでなくホットパイというのかわかりません。ウナギ(!)のホットパイやウサギ肉のホットパイは昔からあったようです。(身近に入った肉だからでしょうか。日本ではミートパイに相当しますね)
○べラミー(ブラック・サム)について
若くして多くの金を稼いだ海賊ベラミー。彼の船は春の嵐に巻き込まれて沈みます(25話 ベラミーの終焉)
1984年、海底に沈んだウィダー号が発見され人骨を回収ましたが、それらは他の乗員の骨でべラミーの骨ではありませんでした(ベラミーの子孫がおり、DNAが一致しなかった)。
2021年にも調査によって人骨が発見されましたが、これがベラミーなのかどうかはまだわかりません。骨や銀貨などは長い年月の間に鉱物の塊と一緒になっており、それらから離す必要がありました。また、キング坊やという子供の海賊が登場しますが(25話 ベラミーの終焉)これは実在の人物で世界最年少の海賊だともいわれています。ウィダー号の海賊たちはこんな子どもがまさか仲間になると思ってもみなかったのでしょう。しかし裕福な家の子どもで世間をよく知らないジョン・キングは間違いなくその世界に入っていました。目の前で海賊宣言をした我が子を見た親はどんな気持ちだったのでしょうか。親の記述はありませんがおそらく殺されたのだろうと推察します。このジョン・キングの靴がウィダー号から発見されており、伝説だったジョン・キングの存在は本当だったことがわかりました。
○金融と保険について
金融と聞くと現代の言葉だと思いがちですが、歴史は古くイングランドでは1694年にイングランド銀行が設立されています。戦争にかかる費用を賄うために国債を発行する必要があったからです。
金融とはざっくりいうと、金融機関は一般からお金を集める(預金)、そのお金を必要としている団体・会社に貸し出す(融資)という(本当にざっくりな説明でスミマセン)システムです。いくつかの作中に投資の話が出ていますが、投資というシステムもすでにありました。
本編でマリサは海賊業で貯めたお金をオルソン経由で銀行に預けていました。海賊が預金するなんて考えられませんからね。連中のように女や酒、かけ事にお金を使うことがなかったマリサは将来イライザ母さんと暮らすためオルソン経由で銀行に預けていました。しかしマリサの同意なくそのお金はアーティガル号建造の一部に使われました。このことに驚くマリサですが、船の建造に使われたということで強くオルソンを責めることはしませんでした。(私なら絶対怒って訴えるけど)
同様に損害保険のシステムも存在しました。もともと海上事故のための保険でしたが、1666年のロンドン大火をきっかけに火災保険も作られました。このあたりで世界的に有名な保険会社『ロイド』の名もあります。作中では明らかになっていませんが、火災で焼失したグリンクロス島総督の屋敷も保険がおりて再建中でした。
〇梅毒の治療法について
医学が発達した今では有効な治療法がありますが、当時の梅毒の治療法は水銀を注射器で陰茎に注入するというものでした。黒ひげエドワード・ティーチがメイナードによって討伐されたさい、船の内部からたくさんの医薬品が見つかっています。その中に注射器もあったことから彼が梅毒に罹患していたものと思われます。
アイザックも女遊びがたたって梅毒に罹患します。毒の守り人であるオルソン家の秘密をしってからは水銀の毒性を知りつつも治療をやめなかったのですが、オルソンが説得してやめさせました。
航海の発達によって各地を乗員たちがめぐることにより梅毒が広まりました。欧州でも戦争が起きて大陸を多くの人が移動することで梅毒が広まっています。
今では梅毒の治療法としてペニシリンなどの抗菌薬が使われています。早期に治療すれば怖いことはありません。しかし現代であっても(日本)梅毒罹患者は増えており、罹患していることに気付かない人もいるようです。これは憂えることでもあります。梅毒は感染症です。
○今後について
私自身、マリサのお話は当時書いていたものを含め、学生時代からずっとあたためていたので思い入れがあります。次に関連したものを書くとしたら、エリカが音楽家として成長していく話や、昇進したフレッドが海軍として活躍する話、アーティガル号の航海日記みたいなものを書きたいですね。
そうはいいつつも今年硫黄島で3週間ボランティア活動をした経験を何かに活かしたいとも思っているので、それはブログに綴ろうと思います。また、なかなか他の書き手さんの作品を読むことができなかったので、しばらくはその時間も取りたいと思います。
本当に長らくお付き合いいただきありがとうございました。私の小説は文字が多くてラノベらしくなかったと思いますが、そんな読みにくさの中、読んでいただけたことに感謝いたします。
お時間がありますときにご感想やご意見をいただければ幸いです。
よろしくお願いします。
2023年11月4日 海崎じゅごん
長い間お付き合いいただきありがとうございました。
ご意見ご感想突っ込みお待ちしております。