表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/67

66アーティガル号の新たな航海

最終話となります。「あとがきにかえて」を投稿する予定でしたが間に合いませんでした。

「あとがきにかえて」後日アップします。

 マリサとオルソンが東屋へ現れると、すでに執事のトーマスがジョナサンとともに茶会の準備をしていた。一般の使用人たちは何が起きるのか気になったが、執事が使用人たちにたくさん用事を言いつけて忙しくさせたので、彼らは仕事に集中しなくてはならなくなった。

 

 オルソンはマリサを席に着かせると静かに真意を語り始める。

「……マリサ、よく聞きなさい。私はエリカやハリエットとともに一足先に国へ帰った際、エリカの表情が気になって仕方なかった。そしてアイザックが死線を彷徨っているときにうわ言であることを言ったのも気になっていた。それはあのグリンクロス島の総督の屋敷が海賊たちに襲撃され、アイザックも負傷した際に起きたことだ。……エリカを守らなくてはならなかったアイザックは負傷して動くことができなかった。その際どうやら海賊に狙われたらしく、エリカはアイザックの助けを借りて銃の引き金を引いた。……つまりエリカはやむを得なかったこととはいえ、人を殺したのだ。エリカの表情がおかしくなったのはそれからだ。もともと拉致によって子どもらしい発育をしていないとハリエットが言っていたが、それ以上の問題だ」

 オルソンは庶民には高価な紅茶をゆっくり飲みながら全容を語る。

「領主様、あたしも使用人としてここにいたとき、奥様を毒殺しています。それもやむを得なかったのではないですか」

 マリサ自身も子どもでありながらオルソンの妻マデリンの毒殺にかかわっている。それは後々マリサに影を落としていた。また、これまでの海賊・私掠行為によって多くの敵を死傷させていることから、人を死傷させる感覚を含めてその問題の重要さに気付いていない。

「いや、お前はマデリンの毒殺に失敗している。私が教えた毒の量を間違えたのだ。……マデリンにとどめを刺したのはこの私だ」

 驚くマリサを前にしてオルソンはふと寂しそうな顔を見せた。

「話を続けよう……エリカのことだ。私はこのエリカの忌まわしい記憶を何とかしなければならないと思った。アイザックが生きていたら同じことを言っていただろう。そこである療法を用いたのだ。それがこれだよ」

 オルソンが言うとジョナサンがある植物を精製したものをマリサに見せた。

「これはその効果ゆえに魔術師が使うものだといわれているが、そうではない。この植物には催眠作用がある。もちろん悪用の危険もあり、毒物扱いであるし、他の毒物同様に一般の人には知られていない。ルークが諸国を巡っているうちに見つけたものだ。私はエリカを呼び寄せた際にこの植物で催眠状態にして人を殺した記憶を忘れさせ音楽の記憶へと転換させている。幸いエリカにはグリンクロス島で演奏の経験があり、有難いことに素質もあったのでそれを伸ばすことにした。楽師によるレッスンを受けたエリカは誰よりも上達が早い。エリカを人殺しの記憶で苦しめたくないからやっていることだ。マリサ、これでも私は篤志家か?」

 オルソンの話すことをじっと聞いていたマリサ。そう、マリサもマデリンのことで苦しんできたからだ。

「いいえ、篤志家ではありません。領主様は策略家です。きっとこの先もあたしが知らない策を考えておいででしょう。……エリカの件は領主様に預けます。ただし、高級娼婦にはさせません」

 マリサはそう言ってフッと笑うと紅茶を飲みほした。相変らずマリサには紅茶は似合わなかった。


 その後、マリサはエリカのレッスンの様子を見て納得する。耳で聞いて理解しても楽器で表現をすることが難しかったマリサは自分に音楽の素養なぞないと思っている。そんなマリサの目の前でエリカはスカルラッティのソナタを完璧に演奏していた。

 

 エリカのレッスンが終わり、エリカには次の楽譜が渡される。オルソンはエリカを演奏家として育て上げたいという野望があるようで、エリカのパトロンとして音楽活動の力になるとのことだ。そのことについてマリサは反論をしなかった。高級娼婦よりはずっといい野望だったからである。それでも希望通り音楽家となったなら上位貴族や王族に紹介をし、つながりを持とうとしている。

 

 オルソンは長男アーネストを部屋へ呼び寄せると別の野望をマリサに話す。それを聞いたマリサは驚愕し思わず机を叩いた。

「船を増やして商船会社を立ち上げる?オルソン、気は確かか?あたしは破産したくないぞ」

 商船会社を作る計画があり、すでに銀行の融資や投資家の話も進んでいるらしい。もう一人のアーティガル号のオーナーであるマリサに相談もなくすすめられたことであり、マリサは納得しづらかった。

「私は篤志家ではないが、策略家だとお前は言っただろう?そう、私は策略家だ。東インド会社のようにもっと夢を広げたいと思っている。世の中は戦時下に再び入った。植民地、国、軍部相手に交易による商売をするつもりだよ」

 オルソンは何の心配もないという風にすまし顔だ。

「心配するな、マリサ。船を降りたお前には経営を私と行ってもらう。それは将来的に長男アーネストが引き継ぐものだ」

「マリサ、こうして君と事業をすることができるようになって嬉しく思うよ。アイザックの分もがんばろう」

 アーネストは相変わらずしっかりした物言いをする。オルソン家の長男という自覚もあり、貴族の存続をしっかり見据えていた。

「……承知しました、領主様。いえ……オルソン、見事にはめられたよ」

 マリサは半ば呆れながら笑って了解をした。



 本当にいつもオルソンは何かを策略しマリサを巻き込んでいる。これから先も何が起きるのかわからないが、それもちょっとした冒険だ。

 

 いつもならレッスンが終わった翌日には家へ送り届けてもらうのだが、オルソンがマリサにイライザとの時間を割いてくれたので一日日延べして屋敷に滞在することとなった。

 

 使用人たちもみんな年を取り、使用人マリサを知らない者もいた。そんな中でイライザはオルソン家の使用人として長く働いている。そしてその穏やかな物腰からアーネストの子ジョシュアからも慕われている。ジョシュアの髪は赤みを帯びており、アイザックを思い出させた。アーネストはあの夜会で知り合った女性と結婚している。その結婚は亡くなったオルソン夫人であるマデリンよって仕組まれたものだが、本人たちは一向に気にすることなく仲睦まじくやっていた。

 

 彼らの父であるアルバート・オルソンはグリンクロス島占拠事件によって亡くなったアイザックの死をひどく(いた)み、時間を見つけては墓へ来て話しかけていた。

 彼もまた、人の親だった。



 次の日、イライザやオルソンの家族、使用人たちに見送られてマリサとエリカは帰路につく。

「母さん、楽師の先生と領主様がね、もう少しうまくなったらたくさんの人の前で演奏させてくださるっておっしゃったの。母さんとおばあちゃんも聞いてもらいたいな」

 エリカは新しい曲の楽譜を読みながら楽しそうに話した。

「お父さんも一緒がいいね。きっとほめてくれるよ」

 そう言ってマリサはエリカにキスをする。

「お父さん、帰ってくる?」

「うん、そうね……もう帰っているかもね」

 戦時下になり軍隊は大忙しだ。本当に帰ることができるかわからない。でもマリサはフレッドがそろそろ帰宅するのではと感じられた。



 長い時間が過ぎ、オルソン家の送りの馬車が家へ到着する。

 音を聞きつけてハリエットが慌てた様子で出てきた。

「お帰りなさい。早く中へ入って頂戴。ステキなニュースがあるのよ」

 馬車の御者への挨拶もそこそこにマリサたちは家の中へ入っていく。


 そこには立派な制服を着たフレッドが立っていた。

「3日後には任務でまた船に乗るらしいの。あなたたちの帰宅が伸びたのでこのまま会えないかと心配していたのよ」

 ハリエットはとても嬉しそうである。それはフレッドの制服が物語っていた。

「あれから無事に昇進試験に合格することができたよ。中尉を拝命した。後輩のクーパー君とともに昇進が決まったんだ。長い間苦労させてすまなかった」

 そう言ってはにかむフレッド。

「父さん、父さん、帰ってきてくれた」

 エリカはフレッドに飛びつくとオルソンの屋敷での思い出を矢継ぎ早に話していく。


 フレッドはメイナード中尉のもとへ赴きエドワード・ティーチ一味討伐に加わった。それは任務とはいえ長らく海賊船に乗ってマリサたちと行動をしていたために昇進試験の機会を逃し、戦後に受けるも落ち続けたことで、フレッドをよく知るスパロウ号の艦長他あの元提督まで手を回し昇進のきっかけを作ったのだ。何時の時代でも裏取引はあるのだが、そうはいっても昇進はフレッドの持てる力が最後にものを言ったのである。

 フレッドが乗船していたスパロウ号は任務のため国へ帰ってもまたすぐに任務へついていたため、グリンクロス島から帰ったハリエットとエリカに会えないままだった。ここでもすれ違いが起きていた。

 

「昇進おめでとう、フレッド。あたしはアーティガル号を降りた。頭目はもう必要ないということだし、オルソンから商船会社の経営にかかわるよう要請された。これからはスチーブンソン夫人だよ」

 マリサは自分にも言い聞かせるかのように話した。まだ船の未練がくすぶっている。そんなに簡単に割り切れるものじゃないからだ。でも自分が決めたことだ。


(あたしはあたし。これでいい)


 マリサの小さなつぶやきが聞こえたのかどうかはわからないが、フレッドはマリサを抱きしめると何度もキスをした。


「さあさあ、今日は私の自慢のウサギ肉のホットパイを作るわよ。マリサ、手伝ってくれるわよね」

 ハリエットが嬉しそうな顔で呼びかける。

「おばあちゃん、私もお手伝いする」

 エリカも自分用に縫ってもらったエプロンをつける。ハリエットはかつてイライザがマリサにそうしたように、エリカに小さなエプロンを仕立ててくれていた。

 

 その夜は家族がそろっての夕食となった。本当に久しぶりである。エリカはたくさんの話を眠りにつくまで話し続けた。それはフレッドの心の病みをすっかり消し去ることができたほどだ。

 そしてエリカが寝付いた後はフレッドとマリサ二人きりの時間を過ごすことができた。すれ違ってばかりだっただけに貴重な時間だった。


 商船会社の話はうまくまとまっていき、銀行の融資が受けられただけでなく投資家から資金も集まった。おかげでアーティガル号以外に何隻かの船を買いとることができた。新たな船を建造するには資金が足りず、業績が伸びてからとなった。

 ロンドン市内港の近くに事務所として使う小さな建物を借り、人を雇った。



 1725年。ロンドン港で荷積みを終え、客人を待つアーティガル号の姿があった。今回は商船の航海でなく客船としての航海だ。

 そこへ慎重に桟橋を渡り、荷物とともに少女と貴族、幾人かの使用人たちが乗り込んでいく。

「行ってきます。きっとうまくいくから心配しないでね」

 それは成長したエリカだった。あどけなさがまだ残るが背も伸び、顔つきも引き締まっている。エリカに寄り添うかのように側にいるのはオルソン、アーネストの子ジョシュアだ。ジョシュアは益々アイザックに似てきており、とても可愛がられていた。エリカがレッスンに来るたび共に勉強したり遊んだりしていたので一緒に旅をしたいといっていた。そしてマリサの育ての親であり、オルソン家の使用人として長く働いているイライザもいた。オルソンはエリカのためにイライザを同行させることにしたのである。

 

 エリカはオルソンの計画でドイツやフランスへ演奏旅行に出かけて腕を磨くのである。市民相手の演奏だけでなく貴族や王族が出席するサロンにも招かれている。

 見送るマリサとハリエットは旅行の無事と演奏旅行の成功を祈らずにいられなかった。

「海賊にやられないように頼むよ、リトル・ジョン船長!」

 マリサがリトル・ジョンに呼びかけると彼は大きく頷いた。もう堂々とした船長ぶりだ。


 見おくる人々の中にはマリサとハリエットだけでなくシャーロットとルークもいた。シャーロットとルークはあれから結婚をしていた。ウオルター総督はいったん総督の職を解かれて帰国したが、住民たちの強い要望で再びグリンクロス島の総督として任務に就いている。シャーロットたちはときどき国へ帰りオルソン家に立ち寄っていた。ルークがウオルター家の養子となった形であり、これは結果的に『貴族社会において優位な立場につきたい』というオルソンの野望がかなえられたことになった。そのせいかオルソンはずっと機嫌がよかった。


 

 多くの人に見送られてアーティガル号が港を出ていく。乗員たちは若手に入れ替わっているが、あの連中の気質はしっかりと受け継がれている。

 商船から海賊船、私掠船と形を変えてきたアーティガル号。これまでに数多の冒険をし困難を乗り越えての今がある。

 あれから海賊ハンターとしての活動が落ち着き、マリサは私掠免許をウオルター総督へ返却した。アーティガル号の艤装は再び自衛に限られたものとなった。


 時代遅れの海賊たちは時代に翻弄されながら生き残りをかけて戦い、見事に乗り切った。


 商船会社の経営はオルソンとマリサのほかにマリサの叔父であるテイラー子爵も加わっている。グリーン副長として身分を隠して任務に就いていたが、領主としての務めを果たさねばならず、彼は軍を辞めて務めに専念していた。マリサが商船会社を立ち上げたことを聞きつけ、投資をすることで経営に加わったのである。

 彼もまた策略家なのかもしれない。


 しかしマリサにはそのような策略はどうでもいいことであった。互いの人望でうまくやれるならそれでいいと思った。


 あたしはあたし。このマリサの気質は変わらないままだった。


 水平線上へ消えゆくアーティガル号を見つめながらマリサは一抹の寂しさを覚えたが、それもすぐに消えた。


 今の自分の針路をはっきりと見出していたからである。


最後までお読みいただきありがとうございました。

ご意見ご感想突っ込みお待ちしております。

やはり読みにくいのかなあ……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ