表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/67

64守るべきもの

海賊共和国の終焉を語る最後はラッカムとアン・ボニー、メアリー・リードです。

その後も活動していた海賊がいなかったわけでないですが、大物であり歴史に残る海賊としてとりあげました。最後の海賊の動きまで書くと物語がいつまでも終わらないので……すみません。

次回はマリサとオルソン、そしてエリカの一件です。

 スペイン植民地の島を追放されたアンとメアリーを目的地へ送り届けたマリサ。ふと自分を振り返り、何を守らねばならなかったのか気づきある思いを胸にしていた。

 海賊ハンターとして私掠免許を得、もう何隻もの船を攻撃して海賊たちを役人に引き渡している。そこにはかつてナッソーで顔見知りとなった海賊たちもいた。

 彼らは一同にマリサたちに対して「裏切り者」と声を上げてののしった。


 そのように言われても何も言えない。裏切っているのは事実だ。だが、自分たちは”青ザメ”時代から国のために私掠船として貢献し、その後は海賊(buccaneer)として敵国の船を襲って利益を国に差し出していた。海賊でありながらいつも国とつながっていたのは、前頭目でありマリサとシャーロットの実父でもあるロバートの意向だったからだ。

 ジェニングス下においてイギリス船舶を襲撃する羽目になったのだが、それは家族を人質に取られていたことのよるものとして罪に問われることはなかった。そしてまた海賊ハンターとして活動をしている。


 アーティガル号はマリサの要請でグリンクロス島へ立ち寄った。マリサはどうしてもウオルター総督に話したいことがあった。そればかりかある覚悟を決めていた。


 海賊襲撃により総督の屋敷は燃え、今は再建中である。何かと思い出があった島はまた新たな歴史を作るだろう。


 島の住人たちはもはやマリサたちを恐れたりネタにすることはなかった。そればかりか総督をシャーロットの居所を教えてくれたほどだ。

 シャーロットは港の飲み屋で働いていた。島を占拠されていたときに抵抗勢力がよく情報を交換したあの飲み屋である。あの時からシャーロットは良き働きをしており、店はとても繁盛している。昼夜問わず客が来るのはシャーロット目当てであった。貴族であり総督の娘でもあるシャーロットの飾らない気さくな性格は住民の支持を得ている。屋敷の再建を住民たちが率先して手伝っているのもシャーロットの人望だった。

 シャーロットはマリサを見つけると喜びのあまり駆け寄って抱きしめる。


「こうしていつもいきなりくるんだから、あなたは罪な人ね」

 そういいつつもシャーロットは嬉しそうだ。シャーロットの話では、建築材料の調達の関係で総督の屋敷が完成するのはまだ先の話であり、それまでは空き家を直して住んでいるということだ。奴隷たちは相変らずプランテーションで働いていたが、逃亡する奴隷はいなかった。海賊からシャーロットが守ってくれたことで信頼関係ができていたからである。


 マリサはシャーロットの案内で総督がいる場所へ向かう。その道すがら、ルークが組織の仲間たちと何やら作っているのを見かけた。

「ルーク様、今度はどんなおもちゃを作ろうとなさっておいでです?島の再建の邪魔をなさるのは如何なものでしょうか」

 そう言っているマリサだったが、本心はルークが遊んでいるのではなく何か目的を持ったものを作っているのだと知っていた。彼はそのために諸国で見分を広めたのだろう。それだけでなくルークとシャーロットの関係にも気づいた。あの仲の良さやシャーロットの表情を見れば誰にでもわかるだろう。

「シャーロット、そろそろお父様を安心させないとだめだぞ。ルーク様、シャーロットをよろしくお願いします」

 マリサはそう言って笑った。これは総督にとって安心材料だろう。多分にオルソンから見ても放蕩息子が身を固めるのを望んでいたのは事実だ。歴史ある田舎の伯爵家でありながら亡き妻マデリンの浪費ですっかり落ちぶれたオルソン家は、船のオーナーとしてだけでなく自ら船に乗って稼がねばならなかった。今はもう船に乗る必要はなくなっている。元々オルソンの野望は息子を有力な貴族と結婚させることだ。それはマリサの出自を知り、利用しようとしていたことからも伺うことができた。それは貴族社会において当たり前のことだった。

「先日お父様へ手紙を書き、国へ向かう船に言づけたところだ。いずれはウオルター総督とともにいったん国へ帰り、話を進めることになるだろう。アイザックの分も幸せにならないとね」

 そう言って天を見上げる。ルークはアイザックの葬儀に行くことなく島の再建を手伝っている。

 仲の良かったオルソンの息子たち。マリサの幼少期に共に勉強をしたり遊んだりしたものだ。

 


 シャーロットはマリサを仮住まいへ案内する。そこは石造りの2階建ての小さな建物だ。元々いた住民が亡くなって空き家となっていたのを直している。しかしそこにウオルター総督の姿はなかった。

「お父様はここでじっとして使用人たちに物事を頼む気にならないのよ」

 そう言って今度は海岸へ連れ出す。そこでは漁民たちが網を広げて修繕していた。そこでマリサは思いがけないものを見かける。なんとウオルター総督は漁師たちに混じって網を修繕していたのである。しかも着ている服は住民たちと全くかわらない綿のシャツや仕事で汚れたズボンなどだ。

「久し振りだね。何よりお前の無事が確認できてよかったよ」

 そう言って立ち上がる総督。

「こうして総督閣下に手伝っていただけるのはもったいないことです。手先がとても器用なお方ですぐに仕事を覚えられました」

 漁師たちは身分の高い者と同じ作業をすることを恐れ多いと言いながらも、総督を近くに感じることができ、信頼を厚くしていた。シャーロットとウオルター総督の住民に対する接し方は大方の支持を得てグリンクロス島はまとまりつつあった。



 昼時となり、マリサたちは仮住まいへ移動した。仮住まいは小さかったので使用人たちは同居せずに近くの住民の家を間借りして通っている。警護や使用人がいない状況でも住民たちが何かと声をかけてくれていた。

 マリサは総督とシャーロット、そして求めに応じてきているルークをしばらく見つめると、静かに話し出した。

「お父さま、あたしは家族との時間を大切にしたいと思います。今まで船を優先させて連中を守ることを第一に考えてきましたが、なにかを犠牲にしていたことを今回のジェニングスとジャコバイト派の事件で痛いほどわかったのです。幸いアーティガル号ではリトル・ジョンが船長、副長としてアーサー・ケイがその役を受けることになり、頭目としてのあたしの仕事は終わりました。このまま国へ帰り、今までエリカとお義母さん、そしてフレッドを置き去りにした分を取り戻そうと思います。アーティガル号はその必要がなくなるまで海賊を追い、私掠として活動します。そのため今しばらく私掠免許を所持しますことをお許しください」

 マリサの落ちついた物言いに相当な覚悟を感じたウオルター総督は立ち上がるとマリサを抱きしめた。

「あの”青ザメ”頭目のマリサがここまで決心するのだから私もそれを拒否することはない。イギリスとスペインは再び戦争下にあるものの、国と国の争いに海賊(buccaneer)や私掠(ここでいう私掠は国の求めに応じて敵国船を襲撃して略奪をする公的な海賊)がかかわることはなくなっていくだろう。これからはお前たちが船の針路を決めていけばよい。よく決心したな」

 そう言われて言葉はなくとも少し笑顔を見せるマリサ。船を降りることに未練はないといえば噓になるが、何かを犠牲にしていることを知った今は守るべきものを優先したかった。あのカルロスやサウラは敵国の人間であるマリサたちに危害を加えないばかりかうまく利用していた。金儲けもあるだろうが、意味のない争いをしたくないといったところか。


 国への積み荷と水や食料などを積み込み、翌早朝にアーティガル号は港を出る。国へ戻れば船の補修の間、連中は休みを取るだろう。会いたいものに会えなかった時間を取り戻すのだ。船室で暇さえあればあるものを作っているマリサ。それは覚悟の表れでもあった。



 一方、マリサたちと別れたアンとメアリーは送り届けられた島で無事にラッカムたちに落ち合うことができ、海賊行為を共にしていた。

「アン、あんたはマリサに言えなかったことがあるだろう?意図的に言わなかったのかもしれないけどさ」

 甲板で風にあたっている船員服姿のアンとメアリー。

「そうだね……あの子のことを言えなかった……」

 アンはそう言って目を閉じる。マリサが『子どもでも出来たらきっとあたしの言葉を思い出すぞ』といって守るべきものがあることをきいた。そう、自分だって守っていないのだ。


 ラッカムとの間にできた子がいる。その子はキューバにいるラッカムの知り合いが面倒を見ており、会うことはない。自分の手の中に守るべきものとして抱かれていなければならなかった我が子。

「メアリー、こんな寂しい思いはもうしたくない。マリサに笑われてしまうだろうからね」

 珍しくしんみりとしているアン。メアリーはそれがわからないでもなかった。このころには2人の体にある変調がでており、それが何であるか理解していた。


 2人の女海賊とラッカム一味はその後もカリブ海周辺を荒らしまくる。機動性があり手慣れた仲間たちは船の逃げ足を早くしており、なかなか捕らえられることがなかった。逃げ足の速い海賊としてラッカムたちは知られていた。

 しかしどんな海賊でもやがてその活動に終止符の打たれる時が来る。


 

 1720年8月20日。この日ラッカムの最後のひと花が咲く。

 ラッカムは11人の手下を引き連れニュープロビデンス島に停泊していたスループ船を襲撃する。国の管理下となった島での事件は住民たちや近隣の島の人々を震撼させた。総督はすぐに武装した船をだしたが、彼らは逃げ切ることに成功する。

「俺たちに国王が屈服した瞬間だ。さあ、何も恐れるな。カリブ海は俺たちが制圧する」

 襲撃を成功させたラッカムはとても自信満々だ。あのヴェインが3月にジャマイカで処刑されたことは船乗りたちの噂で知った。冷酷非道な暴れん坊ヴェインは置き去りにした島から再起を図ることができなかったのだ。ラッカムは笑いが止まらない。これでカリブの制圧は自分しかできないと自分に言い聞かせる。

 

 キューバでは、イギリス船籍のスループ船を拿捕していたスペイン沿岸警備船に深夜の乗っ取りを企てると、捕らえられていた海賊を解放し拿捕されていた船を奪った。

 その後もまるでカリブ海沿岸の人々をあざ笑うかのようにラッカム一味はジャマイカ、ヒスパニオラなどで略奪を繰り返す。アンとメアリーは男たちに負けることなく戦っており、仲間たちの信頼を得ていた。海賊船において2人は男と同格であることを証明して見せた。

 しかしこのラッカム一味の横暴は襲撃された船の生き残りの乗員たちから総督へ情報が寄せられる。


 

 1720年10月。逃げ回るラッカム一味を追ってジョナサン・バーネット船長は武装船で海賊討伐に向かい、ついにジャマイカのネグリル湾でラッカムの船を見つける。彼はラッカムたちに対して降伏を持ち掛けたが、ラッカムはこれを聞くことなく逃げる体制をとり始めた。

「あいつらに何を説教しても無駄だ。降伏をしないのなら遠慮なく戦う。海賊どもと徹底的に交戦だ!」

 バーネット船長の指示で部下たちは仲間と連携をし海賊船を追いかけまわす。そしてついに距離を縮めて移乗攻撃を仕掛けていった。

 いつもの討伐と違う動きに気付いたラッカムはその場の部下たちに叫ぶ。

「奴らを追いつめろ!ここは逃げ場のない社会だ」

 しかし逃げ場のない社会に追い込まれているのは自分たちであった。バーネット船長は多くの乗員たちを移乗させてきており、逆に追い詰められてしまう。

 ラッカム一味は自然と船倉へと逃げ込んでいく。もはや袋のネズミ(like a mouse in a trap・罠にかかったも同然のねずみ)である。


「なんだよ、あんたたちは海賊じゃないのか?だったらどんな状況であっても逃げずに男らしく戦え!」

 アンが怖気(おじけ)づくラッカムたちを激しくののしる。しかしラッカムたちは迫りくる私掠たちを前にして体が動かない。

「この臆病者が!」

 メアリーは彼らに腹立たしさを感じて悔し紛れに天井に向けて発砲した。


 こうしてアンとメアリーが仲間を鼓舞するも肩透かしにあい、ついにラッカム一味は捕らえられてしまった。


 

 1720年11月16日。ラッカム一味はジャマイカのセント・ジャゴ・デル・ヴェガにおいて死刑という有罪判決を受ける。これまでに何人もの海賊が有罪となり吊るされている。その後に自分たちも続くのだ。

 

 この死刑判決はラッカムの心を折り、これがあのラッカムかと思うほど抵抗する力を失っていた。これを見たアンは彼を慰めるどころか矢のように厳しく刺さる言葉を彼に言い放つ。

「ラッカム、あたしは今でもあんたを愛しているよ……。あんたについてきてよかった……。でもあんたはもっと男らしくあるべきじゃなかったのか?……あんたがあのとき男らしく戦っていたら犬みたいに吊るされなくてよかったのに!」

 この言葉に追い打ちをかけられたラッカムはすっかりおとなしくなり抵抗することなくキングストンの処刑場であっさりと吊されてしまった。そればかりか見せしめとしてさらされることになった。過去にも海賊キャプテン・キッドが処刑されたのち、遺体をタール漬けにされ、テムズ川河口付近にさらされたのと同様に海賊行為は犯罪だと行交う人々に知らしめたのである。


 ラッカムとその一味、そして捕獲当時ラッカムと酒を飲んでいた者も仲間とみなされ処刑される。


 しかし2人の女海賊はすぐに処刑されることがなかった。

 アンとメアリーは懐妊を役人に申し出たのである。

 アンにとっては2人目。今度こそ人に任せず我が子を育てたいと思った。マリサの言葉を思い出し『守りたいもの』が2人の女海賊にあることを自覚する。

 

 犯罪人であってもお腹の子どもには罪はない。出産まで処刑は先延ばしとなった。

 2人とも順調かと思われたが、メアリーは獄中で熱病にかかり、お腹の子どもと共に亡くなってしまう。勢いだけでは人を守れないと感じたアンは、メアリーの分も生き延びたいといろいろ策を練りながらどうすれば生まれてくる子どもを守ることができるか考える。


 親友メアリー・リードの命をつなぐかのようにアンは生きることに執着した。本来ならば出産後処刑される身であったが、彼女は獄中で出産後も処刑されることはなく、やがてその所在さえ分からなくなっている。

 これは有力者であり資産家でもあったアンの父親が釈放にかかわったともいわれる。子連れで脱獄して逃亡をするのは困難だからである。もしそうだとしても自由奔放なアンのこと、また父親の言いなりにならず家を出ていったかのかもしれない。アンの最期を見たものはいなかった。


 

 海賊共和国はニュープロビデンス島・ナッソーが国の管理下に置かれ、ウッズ・ロジャーズがバハマ総督として着任した。海賊たちは離散しカリブ海から大西洋を荒らしまくったが結果的に海軍や多くの海賊ハンターたちによって追い詰められて討伐されていった。アン女王戦争・スペイン継承戦争は終結したものの、すぐに再び戦火が上がった。

 海賊たちは活動の場を失って事実上海賊共和国は終焉を迎える。そしてウッズ・ロジャーズ総督も順風満帆な人生をおくったのではなく、多額の借金を背負い破産したり総督の地位を追われたりと散々な目にあいながらも再び後にバハマ総督として返り咲いている。それは彼の神への強い信仰心が支えていたせいもあるかもしれない。

最後までお読みいただきありがとうございました。


最終話まであと一歩……

ご意見ご感想突っ込みお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ