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63ヴェイン、伝説と化す

海賊共和国の終焉を語る三人目はジェニングスの愛弟子ヴェインです。

もう少しジェニングスのように計算高かったら世渡りをうまくできたヴェイン。

彼は非道な海賊でしたが、仲間と意気を合わせることは難しかったのかもしれません。

世情を読み解く力があればまた違う展開となったことでしょう。


 1717年に海賊共和国の瓦解が始まるのと同じころ、ジャコバイト派も動きを見せている。スペインがサルデーニャを占領し、1718年にはシチリア島に上陸をしたことから、イギリス、フランス、オランダ、オーストリアは四国同盟を結んだ。平和が訪れたのはほんのわずかであり早くも欧州は再び戦争下にはいる。そこにはジョージ国王を迎えて始まったハノーヴァー王朝を認めず、ジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアートをイギリスの国王とし、スチュアート王朝復古を望むジャコバイト派がイギリス国外でまだ勢力を持っていたことも関係する。

 

 1718年8月11日、これまでの海戦で実績を上げていたイギリス海軍はパッサロ岬の海戦でスペイン艦隊を壊滅させる。これは1588年にアルマダの海戦においてスペインの無敵艦隊を破ったことを彷彿とさせるものだった。1718年12月にはスペインに宣戦布告をし、続いて1719年1月にはフランス、6月にオランダが宣戦布告をしており、スペイン継承戦争で国力を失っていたスペインは勢力を弱めていく。その後スコットランドのジャコバイト派と手を結び、アイリーン・ドナンを拠点にスペイン軍、ジャコバイト派の兵士と政府軍との戦いが始まる。

 戦況は政府軍の優位で進み、アイリーン・ドナン城は政府軍によって占領され、その後、グレン・シールの戦いでも大敗を期していた。(1719年ジャコバイト蜂起とよばれる一連のものである)



 1718年11月末にフランスの軍艦と遭遇しながら戦わなかったヴェインは、ラッカムをはじめとする部下たちによって臆病だといわれ、船長を解任されただけでなく小さなスループ船と15人のヴェイン支持者とともに追放されている。

 しかしヴェインはこれで終わらなかった。ロンドンで処刑を娯楽代わりに見てきた貧しさと残忍さ、無学が彼に食いつくような根性を与えていた。

「俺についてきた忠実なお前ら、俺は必ず再起する。ラッカムを見返してやろうぜ」

 どことなく力強いヴェインの言葉は部下たちを励ます。たとえ文字の読み書きができなくても強ければ略奪でき、金持ちになることができる。フランスの軍艦に向かおうとしなかったのは何か考えがあったのであって、決してヴェインは臆病でないと部下たちは信じていた。その中のひとりロバート・ディールはこれまでのヴェインの略奪成果から、ヴェインを棄てたラッカムたちの選択は誤りだと考えていた。それはもう一度彼に命をかけて夢を見たい……そんな思いだった。


 

 ヴェインはオクラコークでエドワード・ティーチと別れたあと、彼がその後どうなったか知らないでいた。もう一度エドワード・ティーと酒を酌み交わしたいものだと思っていた。

 追放された際にラッカムから少しの食料だけでなく弾薬も与えられていたので、ヴェインはこれを使っていくつかの船を襲撃し、乗員たちを脅して仲間を増やしていった。

 

 港ではヴェインの容赦ない海賊行為のニュースが飛び交っている。ニュープロビデンス島ナッソー・海賊共和国の巨頭のひとりだったジェニングスはベネット総督から私掠の許可を得て、海賊仲間で同じ時に恩赦をもらっていたアシュワースとともに活動しており、ヴェインのニュースを耳にしていた。かつての部下を自分の手で捕らえようと総督に申し出たもののヴェインの出現とタイミングが合わないでいた。


 

 再びカリブ海を制圧してラッカムを見返すという意気ごみで南下をしていくヴェインは、ホンジェラス湾(現中央アメリカにある湾)へ向かうとジャマイカのスループ船を見つけ襲撃した。ジャマイカはイギリス海軍の駐屯地であり、スループ船のような小さな帆船であっても襲撃されたとすれば討伐の目が光るのは言うまでもなかった。しかしイギリス海軍にはそれ以上のことに対応しなければならない状況が生じていた。

 ヴェインがカリブ海で暴れているというニュースは、植民地を行き来する商船やで奴隷船など船舶にとって脅威となっている。船舶の出資者や融資をしている銀行などは生き残っている海賊たちの対応を迫り、海賊ハンターや軍部が目を光らせていた。

 ヴェインは襲撃したスループ船のほうが船の価値があったので、自分たちの船を捨ててその船を海賊船とする。


「これからまた俺たちは強くなる。船を乗り換えていって規模をひろげるんだ」

 新たな海賊船に満足して笑顔を見せるヴェイン。

 ヴェインたちはスループ船という身軽さを活かして襲撃と略奪をその後も繰り返していく。


 だが、自然は身分や出自、罪の有無関係なく公平にその牙を向ける。


 翌1719年2月。ついに自然の驚異であり脅威でもある嵐が彼らを襲った。


 帆船は航海のために常に風向きと風量、そして雲の流れに注視する。動力が風であるので、無風状態が続けば屈強の男たちがボートに乗り、力の限りオールを漕いで帆船が風をつかむまで続けなければならなかった。気象の変動を読むのは生き残るための策だった。

 しかしヴェインたちはそれをやらなかった。スループ船という身軽さがかえって災いしたのかもしれない。


 その日の風は横殴りの雨と共に吹き続け、スループ船の縦帆にぶつかっては船を横倒しそうな勢いである。

 

 ミシッ、ミシッ。

 

 1本だけのマストがうめき声をあげる。彼らは略奪に成功しており、その喜びのため天候の変化を読むことができなかった。本来ならば風をやり過ごして転覆をふせぐため縮帆や針路変更を考えねばならなかったが、もうここまで来ては間に合わない。

 彼らは必死に船のいたるところを掴み、波に洗われる。すでに何人かが海へ引きずり込まれていた。

「ここで死んでたまるか!絶対に生き残ってカリブ海を制圧してやる」

 ヴェインだけでなく手下たちも考えることは生き残ることだけである。船の制御は完全に失われて、唯一の縦帆はロープが切れて今にもマストから引きちぎられそうであった。

 


 やがて時間と共に嵐は過ぎさり、徐々に風が弱まっていった。あれほど牙をむいていた波も風のおさまりとともに高さが変わっていく。

 船はすでに航行不能であり、漂流しているだけでも幸いであった。ヴェインは生き残っている手下たちを確認する。


「ヴェイン、島が見えるぞ」

 手下のひとりが波間に見える小さな影を指さす。

 風はまだ強さがあったが、潮の流れもあり、ヴェインたちの難破船は島へ運ばれていく。


 彼らはまっすぐ島を見つめていた。難破船はそれを目的地ととらえ、確実に島の海岸部へ漂着する。

 難破船を降り、足元を海水で濡らしながら島へ上陸するヴェインたち。


 その島には町はおろか家や住民もいないようだった。嵐に見舞われたようでいくつかの椰子の木がばっさりと折れている。咲き誇っていたであろう赤い花が無残に散り散りになって枝葉を落としていた。

 まずは生き残ることができたヴェインたちは喜び、島で生き延びる手段を考えていく。



 数ヶ月後、この島付近をたまたまある船が通りかかった。その船の船長は島の海岸部に残されたままの難破船をみて、ひょっとしたら誰か生存者がいるのではないかと考える。

「あの島は無人島らしいが、難破船が近くにあることを考えると生存者がいるかもしれない。確かめてみよう」

 そう言ったのはこの船の船長だ。彼は部下を何人か連れて島へ上陸すると捜索を始めた。

 

 この様子を遠巻きに見ていたヴェインは船長の姿を見て飛び出していく。

「助けてくれ。俺たちは船が嵐に会いこの島へ漂着している。頼むから船に乗せてくれ」

 ヴェインがまっすぐ船長にむかっていったのは理由があった。

「お前はヴェイン!ここにいたのか」

 日焼けし髭も伸び放題の男を見ても顔は変わらないのか船長はヴェインと理解したようだ。

「ホルフォード、ここでお前に会えるなんて思わなかったぜ」

 ヴェインは船長の名を呼ぶ。


 ホルフォードと呼ばれた船長は元海賊だった。海賊共和国のかつての仲間に会い、ヴェインはこれで助かったと思ったのである。

 しかし当のホルフォードは生存者がヴェインとその一味だと知ると冷ややかな目で彼に告げる。

「俺はもう海賊じゃない。残念ながら犯罪人を助ける理由などない」

 そう言って仲間とともに船へ帰ってしまった。彼はヴェインがどんな人物か海賊共和国で知り尽くしていた。彼ほど短絡的で残忍な海賊はいないだろう。まっとうに働いている今となってはかかわりたくない人物だった。

「ヴェインの知らない俺の仲間に彼らがあの島にいることを知らせておこう」

 ホルフォードはそう言ってこの情報を海賊ハンターに伝えることとした。



 脱出できると思ったのにそれが叶わなかったヴェイン。悔しさで仲間に当たり散らす。

「あの野郎!今度会ったら殺してやる」

 いくらヴェインが悔しがっても島にいる限りそれはできない。

 

 その後も彼らは救助を待ち続けた。そしてついに水平線上に船の姿を見つける。水の補給のためだろうか、どんどん島へ近づいてきた。ヴェインたちは大きな声で船に向かって助けを求める。

 その声が通じたのか、ボートにのって乗員たちが上陸してきた。彼らはまっすぐヴェインたちを見つめている。

「この島から出たいんだ。助けてくれ」

 ヴェインと手下たちは船の乗員たちに助けを求めた。もはや弾薬は尽きている。このまま島へ残っても生き延びることは難しかった。

「良かろう。お前たちは私の船に乗るべきだ。ただし、犯罪人としてだ。お前たちの正体は知っているぞ」

 そう言って乗員たちはヴェイン一味を拘束した。武器を持たない海賊たちはあっさりやられてしまう。


 この船の船長は先にヴェインと遭遇したホルフォードの知り合いで、この島にヴェインがいることを知らされていた。


 こうして拘束されたヴェイン一味はそのまま海軍駐屯地があるジャマイカへ連行される。


 ヴェインは各地の植民地や船を襲撃し、略奪を繰り返した。信じるものは金品と力だけであった。


 ヴェイン一味はジャマイカで裁判を受けたが、ヴェイン本人は一切の弁解をせず常に社会を呪う発言をしていた。もはや勢力を失いつつあるジャコバイト派を信じ、期待しても何の変化も起こらない。


 

 1720年3月29日。ジャマイカのポートロイヤルの絞首刑場で彼は罪を詫びることなく悪態をついて処刑される。最後までジャコバイト派との連携が叶うことはなく、この世の全てを嫌ったヴェイン。

 伝説の海賊が最期を迎えた一瞬であった。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

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