62女海賊たちの競演③
ご都合主義、強引なストーリー展開の3回目です。ここでマリサはあることに気付きます。リトル・ジョンもようやくある決心をしました。
少し長いですがよろしくお願いします。
海賊たちの生き残りは次々に捕らえられ、犯罪人として私掠船に乗っていった。彼らを私掠船が追っていたのだからアーティガル号側が横取りというわけにいかないだろう。
私掠船から船長らしき人物が降りてくる。挨拶したいのだろうか、彼はちゃんと大振りで羽がついたおしゃれな帽子をかぶり、汚れていない絹のシャツと刺繡が施された上着を身に着け、それなりに身なりを整えている。それは自分たちに敵意はないということを示していた。
近づく船長の顔をみてマリサはどこかであった気がした。記憶をたどりある人物を思い出す。
「エズラ船長!?」
その男は、マリサがフレッドの様子を知るためジャマイカへ向かう途中、総督に投降して恩赦をもらうため同行したいといってきたノズアーク号のエズラ船長だ。
その後彼は恩赦をもらってしばらくは商船として荷を運んでいたが、ジャマイカ総督の要請で私掠化し海賊ハンターとして彼らを追っていたのだ。(35話 マリサ、娼館へ乗り込む)
「これは何とも奇遇なことですな。私はてっきり聖母マリアが出現したのかと思いましたが」
さすがにエズラ船長はマリアの正体がすぐにわかったが状況を考えて微笑むにとどまった。
エズラ船長は自分たちの目的は海賊ハンターとしての行動であり、みんなの協力もあって無事に討伐することができたと説明をし、捕らえられた海賊の生き残りはノズアーク号が最寄りのイギリス植民地へ運び審理を受けさせるとのことだ。マリサはこのことを不安そうにみている役人や住民たちに訳した。
問題はアンとメアリーの件である。
アンとメアリーは襲撃した船に強引に乗り込んだものの、嵐にあって難破している。その際、一緒に乗り込んでいたラッカムの手下は波にのまれて生き残ったのはアンとメアリー、幾人かの難破船の乗員だけだった。
乗員たちの証言もありアンとメアリーはスペイン側に捕らわれたが、海賊船の襲撃のどさくさで脱獄している。
聖母マリアを崇めるかのような信仰心篤い人々の眼差しがマリサの心に突き刺さる。善人の行いほど苦しいものはないのだ。そしてそばからアンとメアリーが違う視線を送ってくる。せっかく牢から抜け出したのにこれではまた捕らえられてしまうのか。ぼそぼそ話す彼女たちの声がマリサの耳に入った。
マリサはカルロスやサウラ、島の役人とスペイン語である取引をする。
その後話し終えると2人の女海賊たちにこう言った。
「あんたたちは聖母マリアに力を貸し、住民たちと共に戦い島を守った。……取引はこうだ……住民と島を守った功績であんたたち海賊行為の罪は帳消しとなる。早い話、島から追放とのことだ」
要は島を守ってもらったものの、かかわりたくないので罪を帳消しにするから出ていけというのである。
この判断にアンとメアリーは安堵をする。
「出て行けと言われても海を泳いでどこかへ行けるわけはない。あんたたちをアーティガル号が送り届けるよ。連中は喜ぶだろうが誘惑はご法度だぞ」
マリサの言葉に顔を見合わせて笑うアンとメアリー。
こうしてアンとメアリーは合法的に自由を得、望み通りにアンの恋人ラッカムが待つ島へ行くことになった。アンはもう二度とラッカムのそばを離れるのは懲り懲り、何があっても彼と同じ船で戦うと決めた。捕らわれの身から自由となったがラッカムと落ち合えばまた海賊となるのだ。それでもいい、悔いはない。
アンとメアリーの処遇が決まると、マリサはそのままカルロスに導かれ屋敷へ向かった。聖母マリアの奇跡を見せつけられた住民たちはそのあとをぞろぞろ付いていき、屋敷の門の前に陣取った。
部屋に入るとマリサは手をカルロスに差し出した。それは神の意向を示すのでなく単に要求しているだけである。
「カルロスとサウラ、あんたたちはあたしを素材にして儲けたようだけどあたしは何の見返りももらってないぞ。アーティガル号の連中だって善意で物事をやっているわけじゃない。それなりの報酬をいただかないと納得いかないからな」
マリサはこのままでは引き下がれないといってサーベルの先を彼らに向けた。ピストルでなくサーベルと用いたのは脅しの意味である。
「そうですね、確かにあなたの言う通りです。私たちはあなたのおかげで好きなことに打ち込み、それなりの生活を送ることができるようになりました。では今後も稼がせていただくという条件で報酬をお渡しします」
そう言ってカルロスはいきなりマリサを殴りたおし、拘束した。
「あなたは時々不用心すぎるんですよ。こんな結果を考えないと全くおもしろくない」
マリサが暴言を吐かないよう口にさるぐつわをはめ、大きな帆布で作った袋にマリサを入れ込んだ。
暴れられずウーウーとうなって抗議するしかないマリサ。あまりにも理不尽な結果に少しでも残された手足の可動範囲で動かし抵抗を見せる。
やがて部屋にギルバートたちが入ってきた。最初は何が起きたのかわからなかったが、目の前の大きな帆布の袋の中で何かがもがいているのをみてカルロスとサウラに敵意を見せた。しかしカルロスが目配せをして裏口に荷車があるのをみせると意味が分かったようだった。
「さあ、静かにじっとしていてくださいよ。船へ連れていきますから」
ギルバートの声に驚き、そして安心したマリサ。
「強引すぎたことをお詫びします。あなた方への報酬はお仲間にお渡しします。いいですか、この島にとってあなたは聖母マリアなんです。真実を知らない方が住民も幸せでしょう。このままお仲間に運んでもらいますから安心してください。マリサ、またお会いできることを楽しみにしています」
カルロスはそう言ってギルバートたちに報酬を手渡すと、そのまま裏口へマリサを運んでいくよう誘う。
マリサがギルバートたちによって屋敷から運び出されたのを確認すると、サウラは屋敷の入り口に陣取ってマリアの出現を待っている人々に告げた。
「皆さん、私たちの聖母マリアは教会が守られたことに満足をし、天へ帰られました。この島には教会が必要です。それはあなた方が一番ご存じでしょう」
サウラの言葉に納得をし口々にマリアと神を賛美する人々。教会よりも砲台だといって暴れたり嫌がらせをしていた男たちはギルバートたちによってあっさりと倒されている。
マリサは無事にアーティガル号へ戻ると連中によって拘束を解かれた。この様子にアンとメアリーは大笑いである。
「なんだい、その無様な姿は。情けなくて涙が出るよ」
アンは相変わらず悪態をついている。
「うるせえ!こんなのはあたしが望んだものじゃないからな!」
島から離れたことでマリサも言動に遠慮がなくなった。しかしギルバートが受け取っていた報酬を見てマリサは満足をする。なんと袋いっぱいに金貨が入っていた。
「この報酬は海賊ハンターとしての取り分じゃなく、あたしを題材にして金を儲けた画家と戯曲作家からの正統な取り分だ」
そう言ってモーガンに分配を頼んだ。たとえそれが私掠関係なくマリサ個人の報酬であっても今回は船と連中がかかわっているので、比率に応じて分配した方がよいとマリサは考えたからだ。
アンとメアリーを送り届ける航海中、リトル・ジョンは船長室(会議室)へ彼女たちを招き、酒をもてなすことにした。禁酒中のマリサは一杯だけ付き合う。その話の中でヴェインとラッカムが分派しており、アンたちはラッカムと共に行動をしていたことを知る。(57話 誤算)
「そうはいってもあのヴェインのことだ、どこかで略奪をして船と乗員を得るだろう。……国は海賊討伐に本腰を上げている。海軍だけでなくこうして海賊ハンターとして活動している元海賊だっているんだ。あんたたちにも言うがバハマ諸島には正当な総督が着任し、結果的に海賊共和国は瓦解している。もはや過去の海賊共和国は存在しない。目の前でラッカムが吊るされるのを見たらあんたはどう思う?」
マリサに問いかけられてアンは即座に答える。
「情けないね。そんな姿を見たくない」
「……あたしはこの目で何人もの海賊の処刑をみてきた……あんなのはもうごめんだ……」
マリサの脳裏に老海賊ジャクソン船長の処刑、そして育ての親だったデイヴィスの吊るされた姿が思い出される。
戦いで人を何人も傷つけてきた。自分と連中を守るためにやらなければやられてしまうからだ。だから誰よりも強くなくてはならなかった。オルソンはそんなマリサの生い立ちをみこして戦いの稽古をつけたのだろう。
「じゃあなんであんたは海賊に?男社会へ飛び込んだのは理由があるだろう?」
同じく民兵として男社会にいたメアリーがマリサに尋ねる。
「……頭目としてのあたしの務めは連中の統率と連中を処刑からまもるため。犬になり下がったといわれようが連中を処刑台に送ることは避けたかった」
この答えにアンは首を振る。
「だからあんたはぶれているんだよ。海賊なら国へ媚びることなく最後まで略奪をしどこまでやれるか夢を追わなきゃね。全くあんたは一途だよ。時代を読んでいるようで遅れてるとあたしは思うけどさ」
アンはそう言ってもう何杯目かの酒を飲んでいる。結構酒豪だ。
「守るってことがどんなことか、あんたたちはまだわからないんだ。子どもでも出来たらきっとあたしのこの言葉を思いだすぞ」
マリサも1杯だけのはずだったが、アンとメアリーのペースに合わせてしまい飲酒量が増えていく。そばにいたリトル・ジョンは警戒し、連中に対応を呼びかけた。
その後も飲酒が続き、穏やかに終わるはずが騒々しい女たちの声で終わった。こうなればお約束通りマリサは泥酔し船室で介抱してもらうことになる。介抱役として一番若いラビットが世話をする羽目になった。
「酒に飲まれるんじゃないよ!なさけないねえ」
この様子をみて酒に強いアンとメアリーがまたも大笑いだ。
数日後、アーティガル号はラッカムとの約束の島へ到着する。普段ならマリサたちが気にも留めない小さなその島にまだ町らしいものがなく、いくらかの漁民たちの漁の基地といった家があるくらいだ。大きな船が出入りすることのできるような港は整備されておらず、小さなボートや漁船が出入りするぐらいだった。それでも水の補給にはかかせないところであり、ラッカムは漁民たちと協定を結んで互いに干渉しないことにしていた。これにより漁民たちは安心して近海の漁ができるうえに基地としている住居も荒らされずに済んだ。
連中はボートでアンとメアリーを送り届けることとし、マリサもボートに乗った。
「本当にラッカムが来るのか。来なければあんたたちは置き去り状態だぞ」
マリサはラッカムの言った約束がどうも気になって仕方がない。まして海賊だ。住民たちが寝返ればアンとメアリーは捕らわれてしまう。
「あんたみたいに不用心じゃないさ。もし漁民たちが寝返ったら戦い抜く覚悟だ。海賊だったあんたならそれはわかるだろう?」
メアリーの言葉は全く不安を感じさせない。そしてアンとメアリーはスペイン植民地の島で海賊と戦ったときの剣と銃をそのまま持っていた。
「それでは神の祝福があなた方にあるように」
マリサは司祭のように手を掲げ、2人のために祈った。
アンとメアリーはそれを拒否するでなく受け入れている。海賊と元海賊の関係であったが、何かしら共通したものを感じられないでいた。
マリサと幾人かの連中を乗せたボートがアーティガル号へ戻っていく。
「いいのか?俺たちは海賊ハンターだぞ。みすみす海賊を見逃すようなことをして仲間が黙っていると思うか」
ギルバートはなぜマリサがあえてラッカムたちを待ち伏せることを選ばなかったのかわからない。
島はどんどん小さくなっていき島の沿岸をめぐる潮の流れでボートが流され始めた。
「おっとこれはいけねえ」
連中はアーティガル号へ向け、櫓を強くかき出す。ボートには給水した樽が積まれている。
「アンとメアリーの罪は問われていない。たとえラッカムが本当に来るとしても待ち伏せてまで討伐しようと思わない。アンとメアリーは一時でも仲間だった。仲間を裏切るようなことをあたしはしない」
同性であるアンとメアリーと酒を酒を飲み、思いを語った一夜。このときマリサはあることに気付いていた。
ボートが船に戻る。再び航海が始まるのだ。
「リトル・ジョン、グリンクロス島へ立ち寄れないか。あたしたちはあれから8隻の離散した海賊船を捕らえて役人へ引き渡している。短期間でかなりの数を討伐したことになる。ただ、ここへきてあたしにはどうしても総督に言わなければならないことがあるんだ」
会議室となっている船長室に各部署の代表が集まる。リトル・ジョン、アーサー・ケイ、乗り込み組からギルバート、マリサの父親が生きていたころからの古参の連中であるハーヴェーだ。マリサはどうしても彼らに聞いてもらいたいことがあった。
「あたしは仲間を処刑から守るためにこれまで戦ってきた。それはあたしが海賊となる際に亡きデイヴィスから突き付けられた条件だった。おかげで大切なあんたたちは処刑されずに済み、こうして航海をしている。だけど……あたしは肝心なことをやっていないことに気付いたんだ……。あたしは自分の家族を守っていない。だから海賊の争いに巻き込んでしまった。今でもエリカは母親のそばにいられず、寂しい思いをしているはずだ。それがどんなに子どもにとって寂しいものか一番あたしが分かっているはずなのに……」
あふれる思いに耐え切れずマリサは泣き出してしまった。ここまで感情的になるのは滅多にないことだ。
本当の親を知らず、使用人の子として育ち、社会の闇を見てきたマリサ。それでもそばにはイライザがおり、何があっても守ってくれた。何年も会わないままのイライザへの思いとエリカへの思いがマリサの胸にあふれている。そう、自分は一番守らなくてはならないものを守っていない。
「ほんとによ、お前は昔から一途だった。デイヴィージョーンズ号へ女海賊として船に乗り込んできたときお前はまだほんの小娘だった。”青ザメ”の頭目として俺たちを守るためと聞いたときは耳を疑ったよ……。だが、お前はオルソンの秘蔵っ子らしく誰よりも強かったし、本当に俺たちを処刑から守るために奔走してくれた。むしろ謝らなきゃいけねえのは俺たちのほうだよ。……マリサ、長い間ありがとうよ。お前が本当の親を知らず、デイヴィス船長やイライザにも甘えることができなかったことを俺たちはオルソンから聞いて知っている。その思いをエリカちゃんにさせるのは俺たちの望むところじゃねえよ。……エリカちゃんの目は初めてデイヴィージョーンズ号へ乗り込んできたときのお前の目と似ている。その目はジャコバイト派に拉致され海賊間の争いに巻き込まれたことで何かを見た、或いは経験してしまった目だ。お前に頭目の役目を言いつけたデイヴィス船長はもういない。だから“青ザメ”としての頭目の地位はもう存在しない。……マリサ、俺たちはお前を束縛しない。もっと早くにこれを言わなきゃならなかったのに、それはいつも先送りにされ忘れられた。アーティガル号は女神に守られし最強の騎士の名前を持っている。私掠として働く必要がなくなればまた商船として荷を運ぶさ……」
古参の連中のハーヴェーは自身もこらえきれないものがあり、うっすらと目に涙を浮かべる。
マリサは彼のこの語り掛けによって救われた気がした。そのように言われただけでもマリサの心を覆っていたものが消えていくようだった。
そしてリトル・ジョンもある決断をする。
「みんな、聞いてくれ。俺はアーティガル号船長の職を受ける。長い間要請されながら拒んでいて本当に申し訳ない。……私掠時代、俺は船を沈められた挙句、仲間とともに捕虜になった。その行先はあの”光の船”の本拠地にあった『嘆きの収容所(Campamento de lamentación)』だ。誰もが生きて出られないと思っていたところへマリサはその場の捕虜たちをすべて救い出した。俺は自分たちの船を失ったことをずっと後悔していた。そんな人間が船長になってもまた沈められるだろうと思っていたし、どこかでデイヴィス船長の影に縛られていた。でもこのまま立ち止まっていても時代は変わっていくことに気付いたんだ。……まずは時代の流れへのることにしたよ。デイヴィス船長の通りにはならないが、俺なりに船長として役目を果たすつもりだ」
リトル・ジョンはついに船長の職を受け入れることにしたのである。
そこへ話を聞いていたアーサー・ケイが励ますかのように話す。
「船を沈められたって?心配するなよな。俺も自分の船ブラッディメアリー号を沈められた。海軍に協力した挙句、海戦の作戦として仲間とともに俺たちの船へ爆薬を仕掛け、火を放たねばならなかった(本編13話 アカディア襲撃②)。このアーティガル号には船がなくなり職を失ったかつての俺の仲間がいる。もう”青ザメ”だけのアーティガル号じゃないんだぜ。リトル・ジョン、お前が船長を引き受けるなら俺は副長として手助けをする。一緒にやろう」
アーサー・ケイはそう言って笑みを浮かべ、リトル・ジョンに手を差し伸べた。海賊”赤毛”を率いて海賊行為をしていたアーサーは、船を沈められたのち、グリンクロス島のウオルター総督の屋敷で警護として雇われていた。グリンクロス島にはオルソンの次男ルークが残っており、アーサーの役を引き継いだ格好だ。
こうしてアーティガル号の船長と副長が決まり、ようやくすっきりとした指揮系統が確立する。
マリサも胸につかえていたものが吐き出され、自分の方向を見出した。父であるウオルター総督に自分の決心を伝えるため、グリンクロス島へ向かう。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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今回こそ入力ミスがないように……(いつも後から気付いて直しています……そそっかしい)