61女海賊たちの競演②
ご都合主義、強引なストーリー展開の2回目です。
アーティガル号編の素材となっているジャコバイト派について全部書こうと思ったら海族共和国どころの話じゃなくなるのでさらっと書くのみとします。
アンの記述は資料によって違い、マリサと絡めるために時間をいじっているところもあります。
髪を染めたマリサはカルロスの画家としての活躍を聞くうち、完成された絵や描きかけの絵が製作室に数多くあるのを見かける。そのどれもがマリサを描いたものだ。
「カルロス……。一体いくら儲けたんだ?」
さすがにこれだけ自分の顔をあちこち描かれたら外にも出られないだろう。スクーナー船の乗員たちがマリサの顔をじろじろ見ていたのはそのせいだ。マリサは無性に腹が立った。
「有り難いことに貧乏からなんとか脱却し、屋敷を構えることができたほどです。ガルシア総督の死後、私は画家として従事しています。サウラはマリサとガルシア総督の話をモデルに戯曲を書いて生計を立てています」
言われてみれば側にいたサウラもガルシア総督に仕えていたときよりも質感が良い衣服を着ている。
つまり、カルロスとサウラはマリサを題材にして金を儲けていたのだ。
「そういうことか……。で、あたしをどうしたい?いつまでも帰らなかったら略奪に飢えた連中がやってくるぜ。せっかく2人の女海賊の手柄を譲ってやったのに全くもって恩を仇で返すっちゃこのことだ」
マリサはすこぶる機嫌が悪かった。
「お腹立ちはごもっともですが、どうしてもあなたの力をお借りしたくてここへ来ていただきました。ここの教会では用地をめぐって争いが起きています。なんとかそれを辞めさせないと争いばかりの町となってしまうだろうと思っていたところへ女海賊が捕らわれ、そこにマリアの絵と瓜二つの女もいたと聞き、慌てて役人に手をまわしました。そういうことはガルシア総督の常套手段でしたから難なくできたことです」
サウラは上品そうに答える。着るものが上等になると話し方も上品になるのだろうか。
マリサはしばらく目を閉じて考えた。どこまでこの話を信じていいのか悩むところである。
「あなたにやっていただきたいのは聖母マリアになりきることです。我々はカトリックの宗派ですから聖母マリアへの思いはあなたたち以上なんです。手を貸していただけませんか」
カルロスとサウラはマリサを題材にして相当儲けているはずなのになぜわざわざ手を貸す必要があるのだろうか。しかも聖母マリアになりきれなどとわけのわからないことを言っている。しかしマリサは疑いが残る彼らの要望に興味を示し手を貸すことにした。それはマリサの育ての親であり亡きデイヴィスの恋人でもあったイライザの存在があったからだった。イライザは敬虔なキリスト教徒だった。これまで海賊共和国やグリンクロス島の一件でずっと会えないままだ。イライザに会いたくても会えない状況がマリサの心を動かす。
「要求は分かった。手を貸すから目的を達成したらあたしをアーティガル号へ返してくれ」
マリサはため息をつくと、教会用地をめぐる争いの解決策をカルロスとサウラから聞くことにした。
宗教画を描いて儲けているカルロスと戯曲を書いているサウラはマリサを利用して教会の用地問題を解決することを考えた。特にカルロスは主だったパトロンがおらず(スペイン継承戦争で国が負けたため財力のあるパトロンが減った)彼を擁護していたのは教会だった。このご時世だからか、宗教画はどこでも人の心を癒した。そのため教会のために働きかけていたところへ新進気鋭の戯曲作家サウラが島へ来たということだ。
教会は植民が始まってすぐに建立されたもので、しっかりとした作りでなく間に合わせで作られた部分もある。問題はその立地条件だ。教会は海を見渡す高台にあり、ここに砲台を作りたいと言い出すものが現れたのだ。海賊による島の襲撃や交易の船が幾度となく被害にあっており、防衛をすることが望ましいという理由だ。
通訳として女海賊たちと島へ上陸したマリサを心配したアーティガル号の連中は、どこにでもいるような船乗りを演じてマリサを探している。しかし彼らはマリサほどスペイン語を習得しておらず、人のうわさ話も理解できない。意を決して片言のスペイン語で犯罪人が捕らわれている場所を探し、役人たちにマリサはどこだとまくしたてる。彼らは今にも乱暴を働きそうな勢いでマリサの名を連呼したものだから役人もようやく気付き、あのマリアの絵がかかっている部屋へ案内した。そして部下にカルロスを至急連れてくるよう命じた。
部屋へ通された連中は宗教画を見て口がしばらくあいたままだ。
「おい、これは何かの冗談か?どう見ても胸以外はマリサだぜ。マリサがマリアなんて俺は神から罰を食らいそうで恐ろしい。これじゃあクラーケンに睨まれるんじゃないかと……ああ……世も末だ」
「そういやマリサの船室でちらっと同じような宗教画を見たことがある。マリサはすぐに隠したけどな」
このように連中が絵を見て噂をするので、絵を褒められたと思った役人は鼻を高くした。
しばらくすると役人に呼ばれたサウラ、カルロス、そして顔を隠すかのようにストールを頭からかぶった女が連中の前にあらわれる。
「心配かけてすまなかった。なんだかあたしはこの島でマリアを演じなくてはならなくなった。あんたたちもこの際だから協力してくれ」
マリサはストールをとると黒く染めた髪をおろす。
「あまり厄介ごとに巻き込まないでくれよ。それはそうとあの2人の女海賊はどうしたんですかい」
ギルバートをはじめとする連中はアンの姿がまだ焼き付いている。
「あいつらと一緒に処刑されたければここの牢に入ればいいぜ。何ならあたしから役人にそう言ってやろうか」
マリサがそういうが連中は首を縦に振らなかった。
マリサが役人たちに連中の目的を話したことで少しは動きやすくなる。
その後連中はいったん船へ戻り、詳細をリトル・ジョンに話した。
「なんだ……またもめごとか」
私掠とは関係ない動きに面倒くさがるリトル・ジョン。それでも協力するのは反英感情を抑えたい一心だ。
ジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアートをイギリスの国王にと望むジャコバイト派は、彼を擁護していたルイ14世が崩御し、1715年のジャコバイト蜂起(マー伯爵の乱をはじめとするジャコバイト派の戦い)が失敗して大量の戦死者と処刑者を出したことでいったんは収まったかのようにみえた。
1718年、スペインがシチリア島を占領するという戦争の火種をまいたため、イギリス・オーストリア・フランス・オランダは四国同盟を結んだ。また、イギリス海軍はパッサラ岬においてスペイン艦隊と戦い壊滅させている。いつ戦争が始まってもおかしくない状況からだった。マリサたちは反英感情が見え隠れする中でこの島へ救助した乗員たちを送り届けていた。
マリサたちは夜も明けないうちに集まると密かに教会へ向かう。朝になれば信心深い信者たちが祈りのため教会へやってくる。それだけでなく砲台を作りたい島の権力者たちが教会関係者や信者たちに嫌がらせをしてくるのだ。何としても彼らの活動を止めなければならない。
マリサは赤い服を着、青いマントを羽織る。赤い色は神の愛であり、青い色は母なる海の色だ。そして目深にベールをかぶると側にいた連中が思わず膝まづいた。
「それだけはやめてくれ。あたしだって本当は恐れ多くてやってられないんだ」
緊張気味のマリサはそう言うと静かに教会内陣の物陰に隠れた。内陣は聖職者しかはいれないところだ。しかし教会存続の危機とあって今回だけということで認められた。
スペイン継承戦争の発端はハプスブルク家が断絶し、そこへフランスのルイ14世が孫であるフィリップをスペイン王にしようとしたのが発端だ。しかしこれまでにもスペインは国の誇る無敵艦隊がアルマダの海戦で英国海軍に敗れたことにより制海権を失い、後の80年戦争や30年戦争において属国が独立したり領土を割譲したりして徐々に大国と呼ぶにはふさわしくなくなっていた。スペイン継承戦争後は地中海から大西洋へ抜ける重要な拠点であるジブラルタルをイギリスに割譲しており、国の弱体化は誰もが認めることだった。
続々と礼拝堂に集まる信者たち。安息日であり、敬虔なカトリック教徒の信者たちは奇跡を期待しているようでもあった。社会不安が彼らをそうさせているのであろう。
やがて老いた神父の説教が厳かに始まる。礼拝堂は小さいながらも多くの信者が集っておりその中には信者に混じってカルロスやサウラの他、マリサを心配して上陸していた連中もいる。連中はスペイン語があまりわからないので説教が始まってしばらくするとウトウトしだした。
そこへいきなり入口のドアが開き、幾人かの屈強な男たちが入ってきた。
「やめな、やめな。そんなくだらねえ説教なんて何にもならないぞ。この島を守るには教会よりも砲台だ。これまでの戦争で神が俺たちを守ってくれたか?違うだろう」
背が高いその男は仲間に目配せをすると教会椅子を倒したりドアを破壊したりしていった。信者たちは叫び声をあげて逃げ惑う。
ガシャーン!ガタン!
あちこちで物を壊す音が響き渡る。破壊すれば教会の機能がなくなるだろうとの目論見だが、石造りであるためそう簡単に教会を壊すことはできない。彼らは神父が止めるのも聞かず、制止しようとする人々に向けて銃口を向けた。
(なるほど……海賊と呼ばれたあたしたちでさえ神を冒涜するようなことは避けた。あんたたち……海賊以下だな……)
サウラが作ったシナリオでは、聖母マリアの出現は説教が終わった直後だった。しかしすでに愚かな男たちによって神父の説教は中断されたのでマリサは好きにさせてもらうことにした。とにかくこれ以上あの男たちを暴れさせてはならない。
張り詰めた空気、そして人々の悲鳴。マリサは我慢ならなかった。静かで厳かな面持ちで内陣から進み出ると何かを受け止めるかのように両手をあげた。一斉に視線を浴びるマリサ。
人々は宗教画のマリアと同じ顔でそこにたたずむ姿をみて驚き、手を組むと膝まづいた。口々にマリアの名を連呼し十字を切る。
「ああ、なんと愚かしいことでしょう。こうして斎庭が壊されていくことをはたして神はお望みでしょうか。いいえ、どんな粗末な場であってもそこに神を崇める人がいる限り、神はあなた方の信仰心を受け止め、守ります。悪と欲望の町と化したソドムとゴモラは、そこに10人の善人がいれば町は救われると天使が告げました(旧約聖書のエピソード。ソドムとゴモラの町は享楽と悪事がはびこったため神は町を滅ぼすことにした。天使はそれを告げるためにソドムとゴモラの町へいったが10人の善人さえいなかった。善人だったロトは天使の忠告を受け家族とともに町をでる。その際、妻は言いつけに背き後ろを見てしまったため塩の柱にされた)。しかしここはそれ以上の善人がいます。神はあなたたちを守ります。神はあなた方とともにおられます」
流暢なスペイン語で等々と語るとマリサは静かに内陣へ消える。
これを見ていたカルロスやサウラは率先してマリアの名を連呼し崇めた。連中はあまりにも迫真の演技だったので自分たちが何をすべきか忘れたほどだ。驚きのあまり立ち尽くしている屈強な男たち。
こうして平和裏に問題は解決すると思われた。しかしアクシデントはつきものだ。
ドーン!
砲撃音が海から聞こえ、地響きがした。どこかに着弾したようだ。ここでひきさがっては砲台を作りたい男たちの望む結果となるだろう。
再びキャーキャー逃げ惑う人々。カルロスたちも予想外の展開に慌てながらも人々を外へ連れ出す。連中は武器を手にし事あらば向かう気でいた。異変に気付いたマリサは船員服の上に着ていたマリアの服を脱ぎ棄てると教会の裏手から港のほうへ降りていく。
「ほらよ、マリサにマリアは務まらねえってことだ。さてオオヤマ、トム、アンダーソン、俺たち4人であいつらに痛い目合わせてやろうぜ」
ギルバートはこのまま破壊者を返すわけにいかないだろうと考え、彼らを懲らしめることにした。乗り込み組としていよいよその役目を果たすのだ。その隙を見てカルロスは住民たちを避難させる。
港へ向かったマリサは状況を把握する。どうやら私掠船に追われた海賊船が港へ向かっているようだ。このままでは海賊船が港と人を盾にしかねない。アーティガル号では早速参戦の準備をしているようで砲門が開かれている。
「……オルソン、引退は早すぎたようだぞ」
呟くものの、オルソンは今頃国でゆっくり過ごしているだろう。任されているラビットの腕を信じるしかない。
この騒動の中、喜ぶ者もいる。牢に入っているアンとメアリーだ。
「あら、なんだか楽しい展開になってきたようだよ。いいね、もっとやっとくれ」
アンは海賊船の襲撃で慌てている役人たちを見て笑う。この間に牢のある建物が被弾したらしく、地響きと共に何かが崩れる音がした。ほこりが立ちこめたため、咳が出る2人。ゴホゴホとせき込みながらも何が起きたのか探る。
あたりを見回すと目の前で牢番が瓦礫の直撃を食らったのか死んでいた。倒れた際にどうやら牢の鍵がポケットから落ちたようで、手を伸ばせば届く距離にあった。
顔を見合わせて笑うアンとメアリー。
メアリーは亡骸のそばにある鍵をとると、手をまわして鍵を開ける。
「誰かさんが悔しがっているだろうね。あはは」
そう言ってアンを誘うとその場から立ち去る。彼女たちが立ち去る際、あの宗教画が気になり部屋をのぞく。この騒動で役人たちは対応に見舞われているらしく、またもや部屋の戸は開きっぱなしだ。
そこには砲撃の被害を免れたあの宗教画が飾られている。
「全く……どこまで悪運が強いんだろうねえ、あのバカ女は。メアリー、これが神のご加護ってもんか」
「あたしたちの悪運の強さはマリサに負けないさ。こうして逃げているんだからね」
メアリーはアンの手を引くと住民たちの流れに乗った。
まんまと逃げることに成功したかと思われたが、ここでお互いに会いたくない顔を見つけてしまう。
「マリサ!」
「アン、メアリー!牢から逃げたのか!」
港へやってきたマリサと鉢合わせしてしまったのだ。人々が叫び声を出しながら家の中へ、高台へと逃げる中、しばらく見つめあったままの2人。
ピューッ!ドーン、ドーン!
海賊船は自棄になっているのかマリサたちの頭上を砲弾が飛び交う。それだけじゃなく港で待ち受ける民兵に銃弾が浴びせられた。揺れる甲板上からの銃撃は命中が難しいものだが何より数でものをいっているのだろう。次々と兵士や住民が倒れていく。
そこへ教会で暴れん坊の男たちに一泡吹かせたギルバートたちが合流し戦いに参加してきた。
マリサは倒れた民兵からマスカット銃や剣、銃弾をとるとアンとメアリーに渡す。
「あの迷惑な海賊を仕留めないとあんたたちも助からないぜ」
共闘を提案したマリサにアンとメアリーも同意する。どのみち牢から逃げてもラッカムの待つところへ行く手段もない。
「あたしはシェークスピアなんて嫌いだけど活劇は好きだよ」
アンはそう言って銃口を彼らに向けた。
「そうこなくっちゃ。女だからってバカにすんじゃないよ。くそったれ」
民兵として働いた経験があるメアリーは手慣れた手順で狙い撃ちする。
ガガガッ!
港へ近寄りすぎてついに座礁する海賊船。そこへアーティガル号からお出迎えの砲撃がなされる。
ドーン!ドーン!ドーン!
動かなくなった海賊船から海賊たちが飛びおり、逃亡を図る。しかし海へ飛び込んでも結局は狙われるのがおちだ。
逃げ延びて港へ上陸をした海賊たちは待ち構えたマリサたちによって切り付けられ倒れていく。座礁した海賊船のほうにも私掠船の乗員たちが乗り込み船長他を捉えたようだ。
無事に戦いは終わり海賊旗が下ろされていく。
戦いが優位で終わり、落ち着きを取り戻した民兵をはじめとするスペイン側の人間は、そこにマリアがいることに気付いた。
「おお……マリア……」
彼らはマリサの姿を見て一斉に手を組み膝まづいた。この島はマリアが戦って守り抜いたという伝説が生まれた瞬間である。奇しくも曇天の雲の間から一筋の光が差し込み、マリサたちを包んでいた。
「マリサ、あんた職替えした方がいいんじゃないのかい」
アンはそう言って笑う。
「うるせえ!好きでやったわけじゃないぞ」
マリサはそう言いつつも今回は仏頂面ではなかった。目の前にいる信者たちの夢を壊したくなかったので彼らの前に立ち、両手を天に広げ穏やかな顔つきで天の神を賛美した。
光の中に立つマリサの姿は彼らの目に焼き付き、強い信仰心として残ることとなった。
カルロスとサウラはこのことにまた一儲けできると確信をし、さっそく構想を練る。
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