57誤算
ここのお話は時系列でいえば「49話 新総督の試練とアン・ボニー」の部分にかかわるもので、ラッカムがアンと駆け落ちをするまでの行動を書いています。マリサたちの動き、エドワード・ティーチの動き、ヴェインの動き、ラッカムの動き、ボネットの動きという大まかな流れで終盤へ向かいます。
話が前後してややこしいかもしれませんが、時系列でいえばどの部分か注釈を入れていきますのでよろしくお願いします。
グリンクロス島の経緯を知らず島へ向かっている海賊船があった。ヴェインの海賊船である。彼はグリンクロス島を占拠するためスパロウ号を先遣として送り込んだ。そしてその成功を知るとグリンクロス島を第2の海賊共和国とし、自分は総督となるつもりで島へ向かっていた。
エドワード・ティーチと酒を酌み交わしてから彼のようになりたいと思い、そしてまだ自分は海賊行為を続けることができると思っていた。
10月にエドワード・ティーチと北アメリカ植民地のオクラコークで再会し、彼がイーデン総督の擁護を得て堂々と略奪をしている姿を見たヴェインは、かつての師匠ジェニングス以上の海賊となることを誓っていた。幼いころから犯罪人の処刑を娯楽代わりに見て育ち、力だけが優位に立てると思っており抵抗する者に対して容赦なく体を傷つけた。短絡的で目先の欲望に捉われるヴェインは恐怖による支配という一面もあった。そんなヴェインにはジョン・ラッカムという有能な総舵手がいる。
ヴェインの信頼を得ているラッカムは彼に比べて思慮深いところがあった。ラッカムにはどうしてもお金を稼がねばならない理由があってヴェインの船に乗り略奪行為をしていた。それはナッソーにいるアン・ボニーとの約束である。
(待ってくれよ、アン。必ずお金をためてお前をジェームズ・ボニーから買い取ってやる)
庶民が離婚するには『妻売り』といって夫が妻を売ることでなんとか成立できた。妻を売っても買う者がいなければならない。高額のお金を夫に払うことで妻は自由となる。それぐらい一般人にとって離婚が難しい時代だった。あのヘンリー8世は離婚を繰り返して何度も妻をめとっているがそれは国王であったからできたことだ。
ラッカムは勝気で男勝りのアンの姿に他の女にはない魅力を感じていた。人妻でなかったらすぐにでも迎えただろう。自分が相応の金額を積んでアンの夫ジェームズ・ボニーにさしださねばアンは離婚できない。
ラッカムはアンを買い取りたい一心でヴェインと共に略奪を行いお金を稼いできたが懸念事項があった。
今のナッソーはウッズ・ロジャーズが正式な総督として着任し、事実上海賊共和国は瓦解している。そこには恩赦を受け入れたホーニゴールドやコックラムなどかつての仲間が海賊ハンターとしてその任務についており、このままだと自分は討伐される危険があった。
(なんとか正当な理由でナッソーに入りアンを迎えないといけない。国王の恩赦の期限が切れる前に恩赦を願い入れるんだ)
アンと結婚をしてまっとうな人生を送るなら海賊行為をし続けてもだめだ。ラッカムはそう考えた。そして徐々にヴェインから気持ちが離れていったのである。
エドワード・ティーチと別れたヴェインたちは西インド諸島バハマまで戻るとエルーセラ島を襲撃して食料などを奪った。エルーセラ島はニュープロビデンス島ナッソーの近くにあり、細長いサンゴ礁の島だった。
「お前たち、古巣へ戻ったぜ。懐かしい風のにおいだ。そう、獲物のにおいがする」
ヴェインはレンジャー号を南下させるとスループ船を拿捕し、ブリガンティン船エンデバー号の荷を奪った。ただ奪うだけならまだしもヴェインの仲間たちは船長と乗員に激しく傷を負わせた。ヴェインの残虐性が増した一瞬だった。
エルーセラ島が国の支配下となったナッソーの近くであったにもかかわらず、うまく略奪ができたことにまだまだ海賊としての力はあるのだとヴェインは気をよくした。
しかしここで事件が起きる。
11月23日。レンジャー号はフランスの軍艦と遭遇する。いままで負けることなく略奪を繰り返してきたヴェインたち。怖いものなしのはずだった。
「船長、やっちゃいましょうぜ。フランス野郎なんざ俺たちの敵じゃありませんや。お上品なお坊ちゃまたちにあんな船は似合わねえ」
部下たちが次々にヴェインを煽り立てる。中には返事を待たずして攻撃の準備をする者もいた。海軍の船を攻撃して略奪できればこれ以上の強みはない。海賊の中の海賊として周りから一目置かれるだろう。それは名誉なことだ。
射程内にフランスの軍艦が入ると部下たちがざわつく。
「船長の声を待っているぜ。目の前の獲物のうまそうなこと!」
彼の冗談に大笑いする仲間たち。今か今かとヴェインの命令を待つ。
そのヴェインはじっとフランス軍艦を望遠鏡で見つづけている。彼の命令なしでは動けない。勝手に動けば謀反をおこしたといわれるからだ。
「船長、射程内ですぜ?」
そう問いかけるがヴェインからの返事はなかった。
しばらくしてヴェインは首を横に振ると攻撃態勢を解く命令を出す。
「軍艦を相手にしても勝ち目はねえ。逃げるぞ」
これには仲間たちが驚き暗黙のうちに抵抗する。海賊が獲物を前にしてやり過ごすなんてことはありえないのだ。しかし船長の命令なら聞かねばならず、レンジャー号は静かにフランス軍艦から逃げた。このことで結果的にヴェインへの支持が離れていく。
翌11月24日。レンジャー号にて民主的な話し合いが『海岸の兄弟の誓い』に基づき持たれる。
「ヴェイン船長は昨日、獲物であるフランス軍艦を目の前にして戦うことをせず逃げるように命じた。ヴェインはこの船の船長としてふさわしいかどうかを投票をする。皆の支持が得られればヴェインは再び船長としてこの船に残る。しかし支持を得られなければ追放だ」
ラッカムが取りまとめるとヴェインを船長としてふさわしくないというものが多数出て、ヴェインは臆病な船長としてレンジャー号から追放されることとなった。
ヴェインは彼を支持した15人の仲間と少しの食料と共に小さなスループ船へ追われ、レンジャー号の新たな船長としてラッカムが皆の支持を得てその職に就くこととなる。
(俺は今までも何とか道を切り開いてきた。このままじゃ終わらねえぜ)
追放されスループ船を指揮しながらヴェインは小さくなっていくレンジャー号を見つめる。彼の最後のひと花が咲いた。
一方、新たにレンジャー号の船長として就任したラッカムはこれで自由を得たことを実感する。彼は1隻の船を拿捕すると、ある商船の船長に自分たちはウッズ・ロジャーズの下へ投降するつもりであると伝言を託す。海賊であり続ける限りアンと一緒になることはできないからだ。ラッカムの伝言は確かにウッズ・ロジャーズ総督の下へ届いたが、それよりも先にウッズ・ロジャーズ総督はヴェイン一味の海賊行為について情報を得ていた。それはまだラッカムたちがヴェインと共にいたころの話であり、おかげでラッカムは追われる立場となったが、あえて仲間と共にウッズ・ロジャーズ総督に出頭して投降した。
「我々はヴェインから海賊になることを強要されたのです。海賊にならなければ殺されるしかありませんでした」
ラッカムのこの主張は受け入れられ、ラッカムとその仲間は恩赦を得た。
その日もアンと密かに会い、抱き合うラッカム。
「もうこれで俺は自由だ……。金も貯めた。これでお前をジェームズから買い取ることができる」
そう言われてアンは喜んだ。かなりの時間、彼がこの地へ来ることを待っていた。
「いよいよだね。なんて甲斐性がある男なんだい」
アンの夫ジェームズは権力に弱く、海賊になるよりも総督に仕えることを選んだ。アンはそんなジェームズに嫌気がさしていた。ラッカムの行動力が頼もしく思えてならない。
ラッカムはジェームズに会うと貯めたお金を見せてアンを売ってほしい旨を伝える。しかしこの時点でアンの不倫はナッソー中に広まっていた。妻を寝取られた格好のジェームズはどうにかしてアンを懲らしめてやりたかった。
ラッカムの申し出にすぐに応じることなく、彼はウッズ・ロジャーズ総督にアンが不倫していることを相談したのである。信心深くバハマ総督として着任するため船に乗った際、海賊たちに倫理と道徳を知らしめるため宗教の本を積み込んだほど信心深かったウッズ・ロジャーズは、アンの不倫を許すことができなかった。
ウッズ・ロジャーズ総督はアンを酒場へ呼び出すと多くの人々の目の前でアンにこう告げた。
「夫が居ながらほかの男に色目を使うとはとても恥ずべき行為であり、神の教えに背くものだ。女は夫に生涯尽くすべきであり、神はそれを望んでおられる。今すぐほかの男への悪しき感情を捨てなさい」
そのように諭すウッズ・ロジャーズ。しかし気の強いアンはこれに反発をする。
「嫌だね!好きな人と一緒になりたいのがなぜダメなんだい?このつまらない男があたしの夫だなんて神様とやらも相当いい加減じゃないのかい!」
こともあろうにアンは総督であるウッズ・ロジャーズに向かって声を上げる。これには周りの人々も驚きを隠せない。
アンの反発に対し、ウッズ・ロジャーズ総督はなんと罰として尻に鞭打ちをくらわせようとしたのである。身分が低く信仰心はおろか道徳心もないような人間に反抗されたら笑い者の総督となるだろう。見せしめとしなければならなかった。
だがジェームズも考えたもので、ウッズ・ロジャーズ総督にアンの許しを乞うた。アンに恩を売ることで自分の優位性を見せつけたのだ。
ジェームズによって鞭打ちの見せしめから逃れたアン。だがアンの自尊心は見事に砕かれ嘲笑の的となった。
(49話 新総督の試練とアン・ボニーより抜粋)
アンはジェームズの企みによって辱めにあい、ラッカムとの不倫を咎められてしまう。だがこれであきらめるようなアンとラッカムではなかった。
アンに何が起きたのか部下から聞いたラッカム。ジェームズの企みは海賊よりもあくどく感じたほどだ。
(もう正当なやり方じゃアンと一緒になれない……。こうなったら実力行使だ)
海賊は相手の物を奪う。食料や武器、船、そしてお宝。どれだけ奪えるかが船長の技量だ。ならばアンを得るには取引でなく奪うまでだ。
ラッカムはアンと駆け落ちをすることを決め、同じく恩赦を受けていた仲間を呼び集めた。
「俺ともう一度冒険しないか。ここにいても職がなければ酒におぼれるだけだ。血が騒ぐものは俺についてきてくれ」
そういうと仲間たちは次々とラッカムに同意する。海賊で味わった宝を得たときのあの快感は忘れられない魔物であった。
ラッカムたちはジョン・ハマンという私掠のスループ船を奪うと海賊行為を再開した。仲間の中にはアンだけじゃなくメアリー・リードという女もいた。メアリーは職業軍人として働いたことがあり男装をしていた。そのため他の男にはない整った顔立ちをしており、恋多きアンの心をとらえた。アンが告白をするとメアリーは笑って自分も女であると告げ、同じ船の仲間として仲良くなっていく。
常時男装をするメアリーに比べ、アンは戦闘以外、普通にスカートをはいていた。
「メアリー、あんたはマリサという女海賊を聞いたことがあるか。あたしも噂で知ったが結構ぶれた海賊だよ」
ある日、甲板で波間を見ながらアンが尋ねる。
「その名前はあたしも知ってるよ。ナッソーじゃ○○切りのマリサだって知られてるさ。あんなものをちょん切ったら楽しみも何もあったもんじゃないのに」
メアリーがそう答えるとアンは吹き出し、ふたりは大笑いをする。
「女は船じゃ忌み嫌われるもの。あたしたちはそれをはねかえしてやる。事実こうしてあたしたちが乗っているのに船が沈むことはないんだからね」
アンは駆け落ちしたことでジェームズから逃れることができ、自由を満喫していた。誰にも束縛されず海賊として自由を得た。そしてメアリーも男と同等の扱いをしてもらうことで満足をしていた。女は男の俗物ではなく同等の立場にいる者だ。それがわかった今は航海が楽しかった。
女海賊がふたりもいることに仲間たちは最初戸惑ったが、彼女たちは同じように戦うことで戦力となっていたため何も言わなくなっていった。これがただの娼婦であったなら慰み者で終ったのかもしれないがアンとメアリーは一人前の海賊として働くことができ、仲間の信頼を得ていく。
ラッカム一味に襲撃されながらも生き残った者たちは女海賊の話を広め、そしていつか女海賊アン・ボニーとメアリー・リードは伝説と化していった。
こうしてアンとの駆け落ちに成功したラッカムはその後も西インド諸島を中心に海賊行為を続けていく。ラッカムもまた最後のひと花を咲かせたのである。
ヴェインとラッカムが咲かせた誤算からくるひと花。それは海賊共和国の終焉を告げる予兆でもあった。
時系列が前後して申し訳ありません。
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