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55反撃の火③

レッド・ブレスト号はいつも派手にドンパチやっているわけじゃなかった。

グリンクロス島へ向かっているヴェイン一味、そしてエドワード・ティーチなど海賊共和国の崩壊とともにそれぞれがかかわっていく。

 グリンクロス島へ近づこうとする船を追い払ったり、沈めたりするいわば要塞がわりに海軍から鹵獲したスパロウ号。そのスパロウ号の海賊のいくらかは、稼ぎたい欲情にかられ、拿捕船に乗って略奪へでている。

「もしスパロウ号でフェリックスを見つけてもその処遇はあたしたちに任せてもらえないだろうか。奴が行った事はあたし達に対する裏切りであり、その裏切り行為によってこのような事態が引き起こされた。あたしは頭目としてやらなければならないことがある」

 マリサはアイザックがアーティガル号へ運び込まれた際、フレッドにこのように頼み込んだ。

「それは艦長に伺ってみないとわからない。君の大義名分より海上輸送の治安が優先されるべき問題だ。一応話してはみるが、彼らは捕らわれ然るべき審理ののちに処刑されるだろう」

 もっともなことをフレッドが言う。確かにそうなのだ。

 "青ザメ"が解団となったことで、海岸の兄弟の誓いよりも国の審理が優先される。それはわかっていた。

 しかしマリサはすっきりできないでいる。裏切り者の仕末は頭目の務めだ。"青ザメ"は解団されたものの、連中の多くは商船アーティガル号に残っている。海賊化し裏切ったのは他でもないフェリックスなのだ。それだけじゃなくグリーン副長までマリサを困らせることを言ったのである。


「アーティガル号には海軍で働いていた乗員がいるそうじゃないか。知ってのとおり、スパロウ号の乗員はジェニングスの罠にはまった際、多くの死傷者をだしている。エヴァンズ艦長は航海に慣れた彼らを正式に迎えたいとのことだ。君たちが嫌だと言っても強制徴募隊が参上するだろう」

 彼らの気持ちがわからないマリサではなかったが、事務的に答えるにとどまった。

「あたしたちは民主的に物事を決めてきた。自分たちの身の振り方は彼ら自身に決めさせてくれ。まだ彼らは商船アーティガル号の仲間なんだからな」

 マリサが仏頂面(ぶっちょうづら)で答えるとグリーン副長は無言で返した。きっと有利なのは自分たちだとみこんでいるのだろう。


 

「スパロウ号を奪還するぞ!」

 グリーン副長が掛け声をあげるとアーティガル号から一艘のボートが降ろされた。

 スパロウ号は無傷で奪還しなければならない。となるとスパロウ号へ乗り込み、海賊と戦うしかない。砲撃の危険はあるが、あちこちからボートで乗り込んだりロープで移乗をして攻撃をしたりするのである。スパロウ号の海賊が減っている今が好機だ。

 

 海軍や海兵隊員たちが次々とボートへ乗り込み最後にエヴァンズ艦長が乗り込んだ。アーティガル号からはグリーン副長、フレッド、クーパーが乗り込んだ。


 リトル・ジョンは彼らを見届けると、港から大慌てで逃げようとする海賊船を(あお)るためアーティガル号を彼らの背後へまわり込むよう指示する。そのまま沖合で構えているレッド・ブレスト号のもとへ()()()海賊がたどり着くようにである。


 何艘もの海軍のボートがスパロウ号へ着けられ、乗員たちが乗り込んでくる。海賊は慌てて錨を巻き上げるがいち早く乗り込んだフレッドが彼を銃殺した。

 逃げるとしても帆を張るには絶対的に海賊たちは人数が足りない。

「どうするんですか、はやく逃げないと」

 口々に海賊連中が言うが、レイモンド船長は判断できかねていた。この人数で何ができるというのだ?

 しかも海兵隊や海軍の乗員たちが数を言わせて銃撃したり切りつけてくる。仲間も応戦するが圧倒的な数の違いで次々と倒れていく。

「逃げるにも帆を張るだけの人手がない。砲撃だ、砲撃して船を追い返せ」

 レイモンドは顔を青くしてありったけの威厳をみせ、保とうとしていた。その心中はフェリックスにも伝わる。

 フェリックスは残っている仲間に呼びかけて砲撃をするために船内へ入っていく。

(う、嘘だろ……。これは負けるんじゃないか……)

 今まで海戦を幾度もこなしてはいるが、戦力となる人員が少ない中でどう戦うのか考えたこともない。

 

 ようやく1発目の砲撃。

 ドーン!


 2発目、3発目が間隔をあけて撃たれた。

 この状況に海軍の誰もがスパロウ号の状況をよむ。

「やはりスパロウ号は人手不足らしい。あんな砲撃しかできないということは人手が限られているのだ」


 グリーン副長とフレッドはエヴァンズ艦長を(かば)いながらレイモンドのもとへ歩み寄っていく。乗り込んだ海兵隊や海軍の乗員たちが海賊たちと戦う中、その目はレイモンドをしっかりと捉えていた。

「君がこの船の船長を名乗る男だな……。残念ながら(いま)だかつて国王陛下や海軍は昇進試験や階級を無視して海軍の船の船長(艦長)を任命することをやっていない。君は悪い夢を見た……そう思うしかないだろう」

 エヴァンズ艦長がレイモンドに銃口を向けると、全てを悟ったかのようにレイモンドは項垂(うなだ)れてその場に立ち尽くした。

 海兵隊員がレイモンドを取り囲み拘束する。

「俺たちはちゃんと私掠免許状を持っている。俺たちに手を挙げたらウオルター総督に手をあげたも同然だぞ?」

 海賊の1人が私掠免許状をさしだす。

「ほう……君たちはこれを細部までよんだのか?」

 グリーン副長は海賊たちを一瞥すると私掠免許状をエヴァンズ艦長へ渡す。

「君たち、この私掠免許状にはこう書いてある。『……アン女王陛下のもと、私掠行為にて国に利益をもたらすことを許可する』とな。さて、君たちに尋ねよう。今は誰が国を治めているのかね」

 海賊たちは顔を見合わせる。時代の流れなぞ興味がなかったのか。

「アン女王陛下が崩御された今はジョージ国王陛下の治世だ。よって、この私掠免許状は無効というわけだ」

 エヴァンズ艦長に言われると海賊たちはすっかりおとなしくなった。

 

 周りでも生き残った海賊たちが次々に拘束されていく。彼らは皆、船首側にある拘束のための牢に集められる。大型の海軍の船には謀反人や犯罪人を拘束する部屋が設けられている。マリサもデイヴィージョーンズ号を沈められた際、その部屋へ入れられ処刑を待つ身となった。

 海賊たちはレッド・ブレスト号の船首側にある拘束部屋へまとめて入れられることとなった。このことに海賊たちは観念したようで、どの顔も土気色をしていた。


 

 甲板上では好機に恵まれてスパロウ号の奪還を果たしたエヴァンズ艦長を讃えてグリーン副長をはじめとした部下たちが歓声をあげている。

「国王陛下、万歳」

 この合唱にエヴァンズ艦長は涙を流した。

 船を奪われてからの日々は生きていることが申し訳なく思えて前を見ることができなかった。

 しかしとうとう奪還を果たし、自分は再びスパロウ号の艦長として乗るのだ。これ以上の喜びがあるのだろうか。


 この喜びをアストレア号、グレートウイリアム号の艦長他乗員たちも分かち合っている。

「君たちはアストレア号やグレートウイリアム号で腕を磨いたのだ。さあ、今からは私と共にスパロウ号の乗員として堂々と働こうじゃないか」

 エヴァンズ艦長の言葉に士気を高める乗員たち。彼らは置き去りの島で苦楽を共にし生き延びた仲間だ。

「艦長、まずは持ち場の確認をしましょう。我らもまだまだた人手が足りていません。海軍で働いていたものの、戦後に失業してアーティガル号の乗員として働いている者たちがいます。()()()()なさいますか?」

 グリーン副長が言うとエヴァンズ艦長は深く頷いた。といっても本当に強制徴募隊を派遣するのでなく、そこは民主的に物事を考えるマリサたちのために、話し合っていくつもりだった。

 スパロウ号では指揮をとるためにも乗員たちの持ち場の再確認が必要で、しかも乗員の補充がまだなので戦いはおろか航海をするにも無理がある。暫定的にアストレア号、グレートウイリアム号から人員を回してもらっているが、どこかで相応の乗員を揃えなければならないだろう。


「エヴァンズ艦長、本日捕らえた海賊たちの中にフェリックスという男がいます。彼は海賊"青ザメ"にいたのですが、恩赦後再び海賊化してスパロウ号を奪うまでになりました。彼についてマリサは頭目としての立場から処遇を任せてほしいと言っています。ご判断を願います」

 フレッドはマリサの言葉を伝える。頭ごなしに何でも無理とは言えないからだ。

「処遇とは自分たちで処罰したいということだろう……しかしそれはできない。フェリックスだけ特別というわけにはいかないのだ。そのかわり話をする機会をつくろう」

 それだけでもかなりの譲歩だ。フレッドはマリサにこのことを伝える。



 スパロウ号に海軍や海兵隊が乗り込む様子に恐れをなした他の海賊たちは出帆準備もそこそこに大慌てでそれぞれの船をだしていく。スパロウ号を援護しようなどという考えすらなかった。掠奪と欲で繋がっただけの海賊たちの連帯は薄い。あの2大巨頭であるホーニゴールドやジェニングスのような強い関係ができていなかった。

 グリンクロス島へ向かっているヴェインがいたならまた変わっていただろう。



「残りの海賊船を追い立てろ。砲撃してもいいがあくまでも煽りだぞ。沈めるのは御法度だ。残念ながら美味しいところは胸赤鳥の旦那(レッド・ブレスト号のこと)に持っていかれるがな」

 リトル・ジョンが連中に指示をする。

 これを聞いたオルソンは物足りなさを覚えて、ラビットに砲撃を任せたほどだ。ラビットはオルソンについて仕事をしていたせいで仕事をよく覚えていたからである。


 アーティガル号の砲撃による執拗な追い立てにあい、港を出ていく何隻もの海賊船。指揮系統が崩れており怒号が飛び交っている。

 その怒号も無駄になるときが訪れた。彼らはレッド・ブレスト号が()()()()()()()ことに気づいたのである。

 レッド・ブレスト号の甲板からあのおじいちゃん……ウオーリアス艦長がとても穏やかにそして厳しそうな眼差しをして出迎えている。

「みてみなさい……あの海賊の船団は全く統制が取れておらず、我々が海戦で行う戦法は通用しない。残念だがこの船の装備の持ち腐れだ。小説なら派手に活躍したい場面だろうが、これは現実だ。そばにシェークスピアがいたら戯曲を書いてもらえただろうにな。諸君、戯曲の主人公は君たち全員だ。自分に恥じないように闘いたまえ!」

 彼がそういうのも無理はない。軍隊同士の海戦なら戦術というものがあるが、海賊は先の読めない動きがあるからだ。

 港から逃げ出した何隻かの海賊船はレッド・ブレスト号を前に、アーティガル号を背後にしてどうすべきか動きの統制が取れてなかった。

 レッド・ブレスト号から海賊船のメインマストに向けて砲丸が飛ぶ。


 ドーン!バキバキッ!


 トップセイルがヤードと共に落ちてくる。ロープがだらりと下がり、砲撃の反動で甲板上の海賊たちがその場に崩れる。

「乗り込め!我ら海軍の統制力をみせつけてやれ」

 艦長の声にボートやロープで移乗していく海兵隊、そして部下たち。孫とともにしばらく暮らしていた彼はすっかり棘がなくなったようだ。

 アーティガル号も別の海賊船めがけて移乗をする。海賊ハンターとして最初の仕事だ。

 乗り込み組が次々に乗り込んでいき、銃撃したり切り付けたりしていく。

「操舵を奪え!」

 オオヤマやギルバートが近くにいたマリサへ向かって叫ぶ。

「任されたよ!」

 マリサは舵を守っていた海賊めがけて小刀を投げつけた。

「ぐふっ!」

 小刀によって舵を持っていた腕を傷つけられる操舵手。そこへ船長らしき海賊がカットラスをふりあげてきた。すかさずサーベルで迎えかけたが、ふと何かを思いつくマリサ。

 マリサは倒れていた海賊からカットラスを奪うとそのまま彼の足下を切りつけた。なにも殺す必要はないのである。

「お前らは裏切り者だ。海賊を舐めやがって」

 怪我をして動けない船長がマリサに向かって毒を吐く。

「あたしたちは時代遅れの海賊だった……だからこそ、いまは時代をよみ、流れにのっているまでだ。海賊共和国は永遠じゃない……それがわからないのか」

 そう言っている間に海軍や海兵隊たちが乗り込んできて海賊たちは次々に捕えられていく。アーティガル号の役目はひとまず終わりだ。

「撤退するぞ」

 マリサの声でアーティガル号へ移乗していく連中。


 立場的に裏切り者だと思われても仕方がない。それはわかっていることだ。しかしそれは何に対する裏切りというのか。

 民主的に物事を決める海賊は掟に基づく自由がある。

 その自由は決して海賊から商船、そして私掠船となっても変わらない。マリサはそう考えた。



 スパロウ号はアストレア号、グレートウイリアム号の助けを借り無事に奪還された。しかし乗員たちの半数近くを置き去りの島での戦いで失っている。

 エヴァンズ艦長はグリーン副長が言ったように、アーティガル号にいる元海軍の乗員たちを迎えたいとリトル・ジョンに申し出た。

「彼らがスパロウ号とアーティガル号のどちらを選ぼうとそれは俺が決めることじゃない。それは彼らが決めることだ。エヴァンズ艦長さんよ、忘れちゃいないか?彼らが抜けたらそれでなくても人手不足のアーティガル号はどうなるんだ?アーティガル号のために強制徴募隊でも出す気か」

 リトル・ジョンのこの語りはかつてのデイヴィスを思い起こさせる。

 マリサや古参の連中も一瞬、亡きデイヴィスの影をみた。


「……問題は簡単に解けないようだな。まあ、強制徴募隊は行うつもりだ。彼らにはグリーン副長から話をしてもらう。私たちは体制を立て直すために国へ戻らねばならない。アメリカ植民地はエドワード・ティーチ率いる海賊が掠奪を繰り返して植民地の交易を脅かしている。スチーブンソン君をはじめ、何人かが討伐作戦のためにスパロウ号からジェーン号へ乗り込むことになった。ご家族にはまた不便をかけるがよろしく頼むよ」

 エヴァンズ艦長はそう言うとアーティガル号にいる元海軍の連中を一瞥し、スパロウ号へ戻って行った。


 まずは国へ航海するためにスパロウ号の点検や荷の積み込みをしなくてはならない。エヴァンズ艦長はそのままグリンクロス島港沖合に停泊をさせることにした。

 またレッド・ブレスト号でも人員が少ないスパロウ号に人乗員をまわし、国へ共に帰ることにした。

 スパロウ号奪還だけでなくグリンクロス島を解放し、海賊に拉致されたまま翻弄されたハリエットとエリカを救いだすこともできた。そのため、1日でも早く2人を家まで送り届けたいとエヴァンズ艦長とウオーリアス艦長は考えていた。


 

 グリンクロス島から海賊が一掃され、廃墟のような屋敷跡が残されている。

「フレッドは要塞に使わず仕舞いで残された火薬や弾薬を、自分たちがありがたく使わせてもらうと言ってたが、結局使わずとも海賊たちを一掃できたのだから、これは島を守る組織が管理しようではないか。今までのように海軍の抑止力に任せっきりでは島の安全は保障されない。組織として総督とシャーロットお嬢さんのもとで、グリンクロス島を立て直そう」

 組織の代表であるマイケルが言うと住民たちから歓声が上がった。ウオルター総督やシャーロットはこれを聞いて島の自治に尽力することを心に誓う。



 そこへ海賊との一戦を終えたアーティガル号が港へ戻ってくる。凱旋の報告かと思いきや、マリサが血相を変えて桟橋を駆け降りて来たのでその場の人々は黙り込む。

「ルーク、急いで船に来て欲しい。アイザックが……」

 マリサの言葉にルークが船へ向かう。その後を総督とシャーロットが追った。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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とても首を長くしてお待ちしていおります。よろしくお願いいたします。

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