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54反撃の火②

反撃は活劇の如くあっさりと……のはずですが、これで終わらないのがミソ。海賊を利用していたジャコバイト派の一掃を陸の軍隊に任せ、海賊ハンターが海賊を追います。

そしてエリカは衝撃的な体験をするのでした。

「アイザック!屋敷からみんなを避難させるぞ」

 マリサの声に部屋からアイザックがエリカを連れだす。乾燥した気候が続いたせいか、可燃物の火の移りが早い。海賊たちは悔し紛れにあちこちに火を放っていた。燭台の火だけでなく洗濯場(湯洗いのために竈門で湯を沸かしていた)や厨房から火を得たようだ。すでに屋敷は煙が充満しつつあり、火があちこち燃え移っていた。煙ではっきりとした視認ができない中、外のあかりを頼りに外へ出られる通路を探す。この状況に今まで我慢していたエリカも恐怖のあまりアイザックにしがみついたまま泣き出した。


 あーん、あーん……。


「大丈夫だ。心配するなエリカ。僕がちゃんと守るから」

 アイザックはエリカの手を取り腰を低くし、壁に手をやりながら進んでいった。庭を望む執務室あたりまで来るとまだ煙が少なく、広い大きな窓が開けられていた。使用人たちは先にここから逃げたようで、使用人頭のハンカチが落ちていた。いずれここも煙と火でいっぱいになるだろう。

(マリサと総督はもう逃げたのか?)

 そう思いながらあたりを見回しているときだった。


 ズギューン!


 銃の音と共に腹部を熱いものがかすった。生温かいものが流れてくるのが伝わる。そして激しい痛みがアイザックを襲った。

「このクソガキめ。お前を先に殺しちまえばマリサも考え直しただろうよ!」

 その声は飲酒量が他の海賊より少なかったため燭台を投げつけて火をつけたあの男の声だ。

「ガキはお前の方だろ……満足に酒を飲めないお前は海賊の風上にも置けないってやつだ」

 倒れこんでいたアイザックがすかさず彼を銃撃する。そしてわき腹を抑えつつも立ち上がろうとするが力が入らない。

 エリカはわき腹を抑えているアイザックの手から血が流れていくのを見て立ち竦んでしまった。その先にはあの海賊が撃たれて倒れたまま自分たちに銃口を向けているではないか。

 彼は最後の力を振り絞って自分たちを仕留めようとしているのだ。彼もまた瀕死の重症であり、ピストルを持つ手が震えていた。

 

「おじさん……怖いよう……」

 自分でどうしていいかわからずアイザックのそばを離れないでいるエリカ。

「大丈夫だ……。君はマリサの子どもだ……。……こんなとき母さんはどうするだろうね……」

 アイザックの声が弱弱しくなってくる。このままではあの海賊は再び銃を撃ってくるだろう。何とかしなければ、と大人びた考えでアイザックを見つめる。

「おじさん、この銃はどうやって撃つの……」

 妙に落ち着きが出てきたエリカ。

「だから大丈夫だといっただろう。そのまま撃てばいいのさ」

 アイザックは力を振り絞ってエリカに銃を持たせるとそのままエリカの体を支え、共に引き金に手をそえた。


「撃て!」

 アイザックの声に反応するエリカ。


 ズギューン!


 確実に標的である海賊を狙い撃ちにし、その男はそのまま動かなくなった。


「アイザック、アイザック!……エリカ!」

 火に包まれつつある屋敷に自分たちを呼ぶ声がする。煙がそこまで来ているのがわかる。視界がすこぶる悪い。

「けがをしているのか。助けに来たぞ」

 その声はフレッドとクーパー、そしてアーティガル号の乗り込み組の連中だ。乗り込み組は船が港へ入った際に島へ上陸しており、屋敷の異変に気付いてここまで来ていた。

 アイザックは板に寝かされるとそのまま外へ運ばれていく。エリカはフレッドが抱き上げた。

「ようやく会えたね。エリカ」

 その声に安堵したエリカはフレッドに抱き着くと何度もフレッドのほほに手をやる。

「……父さん?私の父さん?……助けに来てくれたの……」

 フレッドが頷くと、エリカは今までの恐怖から逃れた安堵のせいか再び泣き出す。

「父さん……怖かった……」

 泣き出したエリカは大人びた話し方をするがまだ幼子である。フレッドはエリカを抱きしめると立ち上がってその場の仲間に呼びかけた。

「総督はマリサが脱出させる。我々はこのまま港へ向かう。アイザックをハミルトン先生の下へ運んでくれ。急げ!」

 フレッドの指示によってアイザックが真っ先に運ばれていく。後を追う使用人、母ハリエット。エリカを抱いてフレッドも続いた。


 屋敷では火の手が回っており、マリサが総督と共に庭から出て港を目指そうとしていた。しかしウオルター総督は執務室から出ようとしない。じっとあるものを見つめていた。それはマリサとシャーロットの亡き母親、マーガレットの肖像だった。これまで総督は何かあるとこの肖像画の前にたちマーガレットへ話しかけていたのだ。

「お父さま、早く逃げないと火が回ってきます。こんな肖像画を見つめていても逃げられません。早くいきましょう!」

 そうこう言っているうちに火がそこまで来て煙が充満してきている。ここも危ないのだ。


(……マーガレット……。もう本当にお別れだ。でもお前は子どもたちの中にたくさんのものを残してくれた。……ほんとうにありがとう……)

 そうつぶやくと肖像画の前のカーテンを閉めた。この場も直に火に包まれてしまうだろう。


 総督の思いを感じ取ったマリサはそのままウオルター総督とともに屋敷から港を目指した。火事による熱で背後が熱い。燃え盛る火の音が聞こえ、火の粉が舞ってきた。総督の手を引きながらマリサは彼がむせび泣いているのを知る。

 住人ではないものマリサにとってもこの屋敷は思い出深いものである。フレッドとの出会いはまさにグリンクロス島だ。屋敷での思い出はマリサにとっても感慨深いものだ。それが火の中へ消えていく。辛さがないといえばウソになる。だが感傷に浸っていられない。


 2人はそのまま港へ走り続ける。


 アーティガル号へ運ばれたアイザックの手当てをすぐさまハミルトン船医が試みる。マリサは総督やエリカ、ハリエットをシャーロットたちに預け、すでに待機していた乗り込み組と共に乗船すると、即座に着替えてサーベルやピストルを手にした。

 島では屋敷が炎上したことで港や船の海賊たちも何か気付いたらしい。酒に酔って騒いでいた海賊たちも続々と各々の船へ乗り込んでいく。


「さあ、合図だ」

 オルソンの掛け声とともにアーティガル号から2発の砲弾が逃げようとした海賊船1隻に向けて撃たれた。


 ドーン、ドーン!


 この音はあの艦隊まで聞こえ、彼らの望遠鏡からも港で動きがあることが見えた。そして島の丘の上で火災が起きていることも確認できた。

 

「総督の屋敷が燃えているのか?総督は助け出されたのだろうか」


 そう心配する部下たち。


「無事に救出したからこそアーティガル号は合図を出したんだよ。さあ、我々は使命を果たさねばならん」

 スパロウ号の正式な艦長であるエヴァンズ艦長とアストレア号・グレートウイリアム号に分かれて乗り込んでいる部下たちは、海兵隊やほかの海軍の乗員たちとともに船の援護を受けながら真っ先にスパロウ号奪還をしなければならない。


「グリンクロス島へ針路をとれ!スパロウ号の海賊は留守番ほどだ。だからと言って侮るな!ほかの海賊どももこの際に討伐するのだ」

 アストレア号、グレートウイリアム号、そして後ろから戦列艦レッド・ブレスト号がグリンクロス島を目指す。


 戦列艦という大きな船であるレッド・ブレスト号は後方で海賊船を一網打尽にするだろう。できれば拿捕をして1隻でも船を国へ納めたいものだが、なかなかそうも言ってられない。


 島では海賊船へ戻らず真っ先に弱き立場の住民に危害を加える海賊たちがいた。そんな彼らに立ち向かう住民がいる。

 マイケル率いる抵抗組織だ。

「ここは俺たちの島だ!お前たちの自由にさせてたまるか!」

 組織の代表であるマイケルは仲間に呼びかけて反撃を開始する。


 建物の2階から女たちがあの臭いジュースをバケツに入れて待ち構え、シャーロットやルーク、ほかの仲間たちがあの製作物の方へ回った。ルークが楽しんで作った武器である。武器を持たない老人たちも考えられるものを持ってきており、そばではアーティガル号から仕入れたたくさんの鶏が歩き回っている。

 

 海賊たちは武器を持っては住民を銃撃しようと狙ったり、振り上げたカットラスで切り付けようとしたりしている。しかし住民たちがひるむことはなかった。

「俺たちが黙っていい子にしているわけがないだろう?」

 若い男が建物の2階、3階にいる女へ合図をする。

「そうれ!島の特産ジュースだよ!」

 女たちがあちこちの窓から海賊めがけて臭くてたまらない腐った魚の液体を振りかける。

 その匂いはすさまじく、海賊たちは持っていたカットラスを落としたほどである。


 ひとりの海賊が腹を立ててマスカット銃を女たちに向けた。これにすかさず島の老人たちが迎える。

「さあさあ、餌をもらいな」

 老人たちは鶏を持ち上げては海賊たちに投げつける。他にも集めていた鶏の糞を海賊たちに投げつけた。これもまた強い臭いを持っており、鶏糞をかけられた海賊は顔をしかめながら身体に降りかかった鶏糞を払っていく。


 コケッ!コケッ!


 驚いたり怒ったりした鶏が海賊を追い回し、くちばしで小突いてくる。

「うわっ!なんてことだ」

「臭えぞ!臭え!」

 逃げ回る海賊たち。たまらなくなった彼らは海賊船に乗り込もうと各々の船に向かっていく。船から砲撃する気だろう。

「ルーク!出番よ」

「OK!僕のおもちゃを披露しよう」

 シャーロットの呼びかけでルークと仲間たちが製作物をロープで引っ張ってくる。

「全く、貴族の坊ちゃんの考えることはわからない。こんなおもちゃが役にたつのか」

 そう懐疑的に思いながらも組織の男たちは短期間でつくり組み上げた。


 それは中世の戦いで使われていたカタパルト(投石機)である。車輪があり移動ができるこのカタパルトに男たちが火で熱せられた石を受け皿に載せ、掛け声をかけた。

「そーれい!」

 掛け声とともに限界まで巻き込んだロープが放たれた。たちまち火のついた石が逃げる寸前の海賊船のメインマストの帆を突き破る。

 乾燥した空気のおかげで燃え上がる帆。その火が帆に燃え移り、やがて帆桁とともに落ちてきた。船は船火事が最大の恐怖だ。

 甲板上で慌てた海賊たちが逃げ惑う。

「あんなおもちゃにやられてたまるかよ。お前ら、お返ししてやれ!」

 スループ船やブリッグ船など様々な船の海賊たちは住民たちの反撃にやり返す気だ。


「撃てー!」

 海賊船から港の住民たちがいる方向へ砲丸が飛ぶ。


 ドーン!


 音を立てて崩れていく建物をみて住民たちは益々士気を高める。

「お返しだよ」

 ルークが投石を指示する。

 2発、3発。

 百発百中とはいかないまでも、熱く熱せられた石は海賊船にとって恐怖である。


 海賊船は後退しながら砲撃を企てる。さすがに投石機の射程距離を越えており、ルークたちは身構えた。

 しかしここへ援軍がやってくる。グレートウィリアム号とアストレア号である。

「よし、あとは本業に任せて僕たちは避難しよう」

 ルークの呼びかけで住民たちが島の高台まで避難し始めた。


「酷い人たちね。みんな燃えていくわ」

 燃えていく屋敷を見て呆然とするシャーロット。

「ウォルター総督や使用人たちもみんな助かったんだ。それだけでもありがたいことだよ。さて……困ったことに僕を残してアーティガル号が出てしまった。このまま迎えに来なければ僕は置き去りだ……」

 そう言いつつもルークはどこかすっきりした様子である。

「それならルーク、この島に残って復興を手伝っていただけないかしら。もしマリサが許可してくれたらね」

 シャーロットがそういうとウオルター総督も手を差し伸べた。

「私からもお願いするよ、ルーク。マリサとオルソン伯爵も断らないと思う。考えてくれないかね」

 総督からそのように言われたルークは満更でもなかった。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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