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53反撃の火①

火災避難訓練で煙体験をしましたが、煙の怖さがよくわかりました。何も見えないので逃げるときは腰を低くして壁伝いに逃げる必要があります。

さあ、スパロウ号の奪還へコマを進めようではないか。……これはあの怖かった某海軍の提督の言葉です。

 私掠免許状をもらったスパロウ号の海賊たち。半数ほどは拿捕した船で略奪をするため海へ出ている。レイモンド船長はヴェインから任されたスパロウ号を離れるわけにいかず、略奪に行けなかった留守番の海賊たちの不満を感じながらスパロウ号を守っていた。あのフェリックスはマリサとウオルター総督、特別艤装許可証の関係を明かしてしまったことから罪悪感が生まれ、あえて略奪に参加しなかった。フェリックス同様にいったんはウオルター総督の恩赦により自由を得ていた私掠や海賊だった連中7名も、稼ぎたい一心でヴェインの下で海賊化している。”光の船”の収容所からマリサによって救い出された彼らは、自分がやっていることは”青ザメ”に対する裏切りだと自覚していた。


 

 空は珍しくどんよりとした雲が広がっており、生温かな風が吹いている。

 この風は敵か味方か。腰を痛めた掌帆長のハーヴェーは風のにおいをかいでその先に天候が悪くなりそうな気配を感じる。

「さて……天はどちらに味方をするのやら。お前たち、せいぜい鳴いて船を守ってくれよな」

 ハーヴェーはアーティガル号の守り神として飼われている2匹の猫に話しかけた。猫たちはデイヴィジョーンズ号が沈められる前からネズミ対策として飼われており、連中にすっかりなついていた。牛や羊など商品として家畜が船に乗っていた時は興味津々で近づいていたが、その大きさに怯える様子もあった。

 風は生温かさを除けばよい風だ。順風満帆でグリンクロス島に向かっている。そしてはるか後方にはあの艦隊が後を追っている。

「メーソン、艦隊の様子はどうだ?」

 グリーン副長が檣楼にいるメーソンへ向かって尋ねる。メーソンもハーヴェーと同じく古参の連中のひとりだ。まだまだ見る力は衰えていなく、逐一、望遠鏡から見える情報を流していた。

「ちゃんと程よい距離でついてきていますよ」

 メーソンが示す方向には肉眼では見づらい艦隊の姿がある。いよいよだ。


 アーティガル号はこれまで各港に出入りする船乗りたちの情報から、スパロウ号から分かれた海賊が私掠免許に基づき略奪を行っていることを(つか)んでいる。これは艦隊にも共有された。

「ウオルター総督が何も考えずに私掠免許を海賊に与えるとは思えない。ウオルター総督は海賊に対して罠を仕掛けているのかもしれない。いろいろ憶測はあるが、そのようなものにとらわれず任務を遂行すべきだ」

 グリーン副長とリトル・ジョンが連中に檄を飛ばす。


 今回の荷は島へ卸す食材だけでなく必要な医薬品も荷として積まれていた。アーティガル号の連中は経験上、海賊たちが求めているものを熟知していた。

 海賊も生身の人間であるからだ。


「見えました!グリンクロス島です」

 檣楼からメーソンが叫ぶ。この航海は『裏切り者』のレッテルはがしと信用付けのための最後の航海だ。荷を降ろす目的と島とスパロウ号奪還に向けての作戦行動に入る。遠く見える島影は間違いなくグリンクロス島だ。

「さあ、やろうぜ!俺たちの入港がマリサたちへの知らせだ。演劇よろしく幽霊でもでそうな風が演出してくれてるぞ。お前たち、マリサに負けず俳優を務めろよ」

 リトル・ジョンの声に呼応する連中。艦隊はすでに待機地点に到達している。待機中、もし海賊船に会えばそのまま沈めるだろうが本来の目的ではない。



 生温かい風は湿気を含んでおり、汗ばんでくる。そして戦いなれた彼らに緊張をもたらした。


 入港してくるアーティガル号の姿をスパロウ号や他の海賊たちも見ており、彼らはこの船の荷を気にしていた。略奪品の売買の依頼は断られたものの、食料や家畜のほか海賊が最も欲しがる医薬品や弾薬を買い付けてくることがあったからである。”青ザメ”の時代からマリサたちの船にはハミルトンという船医がおり、その指導もあって連中は壊血病になることがなく歳をとってもハーヴェーやメーソンのように元気で過ごしているが、一般的に海賊船には誘拐でもしない限り船医はいないので医薬品は貴重だった。梅毒にり患しているエドワード・ティーチも薬品を欲しがり常に船に常備していたほどである。

「フェリックス、もしアーティガル号が薬品を積んでいたら買い付けておけ。ここで買っておかないと略奪に出かけている奴らが何か文句を言ってくるかもしれないぞ」

 スパロウ号の留守を預かるレイモンド船長たち。略奪して稼ぎたい欲求があるが、なにかあればスパロウ号で応酬する必要があり、その欲求はかなわなかった。ヴェインからスパロウ号を任されている自分は船長として船を守り、やがて乗り込んでくるであろうヴェインを待つしかない。島の総督の屋敷を占拠している部隊は総督を人質とし軟禁状態にしている。とにかくヴェインが来るまで乗り切らねばならない。しかし財の欲望に駆られた仲間たちは拿捕船に乗って略奪へ出かけてしまった。それが不利であることをレイモンドは分からない。ヴェインが来るのを心待ちにしながら本当は船長という重みから逃げたいと思っていた。



 このアーティガル号の姿は屋敷の洗濯場で作業をしているマリサの目に入った。そして同じく漁師として小舟に乗って近場の魚を取っているフレッドとクーパー、アーサーも確実にその姿を捉えた。急いで漁をきりあげ、港へ戻るフレッドたち。港で仕事をしている組織の代表マイケルたちも情報が入り、それぞれの役目に備える。シャーロットとルークも互いに頷くと準備を始めた。


 

「マリサ、神は見方をしてくれたようだ。予定より早くアーティガル号がきたぞ。この嵐を呼びそうな風に乗ってくるとはね」

 アイザックは病の進行からくる体調不良を感じながらも島の奪還に気を集中している。

「誰かさんがシェークスピア好きだからだろう。屋敷にいる海賊たちは酒でも飲ませておけば寝てくれるだろう」

 そう言ってマリサは胸元から紙包みをだす。それはまさしくオルソンの妻でありアイザックやルーク、領地に残っているアーネストの母親を(あや)めたあの毒だった。マリサはこの毒を使うことをためらわずにいられなかったが、2人で総督たちを助けるには海賊を少しでも戦闘不能にする必要があり意を決して使うことにした。

 総督以外には作戦のことは話していない。国王の代理人でもある総督の身を真っ先に海賊たちはどうにかするだろう。何としても総督の身を守らねばならない。

「焦って()()()()()などするんじゃないよ」

 アイザックは含み笑いをすると島へ近づきつつあるアーティガル号を見つめる。

 使用人として働きながらマリサとアイザックは武器を隠し持っていた。敵は何か気に入らないことがあるとすぐに銃口を向けてくるからである。

「さて、今日はアーティガル号が運んだ食材を使って()()()()()()ご馳走を作りますか……」

 マリサはそうつぶやくと胸元に手を当てた。


 

 アーティガル号の入港と共に荷が卸されていく。スパロウ号の海賊たちは医薬品に飛びついた。梅毒に罹患しているものが何人かいるようで、注射器や水銀が真っ先に売れた。戦闘で傷を負ったときの塗布薬もあり、船医がいない彼らは自分たちで処置を行わなければならなかった。

 医薬品については多めに利益をとることを主計長モーガンが提案し、リトル・ジョンが許可をした。あくまでも商船としての意地をみせたのである。


 アイザックも言われた食材を買い付けに来ている。マリサの言う通り今日はご馳走だ。ウオルター総督はレイモンド船長に対し昼食会の招待をしたが、レイモンドはヴェインからきつくスパロウ号を守るように言われており、残念そうに断った。その為、スパロウ号に残っていた海賊の一部とたまたま港にいた海賊船の船長たちが招かれた。はたから見れば非常に奇妙な集まりであり、明らかに総督が海賊と手を結んでいるとみられてもおかしくない状態だった。

 このことを使用人たちは納得いかないようだったが、マリサは総督に何か考えがあるのだから従うように、と言いくるめた。元海賊であり、海賊を撃退したことがあるマリサの言うことだったので信じるしかなかったのである。


 昼過ぎにはお腹をすかせた我が物顔の海賊たちが集まってきた。船長たちはそれでも気を使ったのだろうか、血や汗、汚れが染みついたシャツを脱ぎ、ぼさぼさの髪を櫛といては整え、髭もそっていた。服装は略奪品であろうが、何とか着こなしてそれなりの努力を見せていた。

 まだ幼いエリカはアイザックと共に部屋にこもっている。ピストルやサーベルを持ったアイザックは何かあらばエリカを守ろうとしていた。そのエリカも何かいつもと違うことが起きそうな気配に気づき、アイザックの下を離れようとせず、腕にしがみついている。


 

 テーブルに所狭しと並ぶ料理。義母ハリエットも調理を手伝っており、スチーブンソン家のフィッシャーマンズパイ、ホットパイも作られた。イギリス出身の海賊たちは特にこれらを喜び、(むさぼ)るように食べた。

「今日アーティガル号から仕入れたばかりのラム酒です。ジャマイカ産です。この島の酒と違いすぐに酔いが回ってきますよ」

 総督がそう言うと海賊の客人たちは喜び、笑った。緊張が解けた一瞬だった。

 海賊たちは酒がふるまわれるとそれぞれよく味わっていた。酒を配っているマリサはあらかじめウオルター総督には毒物をいれていない酒を真っ先に配った。そのことを身分の差だと海賊たちは思い込んでおり騒ぐ者はいなかった。

 美味しいといっては一気に飲み干す客人たち。

「そんなに慌てなくても酒はまだたくさんあります」

 総督が笑顔で言うと、酔いが回ったのかろれつが回らなくなった海賊のひとりが不満そうに愚痴をいう。

「それはそうと、宴会につきものの女はいねえのか。その年取ったハリエットのことひとりじゃちっとも面白かねえよ。せっかく俺たちはおめかしをしたのに抱く女が居ねえと肩透かしを食らった気分で今いちもりあがらないぜ」

 この愚痴に同意する客人たち。確かにこのような場には女性がつきものだ。その女性はハリエットがいるほかは使用人だけである。


 総督がなだめるうちに飲酒量が増えた海賊たちはふらふらになって床に倒れこむものが出てきた。毒が穏やかに効果を出しているのである。この様子に全く酒が進まない総督を見てひとりの海賊が叫んだ。

「お前、何か企んでいるな!」

 この声に他の海賊たちも異変に気付くが体がうまく動かない。やっと銃を出したものの今度はポイントを定められずにいる。


 ズギューン!ズギューン!

 破れかぶれに何度も銃を撃ち放つ海賊たち。

 マリサはまたしても毒の量を間違えていた。あのときオルソンの妻マデリンを毒殺しようとしたあの希釈で今回も行ってしまったのである。


「女をそんなに必要としてるんならあたしがいくらでも相手になってやるぜ」

 マリサはリネンのキャップを脱ぎ捨てると巻き上げていた髪を下ろす。

「女は栗毛ばかりじゃないんだぜ。よく見てな」

 そう言って手をゆすぐための器をとると水を頭からかぶった。髪粉が落ちていったところが金髪に変わっていく。

「まさかマリサ……」

 酔いがさめたかのようにつぶやく海賊たち。この機にウオルター総督はテーブルに隠し持っていた銃を取り出すと海賊たちに銃口を向けた。そばの使用人たちがキャーキャー言いながら物陰に隠れたのを見計らい、マリサも銃口を海賊たちに向けた。なぜすぐに海賊たちが死なないのか不思議に思いながらも体の自由を奪うには十分だろうと自分に言い聞かせている。

「くそったれ!」

 一番先さきに叫んだ男がろうそくごと燭台をとってカーテンに投げつける。いくつかの燭台がカーテンへ投げつけられてあちこちに火の手が上がった。彼は酒の量が少なかったのかまだ体の自由があるようだ。


 ズギューン!

 マリサは彼に向けて銃を撃ち放った。対峙するマリサと生き残りの海賊たち。しかし多くは毒によって体が自由にならない状態だ。


 火は乾燥しきったグリンクロス島の気候によりどんどん燃え上っていく。たちまち燃え広がり、焦げ臭いにおいが立ち込めた。

 この火はマリサだけでどうこうできるものでない。燃え上った火が港からも見え、アーティガル号や島の住民、海賊船にいた乗員たちも火事を知ることとなる。

 消火するにも人手と水がいるが、まずは邪魔な海賊たちを先に何とかしようとマリサはまだ意識がある海賊たちを銃殺していく。


最後までお読みいただきありがとうございました。ご意見ご感想突っ込みお待ちしております。

どんな小さなことでもお言葉をいただければ喜びます。よろしくお願いします。

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