52私掠免許
スペイン継承戦争・アン女王戦争の戦時中、私掠免許をもらった私掠船の男たちは合法的に敵船を襲い、利益を国へ治めていました。もちろん自分の取り分もあるわけです。”青ザメ”もマリサが生まれる前から私掠免許をもらい活動をしていました。ある時からもっと稼ごうと考え、私掠から海賊( buccaneer)へ形態を変えていったのです。(幼少編)
グリンクロス島が海賊に占拠され、海賊と住民との奇妙な共存が生まれて久しくなったある日、スパロウ号ではレイモンド船長の働きに不満を持つ大勢の部下たちが船長室に詰め寄っていた。
「船長、俺たちはあんたに命を預けてるんだ。それなのに少し働きが悪いんじゃないか?俺たちはこうして略奪のために海へ出ることなく、島の防衛役だ。ところが海賊として海へ出ている船の連中は稼いでは俺たちの前で自慢して飲み明かしている。俺たちだって海へ出たいんだ!いつまでここへ船を停めておく気だ?海賊として情けねえぞ!」
この男の発言に同意する部下たち。反乱が起きそうな気配であった。しかもレイモンド船長側につく部下は少ない。海賊共和国の巨頭たちのような手腕はレイモンドにはなかった。レイモンドは海軍の奉職経験があるのだが、操舵や操船に先頭きって携わっていたわけではない。どうしても後手にまわることがあった。
そして別の男がこうも言った。
「船を動かすのでなく要塞代わりに停泊させているのなら俺たちも稼がせてくれ。拿捕した船で航海にでるつもりだ。それを認めてくれ」
また、別の男もこのように話す。
「俺たちは合法的に略奪を行いたい。噂じゃあのエドワード・ティーチも私掠免許をもらい略奪をおこなっているそうだ。かつて私掠船(privateer)が私掠免許をもらって合法的に敵国の船を襲っていたように俺たちも私掠免許が欲しい。あんたはこの島を占拠している海賊の代表だ。ウオルター総督に掛け合ってくれ。それができなければ民主的に船長交代だ」
この言葉は彼らの本心だろう。そしてそのままにしておけば本当に反乱となりかねない。レイモンド船長は彼らの要求を受け入れざるを得なかった。
この状況を”青ザメ”の仲間であり、いったんは恩赦をもらって罪を許されたものの再び海賊化したあのフェリックスがじっと見ていた。レイモンドはその視線に気づき、酒の席に誘う。
この誘いを断らなかったフェリックスはやがて"青ザメ"の海岸の兄弟の誓いを破ってしまう。
数日後、グリンクロス島に占拠し続ける海賊代表として、レイモンド船長と仲間たちがウオルター総督と交渉をする。
「私たちは居心地が良いこの島を活動拠点としているが、あなた方住民と共存している以上、お墨付きが欲しい。なんでもあなたは”青ザメ”を擁護し、海賊船デイヴィージョーンズ号に特別艤装許可証を与えていたそうじゃないか。かつての”青ザメ”の乗員のひとりがスパロウ号におり、そのことを話している。ということは我々にも同じようにしてもらわねば島の平穏を脅かすことになるだろう」
そう言ってレイモンドは銃口をウオルター総督に突き付けた。船長としての働きをめぐってスパロウ号であわや反乱になりそうであるため彼らの要求である私掠免許をどうしてももらわねばならなかった。そして彼は”青ザメ”が解団した後、ヴェインの仲間として海賊に戻っていたフェリックスからあれこれ聞き出していたのである。しかしレイモンド船長自身は海軍にいた経験があるものの下で働く乗員であり、操舵や掌帆など自ら先頭にたって指揮を執ったことはなかった。これまでこれたのは仲間の海賊たちが経験豊富な乗員だったためだ。だからこそ何とか自分の権威を見せる必要があった。
「ほう……各地を荒らしまくって脅威となっている君たちでさえそのような紙切れが必要なのかね」
執務室の机に導かれるウオルター総督。しかし彼は銃口を向けたレイモンドの手がわずかに震えているのを見逃さなかった。その震えの奥に迷いがあった。
促されるまま椅子に腰かけると、1枚の紙にすらすらとあることを書いていった。
「君たちが欲しいのは特別艤装許可証でなく私掠免許状だろう。これで島を守ってもらえるなら容易いものだ」
そう言ってウオルター総督が出したものは特別艤装許可証でなく私掠免許状だった。
「これはこれは……。私たちの意図をよくくみ取っていただき有難いことですな」
レイモンドはその書面を熟読することなく最初の私掠免許の文字だけで納得すると懐にしまい込む。
「お祝いに食事でもいかがですか。良い記念になりましょう」
ここで総督と酒を酌み交わせば島を掌握した権威付けにもなるだろう。そう、レイモンド船長とその場の海賊たちは確信する。
「いや、それには及ばんよ。使用人たちにこれ以上気を使わせたくない。お祝いは君たちで楽しくやってくれたまえ。そうそう、私から酒を1樽贈ろう」
そう言ってウオルター総督はそばにいた使用人たちを呼びつけ、酒樽を持ってこさせた。それはアーティガル号が仕入れた酒樽だった。
この贈り物にレイモンド船長はじめ海賊たちは大喜びで、さっそく荷車を借りて載せると笑顔で船に帰っていった。今日はきっと酒盛りをするのだろう。
「お父さまもずいぶんと思い切ったことをされましたね。アーティガル号がもつ特別艤装許可書のいきさつを知っている海賊というのはフェリックスのことでしょう。彼は総督から恩赦を受けたにもかかわらず、自らナッソーへ入り海賊に戻っています。”青ザメ”とあたし、グリンクロス島の総督との関係を明かしたとすれば裏切りです。ところで私掠免許を出したとなると、お父さまが彼らの海賊行為の責任をとることにならないのですか」
使用人に扮しているマリサは小声で話しかける。
「あの海賊たちは文字を読めないようだからな。どのように私が書いてもわからないだろう」
ウオルター総督は特に心配しているふうでもなかった。私掠免許状に何か秘密でもあるのだろうか。そのまま少し笑みを浮かべる。
「……これをお前たちアーティガル号の乗員と船に授ける。特別艤装許可証だけでは海軍との協力以外は自衛のためだけしか艤装を使えない。それでは困るだろう」
そう言って1枚の書面を差し出した。
「……私掠免許状?あたしたちに略奪行為をすることを命じているのですか?」
総督が差し出したものはさっきまで話題にしていた私掠免許状だ。
「これはレイモンド船長に出したものと違い本物だよ。……マリサ、アーティガル号に私掠免許を与える。狙うべきは財宝でなく海賊だ。この私掠免許状に基づき、海賊ハンターとして海軍と協力をし、海賊を討伐しなさい」
「合法的に船の艤装を用いて守備だけでなく攻撃も可能というわけですね。ありがとうございます。ただ、その仕事はもう少し事態が進展してからです。作戦の期日が迫っています。このまま天候の心配がなければアーティガル号は海軍と接触して作戦決行にあたります。それまでお父さまや使用人たちも何食わぬ顔でいてください。ハリエット母さんも落ち着きを取り戻し、冷静に物事を考えられるようになっています。エリカも……」
マリサはそれ以上言うのをやめる。一番負担がかかっているのは幼児であるエリカだと理解していた。
「なるほど……この件が解決して国へ帰ったらしばらく船を降りた方がよさそうだな。お前のホットパイはスチーブンソン夫人直伝のものだろう?エリカに食べさせるべきだ」
ウオルター総督のこの言葉にマリサは微笑む。そう、いつまでも船に乗り続けているわけにいかない。自分が幼少期に経験したあの寂しさをエリカに経験させたくない。
その後、港町へ出かけたマリサとアイザックは魚の加工場へ寄って総督がレイモンド船長に与えた私掠免許の意図と総督の真意を伝える。私掠免許を受け取ったレイモンド船長下の海賊は拿捕した船を使って堂々と略奪行為をするだろう。そしてこのことは漁師となっているフレッドとクーパーにも伝えた。
その日もフレッドはクーパーや本物の漁師たちと共に魚を捕る網の補修をしている。ここでは喧騒にまぎれ人々のうわさ話も聞こえる。
「ルイスさんたち、いつもお疲れ様」
フレッドのセカンドネームを呼ぶ声がする。そこには使用人に扮したマリサとアイザックが立っていた。マリサたちは町へ買い出しに来ており、ほかにも組織の仲間との接触を試みていたのだ。
「エリザベス(マリサのセカンドネーム)さん、今日はあまり大きな魚を獲ることができませんでした。それなのに漁をする網を破る不届きな魚がいましてね、近いうちに漁師たちは反撃を行いますよ」
そう言ってフレッドは立ち上がるとマリサを抱きしめてキスをした。
「……屋敷の様子はどうだ。母とエリカは元気なのか……」
そっと耳打ちするフレッド。フレッドは屋敷の内部の様子を知ることなく先遣隊としての任務に就いている。ハリエットやエリカのことが心配でならないのだろう。
「やつれていたハリエット義母さんは少し元気を取り戻している。エリカもあたしが入ったことで安心したようだ。だけどかなり無理をしているのがわかる……健気でみてられないことがある」
マリサもそう答えるのがやっとだった。
「あなたたちの反撃が成功して大漁となることを祈っておりますわ」
フレッドの腕を離すとマリサは穏やかに笑みを浮かべた。
港では私掠免許をもらったレイモンド船長下の海賊が拿捕した船に乗り込んでいた。騒がしかった港が別の意味で賑やかだ。要塞代わりに使われているスパロウ号の乗員は結果的に半分以上が拿捕船に乗り込んでしまい、スパロウ号には限られた人員しか残されていなかった。誰だって留守番よりも稼ぎたい。そんな海賊たちをレイモンド船長は止めることができなかったのである。
「見たまえ、クーパー君。総督が出した私掠免許はスパロウ号の海賊を分裂させてしまった。国王の恩赦の布告で海賊共和国が内部から崩壊したように、スパロウ号も崩壊しつつあるということだ。神は私たちの味方だ。この好機を逃す手はない」
意気揚々として出帆準備をする海賊たちを士官候補生のクーパーとフレッドが見つめている。そしてその横でルークが何やら懐にもってつぶやいた。ルークもまたオルソンやアイザックと同じく毒の守り人である。ときには王族の敵や不都合な人物を陰で始末する、いわば汚れ役だった。ルークはそれだけでなく様々な事象に興味を持ち自分のものにしようとする探求心溢れる若者だ。
「僕もその好機のお手伝いをしますよ。オルソン家はそのためにあるのですから」
シャーロットたちの組織に入り込んでいたルークは住民たちと協力してあるものを作っていた。海賊たちに見つからないよう作るのはとても困難だったが、海賊の横行で使われなくなった建物を使用して密かに作っていたのである。
「シャーロットのおかげで港の住民との話し合いや製作が順調にすすんだ。なぜウオルター総督はあんな素敵なお嬢さんじゃなくマリサと結婚するよう、君にいったのだろう」
ルークはわざとそう言ってフレッドを見つめる。それは長い間マリサをとられたという確執があった故のものだ。
「それはルークという漁師が現れるのを待っていたからでしょう」
フレッドの言葉に苦笑するルーク。
アーティガル号と合流した海軍の艦隊は確実に近づいている。島とスパロウ号の奪還をする彼らの任務の失敗は許されなかった。
最後までお読みいただきありがとうございました。皆様の反応がとても励みになります。
ご意見ご感想突っ込みお待ちしております。
よろしくお願いします。