獣と人
今回はある登場人物の昔話になります。
車両部隊と別れたライトニング・ホーネット隊の進路は北にある山岳地帯を越え、そこから北に続く森林地帯を抜けてエイウルに辿り着く。
敵の米軍機甲部隊は既にエイウル郊外の小都市にまで侵入しておりそのすぐ先にいるDNLF残党と接触するのは時間の問題だ
「………別に義理人情でアメ公と戦ってるって訳じゃねえんだ」
イスルカが指定した迎撃ポイントまで移動している時、手綱を握っていたイコが背後のケントと話している途中、そう言った。
「もう20年前みてえに亜人全員で仲良く結束して戦おうって時代は終わったんだよ。今じゃ皆互いの利益や生存の為に同族にすら平気で銃口を向ける」
かく言うイコも同族同士の殺し合いを昔に経験した事のある一人だった。
DNLFが事実上壊滅してから間もない頃、獣人族の中でも人間の遺伝子が強くそれに近い身体的特徴を持つ半獣人と呼ばれる種族だった彼女はその後に待ち受ける非情な運命に苦しむ事になる。
獣の血が濃い一般的の獣人とイコ達半獣人の対立が激化したのだ。
最初は双方の上層部の衝突が時々ある程度だったが、次第にその対立は一般兵などの末端のレベルにまで達していき最終的に起きたのは獣人と半獣人の凄惨な殺し合い。
嘗て山の自然豊かな大地を共に共有し合い、兄弟とさえ呼び合っていた筈の彼らが互いに向けあっていたのは敵に対する殺意であり、当然の如く銃撃戦が繰り広げられ獣人族の栄えた山の中は獣と人の血に塗れ、焼け落ちた。
イコはそんな時銃口を同郷の友に向ける事を躊躇った。
そしてその代償として自分の命ではなく、人生の殆どの時間を共に過ごした友人の命を差し出す事になった。
彼女の名はエイーカ。
猫の半獣人であり、イコの良き友であり、良き理解者であった。
兵士としての訓練しか受けた事が無く、教育を受けた経験の無いイコに読み書きや算術など様々な知識を教え与えそれはDNLF結成の後からも続いた。
二人は様々な戦場を駆けた。
亜人の独立という大義名分を持った彼女らに戦う以外の選択肢は無かった。
連戦に続く連戦。
数え切れない程のマリコルニ軍の兵士や米軍、NATO軍などの兵士を殺していた頃には二人の間には親友とも恋人とも言えない不思議な繋がりがあった。
イコとエイーカはこの時、戦場でしか築く事の出来ない兵士同士の最上級の信頼関係、即ち戦友という物になっていたのだ。
ただ、彼女らがそれに気が付くにはもう遅すぎたのだ。
獣人と半獣人の内戦が起きた時、いつものようにエイーカと共に戦っていたイコだったがいくら敵とはいえ嘗て肩を並べて戦った同志を撃つ事が出来なかった。
更に今まで親しかった獣人の同志達が、殺意の表情を向けながら銃口を向けて来る様に呆然とした彼女らはそれが上空より来ている事に気付くことが出来なかった。
それはDNLF残党狩りに来た米軍の攻撃ヘリ部隊だった。
戦場に立ち込める同志達の殺意に我を失っていた彼女らが攻撃ヘリに気付いた頃には、目の前の銃口を向けて来ていた同志が空対地ミサイルによって一気に吹き飛んだ。
紙吹雪の如く派手に飛び散った同志達の肉片が顔に張り付いて漸く正気に戻った二人は戦闘を放棄しその場から逃げようとした。
他の兵士達も蜘蛛の子を散らすように逃げていたが攻撃ヘリの追撃によって逃げる暇も無く次々と挽肉に加工されていく。
その様を見た二人は絶望の中全力で走る。
支給されたバックパックと小銃を捨て走り続けた。
しかし、運命は二人の生還でも二人の死でもなく最も非情などちらかの死という選択肢を選んだ。
上空の攻撃ヘリのチェーンガンが火を噴いた。
30mm口径の榴弾の雨が二人に襲い掛かる。
その時、エイーカがイコを突き飛ばした。
突き飛ばされた先にあったのは狭い塹壕。
塹壕に身を叩き付けられる直前、イコが見たのは彼女の全てを諦めたような表情とこの先の事を全て自分に託そうとしている。
そのような感じの目だった。
「もう、全て教えたでしょ」
彼女に向けて必死に手を伸ばそうとしたイコだったが、その手は30mm榴弾が巻き起こした粉塵によって遮られる。
十数発ほどチェーンガンは撃ち込まれた。
ある程度して攻撃ヘリが去っていくとイコは塹壕から飛び出し彼女の元へと駆け寄った。
だがイコの足元にあったのは嘗てエイーカと呼ばれていた、半ば人としての原形を留めた肉塊だった。
榴弾の破片によって粉砕された頭部の一部に遺された虚ろな目は誰を、何を見るでもなく、ただずっと木々の間から見える青空を見上げていた。
彼女の骸を抱いてイコは悶える。
己の精神では耐え難い程の苦痛に。
戦場で枯れた涙腺からは涙の一滴も出る事は無く、ただ歯を食いしばった口から漏れ出る叫び声を押し殺すのみだった。
これから後、全てを捨てた戦士として今のイコが生まれる。
最大限の凶暴性と、最大限の理性を持って。
次話からは本格的に戦闘シーンを書いていきたいと考えています。
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