最後の命令4
少し遅れましたが何とか終わりました。
ヤーニカ警備部隊がメレー市で戦闘を繰り広げていた間、一方でケントは基地の中を散策していた。
事前に話は通されていたのか、多くの視線を浴びつつも怪しまれているような様子は無かった。
警報が鳴り響く中司令部内の施設を大方見終わった彼は兵舎を通り過ぎ、飛行場の方へと向かう。
遠目から見ても飛行場の滑走路はかなり大きく、大型機の離着陸も想定しているようだ。
暫く滑走路沿いの道を歩き続けていると、前方に並んでいる航空機を格納するハンガーを見つけそこに向かってみることにした。
「20年前のDNLFには航空戦力なんて無かったが、これも時代なのかね……」
20年前の制空権を取れず、無数の多国籍軍による爆撃や機銃掃射に翻弄されていたであろう亜人兵達のことを考えながら全開になっていた門を通って真正面からハンガーの中に入った。
だが、中の様子はケントの想像とは違った。
「あれ、一機も停まってねえな。こっちは使ってないのか?」
航空機と呼べるものが何一つ見当たらないハンガーに首を傾げながら隣のハンガーへと向かおうとした。
それを呼び止める声を背後から聞き、彼は立ち止まる。
「余所者、こんな所で何してんだ?生憎、五番ハンガー以外に見るモンはねえぞ」
後ろにいたのは灰色のツナギを着た整備員らしきオークの男だった。
豚の様な面の下には、分厚いツナギ越しでも分かる程に筋骨隆々の肉体があった。
「ここに航空機は配備されてねえのか?」
「へッ、ここまでご足労頂いておいて悪いがこの飛行場はただの飾りだぜ」
鼻で笑いながらオークの男は飛行場の滑走路に視線を移す。
よく見ると、滑走路は長年整備されていないのか地面は凹凸だらけで荒れ放題だった。
「飾りって…これがか?」
「ああ、我らがイラル閣下の考えだ。いかにもって感じの軍事施設を用意して、いざという時に敵の航空機からの攻撃を市街地を避けてここに集中させるつもりみてえだな」
その説明を聞いてケントは少し残念そうに滑走路を再び見渡した。
自由ヤーニカ軍団はそれなりに大きな武装勢力に見えたがどうやら流石に航空戦力までは持っていなかったようだ。
「待て、んじゃあアンタは一体何なんだ?」
明らかに整備員にしか見えない彼の格好を見てケントは問いかける。
「俺か?俺は、ジェイシア・サクヴィズ。見ての通りオークでここの整備兵やってる」
「整備兵?何も機体が無いのに何を整備してんだ?」
「あるさ機体は。五番ハンガーに格納されてる奴だ、折角だし見ていくか?」
そう言ってジェイシアは彼を連れて飛行場一番端の大きく「5」と壁に描かれたハンガーへと向かった。
五番ハンガーだけが門が閉まっており、中から様々な物音が聞こえて来る。
ハンガーの脇にある扉を開き、中に入るとそこには一機のヘリが置かれていた。
何人かの整備員が点検しているそれはケントも知っている機種だった。
「こいつは……Mi-24Pか!?とんでもない骨董品があるもんだな」
「ハインドじゃねえ、こいつの名は試製01式攻撃ヘリ、トーレイガだ」
格納されていたのは旧ソ連が開発した重攻撃ヘリ、Mi-24PハインドEらしき機体。
機首の右側面に搭載されていた二連装30mm機関砲ですぐに分かった。
「確かにMi-24Pをベースにしちゃいるが、武装とガワ以外はほぼ別物と考えていいぞ」
分解され、隅々まで丁寧に点検されるハインドEを背景にジェイシアは解説を始める。
「手に入れた頃はまだ骨董品のオンボロだったが、DNLFの特技研って所が改造したのさ。連中は量産する腹積もりだったみてえだが、その前にDNLFは壊滅しちまったから現存する機体は試作型のこいつだけだ」
改造されているようだが、ぱっと見ではオリジナルと何の違いも見受けられず嘗てのハインドEの姿そのままだった。
違う所があるとすれば、エンジンの排気口部分の形状が少し違うといった所だろうか。
「どの辺を改造したんだ?」
「エンジン、装甲、照準装置にFCSとコックピット周りは全部だな。信頼性の高い西側製を使ってる」
「通りでガワだけじゃ分かんねえ訳だ」
格納庫の中心に堂々たる姿を曝しているその姿を眺めていると、もう一つ気になる事がありジェイシアの方へ顔を向ける。
「そういや、こいつのパイロットは誰なんだ?」
このトーレイガのパイロットについて聞くと、ジェイシアは何故か苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
「どうした?」
「いや、このトーレイガのパイロットはちと訳ありでよ……頭がイカレてるせいか無断出撃、命令無視も上等って奴で今は独房にぶち込まれてる筈だ」
「へえ、どんな奴なんだ?」
「セネー・ラットウスという銀髪のダークエルフの女さ。見てくれは良いんだが、あんな気違いじゃ近寄りたがる男もいねえだろうさ」
「そんなにか……」
そのパイロットがどんな奴なのか想像していると、基地内の警報音が鳴り止んだ。
ジェイシアも他の整備兵達もまるでいつも通りの事かと言うように、警報が解除された事を確認しそのまま作業に戻った。
警報が解除された直後に、先程からずっと疑問に思っていた事を思い出し質問をジェイシアに投げかける。
「ここを襲って来てる連中は何なんだ?どうやら何度も襲撃を仕掛けて来てるみてえだが」
「ん?知らねえのか。元DNLF残党で、今は少数の兵士を率いて活動してる所謂過激派の武装勢力って奴さ」
「待て、何故同じDNLFの残党が襲って来てるんだ?」
ハンガーを後にし、外を歩きながら増え続ける疑問を更に投げかけ、ジェイシアはそれに一つずつ丁寧に答えていく。
「奴らは残党の中でもかなりの過激派でな、俺達ヤーニカの民を外界の連中にDNLFを売った裏切者とか因縁付けて銃口向けて来やがんのさ」
晴れやかな空を眺めながら自販機で買った缶コーラを呷りながら、やれやれと言った表情でジェイシアは首を左右に振った。
「連中は自分達の事をラスト・オーダーって名乗ってる。なんでも、元DNLFの精鋭部隊所属で、DNLF総司令官の死に際の最後の命令を直接聞き届けた唯一の部隊らしい」
「命令ってどんな?」
「さあね、俺もDNLFじゃ工兵やってたけど撤退する頃にはエディバッジ総司令がいるフェネカは既に多国籍軍に制圧されてたしな」
当時の様子を思い出し、ノスタルジックな気分に浸っていた彼は突然何か思い出したような顔をした。
「ああそれと、奴らの隊員は皆ラスト・オーダーって名乗ってるがリーダーだけは違う組織名を名乗ってたな。確か……クェスムルス・サダー・ロスツだったっけか」
「…!!」
ジェイシアから聞かされたその名にケントは目を見開き、思わず呟いた。
「……失土より来たる戦士」
「何だ知ってたのか?確かに古代ツェルド語じゃあ、そう訳すらしいな」
「そのリーダーってのはどんな奴だ……?」
まさか、と思いつつも彼はあの時の記憶を呼び戻しながらジェイシアに問う。
「ああ、エギーン・バッティーツカイっていう銀髪緑眼の鬼族の女だ」
「………嘘だろ」
この言葉でケントは確信した。
恐らく、いや、ほぼ確実に彼女とは一度会っている。
20年前、車列奇襲作戦の時に出会った青色の帯を頭に巻いた鬼族の女兵士。
彼女の瞳が緑色だったという事は今でも覚えている。
驚くべき事実に、ケントは暫くの間呆然としていた。
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