最後の命令
今回も三部に分けます。
少し話が長くなると思うので。
見知らぬ女の支援を受けながらケントはエイウルへと再び戻ってきた。
道中追って来た魔物は皆次々と彼女の狙撃によって木っ端みじんに吹き飛ばされた。
あの過剰とも言える威力は12.7mmクラスの対物ライフルを一瞬考えたが、実際にブローニングM2重機関銃やDShKなどで撃たれた敵味方を何度も見た事がある為それをすぐに否定した。
12.7mmを遥かに上回る弾速に威力。
NTW-20のような機関砲クラスの弾薬を使用する狙撃銃なのかもしれない。
長年の日常生活を戦場で過ごしてきた彼でも流石にそのような大口径の対物ライフルを使う女性狙撃手はまだ見た事が無い。
「まあ……デミなら有り得るか」
そう自身を納得させながらエイウルの中へと駆け込んだ。
「こりゃまた、随分なお出迎えだな……」
エイウルに戻って来たケントを出迎えたのは複数の武装した亜人兵だった。
皆一様に各々の銃を構え、彼を警戒している。
「感染しているか!?」
目の前に部隊長らしき犬獣人の男が現れた。
灰色の体毛を風に靡かせながら歩み寄って来た彼は両手に持つFA-MAS自動小銃の銃口をケントに向けた。
「感染…?」
「魔物に襲われただろう」
魔物という単語を聞かされてケントは質問の意味に気付く。
「あ、ああ。大丈夫だ、多分感染はしてねえよ」
「あんな無数の魔物に追われてか」
「いや、誰かは知らねえけど女の狙撃手に助けられた。アンタの部隊の兵士じゃねえのか?」
この亜人兵部隊の狙撃兵に助けられたのかと思ったケントはその事を話すが、対する犬獣人の男は訳が分からない、と言った風に首を傾げた。
「俺の部隊にそのような指示は出していないし、まず貴様の存在に気付いたのはつい先程だ」
淡々とそう言った彼の言葉に今度はケントが逆に首を傾げた。
彼らでもないならば一体誰がやったのか。
疑問は両者晴れぬまま、時は進んでいった。
――――――――
あの後ケントは亜人兵達の装甲車に拘束されたまま乗せられ、エイウルより北へと向かった。
装甲車の荷台の上で揺られながら外を眺める。
一面の平原と、奥に小さな山々が見える。
視界を飾るのはその小山と後は道中で僅かに生えている木々くらいだった。
「こいつは、どこに向かってんだ。ていうかこの先は廃域だろ」
ケントがそう問うと犬獣人の男はFA-MASを抱えたままこちらに視線を移す。
「我々の拠点だ、魔物達から唯一逃れることが出来る。貴様は決死の遠征で見つけた初めての外の生存者である為、何としても無事に連れて帰らねば…」
彼はすぐに視線を戻すと目を閉じた。
ケントの監視は他の隊員に任せるようだ。
車列が最終的に着いたのは来たにずっと離れた位置にある巨大な要塞だった。
途方も無い広さと、見上げる程の高い防壁に呆然としながら亜人兵達に連れられ要塞の中へと入っていく。
防壁の門が開きそこを車列が通って中に入ると中の様子はケントの想像とは違った。
防壁の内側に入った直後には防衛の為の武装した兵士達や戦闘車両などが駐屯しており物々しい雰囲気が漂っていたがそこより更に先に進むと先にはツェルドではとっくに見慣れた風景が広がっていた。
防壁の武骨さに対して街の中は、GSSオペレータとして任務に就いていた時にマリコルニで見た物とほとんど変わらない中世の町並み。
見慣れた中世の町に行き交う人々もその文明に見合った服装をしている。
20年も経った割にはあまりこちら側の文明は浸透していないようだ。
車列は町の大通りを走り、この都市の中心部を目指していた。
通りを行き交う市民達は堂々と目の前を通る軍用車両の列を見ても、特にリアクションも起こさず一瞥するとそれが当たり前かのように避けていった。
「多国籍軍管轄外にこんな都市があったなんてな…」
「ツェルドに魔物の厄災が齎された後、我々はこの歴史ある城塞都市ヤーニカに安全圏を築いたのだ」
外をよく見ると、市民に混じって短機関銃で武装した兵士が巡回しているのが見えた。
あれがこのヤーニカという都市の治安維持部隊なのだろう。
「もう腰抜けのロシア人共に縋っている場合ではない。今こそ我々が自ら武器を取り、立ち上がらねば」
町並みは荒れている訳ではないが、みすぼらしくそして、行き交う人々の表情もどこか暗くケントは嫌な感じを覚えた。
とはいえ一時はツェルドを滅亡寸前にまで追い詰めたあの厄災から生き残っただけでなく、よくここまで大きなコミュニティを構築出来たものだと内心感心しながら犬獣人の男に視線を戻す。
「さっきアンタは決死の遠征と言っていたが、外の状況は把握できていないのか?」
「ああ、我々の住むこのヤーニカは廃域に囲まれている。迂闊に外に出れば瞬く間に餌となるだろう」
彼曰く、今回の遠征も魔物の活動が比較的落ち着いていたから出来た事らしい。
毎年こういった偵察活動は行われているが今回はその中でもかなりの長距離移動だったと、彼は付け加えてそう言った。
暫く走り続けて辺りに家屋が完全に見えなくなった頃、丘陵地帯の向こう側に何かの施設がある事に気付いた。
滑走路らしき物があったので最初は飛行場かと思ったが、だんだんと近付いて来るとそれは飛行場を兼ねたかなり大きな軍事施設である事が分かった。
その施設の周りを暫く走っていると正門らしい場所に辿り着いた。
門の前にいた警衛の兵士が車列の姿を見ると遮断機を上げ、車列を通した。
「ようこそ、我が軍の総司令部へ」
不安を募らせるケントを他所に車列は基地の奥深くへと入っていった。
最近見てくれる人が増えてきて、非常に嬉しい限りです。
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