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鯉口小町

 初投稿です。よろしくお願いします!

 冬が明けて、ピチョン、ピチョンと鳥の囀りが聞こえる。植物は春を迎えるために、芽吹こうとしている。頬を撫でた風が、故郷と違いほんのり温い。けれども、ここの空気はきっと何処までも身を凍てつかせるのだろう。


 自分は、田舎から出て、東京の街に出てきた。家とは、疎遠というほどではないが、あまり連絡は取らない。下の妹や、弟たちが心配だが、あの子達はぬくぬくと育っているだろう。

 マンションで荷造りを終えて、摩天楼から崖下を眺めてみる。人が忙しなく道路を渡り、車は交差点の至る所で詰まっている。まるで、人がゴミのようだとはよく言ったものだと考えながら、マンションのアルバイトのために仕事に出かけた。


 ◆


 面接には、特に荷物は必要ないらしい。高収入、高待遇、社内旅行付きとは、この世の中では普通ありえないだろう。少なくとも、一学生には就くことのできない職だ。

 しかし、ある条件を飲む代わりに就けると偶然知ったのだ。一応調べてみたが、怪しい点は、少なかった。マンションから歩いて十五分。目の前には、円錐状の建物がポツンと置かれていた。


 柵に囲まれ、中に入るための扉を探す。インターホンを押し、少し間を置いて、

 「はーい、アルバイトのくおんくんね。そこから建物の中まで入ってきて!」

 声が透き通り、辺りの空気が変わる。今までの凍てついたものから、暖かな春の陽気が迎えてくれる。緊張を崩し、暖かな風を室外から送る送風機に驚く。AIが判断して適度に調整しているのだろう。確か、送る風の範囲外に熱にながら熱を抑制しているらしい。


 ここ数年、化学は大きな躍進を遂げ、地球のエネルギーの支配が目前だそうだ。エネルギーの変換や、VR、ホログラム技術などの世界に衝撃を与えるものが次々と生み出されている。

 今回、アルバイトとしてすることは、技術の革命児として名を馳せ、周りからは天才、姉御と呼ばれ、果てはその智慧から"理解不明"と二つ名を付けられる研究者、橙里とうり 瑠璃葉るりはの助手だ。


 「いやあ、よく来てくれた! 最近、人と会うことがないから逆に茶や菓子があまってるんだよ。さあ、食べながら話そうじゃないか」


 流石の容姿端麗、風光明媚と呼ばれるだけある美貌を持っている。髪は名前と同じ瑠璃で、瞳は宝石をあしらった様に蒼く透き通って、煌々と輝いている。

 「そうですね。少し貰いましょう」

 折角なので、出してもらった菓子に手をつける。というか、茶請けに高そうだとはいえ、ドッサリと盛り付けるだろうか? 少し手をつけた後、

 「すみません、少し聞きたいことがあるのですが宜しいでしょうか?」

 少し笑顔を意識しながら、瑠璃葉さんの方を見ると、

 「もぐもぐ、もぐ。むぐ。ああ、なんでも聞きたまえ」


 お菓子を貪り食う瑠璃葉の姿が!


 いや、俺の分もうなくなりそうなんですけど。少しポッケに入れさせてもらおう。

 「条件にあった"如何なる実験でも手伝ってもらう"と書いてありましたけど、どういうものですか」

 瑠璃葉さんは、口を忙しなく動かしながら、

 「………………よし。別に違法なものじゃないからそこは心配しなくていいよ。詳しくいうのは面倒くさいから後で案内をしよう」

 そうして瑠璃葉さんは食べることを再開した。これは脳が糖分を必要としているからだろうか? 小学生でも、ここまで口に溜め込まないと思うのだが。


お、ミルクキャンディがあった。もらってこ。


 ◇


 わたしは、昼食をとりながら少年を見る。

 焦げ茶色の天パー、日本人特有の黒眼。整った顔から笑顔が溢れる。確かに、世の女性なら籠絡されるか。まあ、わたしには関係ないけど。


 菓子を食べながら、少年、しおんを観察する。特に趣味でもないのだから、何の情報も得られない。ああ、当分欲しい。もう一袋。


 うん、少し満たされた。


 ところで、何で彼はお菓子をポッケに入れてるのだろうか? しかしそのチョイスは。ほほう、君はタケノコ派かな? キノコ? 許さないよ?


 「腹拵えも終えた事だし、そろそろあんないするよ」

 軽く手を拭いた後、しおんをラボの奥へ案内した。並ぶのは、VR装置と演算装置、パソコンにお菓子の詰められたケースなどがある。

 「君には、わたしが作った世界の住民との記録をまとめて動画にして欲しい。手っ取り早く、自分でデザインしたんだ。テーマを付けてね」

 「VR空間のようなところで?」

 「うん、その通り。察しの早い子は助かるなぁ。というわけで早速行って欲しい! 向こうでどのくらいたっても、こっちでは二時間だから。じゃあ、がんばってね!」

 しおんは特に動揺した素振りなく、VRの頭部を囲うボクサーみたいな補助具を取り付けていく。

 「ん? 何でこれ、傷がついてるんですか?」

 「ああ、それ拾い物だからだよ。割と、穴場にあって綺麗だったし、問題ないよ。」


 「ゑぇ?」

 流石にしおんも困惑を隠せないようだ。


 「心配だったら神に祈り給えよ。ここに創造主もいることだしね!」

 「そ、そうですね………………」

 む、少なくともVR世界を想像してるのは本当だし、そもそもわたし神なのだけど。


 「それでは、行ってきます」

 [起動——こまちログイン。試作α型への定着、確認。テーマ、鯉口の擬人化。転送シークエンス3.2.1.——]』

 覚悟を決めた目でしおんの意識は遠のいた。

 [0.——それでは良い旅を——]


 ◇


  「はあ、最近は神より団子てかぁ」

  団子を齧りながら呟く。


 拝啓

 父様と母様、お元気でしょうか? わたしは、趣味に満喫しながらも元気です! 貴方達から託された世界で、この世界の人々と親しくなることがなかった今日この頃。ついに、「じょしゅ」ができそうです。友神たちも、忙しいようで会えないですし、こちらが安定したらそちらに行きます。

 敬具 ルリハより


 手紙はこんなものでいいでしょう。


 しかし、ここまで誰も来ないとは予想外でした。まあ、私一人が目立って、他の人達の目に火が付いたからでしょうが、研究者の方々は自室に引きこもって手伝ってくれない。

しおんくんがきたのが幸運でしょうか。


 そういえば、向こうの姿の説明を忘れたけどだいじょうぶかな?


 —————————————————————————


  ビューオー、と砂塵が宙を舞う。枯れ果てた荒野を進む一人の少女。

 絹のように白い髪をたなびかせる。瞳は、灰簾石を嵌めたような美しい双眸が、柔らかな光を放ち、澄んだ川のような静けさを感じさせる。白を基調とした羽織りには青の意匠が施されている。

 着物は、若紫を中心に煙と小紫があしららわれている。背中に背負っているのは、黄色の帆布で包まれている。


  デデデドーン、デーデデデ。


 迫力のある音が流れる

 テロップが浮かび上がり、そこには


 【 鯉口 小町、天上へ飛翔す! 】


と書かれている。


 ナレーターが、というか、しおんが

 『これは、少女。鯉口 小町の激闘の記録である』


と続けていく。


 『小町は、天涯孤独の身。己の剣を鍛えるために彷徨っている。背負っているのは、最上大業物・九天。少女の伝説は刀一本から始まった』


 小町が、敵を蹴散らす光景が流れている。


 『ある日、小町がいつものように遊客をしていると、「嬢ちゃん、良いもの入ってんぜ」と男が店から話しかけて来た。「良いものって?」小町は、最近疑り深くなったので、胡乱げに見た。「ああ、この脇差だよ。切れ味は嬢ちゃんの太刀の比じゃないがよく切れるし頑丈で、脇差だから小回りもきく」「銘は?」小町が尋ねると男はニヤリと笑い「翔星だ。俺の名は、伽藍がらん。今後ともご贔屓に。」小町とムキムキの厳つい男が手を握る。これが後に親友となる伽藍との出会いだった。』


 ◆


 くたびれた街を歩く、これでもこの世界では割と綺麗な方だとか。もはや、ゴミ埋立地のスラムかと疑いたくなるほどだ。日本と比べると天と地の差だろう。


 この世界の人間は、あまり信用できない。というか、これ本当にVRか?明らかに作れても、背景だけで数十年も今の技術でかかるだろう。ルリハさんならもう少し短縮できるか?そこまでゲームを作ることに興味がなさそうだが。


 最近、伽藍という刀匠にあったがあれはこの世界の残る良心だろう。余りにも、世紀末が蔓延している。大通りでも、スリや、追い剥ぎがいる。つまりは、そういうことだ。治安悪いなぁ、と思っていると案の定。


 「不意ぃ打ちぃ一本ん!! 、御免!!!」

 「死に曝せやぁ!」「此処であったが百年目、悪く思うなぁ」「主人の仇!」

 有象無象が雪崩れ込んでくる。

 「天誅」

 創造主は、私が祈っていいと言ったのだ。後で懺悔しよう。というか、お前いつも挑んでくるけど主人なんて元からいねーじゃん?!?!


 ◆


 「嬢ちゃん、また絡まれたか? 」

 伽藍の鍛冶屋、正確には鍛冶師の組合場で伽藍と話す。コイツくらいしか、この世界に話し合える人がいないんだが。


 「全く、飽きない奴らだよ」

 遊客をしていると恨みが一方的に向けられることがある。まあ、力のあるソフィストみたいなものだからなー。そもそもこの世界にまともな食い扶持がなさすぎる。一応目標があって、この世界に限界までいたいが、鍛冶師で人生を終わらせるつもりがない。


 なので、悪どいと噂される領主や商人の家から突っ込んで、金を義賊しながら少しくすねている。それぐらいしか収入が無いし、殆どが、野宿になる。しかも、自分は割と目立っているので、顔を見られたら、子供は手を振るが、大人なら寝首をかきに来たり、盗もうとしたりする。


 何年も続けていると、心もすり減る。そういう意味でも、伽藍との時間は貴重だ。会話相手に困ってる訳では無いが。

 『あんな奴ら、私のサビにしていいのよ?』

九天が会話に加わる。

 「わざわざ汚す必要ないさ、あいつらも、もう戯れに襲いかかるくらいだし」

 『あら、私の心配してくれるの?でも、旦那のためなら少しくらい濡れてもいいわぁ』

 伽藍が呆れながら

 「嬢ちゃん——。たまに命をマジで狙うやつもいるから気は抜くなよ」


 この肉体を余り汚したくない。仮の器とはいえ、血濡れの少女とかすごい狂気を感じる。斬り合いになったらどのみちそうなるので、そうでないなら身の清潔を保ちたい。


 というか、ルリハさん、なんで少女の姿のものを? 他に先約がいて、何かがあり、アルバイトの私が使っているとか?

 まあ、そこは気にしない。問題は、体に精神が引っ張られてることだ。一人称にすごい影響している。体に対する違和感が最初あったはずなのにそれが一体化していってる気がする。流石に、戻れないことは無いと思うが。


 この世界に来てからのことを思い出す。


 ◇


 目が覚めたら異世界。かと言って、特に現実世界との差異がわかるほどではなかった。最初から着ていた着物とそこら辺に落ちている枝を自衛に持っておく。

 一応、今回のテーマについてと、この体にどんな能力かメモの走り書きが懐にあったので読んでみる。内容は、


 今回のテーマ・鯉口。能力、どの体勢でも、抜刀術がつかえるよ! 好きに過ごして戻っておいで。こっちでは二時間経った状態で戻れるから。

 ちなみに、世界規模で刀の鯉口という概念が擬人化するから。つまり、本来の世界の人々とプラスアルファな存在が今の君だよ!

 他にも、同胞? みたいのも出てくるから気をつけてね!


 という完全にこっちに放り投げたものだった。それから、ある流派の道場で同胞や、普通の人間と若干こじつけ的な切磋琢磨をして。最上大業物・九天を受け継いだのだ。その後、なるはやで道場を出た。


 ◆


 時が経ち、いつもの如く遊客をしているとある噂を聞きつけた。それは、天上天下で争う天地聖戦アレ・ジハードが開催されると聞いたのだ。早速小町は、参加した。人間ブロック予選は、集団子戦が行われたが難なく突破。次の予選個人戦の第一回戦が始まった。


 相手は、至善磊落しぜんらいらく流の使い手メッサライサ。神の一柱だそうだ。大体の選手が、個人戦に上がるまでに神様たちに蹴散らされる通年。毎度、人類は期待されるらしい。


 ゴォーーーン


戦いの火蓋が落とされた。

 まず小町が先手を取る。下段から大振りの一撃。続けて、返し、切り払い、加えて、回転を加えた息を付かない程の高速乱舞を放つ。


 しかし、小手先調べのつもりがこちらがいくら連撃を放っても底が見えない。メッサライサは、淡々とこちらを観察してくる。


 息を整えながら、間合いを取る。


 今度攻めて来たのは、メッサライサだ。しなやかな、しかし威力が桁外れに込められた攻撃に小町は顔を顰める。何とか攻撃を捌くが、肌には切り傷が刻まれてゆく。


 そして、メッサライサは間合いを取り、一閃。

 翔星にヒビが入る。斬撃波を防いだ左手はもう骨が折れ、自由に動かない、この戦いは死ぬまで終わらない。目尻を上げ、覚悟を決める。


 放つのは、己の全てを賭した正真正銘最後の一太刀。魔力を練り、自分の理想を創造する。翔星を変形させ、鞘に九天を納める。居合の構えだ。


 「今ここに放つは全身全霊。受けてみよ! 私の昇竜舞刃流奥義を!! 九天翔星くてんかけほし!!!」


 一気に踏み込み、鞘を走らせる。


 既に、鞘は真っ二つに裂け、高音を散らす。


 駆け抜けるは、数多の流星と、巨大な箒星。尾を引きながら、巨光は、メッサライサを包む。


 「見事!」


 メッサライサは、今までしなかった、拳を構え迎え撃つ。


相手の拳にあたろうとした瞬間、


 「だが、まだまだ! 次に出直してこい!!」


 斬撃は、いなされカウンターを叩き込まれる。


 小町は満足しながら生涯を終えた


 ————————————————————————


  くおんくんがまとめてくれたビデオを見ながら、

 「ええ!何でこんな壮絶な人生を?! ていうか、向こうの方でそんな見せ物なんてあったの?!?!」

 ルリハは、混乱しながら呟く。

 「大変でしたよ。向こうに着いたら、一文なしだし、少女になってたし、ある程度しか記憶を持ち越せないといっても、残ってるほとんどが苦労話でしたし、大変でしたよ」

 しおんが、ため息混じりに答える。


 「まあ、最初に説明するの忘れてたわ。給金割増にしとくね。あと、初回ボーナス。はいこれ」


 ボロボロになった鞘に収まった刀を黄色の布に載せたものをしおんに渡す。


 「え? んん? プリンターで製作したんですか?」


 随分と見覚えがあるもの、九天がその場にあった。


 「んーと、メッサライサのやつがこっちにきてわたしてくれたんだよねー!」

 しおんは、ルリハを訝しげに見ながら、


 「貰えるならもらいますけど、あ、ちゃんと【銃砲刀剣類登録証】がついてる」


 「そういえばさあ、それおかしな機能あるよね?」

 とルリハが聞くと、


 『おかしな機能とは失礼ね、れっきとした大業物としての機能よ』


 「ああ、なんか喋り始めてるし」

 「でも、刀くらい喋りませんか? 」


 「んん?別にAIとかつけてないよ? 」

 「ああ、はいそうですね」


 しおんは投げやりに返す。


 「信じてないね?! 本当だから、寧ろ逆にこれを作っていたら褒められても良いと思う!!」


 ルリハは、錯乱しながら、しおんを掴み揺さぶる。


 「本当だから〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」


 叫び声が、空に響き渡った。

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