第四話
箱庭階級第70位、セーレの箱庭。ここではあるソロプレイヤーの名前が広がっていき、そのプレイヤーは「白き狂嵐」と呼ばれるようになっていた。
白いローブを身に着け、魔法を使い、単独で複数のモンスターを同時になぎ倒す。彼女が通った後には再度ポップするまでモンスターは残らないのだとか。
〇箱庭階級第70位:セーレの箱庭→サイレス地方西の荒野
荒野で対峙するのは3体の蛇。麻柄蛇と呼称される、梨のような色の毒蛇は噛みつかれると麻痺を負い、一定時間行動が不可能となる。この麻痺毒はパーティであればそこまで大きな問題にはならない。道具や魔法で解除して貰えば良いからだ。
しかしソロでの戦闘の場合はそうはいかない。一撃一撃に死の臭いを覚えながら戦うこととなる。麻痺を受けたら即終了。致命。行動不能のうちに、HPバーが底を尽きるまで肉を噛まれ続けることだろう。
だが、そんなことになるわけがない。そんなことはありえない。私は死なない。自身がある。あまり、プロを舐めるなよ。
前方から迫る麻柄蛇の噛みつきをバックステップで躱す。同時に空中に杖でルーンを描き、魔法を詠唱。
「≪火炎の双弾≫」
バスケットボール程の大きさの双珠が生成され、真っすぐに前方の麻柄蛇を焼く。もう一方の蛇の噛みつきが後方から迫る。分かる。音で分かる。目が後ろについているわけではないが、確実にそちらにいる。
ノールックで杖の鋭利な方を後方に突き刺す。ドンピシャ。蛇の口腔に杖先がねじ込まれる。まだ地面に足はついていない。攻撃力の低いワンドでの攻撃だったが、クリティカル判定だった。残りは右。空中で地面を蹴ることは不可能。しかし、右から攻撃が来ている。
「≪小爆発≫」
素早くルーンを描き速攻詠唱。右側に小爆発が生まれ、その衝撃により空中で90度の方向転換。
……後に“空中湾曲軌道“と呼ばれる高等技術だった。
「≪火炎の双弾≫」
着地と同時に詠唱。2つの火球は右側から迫っていた蛇のHPバーを0まで削り着る。3体の麻柄蛇は10秒もせずに青白い光へと還元された。一瞬の出来事だった。
経験値が加算される。レベルアップの軽快な音が響いた。
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PN:ルシア【迅速灰除】
Lv:15
HP:67/67
MP:27/122
ATK;33
STR:22
DEX:78
AGI:81
MATK:56
VIT;27
装備
右手:初級のワンド・炎 ☆2
左手:(同上)
頭:無し
体上:ホーリーローブ ☆3
体下:ホーリーローブ ☆2
腕:なし
足:軽草の靴 ☆3
追記
セット称号:迅速灰除
条件:炎魔法のみを使用し20秒以内に5体の同レベル帯モンスターを単独撃破
効果:炎属性魔法の威力15%アップ
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レベルアップにより得たスキルポイント全てをAGIとDEXに振る。MPがそろそろ
尽きるか。街に戻った方が良いな。
「≪星々の景色≫」
周囲に脅威となるモンスターがいないことを音と目視で確認し、転移魔法のルーンを描き、唱える。
景色が白色に煌めき、その残光がフェードアウトしきると、絢爛な装飾が街中を彩る街「セーレ・カジノ街」の正門に戻ってきていた。
初日は愛する弟妹を捜し回った。だがどこにもいなかった。他の箱庭に行ったのだろう。ランダムなのだから、仕方がない。心配だが、仕方がない。……本当は私が守ってやらねばならないのだが、仕方がない。仕方がない。
そう自分に言い聞かせ不安を拭い去る毎日だった。だが、その不安が消え去る訳などなかった。だから私は攻略に走った。恐らく最も早い時期に攻略にこぎつけたプレイヤーは私だろう。既に2日目には東の荒野の地図を描き、それを完成させ、無償で配った。そこで意図しないことにちょっとした有名人になってしまった。
セーレ・カジノ街を歩けば約半数の人間は私のことを知っている。声をかけてきた者もたくさんいる。
「一緒に攻略しないか」「一緒に来てくれないか」「戦い方を教えてくれないか」
私にそんな暇はない。とにかく早く攻略せねばならなかった。それに、私の話を聞くと誰もがパーティを組む気を無くした。
「音を出さずに戦闘できるか?」
毎回そう問うていた。私は戦闘時において、音でモンスターの居場所を感知し、その距離と方向を測る。だが、人間の足音とモンスターの音が聞き分けられるという訳ではない。私はそう言った理由でソロの方が楽だったのだ。
戦闘中に他のパーティメンバーに音を立てられようものなら、反射的にそちら側を攻撃してしまうだろう。それでも良いか? 私のPKで死ぬかもしれないぞ。そのように言うと、誰も仲間になどなりたがらなかった。
しかしそれでよかった。早く、早く会いたい。生きているかどうかの保証もない2人。その不安に押しつぶされそうな毎日を、狂ったように戦闘し続けることで忘れるようにしていた。
私のレベルに追い付いた人間は見たことが無かった。ソロの方が経験値効率は良く、それにずっと戦闘を続けている。私のレベルを超える者など居はしない。
そんな調子で攻略を進めていた折、17日目。次の階級へ進むための悪魔の住まうダンジョンを発見した。
私はその存在を箱庭内に公表し、一躍有名になった。その頃だった。私が「白き狂嵐」と呼ばれるようになったのは。
少しでも早く調査を進めるために、私は自分の力を抑えて、他の攻略者たちと協力してダンジョン内の探索を進めた。
乗り気な人間は少なかった。もちろん死にたくはないという気持ちは分かるが、それにしてもあまりに少なすぎると感じた。この階級をクリアできるという望みを手に入れたのに、だ。
帰りたくはないのか、現実世界で大切な人がいるのではないのか。そう思った。
だが、あることが分かった。いや、分かってしまった。汚いものだ。私が弱かったら同じことを思ったのだろうか。この箱庭内のプレイヤーの考える共通認識は1つ。
「白き狂嵐がいつかこの箱庭を突破してくれるだろう」
私は、自身での積極的な攻略をしなければならなくなった。誰かがやってくれるだろう。自分がやらなくてもいいだろう。そう思った者たちは次第に増えていき、私はだんだんと協力を得られなくなっていった。
単独での攻略も流石に限界がある。最深部に潜むボスである悪魔「セーレ」にソロで挑む気にはなれない。最深部周辺のモンスターですらかなりギリギリなのだ。最深部周辺では40人以上が命を落とした。自分の身は守れても、他人の身は守れなかった。本気を出せばPKしてしまうだろうし、本気を出さなければ他人がダンジョンの錆へと散っていく。
そんな状況だから余計に協力者は減る。負の連鎖だった。
私はある作戦を思いついた。身を潜めることにしたのだ。私がいなくなれば誰か他の者が攻略せざるを得なくなるだろう。私が死んだ者と認識されれば、誰かがやるしかない。そう思った。
街の外壁の裏側で野宿をした。もちろんモンスターの出現するフィールドエリアだが、この周辺には3~5レベル帯ほどの弱いモンスターしかいないのでそこまで問題ではなかった。寝込みを襲われても対処可能だ。ここなら人には見つからない。それよりも肌寒さの方がずっと苦であった。
結果的にこの作戦は上手くいった。私がいないことで外での狩りやレベル上げをする者が増え、箱庭内の平均的な戦力は徐々に上がっていった。
26日目。私は街に戻った。姿を現した。死んだものだと思われていた人間が突如現れたのだからプレイヤーたちは驚いていた。そこで再び協力を得ようと、多くの人物に声をかけた。
だが、反応は一辺倒だった。「なぜ隠れていたのか」「攻略するんじゃなかったのか」「どこで何をしていた」「お前がいなくてみんな苦労した」などと言われた。協力など得られなかった。
あぁ。そうか。そうですか。
27日目。私はソロで「セーレ」を撃破した。どのようにして撃破したのか、そんなものは覚えていない。ただ1つ記憶にあるのは、クリア時のHPが4だったことだけだ。
・魔法の仕様
この世界の魔法は「ルーン」と「詠唱」によって使用する。
魔法ごとに決まったルーンがあり、それを空中に描き、魔法の名前を詠唱することで発動する。ルーンを丁寧に大きく書くほどに魔法の効果が上昇する。反対に粗雑に小さく書くほどに魔法の効果が減少する。“速攻詠唱“は後者を指している。
ルーンを描かずに魔法を発動するモンスターもいるが、大抵威力が弱い。