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隣の女子は昔の漫画が好き

「ねぇ、鳴海君。鳴海君って、最近の漫画は読まないの?」


 不意に隣から話しかけられて、俺は少し返事に窮した。

 首だけをそちらに向けると、同じように横を向いた夢野さんと目が合った。


「んーっと……そんなこともないけど? 『少年ジャンプ』は毎週、読んでるし。ほら、月曜になるとクラスの男子で回し読みしてるじゃん?」


「そうだっけ? 私は、自分で持ってきた本を読んでるけど」


 そう言いながら、夢野さんがチラリと青いカバーの本を見せる。

 確かに夢野さんが休み時間、俺以外のクラスメイトと話す姿は見かけない。

 俺が仲の良い男子とバカ話してる時なんかは、静かに読書にふけっている印象だ。


「でもまぁ、確かに言われてみれば……昔のジャンプ漫画も読んでるかなぁ? ウチ、歳の離れた姉ちゃんがいるからさ。その影響で」


「あっ、そうだったんだー! 何か鳴海君が話題に出す漫画って、どれも昔の作品のイメージがあったから気になってたんだぁ」


 自分では気付かなかったけど、確かに好きな漫画のタイトルを挙げろと言われれば昭和の作品が多いかもしれない。

 ヤバ……オヤジくさいとか思われたかな?

 でも夢野さんはニコニコ笑ってくれてるし、悪い印象は持たれてない雰囲気か?

 そんな細かなところまで注意されていた気恥ずかしさ半分、俺のことを意識して見てくれてた嬉しさ半分と言ったところか。


「そっか、お姉さんの影響かー。それじゃ、少女漫画とかも詳しい? コレとか……分かる?」


 そう言って夢野さんは、先ほどの青いカバーの本を再び見せてくる。

 よく見てみれば、金髪の美少年のイラストが描かれているが……でも、漫画にしてはサイズが大きいな。


「えっと、タイトルは……『少年の名はジルベール』? 作者は……あっ、竹宮惠子か!」


 どこかで見た絵柄だとは思ったんだ。姉ちゃんの部屋の本棚にあった『地球へ…』の作者だ。


「そう、その竹宮先生が『風と木の詩』っていう一大センセーションを巻き起こした作品を世に出してね。ジルベールっていうのは、その『風と木の詩』の中に出てくるキャラクターで、竹宮先生がいかにしてジルベールと『風木』を生み出したかを書いた自伝なんだぁ」


「漫画家の自伝かー。藤子先生の『まんが道』は読んだよ。漫画家ってあまり表に出ない印象があるから、そういう人たちの実像を知るいい機会だよね」


「あの大作が、いかにして生まれたのか……! その背景って、みんな知りたいもんね!」


「そうだよな! そう思うと『バクマン。』は『デスノート』誕生秘話にした方が良か……いや、多くは語るまい」


 終わった作品について、あれこれ言うのは野暮なことだからな。

 それに、もしも夢野さんがその作品のファンだったらと思うと、地雷は踏みたくない。


「……やっぱり男子は、少女漫画は読まないのかなぁ?」


 おっと。せっかく夢野さんが俺と話すために本を持ってきたのに、あまり関心を示してないと思われたか。

 いや、事実として少女漫画はそれほど詳しくないが……逆に言えば、夢野さんもジャンプ漫画とか読まないってことだよな?


「俺は……確かに古いのも最近のも、ジャンプばっか読んでるなー」


「へー、鳴海君が一番好きな漫画って何?」


 夢野さんも、男子が読む漫画に興味あり?

 いや、俺が好きな漫画にかな? だとしたら、嬉しいな。


「これまた昔のだけど、『リングにかけろ』っていうボクシング漫画が一番だな! 最終回は、今でもジャンプの中で最高だと思ってるし」


「最終回が一番って思えるの、いいよねー」


「そうなんだよ。ライバルの剣崎が主人公・竜児の手を取ってさ、『おめえが世界チャンピオンだ』って涙ながらに健闘を讃えるシーンがあるんだけどさ……それが、中盤のあるシーンを踏まえて読むと本当に泣けてきて……」


「どんなシーン?」


「うん。竜児が伝説のパンチを会得して仲間たちから称賛されるんだけど、剣崎だけは素っ気ないんだ。それは二人が親友であると同時に宿命のライバルでもあるから、剣崎は竜児がどんなに偉大な功績を残そうとも、抱きしめて『おめでとう』を言うことが出来なかったんだ」


「ふむふむ、それで?」


「最終回、とうとう二人の戦いに決着が付いた。二人の戦いは終わり、二人は敵同士じゃなくなった。そこで初めて、剣崎は素直に竜児を讃えることが出来るようになったんだよ……! そう思うと、余計に感動しちゃってさ」


 少し熱を入れて話し過ぎたかな?

 照れくさそうに笑う俺とは違い、夢野さんは心からの笑顔を浮かべた。


「すごーい! ちゃんと最終回に繋がる伏線が張ってあったんだねぇ」


 半分は俺の妄想とか願望だけどな。

 ウチの姉ちゃん、ソシャゲの運営してるけど……そんな深く考えてない設定でも、ユーザーが勝手に掘り下げて考察してくれるって言ってたし。


「最初に読んだ時は気付かなくても、読み返した時に実は伏線だった……って場面、結構あるよな。例えば『キャプテン翼』でもさ……」


「うん! 聞かせて!」


「翼くんが静岡予選で優勝した後、翼くんを支援してるサッカー協会の片桐さんが予選通過ぐらいは問題ないと前置きした後で、『もっと遠大な計画』を考えてるって言うんだ」


「計画って……?」


「それは、中学生の翼くんを日本代表入りさせるって計画で、もちろん選考会議では反対されるんだけど……片桐さんには、代表入りを実現させる切り札があったんだ。それが翼くんが練習してるドライブシュートで、この難技をこなせる選手は日本代表の中に一人もいなかった。だから翼くんがドライブシュートをマスターすれば、今すぐにでも日本代表になれるって言うんだよ」


「へー、それがお話の伏線なの?」


「うん、翼くんを日本代表に推薦するって話は物語の最終章になるんだけど、片桐さんがその計画について語るシーンは中盤の全国大会の時だからね。俺も読み返して、ビックリしたよ」


「伏線回収まで、そんなに間が空いてたら読んでる方も忘れちゃうもんね」


 少年ジャンプの話題なんて、つまらないかな? なんて思ったけど杞憂みたいだな。

 よし、次は更に有名な作品の例を出そう。


「そうだなー……回収までの期間が短い伏線なら、『ドラゴンボール』とか? 天下一武道会で天津飯が、一度見た技を自分のものに出来るとか、命を落とす危険のある気功砲を威力をセーブして使うことで死なずに済んだりとか……これって、次のシリーズに出てくる魔封波の伏線っぽいしさ」


「ふふっ、面白いねー」


 口では面白いと言ってくれるし、表情も明るい。けれど、話の内容自体には言及してこない。

 夢野さんが楽しんでくれているのは、自分の好きなことを話す俺の姿ってところか。

 俺自身が、夢野さんのそんな姿を見るのが好きだから、何となく分かる気がする。


「一つの作品を読み返すだけじゃなく、全く違う作品を読んで『あっ、あのシーンはこういう意味だったのか!』って気付くこともあるよね。『リングにかけろ』で言えば、比較的付き合いの短い剣崎と石松が何故か仲が良くて不思議だったけど、『北斗の拳』の『同じ女を愛した男』ってセリフを読んで納得いったし」


「あるある! 違う漫画に書いてある内容が、別の漫画を読んだ時により深く理解する手助けになったりとかね」


「夢野さんが知ってる漫画でも、そういうシーンある?」


「うん! 例えば『ガラスの仮面』で、赤い糸で結ばれた相手を指す『魂のかたわれ』って表現があるの。それを踏まえて『ベルサイユのばら』を読むとオスカルとアンドレ、フェルゼンとアントワネットは『魂のかたわれ』だったんだなぁー……って思えるし」


「なるほどねー。あれ? でも、フェルゼンとアントワネットは結ばれなかったような……?」


 世界史のフランス革命に備えて、夢野さんから勧められた『ベルばら』は俺も読んでいた。

 その内容を思い返すと、悲恋だった記憶があるが。


「そうだねぇ。旦那さんのルイ十六世は、アントワネットは世継ぎも産んで王妃としての務めは果たしてるから、恋愛くらいは好きにさせてあげたいって言ってくれてるんだけど」


「浮気相手のフェルゼン伯のことも、友人だと思ってたよなぁ。お人好しな王様だ」


「『若きウェルテルの悩み』もだけど、間男としてはかえってツラいよねー。でも、仮にフェルゼンとアントワネットが結ばれたら国際的な大問題になっちゃうし、子供たちにも累が及ぶでしょ?」


「……愛し合ってても、結ばれちゃいけない関係ってことか」


「『日出処の天子』を読めば、もっと納得できるよ。厩戸と毛人が一緒になれば、世界を思うがままに出来る……けど、それは許されることじゃない。だから二人は、『魂のかたわれ』でありながら決して結ばれることのない男同士として生まれ出逢ったんだって」


 切ない恋物語ってところか。

 何だろう……夢野さんの語り口調からは、悲恋の切なさを悲しんでいる様子は感じられない。

 かと言って、ロマンチックなストーリーにうっとりしている様子も無い。

 男同士だから、あるいは立場のせいで結ばれなかった漫画の登場人物たち。自分たちは、そうじゃない。

 俺と夢野さんは、誰にも否定されることなく恋に落ちることが出来る男女の関係――そう願っているのは、俺一人の思い込みだろうか。


「『真実の愛の道は、決してまっすぐには進まない』……シェイクスピアが言うには、ね」


「世界一の作家の言葉は、重みが違うな」


 一見、仲良く話している俺と夢野さんの姿は、シェイクスピアにしてみれば「真実の愛」になる見込みは無いのだろうか?

 いつものように隣に座って微笑む夢野さんの表情からは、そんな不安は窺えない。

 俺が信じるのは、偉人の言葉なんかじゃない。側で俺を見つめてくれる、この瞳なんだ。

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