表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/9

隣の女子は幕末が好き

 やっぱり日本史の授業は退屈だった。

 先生が出て行った後の教室でアクビをしつつ、恨めしい教科書をパラパラとめくっていく。

 そのページの隙間に、隣の席から指を差し込む女子がいた。


「夢野さん……どうかしたの?」


「ふっふっふ、授業中退屈してた鳴海君に朗報を持ってきたよ!」


 そう言いながら、夢野さんは指を差し入れたページを開く。

 目に入ったのは、塩を送ったエピソードで有名な武田信玄と上杉謙信の名前だ。


「武田信玄と上杉謙信か……あれ? でも、この章をやるのはまだ先だよね?」


 今日は確か平安時代が終わって、一一八五(イイハコ)つくろう鎌倉幕府までだったはず。

 この後が足利尊氏の室町時代だっけ?


「そう! 信玄と謙信の時代は、川中島の戦いとか何回も映画やテレビドラマになってる日本史の花。なんだけど……ほら見て、教科書ではたったの一行しか書かれてないの」


「ホントだ……後ろの索引を見ても、このページしか載ってないし。何か意外だな」


「今日やった源頼朝みたいに幕府を開いたー、とか成し遂げた訳じゃないから仕方ないのかもしれないけど……こんなに小さな扱いじゃ“シンゲン”と“ケンシン”の区別も付かないよね?」


「それは言えてる。これで日本史に興味を持てっていうのも無理だよな」


「そうそう! そこで考えたのが、『小説から歴史を学ぼう!』のコーナー! パチパチパチ!」


 机の中から何かを取り出す夢野さんの代わりに、拍手をしてやる。

 夢野さんが取り出したのは、小さなメモ書きだった。

 パッと見で分かるのは、日本史の何とか時代の羅列と……本の名前?


「例えば武田信玄と上杉謙信だったら、海音寺潮五郎の『天と地と』を読んだ方がずっと面白いし、楽しみながら勉強が出来ると思うんだ。教科書だと、たった一文だけの二人の関係……でも、その裏には壮絶なドラマがあった! 何ていう事前知識があれば、授業も楽しく受けられるでしょ?」


「う~ん……確かに一理ある。日本史とか世界史の暗記が難しいのって、結局はその時代に興味が無いからだもんな」


 夢野さんは、歴史小説にも詳しいのか。

 それぞれの時代に興味を持てるようになりそうな小説を、きっと書き出してくれたんだろう。

 信玄と謙信――『天と地と』なんて書かれたメモのすぐ下、今度は『関ヶ原』の文字が見える。


「司馬遼太郎の中でも『関ヶ原』は特に好きなんだぁ。石田三成が単なる嫌な腰巾着じゃなく、豊臣家を守るために戦った忠臣として描かれてたり。史実か脚色かは置いといて、そういうドラマがあったり好感が持てる登場人物がいた方が面白いもんね!」


「司馬遼太郎ね、俺も知ってる。『燃えよ剣』でも近藤勇の腰巾着でない土方歳三を書いて、そこから土方さんに関する世間のイメージが変わったとか」


「そうなのよねー……創作で作られたイメージって、結構後を引くんだよねー」


 腕組みをしてウンウンと唸る夢野さんだが、何か思い当たる節でもあるのか?


「新選組って、言ってみれば明治政府に逆らった逆賊だから、長いこと悪者扱いされてたみたいなの。そのイメージが覆ったのが、新選組の生き残りだった永倉新八が残した『新選組顛末記』と……もう一つは、子母澤(しもざわ)(かん)が書いた『新選組始末記』が発表された後みたい」


 顛末記? 始末記? 名前だけじゃ、その違いも分からないけど……しかし、そんな紛らわしい名前をスラスラ言える夢野さんには相変わらず感心する。

 このメモに書かれた本だって、当然読んでいる訳だしなぁ。


「俺なんか新選組って聞いても悪者のイメージは湧かないけどなぁ……けど、イメージが覆ったんなら良いんじゃない?」


「うん。でも、それはあくまで娯楽小説として。子母澤寛は当時の新選組を知る人たちに取材(当時の少女がお婆ちゃんになってたけど)をしたんだけど、それをそのまま小説にしてもエンターテインメント性に欠けるでしょ? そこで娯楽小説としての脚色を加えたみたい」


「へぇ……例えば?」


「例えば、斎藤一が左利きだとか、沖田総司が池田屋で血を吐いて倒れたとか……沖田さんが肺を患っていたのは確かだけど、喀血は末期症状だから、それから亡くなるまで四年も時間があるのはねぇ……」


 なるほど……(JIN)先生の治療のおかげでもない限り、無理があるってことか。

 でも沖田総司で池田屋と来れば、誰だって血を吐く場面を思い浮かべるもんな。


「沖田さんは、新選組の中でも創作で築かれたイメージが強い気がするんだよね。それこそ名前の読み方に至るまで」


「ん? 名前の読みって“そうじ”じゃないっけ?」


「それで合ってるよ。でも、私のお母さんくらいの年代の人は大抵“そうし”って読んでるけど」


「んー……そう言えば、そんな読み方も聞いたことあるような……」


「これはね、映画で沖田さんを演じた俳優が“順司(じゅんし)”っていう名前で、そこから広まった誤解なんだって」


 確かに司の一字だけなら、読み方は“し”だもんな。


「新選組メンバーで名前の読み方があやふやな人って、他にもいてねー……例えば新見(にいみ)(にしき)とか。この時代の署名って、読み方さえ合ってれば漢字は何でも良かったみたい。だから新見錦も親見錦っていう署名が残ってて、そこから“にいみ”じゃなく“しんみ”だっていう説も生まれたり」


「“にいみ”……“しんみ”……中学の時、同じ漢字で“にいみ”って読む友達がいたけどなー」


「新選組と同じ時代の新見(しんみ)豊前守は“しんみ”読みだよ。昔は、こっちの読み方が多かったのかなぁ?」


 うーん……それこそ、当時の人に取材でもしないとなぁ。

 令和の現代じゃ、確かめようもないか。


「他にも総長・山南敬助も“やまなみ”なのか“さんなん”なのか、とか。参謀・伊東甲子太郎は“きねたろう”とも読めるけど、正しくは“かしたろう”だよ」


「その話は知ってる。新選組に入ったのが一八六四年、干支で言えば甲子の年だったんだよな。それにちなんで、元の伊東大蔵から名前を改めたとか」


「すごーい! そんなにスラスラ、干支とか出てくるの? 私、十二支だけでも言えないと思う」


 おっと、夢野さんのことだからてっきり知ってる話かと思ったら、思いがけない尊敬の眼差しが眩しい。

 けど、俺だって何年の干支が何かなんて全部把握してる訳じゃない。


「いや、甲子だけ特別だよ。ほら、阪神甲子園球場が出来たのが一九二四年だから、それさえ覚えてれば後は六十年引くだけじゃん?」


「それでもスゴいよ……そっかぁ、一個でも干支を言える年があれば、そこから計算して導き出せるんだぁ……!」


 夢野さんは、何か凄い発見をしたみたいに瞳を輝かせている。

 俺はと言うと、そんな彼女にドギマギしてしまって褒められているクセに素直な喜びを口に出来なかった。


「だからと言って、壬申の乱とか辛亥革命とかが西暦何年かなんてすぐには出て来ないけどさ。戊辰戦争は……まぁ、これくらいは言えるか」


「イコール明治元年だもんね。さっきの新選組の話だと、島田魁さんは明治維新後に名前を“かい”から“さきがけ”に改めたんだって」


「んー……さきがけ先生ってやつ?」


「それは藤堂平助」


 純粋な勘違いだったが、夢野さんにはギャグで言ったと思われたみたいだ。

 指摘した後に「アハハッ」と笑ってくれた。


「藤堂平助――斎藤一と同じく、新選組幹部の中では最年少……」


 笑い終えた後、コホンと咳払いをして夢野さんは藤堂平助の説明を始める。

 その内容に、俺は首を傾げた。


「あれ? 沖田さんが最年少じゃないの?」


「それも創作のイメージ。沖田さんが子供好きでいつも笑顔だけど剣に関しては最強で最年少の美少年でコホコホ咳してる姿が『まァ、沖田はん儚げでええどすなァ』なんて言われてるのも、ぜーんぶ昭和時代に作られたイメージなの」


「そ、そうか……悪かった」


「ごめん、ごめん。鳴海君は悪くないの。ただ、どうしても子母澤寛以降に作られたイメージの創作が多いから、ちょっと食傷しちゃうんだぁ」


 早口でまくし立てる夢野さんから身を引くと、途端に両手をパタパタと振ってしおらしくなる。

 確かに現代じゃ当時の人間から直接話を聞くなんて出来ないから、どうしたって過去の創作が一次資料にならざるを得ないんだろう。

 その結果、どれも似たような設定の作品になったんじゃ胃もたれしちゃうよな。


「難しいところだとは思うんだけどねぇ……消費者は一般的なイメージしか知らないだろうから、それに合わせた描き方にした方が受け入れやすいだろうし。でも、たまーに長身で平目顔で斎藤一より年上に描かれた沖田総司を見ると新鮮な気持ちで楽しめるんだぁ」


 しゅんとしたのも束の間、最後にはいつもの笑顔を見せた夢野さんに俺もホッとした。

 その表情を明るいまま留めようと、俺は自分から話題を振った。


「沖田さんが美男子じゃなかったかはともかく、土方さんがイケメンだったのは確からしいね?」


「そうそう! 甲州勝沼の戦いの後、敗れた近藤さんが匿われていた村に土方さんを呼び寄せたんだって。その時の村娘(取材時はお婆ちゃん)が言うには『近藤はいい男だったけど、土方はもっといい男で役者にしたいぐらいだった』んだって!」


「確かに……残ってる写真で見ても、現代でも通じるイケメンなのが分かるもんなぁ」


「『鬼の副長』だなんて思われてるけど、性格もイケメンだったと思うよ? 島原の芸妓もたくさん虜にしてたみたいだし、甥っ子が転んでおでこにケガした時も『男の子の向う傷だ、めでたいな!』なんて言ったくらいだもん、きっと池田屋で負傷した藤堂さんの向う傷も褒めてたよ!」


「そうだといいなー。やっぱり作られたイメージだろうが、ヒーローだと思われてる人がカッコよく描かれてるのを見るのは嬉しいもんな」


「……うんっ」


 予鈴をBGMにして、夢野さんの笑顔が映える。そいつを胸に焼き付ければ、次の授業も気持ちよく受けられそうだ。

 夢野さんから渡されたメモには、まだまだ気になる本のタイトルが書かれていることだし。

 楽しい会話の続きは、また放課後にでも。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ