ステージへ
私がバックコーラスをする歌は、冬にリハーサルで歌った『雨そして花と華』と、東城卓人が作詞作曲した新曲『君に会えたから』だった。
『雨そして花と華』はリハーサルでも歌っているので、どんな感じで歌えばいいのかわかっていたが、『君に会えたから』はリハでは合わせずに、現場で始めて合わせる。
須藤はあのリハーサルの後も、別に機会を設けてグループの歌の指導をしてくれたと、林田さんに聞いた。表向きの理由は『プラス plus』を気に入ったから、だった。
本当は今回のコンサートの演出にかむことで、バックコーラスの人事を自分が采配できるように持って行ったのだろう。
私をステージに立たせるために。
スタッフさんにステージ衣装とメイクの最終チェックをしてもらって、ステージ袖に控える。
会場はものすごい大声援に包まれていたが、歌に焦点を合わせた私の耳にはまるでイヤホンから聞こえる音のように、クリアーに音が響いていた。
「あと、5分で出番だから。」
完全にステージモードの須藤が私に話しかけてきた。
「了解。」
私はイヤホンとマイクを調節していた。
「ありがとうね、KANA歌ってくれて。」
須藤がまっすぐに私の前に立ち、そういいながら微笑んだ。
「患者の誕生祭だから。」
「KANAらしく、好きに歌っちゃっていいから。」
「須藤、KANA3001がでているというアナウンスやクレジットは、なしだよ。」
そう答えて、私はまたステージに集中する。
もともとステージで歌うのが好きだ。
CDとか配信とか動画投稿アプリとか、いろいろな形で、音楽を広めることができるだろう。そしてそれはたくさんの人に音楽を届けることができるだろう。
でもその場でしか聞けない生歌には、その時の空間、風、温度、湿度、そして聞いてくれる観客、いろいろなものを巻き込んで一つに作られていく。
今は編集でズレた音を直したり、エフェクトでエコーやビブラートをかけてパッケージとして完成された歌を作りだすことができる。そのほうが耳障りはいいかもしれない。
安定感のある歌声だからこそできるステージでの生歌。
それが私の歌の特徴だからこそ、須藤は私をステージに立たせたいのだ。
「KANAさん、そろそろです。」
ステージの照明が一度落ちて暗くなって、そのタイミングでステージにでる。
会場は『プラス plus』のファンの熱気が満ちてい圧力のようにステージに押し寄せてくる。
そして照明がステージを照らして、新しい衣装に着替えた『プラス plus』のメンバーがゆっくりと立ち上がる。




