【閑話】 さなの場合
終了までもう少しです。
リハーサルでさなに対して須藤先生がどんなトレーニングをしたのかを挿話させていただきます。
憧れの須藤先生が前にいる・・・。それだけで胸がいっぱいになった。
須藤先生は良く鍛えられたアスリートのような体をしていた。髪の毛は潔く一つにまとめられていて、きつくウエーブがかかっていた。黒いシャツにはキラキラと光るビーズがたくさんついていて、歌うたびにそれが少しずつ動いて、きらきらした。
「さなさん、短い時間だけど、よろしくね。」
「はい、よろしくお願いします。」
ずっと須藤先生に教えてもらうのが夢だったのに、実際教えてもらえるとなると、緊張してしまう。
須藤先生はくすっと笑って、
「今日教えること、全部吸収して。」
「分かりました。」
私の眼はきっと須藤先生のシャツよりもきらきらしていただろう。
「まずは発声練習するから。」
「はい。」
さっきバックコーラスの人がやっていたような感じでやってみる。
須藤先生はほんの少しだけ右に顔を傾けた。
「さな、自分の声でやってみて。」
「え・・・。はい。」
自分的にはうまく歌えていると思ったのだが、何が良くなかったのか、よくわからない。普通に歌えばいいの?
「ああああーあああ。」
低音から高音に徐々に上がっていく。須藤先生はなんとなく納得していないような、そんな気配を感じた。
発声練習は自分では出ないくらい高いところまでキーが上がった。
「いいよ、ここから音を下げていくから。」
須藤先生も一緒に歌ってくれる。
軽く、でも美しく安定感のある素敵な声。発声練習でも分かる歌の上手さ。
なぜ、須藤先生は自分の歌を出さないのだろう、こんなに素敵な歌声なのに。
そう思っていると発声練習が終わった。
「一番自分が得意な歌、歌ってもらっていいかな?」
「得意な歌・・・ですか?。」
何を歌うのが正解なのだろう。
「じゃあ・・・」
オーディションでも歌った、自分の歌唱法のすべてを詰め込んだ、R&Bの曲で高音から低音まで音域広い曲を歌うことにした。
緊張する。緊張する。でもきっと上手く歌えている。
須藤先生は歌いながらうんうんと頷いていた。歌い終わった後もじっと私を見ていた。
「今の歌はどこがいいと思う?。」
「はい、音域が広くて、自分の良さが出せると思ったので。」
「そうね・・・。さなは音域が広いからね。」
褒められた、と一瞬思ったが、須藤先生の反応からは何か違う気がする。
「さなは自分のメインの音域はどこだと思う?。」
「・・・高音域だと思ってます。」
須藤先生はふふ、とラスボスのような魅惑的な微笑みを浮かべた。
「確かに、さなは高音域もしっかり歌えているし魅力的だよ。でも本当にいい声なのは中音域。」
そうだ。
子どものころは高い声が出せないことで歌えないアイドルやアニソンがあり、歌える友達に憧れと嫉妬心を持っていた。
自分なりにミックスボイスを身に着けて、アニソンの仕事を勝ち取った。
音域を広げればいろいろな歌が歌える、そう思っていた。
「勘違いしないでね。高い声もしっかり出ているし、魅力的なんだけど、本当にさなさんの歌が生きるのは中音域・・・。というか。」
須藤先生は伏し目がちに少し間をとった。
「さなさんは音域が広くて、高音が出る人が歌が上手いと思っているでしょう。そうではないのよ。」
「でも、今人気がある曲はみんなキー高いし。」
「今はね、でもそれがずっと続くわけではないよ。」
須藤先生はまっすぐに私を見た。
「本当に歌が上手い人は、自分の最適な音の高さを分かっているはずだよ。」
私は砂の上に作ったハリボテの自信を崩された気がした。
しかしそれと同時に、須藤先生に教えてもらえば、しっかりした土台の上に自分の歌を作っていけるのではないかと確信した。
読んでいただきありがとうございます。




