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焼肉デートの後で(武藤視点)

 

 会計は自分が払い、後から半分を新川先生が渡してくれた。ほとんど自分が食べていたので、一旦は自分がが払います、といったが、耳元に小声で、


「私から誘ったのに、おごれなくてごめんね。」


 とささやかれて、それ以上は何も言えなかった。


 帰りは近くの駅まで歩いていく、と言ったが、車で家まで送ってくれるという。


「車の中でも息が白いね。」


 暖機運転を行っている間に、新川先生は僕の住所をカーナビに登録した。


「新川先生の家と距離ありますが、いいんですか?」

「途中だから大丈夫。」

「家で、コーヒーでも出しますよ。」


 そう言ってから、新川先生はコーヒーを飲まないことを思い出した。新川先生は笑って、話を流した。


 車が走り出した。カーステレオから、歌が流れてくる。

「KANAの曲ですよね。」


「あ、・・・やってしまった。未発表なんだけど、練習中なので。」


 普段病院では絶対に見せないような新川先生の言葉や態度に、心が動かされた。


「・・・、ところでどうでした?。」


 僕の言葉に運転中の新川先生は目線を動かさずに返事をした。


「何?何が?」


「新川先生、今日の店は、何か分かりました?」


「・・・気が付いた?」


「わかりますよ。レジ横に『プラス plus』のサインがありました。」


 会計の時に、レジ横のサインに気が付いた。カンファレンスで言っていた、林田さんがメンバーと一緒に冷麺を食べた店なのだろう。


「冷麺が、目的だったんですね。何が入っているか、実際に見て確認したんですね。」

「もちろんそれもあるけど・・・。」


 一瞬の間に、もしかしたら自分との食事が目的だったとか言ってもらえるかと淡い期待を持った。

「焼肉のタレにも果物を使用していることもあるし。そこも確認したかったの。」

 ですよね。やっぱり、それが目的ですよね。


「なんか、期待してました。新川先生が俺の気持ちにこたえてくれるのかな、って。」

「えっ?」


 左のウインカーがカチカチ鳴って、ちらっと僕を見るように左を確認して、交差点を左折した。

「だって・・・新川先生、いまフリーでしょ。・・・期待するじゃないですか。」


 再びの沈黙。

 長い沈黙だったので、新川先生を見ると、意外なことに少しだけ頬が赤い。

「・・・まあ、フリーだったけど。」


 その言葉にすべてを察した。


「今は付き合っている方がいるんですね。」

「・・・そうなりそう、と言うか・・・。」


「知らずに、失礼なことを言ってすみません。彼氏さん、俺と食事に行ったこと、怒ったりしないですかね。」

 新川先生はまだ少し赤い顔をしながら困ったように


「お互い、仕事のことは干渉していないから、大丈夫だと思う。」

 ・・・あれ?・・・医者と付き合っているわけではない?他の職種の人なのか?


 それからは車の中は無言だった。

 失恋を歌うKANAの歌声がとても心地よくて、なんだかとても癒された。


 自宅マンションの前で、新川先生を誘わずに大人しく車から降りた。


「本当に助かったわ。私一人だと、行けないしね。」

「こういう機会があったら、また僕を利用してください。」


 新川先生はにっこりと微笑み、


「お言葉に甘えることがあるかもしれないわね。」

 2,3回手を振ると、軽く会釈をしてから車で走り去った。


 吐く息が真っ白で、寒さに酔いはすっかり覚めてしまった。


 ただ、車の中で聞いた未発表のKANAの曲がなんども心の中で繰り返されて、心が熱くなった。

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