帰りの車の中で
事務所の準備したタクシーで、帰路についた。雨交じりの雪が降る中、ゆっくりとタクシーは走り出した。
暖かいお茶のペットボトルを須藤に差し出されて、体を温めるように一口飲んだ。
「ねえ、ゆきのさんの症状の原因が分かったって言ったけど・・・。」
須藤が小声で私に話しかけてきた。
「先にゆきのさんに告知してから、話すわ。」
「・・・。そうね、分かった。」
須藤はまだ何か聞きたげであったが、私は話を変えるため、反省するように須藤に話しかけた。
「バックコーラスも久しぶりだったから、感覚がにぶっちゃって悪目立ちしてたよね。」
須藤は首を振って、
「KANA、歌良かった、すごくよかったよ。」
須藤はKANAの熱心なファンのように、うっとりと話し始めた。
「声ののびも、バランスも、何より声質がいいよね。」
「・・・いや・・そうでもないと思うけど。バックコーラスにはバックコーラスの役目があるから、それを果たさないといけなかったと思う。」
つい、ため息がまざった。
それは須藤が自分に心酔していることだけではなかった。
ボーカルトレーニングはやっているが、現場の感覚が鈍くなっていることを感じる。
「そもそも、KANAはバックコーラスじゃないから。・・・讃美歌とかCMのアヴェ・マリアとか歌っていたことあったけど、あれはとは、また感覚がちがうじゃない?。」
須藤は、はしゃいでいる、というかなんとなくうれしそうでもあった。
私はそういえば、と思い出したように、
「佐藤宏之のコンサートのバックコーラスに入ったことがあってね。」
「ええ!大御所じゃない、今は彼、ほとんどプロデュースの仕事がメインでしょ。」
須藤は驚いたのか、おおきな声を出した。その後、タクシーの運転手に聞かれぬように少し声を小さくして、聞き返してきた。
「なんで、どこに接点あった?・・・佐藤宏之の知り合いだったの?。」
「まあ、もともと知り合いではあったよ・・・。いろいろあって、そうなったんだけど。」
もしかしたらそれは、歌手としての私の分岐点だったかもしれない。思い出すと、つい遠い目をしてしまう。
「大きな舞台でのバックコーラスはあれが最後かな。もう、7-8年前。」
信号待ちでタクシーが止まった。ちょうど停止したのが、ミュージカルで有名な大きな劇場の前だった。寒い中、もうすぐ始まる夜の公演に、期待を胸にしたたくさんの観客が並んでいる。暖かい光景。
「・・・また、歌いたくなった?。」
須藤は今日の私の歌を聞いて、ずっと嬉しそうだった。
「今はライブをやりたいわけではないけど・・・歌、もっと上手くなりたい。」
「私もステージで歌うKANAの歌、もう少し聞きたい。」
須藤の言葉を私は微笑みはぐらかしながら、ペットボトルのお茶を飲んで、一息ついた。
もう少しお付き合いください。




