新川先生のたくらみ
葉山先生のダンディを伝えられたらいいのですが。
「もう、歌っていない・・・ね。」
葉山先生はまるで独り言を言うように話しかけてきた。
「ボーカルトレーニングは受けているのでしょう?・・・順調なのかな?。」
「なかなか・・・。1日1時間はトレーニングしたいと思っていますが・・・。」
練習不足を痛感するが、一日外来で話していると、喉の調子も不調になるため、あえて歌わない日もある。
「仕事がきついなら、調節するよ。」
葉山先生はにっこりと微笑む。もともと整った顔立ちがより美しく見える。
「仕事は大学病院にいたときより、自分の時間がしっかりとれているので、きつくはないです。」
そう言ってから、これではここで楽していますと言っているようだと気が付いた。
「専門性は高まってますから、勉強は忙しくなりましたけど。・・・充実しています。」
あわててそう言いなおした。
大学にいたときは考える時間がないくらい、診療して、研究して、勉強して、専門医を取得し・・・余裕は全くなかった。
今は、考えながらじっくりと自分の専門性と特性を生かして仕事ができている。Singerを支えることができている自覚もあるし、今のSingerを取り巻く状況に対する問題とそれを解決するために何をにしていけばいいか、考えている。
そして、ボーカルトレーニングに行くことによって、自分自身の歌も進化できている。
本当に東京ボーカルクリニックに移動できてよかったと心から思っている。
「それは良かったよ。・・・でも今も、木曜日は大学で研究をしているのだから、無理しないようね。」
葉山先生は微笑んでうなずき、ちらっと腕時計をみた。武藤先生との待ち合わせの時間を気にしているのかもしれない。
「あの、お時間がないと思いますが、一つご許可をいただきたいのですが・・・」
「何?。僕でできることならなんでも言って。」
今日ずっと考えていた、あるアイデアを葉山先生に伝えることにした。本当は内緒でやってもいいのかなと考えていたが、診察の一環であり葉山先生に断りを入れておいたほうがいいだろうと考えた。
しかし、普通には荒唐無稽な話だと思われるだろう。
私の話を聞いた葉山先生は、やはり驚きを隠せないでいた。
「・・・それしか、方法がないというのだね・・・。なんというか、医師としては逸脱したやり方というか・・・。いやいや、先生、私の話を聞いていたかな?仕事しすぎはよくないって言ったつもりだったんだけどね。」
葉山先生は私の話に困惑しているようだった。しっかりセットされた髪の毛を無意識にかきあげてしまうくらいに。
「先生のおっしゃることはもっともです・・・。ですので、先生には許可を取っておかないと、と思いまして。」
その私の言葉に、葉山先生はため息をつきながら
「分かった分かった・・・。新川先生は、言葉は丁寧だけど、自分の言いだしたことは曲げないでしょう・・・許可しますよ。」
葉山先生はもう一度腕時計を見て、時間だ、と言い、そのまま診察室のドアを開けた。歩き出してから、思い出したように振り返り、声をかけてくれた。
「期待しているよ、新川先生。」
COVID-19(新型コロナ)が流行る前に書きました。現状では新しく小説を書くパワーがでません。ライブもカラオケもできないし、設定が成り立たない。なにより、自分自身も気持ちが小説に集中できないです。
自分が罹患して、この小説を世に出せなかったら後悔するから、今UPしています。
読んでいただき、ありがとうございます。




