歌の仕事は
葉山先生の診察スタイルが垣間見れます。
林田さんの診察の後に急患があり、しばらく立て込んでいたため、仕事がすべて終わったのは18時半すぎだった。
『毒を入れられた。』
という林田さんの言葉を、心の中で何回も反芻していたので、葉山先生がいつの間にか診察ブースに入ってきていたのだが、声をかけられるまで気が付かなかった。
「新川先生、上がれそう?。」
「あ・・・、葉山先生、すみません遅くなってしまって・・・。いまカルテ書き終わりました。」
私はあわてて、電子カルテからログアウトして、パソコンをシャットダウンする。
葉山先生はそれは良かったといいながら、患者用の椅子に座った。既に私服に着替えて、髪も改めて整えていた。どこかにこれから出かけるようだ。
「今日は武藤先生と待ち合わせていて、飲みに行くんだけど・・・、新川先生もどう?。」
葉山先生と飲み会・・・。喜んでいくべきとは思うが、
「誘っていただきありがとうございます。今日は・・・先約がありまして。」
わたしが申し訳なさそうに言うと、
「そうか残念・・・。いや、急に誘って悪かったね。」
と言いながら葉山先生は椅子から立ち上がった。
「最近、新川先生、しっかり休んでる?。なんか常に仕事をしているように見えるよ・・・歌も、」
葉山先生はそこで言葉を切って、私の視線を自分に向けさせた。
「歌うことも新川先生にとっては、仕事の一つでしょう?・・・そうなると休めているのか、心配だね。」
葉山先生の外来は、患者との間に、ゆっくりと落ちついた時間を作りだり、自らの気づきを促し、病気と自分の体と心に向かわせていくスタイルだ。まるで診察のときのような、あえて間をとった独特な世界観のある話し方。
上司として、医院長として、そして医師として、私を心配してくれているのが伝わってきた。
「ご配慮ありがとうございます。・・・大丈夫です、休んでますよ。それに」
私は自分で出せる、一番いい声で答えた。
「私はもう、仕事としては歌を歌っていないですよ。」
たまに動画を更新して、その時には多少フォロワーからの反応はあるとはいえ、現在の更新回数では、仕事といえるほどのクオリティーではない。新曲もしばらく歌っていないし、リリースもしていない。動画再生の収入は微々たるものだし、印税も今は年間数十万万円程度で、お世辞にも歌が仕事とは言えない状況だ。
パソコンのシャットダウンが終わり、部屋は静寂につつまれた。部屋の時計の秒針が動く音も聞こえてくる。受付で清掃の業者がごみをまとめているのか、ごとごととした音が遠くから聞こえてきた。
飲み会に強引に誘ったら、パワハラですからね。




