『ゆきの』の歌
アイドル ゆきのが歌います。
野中さんから、音響調節にOKが出たので、スタジオ内で音響や機材、録画するカメラを林田さんに合わせ、『プラス plus』の曲をカラオケ音源で歌ってもらうことを改めて説明した。カメラで撮影するために、実際に歌っている時と同じような感覚で歌ってもらうよう説明した。
「撮影した画像や録音は、診療のためにだけに使用して、その後は希望があればお渡しするか、削除しますね。」
林田さんはおずおずとヘッドホンを装着しながら、
「歌うのは自分のパートだけでいいですか?」
彼女たちの歌は個人のパートに分かれているが、カラオケ向けに全パートを一人でも歌える曲の構成になっている。
「他のパートは歌わなくても大丈夫です。林田さんがいつものように、歌っているところを確認することが目的なので。」
私は録音ブースの外にでて、ガラス越しに指示を出した。
歌いにくければ私が他のパートを歌ってもいい、と伝えようとしたが、それは明らかに医師の仕事の範疇を超えているな、と我ながら苦笑した。
曲のイントロが始まったが、林田さんはこの展開についていけていないような感じに見えた。病院に来ているのだから、歌うことを想定していないのだから当然といえば当然だ。まず録音前に一回音合わせすべきだったか・・・と、私が一度曲を止めようとしたが、彼女はステージ上で観客にむける眼差しのように、前をすっと見て、
「いつもやっている感じで歌えばいいんですね。」
そして、満面のスマイルをつくり、彼女らしく歌い始めた。
当院を受診するときは遠慮がちにおどおどした感じであるが、それとは全く違う、堂々とした表情、声。
マイクとの距離の取り方がまだ上手くなく荒削りだが、若い綺麗なアイドルの歌声。上手い、いい歌声だった。原曲キーで歌っているが、林田さんのキーに合っている。サビの部分も声帯には負担がかかっている印象は認めず、高音域で声が裏返る印象はない。
私が歌い方を観察している中、私の隣で野中さんがほぅーっ感心し声を上げた。
「・・・かわいい、さすが現役アイドルですねー。」
野中さんは目がハートになっていた。そんな野中さんもかわいいよ・・・と思いながら、
「歌い方が原因で声が出なくなる印象はないんだけど・・・野中さん的にはどう思います?」
野中さんは冷静な目でパソコンを眺めて、録音データーを確認した。
「問題ないと、思います。」
そして、パソコンから目を離してスタジオの中を改めて見た。
「林田さん、アイドルしてます、かわいいですぅ。」
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