診察が終わって(ゆきの視点)
視点がゆきの になっております。
「暖房暑い?大丈夫?」
林田優希望こと『ゆきの』は、診察の後、車で牧野マネージャーに家まで送ってもらっていた。暖房の効いた車の中で、会話もなく後部座席に乗っていたためか、気が付くと寝ていたらしい。
「大丈夫です。・・・寝てました。」
右折で体が揺れて、窓の外を見ると、あと数分で自宅のマンションにつくところだった。
いままでは、自分の親よりも年上のお医者さんの診察を受けていたので、東京ボーカルクリニックの受診は、いままでの病院、お医者さんのイメージががらりと変わってしまう体験だった。
高級なヘアサロンのようにゆったりとした空間で、待合室もパーテーションで区切られていてプライバシーが守られている。初めに話しを聴いてくれた看護師さんがはっきりした目と長いまつ毛をした、とてもきれいな人で、医療ドラマのロケの中に来てしまったのかと思うほどだった。
そして、新川先生・・・。
須藤先生の話から、優秀なドクターで、そして歌が上手い人であることは知っていた。須藤先生が長期にボーカルトレーニングをするのは、ミュージシャンとして完成度の高い人だけだからだ。
呼び込みの声も良く通る透明な声だった。そして、とてもきれいな人だった。髪はしっかり束ねられて、知的な眼鏡をかけていたが、切れ長な目元と、バランスのいい口元のとても美しい人だった。受診の緊張感を一瞬忘れてしまいそうになった。
こんなにきれいで、お医者さんになるほど勉強ができる人がいるのだな・・・と感心した。
新川先生はきれいで素敵なだけではなく、今まで受診していたどこよりも、私に向き合って、丁寧に診察してくれた。
今まではどこにかかっても、気のせい、緊張と言われた。だれもわかってくれない。だから病院にかかっても良くならないのではと、あきらめ気味だった。
しかし、新川先生は私の話をしっかり聞いてくれたし、さらに私から話を聞きだすように質問してくれた。
それは、須藤先生が話しておいてくれたからかもしれないし、声専門の病院のではいつも今回のような対応をしてもらえるのかもしれない。
でも、うれしかった。自分のつらさを認めて、共感してくれた。
鼻からカメラを入れられたのは、黒歴史になってしまうのではと落ち込むくらい、つらい体験だったけど。そのあとに検査後に結果を分かりやすく解説してくれた。
きっと原因がわかる、治る、と信じることができた。安心したから眠くなったのだと気が付いて、ふふふと笑ってしまったが、マネージャーには聞こえなかっただろう。
マンションの前で車が止まった。
「ありがとうございました。」
ダウンジャケットを羽織りながら、降りようとした私にマネージャーが声をかけた。
「土曜日は食事会だから忘れずにね。」
「はい。」
珍しくマネージャーは笑顔だった。たしか、マネージャーの叔母さんがやっているお店だから、売り上げに貢献できると言っていた。
今日の受診について、どうだったか聞かれるようなことはなかった。
私は携帯で予定表を確認しながらエレベーターに乗り込んだ。
そうだ。
きっと部屋についたら、また眠ってしまうだろう。その前に、須藤先生にお礼のメッセージを送った。
今日は疲れたけど・・・安心した。
新川先生はきれいな人です。