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ボーカルトレーナー須藤

やっとKANA3001が出てきました。



 ドアを開けると、美しいピアノソナタが聞こえてきた。


 ベートーベンのピアノソナタ「月光」だ。


 前のボイトレが終了してから時間がたっているのか、須藤は私に気がづかずに、ピアノ・ソナタを弾いていた。きついウエーブヘアをお団子にまとめ、普通の人には着こなせないようなユニークでおしゃれな民族衣装を組み合わせたような服を着ている。いつもとても個性的で、目をひく。業界では知る人ぞ知る存在だ。


ピアノを弾き終わると、私の気配に気がついたのか、須藤は振り返った。


「ああ、KANA、、ごめん気が付かなくて。」


 須藤はピアノから離れて、私の方に歩いてきた。

「今日はどうもありがとう。さっき林田さんからメッセージ来ていたわ。今日、診察してくれたんでしょう。ありがとう。」


 須藤はボイトレ用の楽譜を準備しながら、私に感謝の意を示す。

 私は笑顔を浮かべつつ、

「須藤、今日のことは、新川先生ありがとう、が正しいかもね。」

 私はコートを掛けながら、ソファに座って楽譜を取り出しつつ、須藤に答えていく。

 須藤はそうだねと頷きながら、


「それで、林田さんどうだった?何か異常あった?。」


 林田さんは須藤からの依頼を受けての診察だから、心配するのも当然だ。でも、

「まだ、精密検査中。守秘義務があるから、基本的には話さないよ。・・・例え須藤に対してでもね。」


「もちろん、分かってるわよ。」


須藤は頷いて、再びピアノの前に腰掛けた。前回私に出していた課題の歌の楽譜をピアノにセットしながら、

「ただね、あまりにも牧野マネージャーが気のせいとか精神的な悩みとか言ってるから、気になって新川先生に紹介したの。」

そうね、と返事をして、須藤の話しを受け止めて行く。


 新川先生。

 須藤が私をそう呼ぶときは、医者としての私と話をしている時だ。須藤からは時々、ボイトレの生徒や業界つながりのあるSingerが、喉や耳の異常を訴えて紹介されてくる。最近は耳鼻咽喉領域にかかわらず、様々な主訴のSingerが紹介されてくる。


 しかし、ボーカルトレーニングを受けている私は、"KANA"だ。新川先生でなく、歌う時の私はKANA。私は空気を換えるように、譜面台に楽譜をセットし発声の体位を整える。


「課題の宿題できなかったの、いつもいつもだけど、申し訳ない。今、車の中で練習しただけなの。」


「・・・まあ私がいろいろ頼んでいるから、時間がなくて、できないのよね。」


 須藤は申し訳なさそうに、声のトーンを落とす。

 そしておもむろに、発声練習のため、ピアノでメロディを弾く。時間は限られているから、おしゃべりに夢中にならないように、ボイトレを始める合図だ。

 私はそのピアノに合わせてクラシカルな発声練習を行う。


 須藤はもともと音大で声楽を専攻し、その後ポップスやR&Bに転向するというかなり異色な経歴のボーカルトレーナーで、様々なジャンルの曲を指導することができる。


その後課題の Schubertの Ave Mariaを歌う。歌い終わると、


「練習してないって言ってたけと、KANAは昔やってたでしょ、この曲、CMで歌ってた。」

「あれは大学の時よ、しばらく歌っていなかったから、発音がはっきりしなくて。」

「充分うまく歌えているわ。」


 私自身も歌に関しては、特殊な経歴を持っている。幼稚園の時からいわゆる『歌うま』で、保育士さんに勧められて5歳の時からボーカルトレーナーの教室に通い始めた。

 中学高校とイタリア語ドイツ語を中心とした声楽を習いつつ、高校時代にポップスを歌い始めて、動画アプリでのネット配信を中心にデビューした。


 私の歌手としての名はKANA3001。動画アプリのハンドルネームをそのまま芸名として活動していた。歌がCMに起用されて、一時期は小規模なフェスに呼ばれるくらいには知名度を上げたが、23歳で活動を休止(遅延)させている。


「KANA、次は今度ネットに上げる予定の曲、練習するよ。」


 須藤はボイスレコーダーから音源を流す。ゆっくりとしたポップス、バラードだ。この課題の練習がいまいちできていなかったのだ。気持ちを入れなおして、ポップス用の声帯と姿勢とのバランスに気を付けながら歌い始める。



転生ではなく、転職なのです。

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