声が出にくくなる
初投稿です。よろしくお願いします。
金曜日午後の診察は14時から始まる。
クリニックのロゴが入ったスクラブの上に短めの白衣を羽織る。それからセミロングの髪をまとめなおなし、眼鏡をかけてから手を洗い、診察の準備を整えた。
私が診察室の椅子に腰かけて電子カルテにログインしたところで、今日の担当看護師の田島さんが、いつものように早いテンポで声をかけてきた。
「新川先生、今日の新患です。林田優希望さん、17歳女性です。主訴は『声が出にくくなる』ですね。いま、寺田さんがバイタルと予診を取っています。」
電子カルテを開いて、取り込まれた問診票のデータを確認する。
「林田さん・・・17歳の女性ね。仕事は?。」
「『プラス plus』、4人組の女性ダンスグループのメンバーで、ボーカルとダンス担当です。こちらが資料です。」
田島さんが、グループの構成や出している曲、ヒットチャート、出演番組をまとめた資料を渡してくれた。
私はそれにさっと目を通す。
「ありがとう。さすが田島さん、準備がいいわね。」
私が田島さんに声をかけていると、診察室のスタッフ通路から看護師の寺田さんが入ってきた。
「バイタルと予診です。ご確認ください。VHIとV-RQOLは、記載をお願いしてあります。」
寺田さんは美しく微笑んで、私にバイタルと予診のチェックリストを渡してくれた。
当院「東京ボーカルクリニック」は声の仕事、特にSinger・Vocalistに特化したクリニックである。
歌を歌うことは声帯の運動、音を聞き取る聴力などの耳鼻咽喉科の領域はもちろん、声量を保つ肺活量、腹筋を中心とした筋肉、それらを統合する運動神経感覚神経などさまざまな機能を必要とする。現在は同時に楽器演奏やダンスなどの技術も要求され、整形外科の知識や障害に応じたリハビリテーションも重要である。
アスリートにはスポーツドクターがいて、それは世間的にも十分認知されている。それと同様に繊細な歌声を操るsinger・Vocalistにも定期的な診療が必要であるが、それはいまだ世界に浸透しているとは言えない。ボーカルドクターによる定期的な診療を、すべてのSinger・Vocalistに普及させることが当院の理念であり、最終的な目標だ。
「林田さん、お入りください。」
私の呼び込みと同時に田島さんがドアを開けて、中待合で待つ彼女を招き入れる。軽く頭を下げながら、診察室のドアから入ってきたのは、長いまつ毛にさらさら髪の女の子だった。
「よろしくお願いします。」
緊張しているようで、うつむいて部屋に入ってきたが、よく通るいい声だった。
その後ろから、マネージャーと思われる、黒い細身のスーツを着た女性も入ってくる。おそらく私より少し若い、・・・20代後半ぐらいだろうか。林田さんのものと思われるダウンジャケットを右腕にかけていた。
林田さんはぎこちなく、診察椅子の前に立ってもう一度軽く会釈をした。初診の患者さんは緊張していることが多いので、私は答えやすいようゆっくりしたトーンで話し始めた。
「林田さんですね。本日担当する、医師の新川かなでといいます。よろしくお願いします。」
椅子に腰かけるように身振りで促すと、林田さんは白いニットの残像を残すように、すっと椅子に座った。
「林田です。よろしくお願いします。」
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