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積木君は詰んでいる  作者: とある農村の村人
5章 お忍びの女優と
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30話 女優と秘密の校内見学

 和気あいあいと昼食を終えると、渚さんが軽く手を叩き、何か思い立った顔に。


「まだ昼休みって終わりませんよね?」

「30分以上は余裕にありまする」

「そうですか! なら校内見学もできますね!」


 僕に案内させる気満々の眼差しを、これでもかってぐらいに送って来てる。

 さっきは1対1で仕方がなく僕を頼らざるを得なかったに過ぎない。

 それに比べて今は生徒会役員の皆さんに、渚さんの大ファンである愛実さんがいる。

 この事から導き出されるのは、校内見学は僕でなくてもいいって事になる。


 だから貴方が今から口にする言葉は予測済みだ。

 つまり返事もすぐに出来ますから、どんとこいだ。


「良かったらなんだけど、君に校内を案内して欲しいんですけど……ダメですか?」

「愛実さんの方が適任かと」

「い、いやいやいや!? 無理無理無理!? 恐れ尊くて、まともに案内できるわけないじゃん!」


 愛実さん、そこは首を縦に振って貰わないと僕が困ってしまいます。

 お前は逃げられないぞって、渚さんに掴み掛かられた肩から伝わってくる。


 まだ諦める訳にはいかない、生徒会役員の皆さんがきっとやってくれるに違いない。


「く、呉橋会長や皆さんに案内して貰った方が確実ですよ?」

「え? 今から生徒会のお仕事だから普通に無理」


 そうだった、昼食後に生徒会の皆さんが仕事をこなすのを、すっかり頭からすっぽ抜けてしまっていた。

 面倒事を擦り付ける真似は許されん、と渚さんから伝わってきて、もう逃れられない事が決まった。


「お、そうそう。校内見学に行くなら、これをお渡しせねばな」


 呉橋会長が自分の胸に手を突っ込み、胸元から1本の鍵を出していた。

 何故そこにしまっているのだろうか。


「万能鍵~」

「その言い方は危険かと」

「知らん。ほれ、生温かい鍵を受け取りなさい」


 半ば強引に握り渡された鍵は、確かに人肌ぐらいに温かった。

 普通に制服のポケットにでもしまえばいいものの、相手は呉橋会長だからツッコむだけ無駄そうだ。

 そんな光景を目の当たりしていた愛実さんが、震え声を上げていた。


「あ、あの……会長は何で胸に鍵を?」

「答えはシンプル! ここだと洋君以外に取られないでしょ?」

「な、失礼な」


 まるで僕が呉橋会長の胸に手を突っ込める、ヤバい男だと言ってるようなものじゃないか。


「キャッ♪ 言った傍から私の胸を見るなんて、洋君のエッチ♪」


 胸を分かり易く隠し、体を背けた呉橋会長。

 人に変なこと吹き込んでおいて、その態度は許されません。

 確かに誰も取れない場所だけれども、何故に僕だけ取れるのかが全く謎過ぎて困る。


「って事で、いってらー」


 僕の意志がこれ以上(まか)り通る訳もなく、生徒会の皆さんに送り出された僕と渚さん。

 愛実さんは結局同行せず、先に教室に戻ることになってしまった。

 これで渚さんと2人きり、なんか色々苦労しそうな校内案内になりそうだ。


「やっと2人っきりね」

「……本当に困りますって……渚さんに変な噂流れても知りませんよ」

「別に君となら構わないけど」

「……冗談にしては笑えません」

「はぁ……たく……これだから無自覚男子は……」


 あからさまな飽きられた態度に何か申したいのだけど、ここは大人になって冷静になるべきだ。

 いちいち反応していては疲弊する一方で渚さんの思う壺だ。


 とにかく今は、渚さんが満足するまで校内見学をこなし無事に昼休みを終えることだ。


「ほら、早く案内して頂戴。時間がもったいないわ」

「ちょ! だったら腕組まないで下さい!」

「考えてみなさい。校内を腕組んで歩くカップルって違和感ないでしょ?」

「ふ、普通に友達と歩いている設定だけで十分違和感はありませんよ!」

「そんなのつまらないじゃない。アンタ、役者に向いてないわ」


 鼻高々にそう言われても、こちとら一般男子高校生に過ぎないんですけど。

 きっと役者魂なるものが私生活でも抜け切れずにいるに違いない、流石人気女優だ。

 だが、僕は僕なりの設定で通させて貰うぞ。


 組まれた腕をどうにか抜け出そうと色々と動いたりするけど、一向に離れずにむしろ接触度合いが増していた。


「急に暴れないでくれる? 歩き辛いわ」

「……察して下さいよ」

「察せないわ」

「……」


 こうなったら、無理にでも腕を振り解いてしまおう。

 再び腕を動かすも、渚さんも頑なに離れないよう意地を張り続ける。

 そんなせめぎ合いの中、渚さんが急に離れ、真っ赤に赤面して僕を睨みつけていた。


「……当たった……」

「え?」

「私の胸の……大事なところに当たったわ……」

「じ、事故ですって」

「嘘よ! どさくさに紛れて、この私の胸を弄ろうとしたのでしょ!」


 堂々とこれ見よがしに胸を張って、当たった箇所を主張なさってるのだけど、この人が一体何がしたいのかが分からない。

 それに決して口にはしないけれど、渚さんは自分が思っている程、立派に胸を張る程のものは持ち合わせていない。


「ちょっとアンタ……今、私の胸がとても残念なのに、よくもまぁ強気でいられるな。って思ったでしょ!」

「え、自覚あるんですか」

「コンプレックスだから当たり前でしょうが! ぜぇ……ぜぇ……」


 ここまで大声出されると、何事かと聞きつけて人が集まってきそうだ。

 変装しているとは言っても後々にバレてしまったら元も子もない。


 僕は渚さんの手を取り、近くの空き教室を万能鍵で開き、一時的に身を隠した。


「ちょ、ちょっと急に何よ……」

「しー……」


 隠れてすぐに廊下を猛スピードで駆けてくる足音が聞こえてきた。

 やっぱり渚さんの大きな声で、誰か来たんだ。

 そんな猛スピードの足音が空き教室前で止まり、僕らは更に息を殺した。


「誰か叫んでた気がしたが……気のせいだったか……?」


 あの声は体育担当の今倉(いまくら)先生だ。

 男勝りな女の先生で、体格とか声とかが、完全に男の人に見えてしまう人だ。

 かなり風紀の乱れに厳しい先生なのは、生徒は誰しも知ってること。


 だから、今の空き教室で男女2人っきりの僕らが見つかれば、生徒指導室で厳重注意処分を言い渡される筈だ。

 額から伝う汗が床に落ち、心臓の音がこれまでにないぐらい自分に聞こえていた。


「……ふん……風紀の乱れ許すまじ!」


 そんな独り言を残した今倉先生の足音が遠ざかり、静かになったのを確認した。

 他に誰もいない事に確信を得て、僕らは大きく息を吐き緊張感から解放された。


「す、スリルがあったわね……中々に面白かったわ」

「た、他人事みたいに言ってますけど、渚さんが大声出したからですよ?」

「ま、また蒸し返す気!? これだから男って奴は性の獣って言われるのよ!」

「だから声が大きいですって!」


 なぁなぁと落ち着いて貰い、どうにか危機的状態は乗り越えた。


「まぁ、今回は特別に許してあげるわ。感謝しなさい」

「はい、感謝します」

「……ふん!」

「いて。肩パンは止めて下さい」

「反応が気に食わなかったからよ。たく……でも、手を引いてくれたのは男らしかったわ……」

「渚さんを守らないとですし、当たり前ですよ」


 あくまでも相手は人気女優だし、見つかってたら謝罪だけじゃ済まなさそうだから、僕は妥当な行動をとったと思う。

 それに対して、なんで目を細めてジーっと見られているんだろうか。

 しかもまだ怒りの余韻があるのか、顔が仄かに赤い気がする。


「……そんなこと……簡単に言うんじゃないわよ」

「え? 何をですか?」

「何でもないわよ! アンタって生徒会長さんの言う通りご都合天然ね!」

「はぁ」


 なんでそこに天然要素が盛り込まれたのかが分からないのだけど、怒ってはいないみたいだ。


「たく……にしても、誰もいない教室っていいわね」

「まぁ……確かにそうですね」


 静かでどこか落ち着ける、そんな空気を感じられる。

 そんな教室で机に腰掛けた渚さんは、ドラマのワンシーンのようにも見えた。

 やっぱりこんな人でも女優なのだと、改めて実感した矢先、渚さんは変なことを言い始めた。


「空き教室で男女が2人っきり……シチュエーション的にはお色気シーンの導入部分ね」

「何言ってるんですか。それに僕を見ないで下さい」

「アンタ、草食系を偽ってるんでしょ? いやらしい」

「……」


 大変な語弊があるのに、どうも言い返せない僕がいる。

 言いたいだけ言った渚さんが教室を出たけど、案内する身にもなって欲しいのに、どうしてそこまで自由なんだ。


 渚さんが気になった場所を案内する変な校内見学が始まり、次なる場所へとやって来た。


「ここは何?」

「家庭科室です。入りますか?」

「別にいいわ。シチュエーションは主に男女の個人授業が始まって、恋が始まるってヤツでしょ」

「なんでそっち方面に持って行くんですか」

「そういったシチュ、アンタ好きでしょ? だから改めて私が口にする事で、アンタに妄想させてあげてんのよ」


 渚さんの中で僕のフェチが勝手に確立されつつある。

 全くもって嬉しくもないし、そもそもそんなシチュは好きじゃない。

 もっと、のんびりとほんわかした、平和で幸せなごく普通なものでいいんだ。


 次々と巡る校内に渚さんは上機嫌だが、僕は足が重くて仕方がなかった。


「えーこちら音楽室です」

「まぁ、どこにでもある感じだけど、優れた防音性を利用して好き放題ね」

「もう止めていいですか?」

「何言ってるのよ。最後まで付き合いなさい」


 手を引かれグイグイ進む渚さん、僕は完全に無邪気な子供に引き摺られるクマのぬいぐるみ気分だ。


 そんな気持ちのままやってきたのは屋上の扉だった。

 早く開けろと急かされ、なるべく早く開けてあげた。


「ご覧の通り、屋上です」

「高い格子付きね。色んな防止をされてるわね」

「これが普通かと」

「それもそうね」


 屋上に吹く風を浴び、なんだか楽しそうにしている渚さん。

 静かにしていれば本当に綺麗なのに色々と勿体ない。


 時間を確認すると、そろそろ昼休みが終わりそうで校内見学を切り上げる丁度良いタイミングでもあった。


「渚さん、昼休み終わりそうなので、もういいですか?」

「せっかちね……君は知ってるかしら」

「何をですか」

「見られそうで見られていない絶妙な環境での背徳感を味わえる屋上は、最高のお色気シーンが撮れるのよ」

「僕もう帰りたいです」

「はいはい、分かったわよ。たく……せっかく2人きりなのに……」


 不服な顔になった渚さんが入り口に戻ってくる時、不意に強い風が吹き抜けた。

 見事なまでにスカートが捲れ上がって、渚さんの縞パンがしっかりくっきりと視界に焼き付いてしまった。


 渚さんのことだ、きっとさっきみたいに大声出して、怒って来るに違いない。

 僕はそうなる前に謝ることを選んだ。


「す、すみません! 今すぐ見た事は記憶から消し去りますので怒らないで下さい!」

「別にパンツの1つや2つ見られても平気よ」

「そこは恥じらって下さいよ」


 やはりこの人は一癖二癖もある強メンタルなのだと知らしめられた。

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