134話 責任重大な恋のサポート、雰囲気の似ているギャル、ずっと1人の時間、ささやかなハイタッチ
未だに愛実さんの視線が突き刺さるも、今は目の前の代理レクチャーに徹しなければ。
とりあえず神流崎さんの隣に座り、一つ一つ丁寧に手順をレクチャーした。
「……なる程です。非常に丁寧でよく分かりました」
「な、なら良かったで」
「ところで積木君。一つ聞いていいですか」
「な、なんでしょう?」
「……昨晩の事、犬次郎君に暴露してないですよね?」
全てを見透かされてそうな鋭い眼光に、キュッと肝が冷えた僕は、平常心を出来るだけ保ちつつ、適切な答えを返した。
「い、言ってません……けど……」
「けど? けどって何ですか? まさか遠回しに犬次郎君へ、ヒントを与えたんですか?!」
「と、とりあえず聞いて下さい!」
神流崎さんの圧にやられた僕は観念し、大事に両手で汲み取った緑岡君情報を、ダラダラと口から出し続けた。
緑岡君に合わせる顔がない、心で何度も謝罪する一方で、神流崎さんは見た事もない乙女フェイスで頬を染めていた。
「け、犬次郎君もあの時の事……覚えてくれてたんですね……はぅ……」
「あ、あの……僕から聞いたってのは内密で……」
「……内密? 今更自分は無関係とは、虫が良すぎると思いませんか積木君」
情緒の切り替えが異常に速く、恋する乙女から一気に神流崎さんに戻った。
ずっと瞬きもしないから、視線を逸らそうにも逸らせず、石造になってる気分だ。
「いいですか。仮に積木君の情報通りならば、恋が成就する確率はマイナスには傾かないでしょう。ですが、その情報を知ってしまった今の私は、以前よりも増して犬次郎君を、より意識せざるを得ない状態へと変わってしまいました」
「は、はい……」
「このままだと私は、犬次郎君のストーカーもどきと成り果て、徐々に想いが行動となってエスカレートして行き、最終的に大失恋すると踏んでいます」
流石に考えすぎだと思うけど、今の神流崎さんなら本気でストーカーになりそうで怖い。
けど、それを聞いたところで僕はどうすればいいのだろうか。
数秒間の思考を巡らせた僕に、神流崎さんは鋭い眼光のまま、言葉を続けた。
「なので積木君。私が覚悟を決めるその日まで、私が危ない橋を渡らないように影からサポートして下さい」
つまり、ストーカーもどきになるのを止めつつ、犬次郎君への告白の覚悟ができるまで、こっそりサポートしろと。
「せ、責任重大過ぎませんか?!」
「えぇ、そうですね……昨晩私達のバンガローに積木君が滞在していなければ、こういった事は起こらなかったでしょうが……もはや過去の事です。男なら黙って引き受けて下さい」
「ひゃ、ひゃい……」
きっと緑岡君と結ばれたら、神流崎さんが主導権を握るんだろうなと、本能的な部分で感じ取った。
ともあれ、2人の恋路を応援し、協力したいのは本心だ。
しっかりと引き受けさせて貰おう。
♦♦♦♦♦
神流崎さんのレクチャーも終わり、自分の場所に戻ろうとしたら、来亥さんと峰子さんが視線を向けて手招いていた。
2人の下に行き、何か問題があったか視認するも、陶器の方は問題なく成形済みだった。
「えーっと……お2人の陶器は大丈夫そうですけど?」
「すまない、洋。私達には何も問題はないんだ」
「へ?」
「私らの向かいにいる、西女の紅蓮堂がどうにも苦戦してるみてぇなんだわ」
来亥さんの言う、向かいの正面に視線を向けると、挙手しあぐねている紅蓮堂さんの姿が。
初対面の第一印象は、名前通りの紅色のセンターパートセミロングヘアーと、かなり着崩した姿、背丈も僕より高く、スタイル抜群な姿の怖い系なタイプだった。
でも雰囲気的には、ギャルの千佳さん達に似てて、怖いって印象はすぐに薄れてた。
肝心の苦戦している理由は、陶器がぐにょんぐにょんに変形して、どうに出来ないからの一択だと思う。
静香さんと智香さんは他生徒達にレクチャー中で、紅蓮堂さんの隣にいる東海高校の女子生徒は、怖い雰囲気に負けて見向きすら出来ていない。
だから来亥さんと峰子さんが、静香さんのお墨付きがある僕に手招いたのか。
意図を汲み取った僕は、来亥さん達に行ってきますと言い、紅蓮堂さんの傍に移動した。
自分からのファーストコンタクトは自分からが鉄則。
相手に話し掛けられるのを待つのはご法度だ。
詰み体質上、女子と初会話をする時、どうしても緊張してしまう自分がいるけど、困っている紅蓮堂さんに比べたら、そんな事はやってられない。
「ぐ、紅蓮堂さん。僕、北高の積木って言います」
「っ!? し、知ってる」
声を掛けられるまで気付いてなかったのか、肩がビクッと揺れて、若干挙動不審気味に僕を視界に入れながら反応した。
マイナス印象ではなさそうだし、このまま声を掛けた理由を言わないと。
「あ、あのですね? も、もし僕で良ければ、その粘土を最初の形に戻して、成形が出来るまで手伝います……ど、どうですか?」
「っ! た、頼っ……お願いします」
見上げていた大きな切れ長の目が、一気に涙目になって、何度もペコペコ頭を下げる紅蓮堂さん。
本当に困っていたってのが、ひしひしと伝わってくる。
とりあえず、さっき静香さんの無駄のない成形と、失敗した陶器を粘土に戻す作業を見ていたから、やり方は大体分かっている。
もし力及ばずな結果になったら、速攻で土下座しよう。
覚悟と決意を抱き、電動ろくろの場所を入れ替わり、すぐ隣で紅蓮堂さんが見守る中で作業開始。
まず予定通り、陶器を最初の形に戻してから、湯呑みを作りやすい形にまで整える。
数分で作りやすい形にまで出来たから、場所を交代して紅蓮堂さんにレクチャーする側に。
手先を固定する姿勢がちゃんとなってるか、ろくろの回転速度は適切か、成形する際の力加減はどうかなどなど。
慎重且つ繊細に、改善箇所をレクチャーし作業を進めること10分強。
以前ぐにょんぐにょんだった陶器が、しっかりとした湯呑みとして無事に完成した。
「で、出来た……」
「やりましたね紅蓮堂さん!」
「う、うん! つ、積木くん! あ、ありがとう!」
紅蓮堂さんにも緊張や不安があっただろうけど、今は安堵と自然な笑顔を零してる。
これで土下座ルートは回避したし、紅蓮堂さんも満足してくれた。
お役御免になった以上、長居しても邪魔になるだけだから、自分の場所に戻ろう。
「では、僕はこれで……」
「あ、ま、待って!」
「ど、どうしました?」
「あ、あの……お、お昼ごはん! こ、ここの皆と一緒でしょ?」
「で、ですね」
紅蓮堂さんの言葉通り、体験活動後は各グループで昼食をとる事になってる。
僕らのグループは、ここの三輪アトリエで昼食で、静香さん達がご馳走してくれるらしい。
何から何までお世話になりっぱなしで、静香さん達には本当に頭が上がらない。
そんな昼食の話を切り出した紅蓮堂さんだけど、頬染めと目をキョロキョロ泳がす動作を交えて、口をもにょもにょと動かした。
「も、もっと積木くんとお話ししたいから……そ、その……お昼ごはんの時、隣で食べたい!」
「と、隣ですか? いいですけど……何か凄く興奮してませんか?」
「っ! っ……い、いつも誰とも話さないから……ごめんなさい……」
「あ、謝らなくてもいいですから!」
とりあえず昼食の件は了承し、紅蓮堂さんの死に掛けテンションを慰めながら、少しばかり話を聞いてみた。
♦♦♦♦♦
どうやら自己紹介の時にスラスラと名乗れたのは、1週間前から練習したお陰であり、それ以外は全く手つかずだった為、ほとんど誰とも進展なし。
林間学校初日も誰とも話せず、ただただ時間を浪費し続けていたそう。
普段の高校生活でも、ふて寝や休み時間の度に教室を出たりと、1人時間を過ごす毎日。
体育でも余り組、昼食もベンチで1人、女子寮に帰ってもずっと自室に籠りっぱなし。
今回の林間学校の班も、最後に1人溢れた自分を入れてくれただけで、交友関係性は皆無。
とにかく1人の時間をひたすらに過ごしてきた人生だと。
「だ、だから……つ、積木くんが声掛けてくれたのが、凄く嬉しかった……」
「そうだったんですね」
「う、うん……だ、だからありがとう……い、今こうして話してる時も、心臓がバクバクしてて大変……ふぅふぅ……」
興奮で体温が上がったからか、手団扇で顔を扇ぎ、もう片手で胸元を掴んでパタパタと風を送ってる。
ふわっと風に乗って香る紅蓮堂さんの匂いが、僕と同じ柔軟剤の香りで、勝手に親近感が湧く。
「ふ、ふぅ……あ、そういえば、引き止めてごめん……」
「いえいえ。僕は紅蓮堂さんと話せて、素敵な人だって知れましたから良かったです」
「ぴゃ……」
「では、またお昼に」
「ひゃ、ひゃい……」
何故か顔が真っ赤になった紅蓮堂さんに、ぎこちない手振りをされながら、僕はその場からお暇した。
向かいの正面にいる来亥さんと峰子さんを見ると、グッドポーズを僕に向けてくれていた。
けどすぐに僕の後ろを指差し始め、紅蓮堂さんのいる方に視界を戻した。
そこには、さっきまで紅蓮堂さんに見向き出来なかった、隣の東海高校の女子生徒達が、緊張しながらも紅蓮堂さんに話し掛けている姿が。
多分だけど、僕との会話が聞こえていたから、自分達の想像していた紅蓮堂さんの印象と違うって気付いたんだと思う。
紅蓮堂さんも突然の事に戸惑いながらも、一生懸命に会話を続けている姿は、心から喜んでいるように見えた。
仲良くなるかどうかは僕には分からないけど、あの一生懸命な姿を見たら、きっと大丈夫だって思える。
昼食の時にでも、どうだったか聞いてみる事にして、僕は自分の場所に戻った。
「おかー積っちー♪」
「ただいまです。なんか上機嫌ですけど、いい事ありましたか?」
愛実さんのニコニコ笑顔が見れただけで、こっちまで心綻ぶのに、どうしたんだろうか。
「ふふーん♪ 積っちが困ってる人の力になってたのが、自分のように嬉しいだけ♪」
「な、なんだか照れちゃいます……」
「あはは! 可愛いな積っち!」
ケラケラ笑いながら、手をスッと上げた愛実さん。
その意味を汲み取った僕も、すぐに手を向けて、ささやかなハイタッチをした。




