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積木君は詰んでいる  作者: とある農村の村人
20章 3校合同林間学校 初日
130/147

☆130話 モヤっとする気持ち、委員長の恋バナ、饒舌に熱弁、心と体が温まる人

 持ち上げられる空気感に堪え切れなかった来亥さんが、流石に我慢できず声を張り上げた。


「て、てか! く、呉橋会長はどうなんっすか!」

「私かい? 私は……」


 物凄い速さで僕とバッチリ目が合い、ニコニコしながら近付いてくる呉橋会長は、もはやホラーも同然。

 傍までやって来て、そのまま手を取られた僕は、ソフトに胸へと抱き寄せられた。


「洋君にときめき中~♪」

「にゃ、にゃにゃんだって!? ま、まままマジで言ってるんですか!?」

「おやおや愛実ちゃん~何故にそこまで血相を変えるのかな~?」


 愛実さんの声で、ある程度の反応は想像出来るけど、視界が胸埋めで封じられてて視認が一切出来ない。

 解放のハンドサインで訴えるも、呉橋会長は普通にスルーする始末。

 これだから、この生徒会長はモテないんだ。


「さぁ愛実ちゃん……そのままYOUの恋バナ語っちゃいなよ♪」

「ま、ちょ、こ、心の準備が……」


 いつもの僕ならきっと、止めに掛かっているのに、今回ばかりは是非とも耳に入れたい思いが優先されてる。

 それに愛実さんが心の準備を必要としてるから、想い相手がいるのは察せれている。

 あくまでも愛実さんの恋が実る様、出来るだけ力になりたい為、恋バナを聞きたいだけなんだ。


 でも、いつもの不思議な気持ちと似た、モヤっとする気持ちもあって、本当に力になれるか正直不安でもある。


 愛実さんの口籠り声の続きが気になる中、玄関扉の開く音が聞こえ、同時に胸抱き寄せからも解放された。

 入って来たのは、湯上り姿の霞さんと神流崎さんだった。


「ただいー……んー? なーに盛り上がってんだー?」

「ちょ、ちょっと皆さん! な、何故積木君がいるんですか! 自由時間は原則として、各バンガローで過ごす事になってひゃぷ!?」

「モチャモチャと言葉が多いーで、何してんだー?」


 竹塔さんからかくかくしかじかと簡潔に状況説明を受けると、霞さんが神流崎さんの背をグイグイ押して、こう言った。


「なら、委員長が適任だぞー? なー?」

「な、何を勝手な事を言ってるんですか?!」

「神流崎の恋バナか……おもしろい、是非とも聞かせてくれや」


 あの神流崎さんの恋バナと聞き、来亥さんも目を光らせ、僕らも期待の眼差しを自然と向けてる。

 流石に自分の立場が劣勢だと諦めたのか、神流崎さんは小さな声で語り始めた。


♦♦♦♦♦


 中学2年の時、他校との合同学外行事で、手作りキーホルダーを他校の班と一緒に作っていた。

 黙々と作業する中、誤って指先を怪我をしてしまい、血がぽたぽたと垂れる程だった。

 周りがざわつくも、神流崎自身は冷静沈着な性格故に全く動じず、先生に一言告げ、1人で救護室へと向かった。


 が、その時隣にいた他校の男子生徒が、頼んでもないのに付いて来ていた。

 怪訝な顔で戻る様に告げるも、男子生徒は女の子に傷跡は残せないと、もそもそ声で返してきた。


 引き下がる気配もなく、諦めて同行させ救護室に着くなり、男子生徒が手際よく応急処置を済ませてくれた。

 上の兄弟がよく怪我をするから、こういった事は慣れている。

 そう優しい笑顔で言う男子生徒に、生まれて初めて心が揺らいだ。


 そのまま名前を聞きそびれたまま月日が流れ、北高入学式当日の教室内。

 成長したあの男子生徒の姿があり、あの時揺らいだ心は恋に落ちたものだと、数年越しに気付かされた。


♦♦♦♦♦


「つまり……絶賛片思い中って事ですかい?! おぉ?! 神流崎ちゃーん! 青春抜け駆けかー!?」


 呉橋会長の必死過ぎる嫉妬が、どんどんモテない要素のプラスになってるのに、本人はお構いなしだ。

 面倒な輩風に絡む呉橋会長は、その片思いの男子生徒が誰かを吐かせようとしている。


「素直にLOVEな相手を吐けば、楽になれるぜ……おぉ?」

「で、でも……」

「同じクラスの男子生徒は片手数……今、自分の口から言っちゃえば、この場にいる私達は口外しないと約束するさ……ねぇ、皆?」


 こくりこくりと頷く僕らを見た神流崎さんは、覚悟を決めて真っ赤な顔でその名前を口にした。


「……緑岡犬次郎君……です」


 まさかの緑岡君。

 思わず口に手を添えてしまう僕に対し、霞さんを除く女性陣はポカンとしていた。


「ミドリオカ……ケンジロウクン……いたっけ? そんな子?」

「いますから! 私の席から左一つと、上三つ先の席にいます! あんなに目立って仕方がない犬次郎君を知らないなんて、呉橋会長はおバカさんです!」


 普段から存在感がない緑岡君を、目立って仕方がないと認識している神流崎さんは、もう恋する乙女だ。


 その後、吹っ切れた神流崎さんは僕らを正座させ、緑岡君についての良さを饒舌に熱弁。

 今までの堅物イメージがぶっ飛ぶぐらい、キャラ崩壊しているけど、もう止まらない。


♦♦♦♦♦


 30分程経ち、僕らの足がもう限界に達し、呉橋会長が代表として震える手を上げた。


「か、神流崎ちゃん……も、もう十分に分かったから、お開きにして貰えると……」

「何を言ってるんですか! まだ序章に過ぎません!」

「ひぇ……」


 説教よりも明らかに長く辛いものだと、皆が思う中。

 勢い良く玄関扉が開き、お団子ヘアーのさーちゃんが大慌ての顔で、僕にこう言った。


「洋ちゃん洋ちゃん洋ちゃん! 北高の今倉先生がここの見回りに来ます! 自分のバンガローに戻って下さい!」

「え!」

「洋君は今すぐ逃げ……って、私も油売ってたからやばいじゃん! 逃げっひゃい! ? あ、足が痺れてりゅぅう?! だ、誰か助けてぇぇ!」


 助けたいのは山々だけど、僕らも同じ状態だから何も出来ないんだ。

 唯一動けるさーちゃんも、見回りが近付いているのもあって、すぐ回れ右で帰っちゃってるんだ。

 このまま今倉先生に見つかれば、説教行きは確実。


 時には諦めた方がいい、そんな思考が過ろうとした時。

 僕の肩に手が回され、グッと立ち上がらせてくれる人が。


「ほら積っち! 肩貸すから裏口まで歩くんだ!」

「め、愛実さん! ど、どうして平気なんですか?」

「痺れにくい座り方をしてたんだよ! そんな事より早く!」

「は、はい!」

「わ、私も助けてぇぇ!」


 ここで呉橋さんの為に時間を食えば、僕らは確実に逃げられないと、心を鬼にして裏口へと向かう僕と愛実さん。

 恨めしい声を背に浴びながらも、無事裏口へと出られ、そのままバンガローから少し離れた場所まで移動。


♦♦♦♦♦


 人目も付かず、自分のバンガローにも安全に戻れる場所に着く頃には、足の痺れはすっかりなくなっていた。

 周囲に外灯はなく、月明かりの微かな明かりしかないから、まず見回りに見つかる事はない。


「め、愛実さん。もう足は大丈夫です」

「そ、そっか!」


 ゆっくりと肩に回していた手を降ろした愛実さんは、どこか寂しそうな表情だ。


「じゃ、じゃあ私は戻るな! 積っちも気を付けて戻れよ!」

「は、はい。ありがとうございました」

「いいって事よ!」


 来た道を颯爽と戻ろうとする愛実さん。

 その小さな背中が遠ざかるのを、もう少しだけ待って欲しいと心から思う僕は、愛実さんの名前を呼んでいた。


「め、愛実さん!」

「な、なんだ?」


 駆け戻って来た愛実さんは、さっきの寂しそうな表情ではなく、僕が不思議な気持ちになる柔らかな笑顔だった。

 わざわざ呼び止めたのに、言いたかった筈の言葉は出ず、ただただ今の時間が続いて欲しい事だけが頭にある。


 他の誰でもなく、愛実さんを前にするからこそなるんだ。


「どうした?」

「え? あ……その……」


 愛実さんの声が耳に入る度、その姿を視界に入れる度、どんどん心臓が高鳴って、体が火照ってるんだ。

 決して悪い意味はなく、ただひたすらに心と体が温まっているだけ。


 ただ、このまま何も言えず、足止めさせるのはダメな事。

 これ以上のわがままに付き合わせるのはいけないと、無意味に呼び止めてしまったことを謝罪をしようとした。


 ら、愛実さんが僕の手を両手で優しく握り、ギュッと指圧をしてくれていた。


「確かここのツボだったよな、リラックスできるのって」

「で、です……」

「えへへ~ちゃんと覚えてて良かった!」


 学校行事は男女仲を深める、そう言ったジンクスはあまり信じない方だったけど、今はジンクス通りだってハッキリ言える。

 今すぐ手を握り返したいけど、嫌な思いをさせるのはあり得ないから、グッと気持ちを胸の内にしまった。


「積っちの手って、やっぱ男の子だから私よりデカいよな……」

「そ、そうですか?」

「うん。ほら、こうすれば……めっちゃ丁度良いサイズ差じゃん?」


 ツボ押しを止めて、手と手を合わせた愛実さんは、僕の手より関節一つ分小さかった。


「えへへ~何か色々と相性ピッタリだな、私達って♪」

「で、ですね」

「なー♪ このまま、ずっとこうし……って、マジで戻らんとヤバい! また明日な! 積っち! おやすみ!」

「ま、また明日……おやすみなさい……」


 何気ない在り来たりな言葉のやりとりが、特別に思えるのはきっと間違いじゃない。

 姿が見えなくなるまで、手を振り続けてくれた愛実さんを見届け、僕は自分のバンガローへと足を向けた。


 愛実さんの恋バナは結局聞けなかったけど、それより今は、さっきの時間に浸りたかった。

挿絵(By みてみん)

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