129話 コミュマスターの恋バナ、不法侵入者の双子妹に幼馴染達、憧れではなく愛情
着替え終えた竹塔さんと滝さんが戻り、ペコペコと僕に謝ってくれた。
正直当てっこゲームのやり過ぎ感は否めなかったけど、嫌な思いはしなかったのが本音だ。
なので、すぐ謝るのを止めて貰って、もう気にしてないから大丈夫だと言い、この件を平和的に終わらせた。
ただ、何も知らない峰子さんと来亥さんが、興味津々に聞きたそうに前のめりになっていた。
「おやおや積木……竹塔達と随分とお楽しみだった様だな……ほれ、お姉さんに聞かせてくれやぁ……」
「私も是非とも聞きたいな」
「もう♪ 六華ちゃんと峰子ちゃんの知りたがり屋さんめ♪ えっとねー? 私と長ちゃんがむきゅ!」
「ハイハイハイハイ! この話は終わりました! 竹つんもベラベラ喋ろうとしない!」
愛実さんのナイスストップで、タケトウ暴露は逃れたけど、来亥さんは不服さがダダ漏れだった。
「あんだよー……つまんねーな」
「まぁいいじゃないか六華。洋に愛実、詮索する様で悪かったな」
「分かってくれたならい……ちょっと竹つん。手の平をペロペロ舐めるなよ」
「きふぉえなーい♪」
「たーけーつーん!」
頬っぺたをそのままモニモニ引っ張られる竹塔さん。
本当に舐めていたのか、愛実さんの手の平からぬっちゃりと唾液が伸びて、割とガッツリ行かれてた。
相変わらず反省の色が見えないけど、それで許されるのがコミュマスタータケトウの力なんだと思う。
遊び半分でワーワー騒ぐ愛実さん達に対し、来亥さんが何か思い付いた顔に。
「あ、そうだ。話せねぇ代わりに、恋バナでもしてくれや」
「こ、恋バナですか? どうしてまた?」
「そりゃ、学校行事で色恋沙汰話は付きもんだろうが。ここらで恋バナの1つや2つして貰わんと、こちとら林間学校に来た意味が薄れんだよ」
貪欲に漫画題材を求める精神は、本当に尊敬するけど、僕は完全に場違いだ。
とは言え、恋なんてものを経験したことがない僕は、話そうにも話せない。
きっと素直に恋バナはありませんって言えば、強めの毒舌を吐かれるし、順番が後々になれば精神ダメージは増し増しになる。
そうなる前に、それ相応の覚悟の上で白状して、ダメージを最小限に抑えよう。
意を決し、手を上げかけた時。
コミュマスタータケトウがズバっと、お手本のような挙手をしていた。
「はい! 私が先陣を切るよ!」
「おぉー積極的な姿勢を評価するぞ、竹塔」
「有難きお言葉! ではでは……あれは中学1年の時……」
♦♦♦♦♦
ずっと片思いをしていた同級生で幼馴染の疾風君に、告白をしようと机の中にラブレターを忍ばせた。
放課後、屋上で大事な事を伝えたいと、シンプルに意味を含ませたラブレターを。
そして、待ち侘びる屋上に姿を見せたのは、校内一の美少女百瀬さんだった。
どうして百瀬さんが来たのか、思い当たる節を思い出すと、緊張のあまり疾風君の隣席である、百瀬さんの机に間違えてラブレターを入れた事を思い出す。
とんでもないミスに気付いた時には遅く、百瀬さんにいきなりキスをされ、本気で付き合っちゃおうか、と二人だけの秘密の関係が……
♦♦♦♦♦
「おい。花咲エミリー大先生の大人気少女漫画、純情メモリーラブじゃねぇか!」
「あ、バレちった♪」
「冗談は乳だけにしとけ!」
「にゃ!?」
本気目のビンタを胸に食らった竹塔さんは、ウソ泣きでぐすんぐすんと、滝さんの胸に顔を埋めていた。
語りが上手だったから、割と本気で信じていたけど、よくよく考えたら現実味はなかった。
ともあれ、今度は僕が白状する番だと、手を上げようとしたら、お風呂から上がって来た風渡さんがバンガローに帰って来た。
「ただいまー! 皆して何してんだ!」
「おぉーありすか。お前の恋バナ聞かせてくれよ」
「私の恋バナか? 私は生まれてこの方、ずっとスポーツに恋してるぜ!」
「そういうのはいらん! 次ぃ峰子ぉ!」
「私か? んー……異性に恋したという経験がないから分からんな……」
「わたくしは何時だって姉様に恋してます!」
何故か寝室から現れた蘭華さんだけど、峰子さんの北高ジャージを勝手に着ている。
頬が紅潮し、息も何だか乱れて、変態感を隠しきれていない。
そんな蘭華さんは言わずとも、来亥さんの手によって外に放り出されていた。
妥当な対応な筈だけど、一体どうやって入って来たのかが、気になって仕方がない。
「はぁはぁ……つ、次はどいつだ」
「ハーイ♪ 私は~年中無休で、よー君に恋してまーす♪」
「ワタシも洋チンに一途だよん。子供はサッカーチームが出来るぐらい欲しいのねん」
今度はふーちゃんとひーちゃんが、僕の背後に現れて乱入してきた。
そのまま僕を抱き締める要領で、本日何度目かになる背中胸押し当てをされた。
しかも相手が幼馴染でお嫁さん候補の2人。
容赦のないダブルアタックで、それはもう背中が幸福に包まれている。
「こ、この不法侵入者どもがぁあ!」
ポイポイと2人を玄関から追放した来亥さんは、肩で息をする程、苛立ちを露わにしてる。
まるで逆鱗に触れられる寸前の龍だと、到底白状できる空気感ではなかった。
ただ、そのまま外の空気に当たり、苛立ちを静めているから、もう少し待てば大丈夫そうだ。
それにしても、蘭華さんといい、ふーちゃん達は一体どこから内部に侵入してきたんだろうか。
バンガロー内をキョロキョロ見渡し、侵入経路を明かそうとする最中。
静まった来亥さんが戻ってくる背後に、あの人がニヤリと姿を見せていた。
「てか~六華ちゃんの恋バナはどうなんだい?」
そう、湯上り呉橋会長が、来亥さんの肩を組みながら現れたんだ。
絶対に内部の会話は、外にいた呉橋会長に聞こえてなかったのに、どうして恋バナだと分かっているのか、不気味でたまらない。
で、確かに呉橋会長の言葉に一理はあるも、来亥さんがそう易々と恋バナを語る訳がないと、その場にいる皆が思ってるに違いない。
「く、呉橋会長……い、いつの間に……」
「まぁまぁ~で? YOUは恋……してるのかい?」
「……こ、恋とは違うっすけど、憧れの人はいます……」
あの来亥さんが乙女の如く、頬を染めてらっしゃる。
思いもよらぬ反応に、僕らは前のめりで聴覚を澄まし、来亥さんの言葉を静かに待った。
「ほぅほぅ……で、お相手様はどちら様で?」
「え、えっと……み、緑子真中大先生……っす」
「ミドリコ……マナカ……あのシャドーストーリーを連載してた?」
「う、うっす……」
漫画家を志す者なら、大ヒット作を描き上げた緑子先生に憧れていてもおかしくはない。
でも、それだけを告白するぐらいなら、肝の据わった来亥さんにとっては余裕だった筈。
のに、実際には頬を染め、もじもじと初心さが全開で、まるで恋する乙女にも見えた。
もしかすると来亥さんは、緑子先生に対する憧れが、恋に近いものだと気付いていないのかも。
「あー……六華ちゃん。君の反応から察するに、憧れってよりかは愛情なんじゃね?」
「あ、愛情?! さ、作品は本当に好きですけど、愛情が芽生える程ではな」
「ダウトォオ!」
「ひょ!?」
「いいかい六華ちゃん! 憧れは言っちゃえば、ふとした瞬間に我に帰ってしまう、一時の夢! けど、愛情は手放さない限り、ずっとあり続ける夢なんだよ! だからもう一度聞くよ! 君はどっちなんだい!」
ガッツリと向き合って、肩に掴み掛かる呉橋会長は、誰目線で物言いしてるのか、見守る僕らの視線は至って冷静そのものだ。
2つの選択を迫られ、みるみる顔が赤くなる来亥さんは、息を飲み込んで答えた。
「そ、そんなの……愛情しかないっすよ……」
「ブラボォオオオ! 皆も拍手せい!」
仕切りたがりの面倒臭い盛り上げ隊長に従い、来亥さんに惜しみない拍手を送らせて貰った。
内心何をやっているんだろうと思う反面、憧れと愛情の違いに共感する自分がいた。




