110話 直らない姉、素直に嬉しいお向かいさん、無断拝借の日焼け女子、やらかすコミュマスター
土曜日の今日は、林間学校の買い物の日だ。
買い物メンバーは勿論、一緒の班の女性陣8人で、予約詰みと言っても差し支えない。
楽しく買い物が済めば良いけど、僕には責任重大ミッションである、女性陣8人分の水着選びがある。
全く楽しめる余裕なんてあったもんじゃない。
だからせめてもの足掻きとして、今日までの数日間は、夜な夜などんな水着があるのか、どんな褒め言葉を言ってあげればいいのか、リサーチしまくった。
丸腰で挑むよりかは数段マシ精神が、もし不発に終われば精神的に死ぬ自信がある。
そんな心持ち様の中、僕は今玄関鏡の前で、何度も身形を確認中だ。
ラフな夏服に帽子、ワンショルダーバッグ姿と、オーソドックスに忠実と言わんばかりの服装だ。
何故ここまで入念に確認しているかは、ちゃんとした理由がある。
ただでさえ8人の女性陣の中に、男が1人混じって浮いているんだ。
服装も浮いてしまえば、それこそ外野から異物と見られ、一緒にいる皆にも迷惑を掛ける。
挙げ句の果てに行き着くのは、お友達終了のお知らせだ。
それだけは絶対に避けたい一心で、こうして身形を確認しています。
♦♦♦♦♦
ようやく納得すると、背後から足音がペタペタと接近していた。
空だと思って振り返ると、Tシャツが前後ろ逆な姉さんが、クールに立っていた。
「洋。今日は朝から30度超えだから、こまめに水分補給するのよ」
「うん。それより姉さん」
「ん? なにかしら?」
「Tシャツ、前後ろ逆だよ」
「あら。だから息苦しかったのね」
その場で脱衣して、モゾモゾと着直す姉さんは夏場になると、よくTシャツ姿になるから、今と同じ光景が頻繁に起きる。
無事に前後ろは直ったのだけど、今度は裏返しに着ていた。
「どう? 直ったかしら」
「あー……今度は裏返し」
やっとこさ普通に着れた姉さんから、冷え冷えのカルピソを受け取った。
「ありがとう姉さん」
「いいのよ。ほら、そろそろ時間でしょ」
「あ、本当だ。じゃ、いってきます」
「いってらっしゃい」
姉さんに笑顔で見送られ、気分良く玄関を出ると、インターフォンを押しあぐねている霞さんがいた。
とても集中してるのか、僕が玄関から出てきた事に、一切気付いていない。
このまま横を通り過ぎても気付かなさそうだから、僕の方から挨拶をした。
「おはようございます、霞さん」
「ひゃぁ!? つ、積木! お、おはようさん」
可愛らしい驚き方を披露した霞さんは、手をパタパタ仰いで、必死にクールダウン。
そんな姿に微笑ましく思う一面、霞さんのファッションにも自然と視線が行く。
ミニデニムスカートに黒Vネックトップス、ビッグショルダーバッグを肩掛け、チョーカーを合わせた涼感あるシンプルな大人コーデ。
厚底のウェッジサンダルもあって、僕との身長差がよりハッキリしてる。
ザッと見終わったのと同時に、僕はとある事を脳内に過らせた。
今ここでリサーチした褒め言葉を、誠に勝手ながら披露して、霞さんの反応がどんなものかを試したいと。
申し訳ない気持ちを抑え、いざ褒め言葉を言おうとしたが、クールダウンを終えた霞さんが、ニヤニヤと僕の事を見ていた。
もしかすると、ザッと見ていたのに気付いていたのかも。
「どうした積木ー? あーしに見惚れてんのかー」
「あ、いや……その、綺麗で大人っぽいなーって……すみません」
数日間のリサーチが台無しな、ありのまま過ぎる褒め言葉に、僕は自分自身を三日三晩貶してやりたかった。
チラッとどんな反応なのか確認すると、どことなく顔が赤らんでる気がした。
「なぁ積木」
「は、はい!」
「何でもかんでも謝んなよ。素直に褒められるって、かなり嬉しいもんだからな」
元気良く僕の背中をパシパシ叩く霞さんは、さっきよりも顔が赤くなってる。
「てかー早く行かね?」
「で、ですね」
確かにじりじりと暑い日差しの下で、立ち話するのはあまり利口じゃない。
♦♦♦♦♦
最寄り駅に向かいながら、どんな物を買うかで盛り上がる僕ら。
霞さんは友達との花火に憧れ、花火を大量買いする為、大奮発する気満々みたいだ。
そういった機会に恵まれなかったからこそ、誰よりも憧れが強いのかな。
だからじゃないけど、これからは沢山の楽しい思い出が作れる様、微力ながら力になりたい。
途切れない会話の中、最寄り駅に着くや否や、丁度のタイミングで電車が来た。
足早に乗り込んだ僕らは、空いている車両で優雅に腰を下ろし、車両内の冷房を堪能。
「人のいねぇ休日は、すげぇ快適だなー」
「ですね……もう外に出たくないです」
「同感ー」
リラックス状態で電車に揺られ、再び話に花咲かせ10分程。
愛実さんが元気満々で登場、挨拶代わりに僕達にハイタッチをしてくれた。
「イエーイ! 積っち! カスミン! おはろす!」
「おはようございます」
「よぉ。愛実は元気過ぎだな」
「今日が楽しみ過ぎてハイになってんの! ははは!」
元気な姿がここまで似合う愛実さんは、僕の隣に座り、肩と肩が触れ合う距離間まで詰め寄って来た。
そんな愛実さんの服装は、ブラックの肩出しフリルトップスに、ベージュのリネンショーパン姿と、夏を過ごすのにぴったりな大人可愛いコーデだ。
普段見えない日焼け跡と白肌のコントラストにも、何だかドキドキが止まらない。
「あら。積っち、汗掻いてんじゃん。暑いんか?」
「えっと……まぁ、はい……少し距離間を開けた方がいいですよ」
「別に気にしないし。あ、汗といえばこれで解決じゃん」
ガサゴソとハンドバッグを漁り、制汗シートを取り出した愛実さん。
「はい積っち! 好きなだけ使ってくれ!」
「あ、ありがとうございます」
「あーしもいいかー?」
「どぞどぞー!」
霞さんと1枚ずつ有り難く頂き、腕や首を拭いてると、ふと気になることが。
普段愛実さんは柑橘系の匂いがする物を、よく使ってるけど、制汗シートからは石鹸の匂いがするんだ。
「石鹸のいい匂いがしますけど、気分変えですか?」
「いんや、それ姉貴の制汗シート」
「こ、小乃美さんの……」
どうやらお気にの柑橘系冷却スプレーが切れ、今日だけ代用品として小乃美さんの制汗シートを無断拝借して来たらしい。
「とまぁ、そんな経緯があった訳だが……2人も巻き添えです」
「ちょ!?」
「マジかーまぁ、ダチの為なら一緒に死んでやんよ」
「カスミンの友情信頼ヤバ」
ケラケラと楽しそうに笑いながら、責任をとる件は冗談だと、陽気にボディータッチを添える愛実さんだった。
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30分以上電車に揺られ、都心近くの駅で降車した僕らは、集合場所のモックバーガーへと足を向けた。
5分弱後、モックバーガーに到着して早々に、集合場所の2階イートインスペースに行くと、奥のテーブルで1人、シェイクを飲んでいる来亥さんがいた。
「あ! 1番乗りは六っちゃんか!」
「ん? なんだ、お前らか」
サッパリした反応の来亥さんは、ミント色のシャツワンピースのシンプルコーデながらも、清潔感が抜群なコーデだ。
今回は胸潰しのインナーを着用していないのか、立派なお胸が主張してる。
そんな来亥さんに向かって、元気良く抱き着く愛実さん。
が、来亥さんはあからさまに不機嫌なご様子だ。
「おい愛実。クソあちぃーのに抱き着くな」
「むぇ」
愛実さんの顔を手で退けたけど、妥当な対応だと思った。
そんな光景を横目に時刻を確認すると、集合時間までまだ30分以上あった。
気長に時間を待つにしては、物足りないと思い立ち、来亥さんを真似てシェイクを買いに行く事に。
「ちょっとシェイク買って来ますね」
「あ、私も行くわ!」
「あーしもー」
来亥さんに背を見送られ、階段を降りていると、山盛りポテトを片手に階段を上がる、竹塔さんと鉢合わせた。
「あ! おはよー皆! 来るの早いね!」
「おはろす竹つん!」
キャッキャと愛美さんと喜び合う竹塔さんの姿は、白のワンショルダータンクトップに、アイボリー色のシャツワンピを羽織り、ベージュのフロントスリットパンツ、黒のミニポシェットとサンダルのコーデだ。
適度に肌見せする事や、トップスインでウェスト位置を強調してるのもあって、大人っぽく引き締まった印象だ。
「まだ愛実ちゃん達だけかな?」
「六っちゃんがいまーす!」
「了解でーす!」
陽気な足取りで階段を登る竹塔さんだけど、目がキラッと光っていた気がする。
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1階に着き、ラッキーな事に他のお客さんは並んでおらず、カウンターへ一直線。
注文と代金支払いを済ませ、キンキンで冷え冷えなシェイクをそれぞれゲット。
喉が程良く乾いたのもあって、僕らは戻る前に少し味見。
バニラの濃厚な甘味と、シェイク特有の細かい氷粒が、体の内側から一時の納涼を堪能させてくれる。
2人も美味しそうな顔で、シェイクの味見を有意義に楽しんでる。
幸せな味見後、シェイク片手に2階に戻ると、案の定、竹塔さんがやらかしていた。
「たーけーとー! はーなーれーろ!」
「ふっふっふ……六華ちゃんの温もりと柔さは私の物だ!」
「胸で頬擦りすんな! 擽ってぇっての!」
さっきよりも肌艶が増してる竹塔さんは、来亥さんに抱き着いたまま離れる気配がない。
ただ、このままだと他のお客さんや、お店に迷惑が掛かりそうで、僕ら3人で来亥さんを救出した。




