☆102話 娘さんと手繋ぎデート? 裁縫上手な新婚さん、助っ人の幼馴染達
フリマ会場に戻り早々、中山さんがバリバリに気合いを入れ直し、真っ赤な口紅を塗っていた。
「よし完璧! それじゃ、私達は売り捌きに戻るわ♪ 行くわよ! 薫!」
「はーいー皆はゆっくりと楽しんで……沙織?」
いつの間にかやら、僕の足をがっしりホールドする沙織ちゃん。
首をプイプイ横に振って、その場から動こうとしない。
「こら沙織ー洋くんに迷惑かけないのー」
「洋にいたんと一緒にいたい……だめ……?」
黒い宝石みたいな瞳の上目遣いと、キュッと力を込められる胸キュン行動に、もう答えは1つしかない。
「沙織ちゃんがそうしたいならいいよ」
「いいの洋くんー?」
「はい。空も姉さんもい……あれ、空と姉さんは?」
「爆走する空ちゃんを追いかけて行ったよー?」
午前中は接客で手一杯だったし、丸々自由時間になった午後を我慢できなかったんだ。
一言言い残す時間さえ惜しいぐらい、会場に激走して遊びに行ってしまったのか。
でもまぁ、沙織ちゃんとずっと手を握っていれば、間違いなくはぐれないから、大丈夫だ。
「ほら薫! 沙織は洋ちゃんに任せて、売り捌きに行くわよ!」
「もうーせっかちすぎるよ母さん……えっと洋くん、沙織のことよろしくねー?」
「はい。午後からも頑張って下さい」
「ありがとー♪」
ドタバタ慌ただしく走り去った中山親子を、見送った僕と沙織ちゃん。
で、いつの間にかやら、沙織ちゃんの方から手をキュッと握られていた。
「洋にいたんが迷子さんになるでしょ……だから沙織が手繋いであげる……」
「ありがとう沙織ちゃん」
「ふみゅ……は、早く行こう……」
頭からポッポと煙を出す沙織ちゃんに、ぐいぐいと引っ張られ、一緒に会場巡りを始めた。
♦♦♦♦♦
珍しい組み合わせって事もあってか、ご近所さん達から声を掛けられたり、写真を撮られたりしてる。
「あ、洋君と沙織ちゃん。今撮ったやつ、フリマの記念写真ブックレットに載せてもいいかな?」
そういえば出店した人達に後日届けられる、記念写真ブックレットがあるって、フリマのマニュアルに書いてあった。
初めての経験でもあるし、こうやって形として残るなら、是非とも採用して貰おう。
「いいですよ。沙織ちゃんはどうかな?」
「洋にいたんと一緒の写真……はみゅ……」
「大丈夫……って事でいいかな?」
撮影してくれたご近所さんに見送られ、会場巡りを再開した僕ら。
いつもは何気なく会場巡りをしていたけど、出店したこともあって見る視点が変わってる。
どんな配置にしているか、出品の値段設定、掘り出し物か手作り物なのか。
視点が変われば、どんな見慣れた物でも新鮮味が増すものだと、改めて教えてくれた機会だった。
沙織ちゃんの歩くペースに合わせていたら、ふと沙織ちゃんが足を止めて、何かを見つめていた。
「ぬいぐるみ……見てもいい?」
目をキラキラさせての上目遣いは、もう秒で頷くしかない。
それに姉さんに頼まれていた、ぬいぐるみの件もあるから丁度いいタイミングだ。
トテトテと速足で向かう沙織ちゃんに、手を取られると、沢山のぬいぐるみが並ぶ出店に着いた。
「どうもありがとうございました! あ、洋くんに沙織ちゃん! いらっしゃい!」
「綿縫さんの出店だったんですね」
「かわいいぬいぐるみ……さわってもいいですか……?」
「勿論! 好きなのどうぞ!」
ぬいぐるみの出店で接客していたのは、数年前にここらに引っ越してきた、新婚さんの綿縫さん。
年上には到底見えない童顔に、小柄も相まって中学生に見られることがしばしば。
でも、しっかり主張する部位は主張して、大人っぽい一面も時折見せてくれる。
そんな綿縫さんは裁縫の類が得意で、ぬいぐるみは全部手作りだ。
「そういえば姉さんと空って来ました?」
「2人して来たけど、空ちゃんがすぐに爆走して行っちゃった」
「あーやっぱりですか」
空は一度スイッチが入ったら、体力が尽きるまで動き回るから、一か所に留まる事が出来ないんだよね。
姉さんもゆっくりぬいぐるみを見られなかった筈だから、代わりに僕が綿縫さんに聞いてみよう。
ぬいぐるみリストを見せ、該当するものがあるかどうか聞いたら、全部揃っているらしい。
「今、持ってくるから待っててね」
「はい、お願いします」
裏方の方へ、せっせと取りに行ってくれた綿縫さんは、気分が良いのか鼻歌を奏でていた。
数体のぬいぐるみを抱え戻って来た綿縫さんが、これで大丈夫かと見せてくれ、しっかりと確認。
「……バッチリです。全部買わせて貰います」
1体500円という、とてもリーズナブルな価格設定は、お財布に優しかった。
一緒に沙織ちゃんが気に入ったぬいぐるみも、買ってあげようとしたら、綿縫さんがタダでプレゼントしてくれた。
あと、姉さん達がもう一度来たら、僕がぬいぐるみを買った事を伝えてくれるとの事。
有難い気遣いに感謝しつつ、手を振る綿縫さんに見送られた僕らは、様子見がてらに宇津姉の出店へと向かった。
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嬉しそうにぬいぐるみを抱き締める沙織ちゃんに、ほっこり癒されていたら、チラッと僕の方を見上げていた。
「洋にいたんって……かのじょさんっているの……」
「え? 彼女? いないけど?」
丁度そういうお年頃なのかなと、何だか微笑ましいなと思っていたら、沙織ちゃんがもじもじしていた。
「ず、ずっとかのじょさんができなかったら……さ、沙織が洋にいたんのお嫁さんになってあげる……ふみゅ……」
「そっか、ありがとうね沙織ちゃん」
ポッポと煙を出す頭を撫でて上げたら、もっと煙がモクモクと上がる沙織ちゃんだった。
そんな事をしてる内に、宇津姉の出店スペースへと近付き、お客さんの数が増し増しで、大いに盛り上がっていた。
流石に人が多すぎて、遠目でしか観察が出来ない中、背後からポンと肩を叩かれた。
「洋! 沙織! こんなとこにいたら、お客さんの荒波に飲まれるよ! ほら、こっち来て来て!」
「ちょ、宇津姉?! どこ行くの?!」
「あわわわわ」
グイグイと強制的に手を引かれ、宇津姉の行くままに足を動かす僕ら。
どうやら安置である出店の裏方に、連れて来てくれたみたいだけど、ちゃんと言ってから連れて来て欲しかった。
「いやー吹雪達のお陰で、今年はいつも以上に爆売れだよ! ほら見て見て!」
宇津姉がビシッと指差す先には、ひと際賑わいを見せる群衆の中心で、幼馴染4人が接客中だった。
「イラッシャイマセー毎度オ馴染ミ、宮内マーケットニ、是非オ立チ寄リ下サイマセー」
「今ならとっておきの美女達が接客しちゃうねん。お、そちらの商品をお買い上げですかい。毎度アリー」
「アリガトウゴザイマシター……も、もう無理だよ……ふぇ……」
「しゅ、秋子ちゃん! お気を確かにー! あ、700円になります!」
お腹がバッチリ見えるミニTシャツに、ホットパンツ姿の幼馴染4人。
ふーちゃんは完全にロボット化、ひーちゃんは手慣れている風だけど目が死んでる。
しゅーちゃんは今にも泣きそうなぐらいに恥ずかしがり、さーちゃんが唯一普通に接客していた。
「ね? もうウハウハ過ぎて、お祖母ちゃんの顔もニッコニコだよ!」
「よ、良かったね。でも、何であんな露出の多い恰好なの?」
「え? ただのクールビズだけど? あ、もしかして……私にもして欲しい感じ? もー♪ 早くそう言ってくれればいいのに! 今着替えて上げるから待ってて! よいっしょ……」
「ちょちょちょ!? ここで着替えないでよ!?」
やはり宇津姉の行動力は侮れないと、着替えは即刻止めさせて頂いた。
何だかんだで少し裏方の方で涼ませて貰っていたら、沙織ちゃんがうつらうつらと眠たそうで、僕の懐でそのまま眠った。
寝顔も可愛いなと頭を撫でながら、ふーちゃん達の接客風景を眺めていた。
そういえば茂吉で海老天蕎麦を待ってる時に、中山さんから聞いた話を思い出した。
どうやら売り上げが午前中だけでも例年以上らしくて、あの難攻不落の岩下さんに今年こそ勝てると、闘志を更に燃やしていたんだ。
ただ、宇津姉のとこにも強力な助っ人として、ふーちゃん達がいるだろうから、同じく例年以上の売り上げになる筈だ。
この三強の売り上げ勝負は、今年は中々に接戦になると、沙織ちゃんを静かに見守りながら確信した。
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その後は、あっという間に時間が過ぎ、今年の3強売り上げ勝負はイーブンに終わる結末に。
で、ちゃっかり僕ら積木家も5位ぐらいの売り上げを記録していたみたい。
来年も出店したいのは山々だけど、フリマ用の物が綺麗さっぱり無くなったから、また別の機会に参加しようと決めた積木家でした。




