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タマネギ男  作者: gojo
第三章  衝突、タマネギ男
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衝突(2)


 長沢繁幸は、研究所のディスプレイの前でメガネを光らせていた。


 その画面には、ベッドの上で横になる郁夫が映っている。監禁していた際の監視カメラによる映像だ。繁幸は、それを神妙な面持ちで睨み付け、耳を澄ました。

 スピーカーから郁夫の寝言が流れてくる。


『根岸さん。一体なんの用ですか……どこに逃げろってんだよ……根岸メモ?』


 息子、郁夫には、古代遺跡調査隊の話はしたものの、根岸隊長の名前は伝えていなかったはずだ。当然、根岸メモの存在についても全く語っていない。それにもかかわらず、郁夫は寝言で、『根岸』と、確かに言っている。

 繁幸はほくそ笑み、独り言を呟いた。


「もはや化学ではなく、超心理学の領域だな」


 研究者の性だろうか、得体の知れない現象を目の当たりにし、気分が高揚していた。

 タマネギ男には、ガスを発する以外の能力もあるのかもしれない。


 そんなことを思っていると、扉をノックする音が聞こえてきた。鈴木達だろうか。繁幸はぶっきら棒に、「開いているぞ」とだけ述べた。

 すると、黒ずくめの服装をした四十歳前後の男が部屋に入ってきた。

 その強面を見て、そっと声を掛ける。


「神崎君か。この研究所に顔を出すのは感心しないな」


 声を掛けられた男、神崎は、腕を組んで小さく鼻で笑った。


「大変な騒ぎになっているので教授のことが心配になって伺ったのですよ」


 あからさまな皮肉だ。神崎は、郁夫を逃がしたことについて釘を刺しに来たのだろう。


「安心してくれ。タマネギ男はすぐに捕まる」


「聞けば、新たなタマネギ男は教授の息子さんらしいではないですか。情が湧いて、わざと逃がしたのではないですか」


「馬鹿なことを言わないでくれ。私にとって、研究は何よりも優先すべきものだ」


「それを聞いて安心しました。失礼なことを言って申し訳ありませんでした」


 会話は終了したと判断し、繁幸はディスプレイに視線を戻した。


「ところで教授、警察の情報が手に入りました。どうやら、警察はタマネギ男の居場所を捕捉したそうです」


 報告を聞き、神崎のことを横目で見やる。


「随分と早かったな」


「ええ。ところが、取り逃がしたそうです。現場に急行した警官達は、全員、脱水症状で病院に運ばれました」


 思わず笑いが込み上げる。繁幸は微笑みながら口を開いた。


「タマネギの力を侮るからだ」


「全くです。ちなみに現在、タマネギ男は都内をグルグルと回っているようです。行動を共にしている女子高生の位置情報を警察は掴んでいます。移動速度から車を使っているものと思われますが、時間の問題で逮捕されるでしょう」


 その話を聞いて違和感を覚える。


「それは、おそらくカモフラージュだな」


 神崎が興味深そうに目を細める。


「根拠をご提示いただきたいですね」


「新たなタマネギ男は、先代の遺産を求めて西を目指している。大方、位置情報については、走行中の車にスマートフォンを放り込みでもしたのだろう」


「先代の遺産、というのは?」


「多摩里大学に保管されている根岸メモだよ」


 そう言うと、神崎は嘲るように笑った。


「あんな物、なんの役にも立たないでしょう」


「私もそう考えていた。だからこそ多摩里大学からは古代タマネギのみを回収し、根岸メモはそのまま置いてきたのだ。しかし、タマネギ男にのみ理解できる情報が、あの手記には隠されているようだ」


 神崎は何度か頷くと、声を低めて提案を口にした。


「行き先が判明しているのならば、私の部下を派遣しましょうか」


 繁幸はすぐさま答えた。


「東京で戦争でも始めるのか? 穏便に解決してもらいたいものだな」


「化学兵器開発の第一人者の口から、そのような言葉を聞けるとは」


「勘違いをしないでくれ。私は研究をしたいだけだ」


 神崎が肩をすくめる。繁幸はそれを相槌と判断し、話を続けた。


「タマネギ男の現在の居場所が判明していないのならば、人海戦術で捜索を行なうのが有効だ。しばらくは警察に任せておこうじゃないか。事件に毒ガスが絡んでいる以上、警察は私に意見を求めに来るだろう。その際、都合良く事が運ぶよう助言をしておこう」


 その話を神崎は噛みしめるように聞き、それから、口角を引き上げた。


「頼みますよ、教授。タマネギガスは確実に需要がある。その為に私は、あなたに莫大な投資をしたんだ。この、しがない武器商人を儲けさせてくださいね」






 郁夫と美佳は、根岸メモを求めて街道沿いを歩いていた。


 警官達に囲まれた時はどうなることかと思ったが、なんてことはない、郁夫に近付いた瞬間に、全員、涙を流して倒れてしまった。それから現在に至るまで歩き続けている。

 時間は既に深夜だ。都心部はとうに抜け、時折車とすれ違うものの、人の姿は全く見えない。移動距離を稼ぐには丁度良いだろう。しかし。


 郁夫は後ろを振り返った。美佳が踵を引きずりながら歩いている。


「美佳ちゃん、大丈夫?」


「ちっとも大丈夫じゃないよ」


 いつも通りの口調だ。だが、その足取りは重い。

 思えば、美佳は昼の内は買い出しで走り回り、日が暮れてからは逃走のために歩き続けている。郁夫と違って、半日以上、休みなく動いているのだ。

 さすがに郁夫も心配になり、足を止めて美佳に優しく声を掛けた。


「美佳ちゃん、少し休もうか」


 すると美佳は、すぐ横の建物のほうを向いて、呆れたように言った。


「長沢先生、その誘い方は露骨じゃないですか?」


「は? どういう意味だよ」


 そう言いながら美佳の視線の先に目を向けると、そこには、ラブホテルがあった。


「ば! な! ち、違う! そういう意味じゃないよ!」


 慌てて弁明するが、美佳は何も言わず、じっとホテルを見続けている。そして、ややあってから何かを企んでいるかのように微笑んだ。


「うん、良いかもね。先生、このホテルで休むことにしよう」


「え、よろしいのですか?」


 意外な言葉が返ってきたので、思わず敬語になる。


「誤解しないでね。こういうホテルって、確か、泊まるのに記名とか必要ないでしょ。それに従業員と顔を合わすことも少ないだろうし、身を隠すには丁度良くない?」


「あ、そういう意味か」


 少し複雑な気持ちになる。


「もし変なことしたら、先生の頭の尖がっている部分を切り落とすからね」


「は、はい……変なことはしません……」


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