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タマネギ男  作者: gojo
第二章  逃走、タマネギ男
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逃走(2)


 闇の中から、声がする。


――力が、欲しいか?


 その問い掛けに対し、郁夫は、即座に言葉を返した。


――誰だよ、お前!


 すると、目の前に手足の生えたタマネギが現れた。

 一瞬だけ驚きはしたが、すぐにこれは夢だと察し、改めて問う。


――ますます、誰?


 タマネギは、どのように発声しているのかは分からないが、素直に質問に応じた。


――私は、根岸という者だ。かつて古代遺跡調査隊の隊長を務めていた人間だ。


――人間? どっからどう見てもタマネギにしか見えねえよ。


――力が、欲しいか?


――何の!


 根岸と名乗るタマネギは、腕組みをしようとしたのか、両腕を前に出した。ところが身体の幅が広いために手と手が届かず、しばしアタフタとした後、腕を下ろした。


――そういうことだ。


――何が!


 おかしな夢だ。おそらく、父から調査隊隊長がタマネギになったという話を聞かされたので、こんな夢を見ているのだろう。


――郁夫よ。お前は、これがおかしな夢だと思っているな?


――なぜバレた! でも、夢には違いないだろ?


――ただの夢ではない。私はお前に喰われたことで、お前の中に宿ったのだ。


――ってことは?


――この夢は、私の精神とお前の精神との語らいの場だ。


 その話を聞き、郁夫は確信した。


――やっぱり、おかしな夢だ。


――お前、意外と頑固だな。


 余計なお世話だ、と思う。


――夢でもなんでも良いんだけどさ、タマネギさん、何しに来たの?


――根岸だ。


――じゃあ、根岸さん。一体なんの用ですか?


 そう尋ねると、根岸は勿体ぶるように間を置いてから、こう述べた。


――力が、欲しいか? タマネギの。


――いらねえよ! むしろ普通の人間に戻りたいんだよ!


――だが、いまのままでは、お前は実験動物として朽ちることとなる。


――ま、そうなんだけどさ。


 確かにその通りだ。郁夫は現実世界での状況を思い出し、不安にとらわれた。

 そんな心情を察したのか、根岸が力強く声を掛けてきた。


――逃げろ。タマネギに不可能はない。


――あるだろ! だいたいさ、どこに逃げろってんだよ。


――西へ行け。そして私が生前に残した手記、通称、根岸メモを探すと良い。


――根岸メモ?


――必ずや、お前の助けになるだろう。健闘を祈る。


 話を終えた根岸の身体は、次第に暗闇の中に溶けていった。


――ちょ、ちょっと待ってくれ!


 叫んだ時、根岸の身体は輪郭を取り戻した。


――力が欲しくなったのか!


――違えよ!


 言い放つと、今度こそ本当に、根岸は闇に消えた。辺りに霧が立ち込める。どこからともなく、ホワンホワンホワンという効果音が聞こえた気がした。






「タマネギ君、起きるんだ。検査の時間だよ」


 郁夫は、防護服を着込んだ二名の研究員に起こされた。

 頭の中に靄がかかっている感じがする。おかしな夢を見ていたようだ。具体的な内容こそ思い出せないが、何かしらの夢を見ていたのは確実だろう。


「タマネギ君、何をしているんだい。急いでくれ」


 考え込んでいる最中、お構いなしに研究員の一人は話し掛けてきた。

 致し方なく、指示に従ってスリッパを履く。その様子を認めた研究員は、顎で鉄の扉を示した。まるで、連行される囚人になった気分だ。

 とはいえ、毎日のように行なわれる検査に対し、郁夫は抗議をしたことはなかった。体液や細胞の採取、Ⅹ線撮影など、どういう意味があるのか分からないながらも、いずれは治療に役立つのだろうと自身に言い聞かせてきたのだ。だが、研究のみが目的という事実を知ったいま、郁夫にとっては、何もかもが無意味だ。


 両脇を研究員達に挟まれながら廊下を歩き、嫌味っぽく呟く。


「こんなことしても、意味ないですよね」


 右隣にいる研究員は、至って事務的に答えた。


「そんなことはない。貴重な研究だよ」


 父と同じような言い方だ。


「研究をしても、俺が助かる見込みは薄いんですよ?」


「けれど、未来の礎になるかもしれない。研究とはそういうものだよ。それに、毒を発する君を街に放つわけにもいかない」


 正論であることは理解する。正体不明の毒物なんて存在するだけでも危険だ。だからといって、喜んで犠牲になれるものではない。

 煮え切らぬ思いを体現するように、郁夫は、うつむきながら一人ごちた。


「そうなんだけどさ……」


 右隣の研究員は一瞬だけ視線を寄越し、追い打ちを掛けるように声を張った。


「タマネギには、大いなる可能性があるよ」


 それは、どこかで聞いたことのある台詞に似ていた。

 再び頭の中に靄が広がりだす。どこで聞いた台詞だ。記憶を辿るが、腕組みをしようとしている何かの影が浮かぶだけで、明確なことは分からない。

 ただ、無意識のうちに、言葉が零れ落ちた。


「タマネギに不可能はない……」


 それを聞いた右隣の研究員は乾いた笑い声をあげ、続けて、「それは言い過ぎだ。タマネギにも不可能はある」と言った。

 ますます既視感を覚える。何か大切なことを忘れている気がする。郁夫は思い出すための切っ掛けを求めて、左にいる研究員のほうを向いた。


「えっと、そちらの研究員さんは、タマネギについて……」


「田中だ」


「あ、ああ、田中さんですね……そういえば俺達、何日も一緒に過ごしているのに自己紹介をしたことがなかったですね」


 そう言うと、再び右隣の研究員が話しだした。


「私は鈴木だ。君の素性については承知している。けれど、情が移るのを防ぐため、今後も本名ではなく、タマネギ君と呼ばせてもらうよ」


 納得できるような、できないような、複雑な気持ちにさせられる。しかし郁夫は、自己紹介という話を持ち出してしまった手前、「鈴木さんと田中さんですね」と述べながら左右に立つ二人に愛想笑いを見せた。

 鈴木だけが、「よろしく」と言葉を返してくる。田中は何も言わない。

 なんとなくではあるが、二人の性格の違いが分かった気がした。鈴木は理屈っぽく、田中は無口だ。ただし、二人とも体格が似ている上に同じ防護服とガスマスクを装着しているので、見た目だけでは区別がつかない。仮に立ち位置をシャッフルでもされたら、どちらがどちらだか分からなくなってしまうだろう。そこで、郁夫は尋ねた。


「あの、名札とかは付けないんですか?」


 鈴木が答える。


「胸に付けているよ。上から防護服を着ているので見えないだけだ」


「防護服なんて脱げば良いじゃないですか」


「冗談を言わないでくれ。そんなことをしたらタマネギガスで倒れてしまうよ」


 その言葉を聞いて疑問を抱いた。かつて、美佳はガスマスクのみで毒の被害を免れていた。経皮吸収によって将来的に害になるという可能性も否めないが、鈴木の言い方から察するに、研究員達は、少しでも肌を露出したら脱水症状を起こすと思い込んでいるふしがある。研究はしているが、未だタマネギの威力を理解していないのだろう。

 頭の奥で謎の声が響く。


――逃げろ。


 郁夫は、足を止めた。鈴木と田中は、数歩進んでから振り返った。


「タマネギ君、どうしたんだい」


 目を細め、ゆっくりと口を開く。


「タマネギガスがそんなに有害だなんて知らなかったんです……」


 二人は首を傾げている。


「知っていれば、もっと早くに指摘をしていました……」


「一体、なんのことだい?」


 郁夫はわざとらしく怯えた表情を浮かべ、鈴木の背中を指差した。


「鈴木さん、尻のところが破けてますよ」


 直後、鈴木は尻を押さえ、自らの尻尾を追う犬のように、その場で回り始めた。


「田中君、状態を確認してくれ!」


 求めに応じ、田中が身を屈めて鈴木の尻に顔を近付ける。

 明らかに二人とも慌てていた。やはりタマネギの威力を全く理解していないのだ。つまり、タマネギガスにどれほど即効性があるのかも知らないはずだ。

 パニックに陥っている二人にそっと近付き、郁夫は、田中の頭に手を置いた。


「マスクがないほうが見やすいんじゃないですか?」


 そう言って、一気にガスマスクを引き剥がす。同時に叫び声があがる。


「グッハァァァ! 目玉が流れ落ちそうだぁぁぁ!」


 田中は噴水のように涙を噴き出し、その場に倒れた。


「タマネギ君、何をしているんだ!」


 鈴木の問い掛けに対し、おどけた調子で答える。


「あ、すみませぇん。手助けをしようと思ったんですぅ」


「馬鹿なことを言っていないで、すぐ田中にマスクを渡すんだ!」


 偉そうなことを言ってはいるが、震えているのが見て取れる。他人に未来の礎になることを説いていたにもかかわらず、犠牲者を目の前にして怯えているようだ。思うに、涙を流して倒れる人を見るのが初めてなのだろう。

 郁夫は、「はい」と素直に返事をして、ガスマスクを田中に差し出した。ただし、それは鈴木から取り上げたものだった。


「ノオォォ! 私のマスクを取ってどうすんのぉぉぉ!」


 スローモーションと見紛うほどゆっくりと、鈴木が崩れていく。その様子を認め、郁夫はガスマスクとスリッパを投げ捨てて、二人のもとから走り去った。


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