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タマネギ男  作者: gojo
第一章  誕生、タマネギ男
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誕生(2)


 翌朝、都心部のスーパーへと向かった。そこは入手困難な輸入食材や高級食材を取り扱っている店で、タマネギだけでも幾つもの種類が用意されている。その中から、郁夫は小ぶりの赤タマネギを手に取った。


 だいぶ色味は異なるが、一瞬だけならば誤魔化せるだろう。これを古代タマネギの代わりにガラスケースに入れ、書斎から見つかったということにでもしておけば、罪を免れることが出来る。おそらく研究が始まれば、古代の物ではなく、市販のタマネギだということは発覚する。ただし、どの時点ですり替えが行なわれたかまでは分からないはずだ。普通に考えれば、競合する研究機関、あるいは酔狂な骨董マニア辺りが盗んだものと思うに違いない。まさか教授の息子が食べてしまったとは誰も思いもしないだろう。


 郁夫は、さっそく手にした赤タマネギを買い物カゴに放り込んだ。一つあれば充分ではあるが、三玉四百八十円とのことなので、致し方なく更に二つ選ぶことにする。せっかくならば美味しそうなものが良いだろう。


 そうしてしばらく物色をしていると、近くにいた主婦と思われる女性が、怪訝な面持ちで睨んできた。学生が真剣に野菜を選んでいる姿が珍しいのだろうか。もしくは、未だ直っていないタマネギ状の寝癖が不審なのだろうか。いずれにしても心地の良いものではない。牽制の意味を込め、チラと横目で女性のことを見る。すると、女性は益々不快そうな顔をし、自らの鼻を手で押さえた。

 なぜそんな態度をとられたのかは分からないが、すぐにでもこの場を離れたほうが良さそうだ。そう思い、郁夫は赤タマネギを選び終えると、速やかにレジへと向かった。


 ところが今度は、レジ担当の女性店員までもが似たような態度をとりだした。鼻こそ押さえはしないものの、辛そうな面持ちで視線を寄越してくる。

 なんなんだ? 疑問に思いながらお金を差し出すと、店員はいよいよ泣きだした。


「ど、どうしたんですか?」


「い、いえ、なんでも、ない、です……五百円の、お返し、です……」


 なんでもないわけがない。カウンターの上に雫が滴るほど泣いているのだ。郁夫は釣り銭と商品を受け取ると、そっと尋ねた。


「大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫で……く……くさい……」


「はい?」


「くさい。くさいです。臭いが目に沁みます。痛い。目が痛ぁい!」


 悲痛な叫び声が響く。同時に辺りが水浸しになった。店員の両目から、まるで水道の蛇口をひねったかのように、ジャバジャバと音をたてて涙が溢れ出したのだ。


「店員さん、大丈夫なんですか!」


「近付かないでぇ!」


 伸ばした手を振り払われる。店員は大量の涙を流し続けている。水分を放出し過ぎたことによる脱水症状だろうか、その顔は土気色だ。

 常軌を逸した光景を目の当たりにし、郁夫は所在なげに腕を持ち上げたまま立ち尽くした。そして女性店員が骨のように痩せこけて倒れた時、ようやく我に返って、商品棚の所にいる男性店員に救いを求めることにした。駆け寄りながら叫ぶ。


「て、店員さん! レジの人が!」


「お客様、どうされたのですグワァァァッ!」


 その店員までもが大量の涙を零し、床の上に転がった。


「なんで!」


「目が痛い! 助けて!」


 そう言われても困る。何も出来ず、干乾びていく店員の姿を見下ろす。

 その時、怒声が聞こえた。


「君! 何をしているんだ!」


 顔を上げると、二名の警備員が郁夫のことを挟み撃ちするように立っていた。


「お、俺は何もしていないです」


 手を振るが、警備員達は警棒を伸ばして近付いてくる。


「本当に何もしていない!」


「分かったから、とりあえず事務所まで来てもらおうか」


「何も分かってないでしょ!」


 警備員達は獲物を狩るような目をしていた。

 郁夫は抵抗する意思はないということを示そうと、慌てて両手を上げた。


「よし。そのままじっとし、グハッ!」


「なんだこの臭いは! 目がっ!」


 警備員達も泣きながらその場に崩れた。


「ちょっ、しっかりしてくださいよ!」


 立て続けに四名の人が倒れたことで店内は騒がしくなった。中には悲鳴に近い声をあげている者もいる。郁夫は何が起こったのか理解できていないながらも、倒れた人の近くにいてはいけないと察し、のた打ち回る警備員のことを跨いで、両手を上げたまま出入口付近に向かった。


 自分が無害であることを主張するため、出来るだけゆっくりと移動をする。しかし、人の目に触れる場所に立った瞬間、ヒステリックな声を浴びせられた。


「あの人です! あの人が異臭をばら撒いていました!」


 その声は、先程の主婦と思われる女性客のものだった。女性は、怯えた表情を浮かべて郁夫のことを指差していた。人々の視線が集まる。まさに四面楚歌。もう話が出来るような状況ではない。


 郁夫は腕を下ろし、その場から逃れたい一心で店の外へと駆け出した。






「なんか変な臭いがしない? って、目が痛い!」


「沁みる! 涙が止まらない!」


「毒ガスか! 目を開けてられねえよ!」


「どうなってんだ! 身体が渇く!」


「ヤバイ、死んじゃうかも! ウォーターッ!」


 街中を走り抜けると、次々に人が涙を流しながら倒れていった。


 もはや疑いようがない。自分が有毒物質を発しているのだ。郁夫は思ったが、それが判明したところで解決策を見出せるわけもなく、ひたすらに走り続けた。


 ナメクジが這った跡のように濡れた道が伸びていく。これ以上被害を拡大させることは賢明ではないが、立ち止まれば先程の警備員達と同様に、捕縛しようとする者が現れる可能性がある。何もしていないのに警棒で打ちのめされたくはない。かといって、このまま目的地を定めずに逃げ回っていても仕様がない。


 せめて、落ち着いて話を聞いてくれる人がいれば。


 そんなことを考えた時、遠くに馴染みのある姿が見えた。郁夫は、その制服姿の女子高生のもとへと急いだ。


「美佳ちゃぁぁぁんっ!」


 叫ぶと、美佳が振り返った。


「あれ? 長沢先生、こんな所で何してるの……って、くっさい!」


 美佳は走り去ってしまった。


「ちょ、ちょっと待って! 俺の話を聞いて!」


「嫌だよ! 先生から刺激臭がする!」


「大丈夫だから!」


「久しぶりに聞いたよ、そんな根拠のない台詞!」


 二人は、一定の距離を保ちながら走り続けた。

 どうにか美佳に立ち止まってもらうために走りながらも叫び続ける。


「お嬢さん、お待ちなさい!」


「どこの森のクマさん! あいにく貝殻のイヤリングは落としてないです!」


「そんなこと言わずに、一緒に踊りましょう!」


「断る! もぉぉぉ、目が痛ぁぁぁい!」


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