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タマネギ男  作者: gojo
第八章  昇天、タマネギ男
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昇天(3)


 タマネギーホールの裏手に着くと、美佳は茂みから二つのポリタンクを取り出した。


「美佳ちゃん、なにそれ?」


「灯油だよ。ここに来る途中で調達しておいた。この辺りは寒冷地だし、どこの家にも置いてあるんだよね」


「おいおいおい、先生は君に泥棒になるような教育をした覚えはないぞ」


「いまはそんなことを言ってる場合じゃないでしょ……」


 美佳はそう言うと、タンクを一つ郁夫に差し出し、落ち着いた口調で話し始めた。


「敵は一人。逃げるだけなら簡単でしょ? 実際、いまはこんなに悠長に話をしてる」


「でも、俺は、呪いのタマネギを処分しないと。幸いタマネギ達は一箇所に集められていて、一網打尽にするチャンスなんだ」


「オーケー。じゃあ、今回の目標は、呪いのタマネギの処分に決定ね」


「お、おう……」


 意外にもすんなりと要求が通ったため、少し戸惑う。


「先生、聞きたいんだけどさ。タマネギをどうやって処分するつもりだったの?」


「え、あ、それは、現地で考えようと思った」


「そんなことだろうと思ったよ。だから、わたしが考えておきました。タマネギは燃やします。さっき渡した灯油を掛けて火を点けるだけ。分かった?」


 美佳の説明を聞いていると、とても簡単なことのように思えてくる。しかしそれは錯覚だろう。彼女は、作戦遂行の折りには、著しく倫理観が崩壊する。


「美佳ちゃん、呪いのタマネギは屋内にあるんだぜ」


「ホールは燃えちゃうけど、仕方ないよ」


「タマネギーホールは里の夢が詰まったタマネギヴィレッジのランドマークなんだぞ!」


「なに言ってんのか意味が分からないよ!」


 結局、美佳の考えた作戦を行なうこととなった。


 タマネギーホールの出入口は二つ。正面入口と裏の非常口。美佳が確認したところ、非常口は施錠してあったそうだ。おそらく内側から開けることは可能だろうが、戦略上は考慮しないこととする。


「先生、タマネギってどれくらいあるの?」


「肉眼では見てないけど、気配から察するにホール内にミッチミチ」


「じゃあ、屋内で点火するわけにはいかないねえ」


 可燃性の液体は液体自体が燃えるのではなく、揮発した気体が燃える。大量に灯油を撒いて火を点けた場合、一瞬でホール内が窯の中のようになる可能性がある。その為、点火は美佳がヘリコプターを爆破したのと同じ方法を取る。灯油で道を作ってから屋外で火を点けるのだ。


「作業時間は、十秒!」


 美佳は人差し指を立て、断言した。


 正面広場に戻ると、神崎が銃を抱えて徘徊していた。ヘリが爆発した際に身なりが乱れたため、非常に情けない姿だ。部下と共に行動していた頃はそれなりに威厳を感じられたものだが、いまとなっては単なる不審者。時折、大声で独り言まで言っている。


「滅びればいい! 滅ぼしてやる!」


 郁夫は複雑な気持ちになった。下手をすれば自分があの状態になっていたのかもしれないのだ。とはいえ、感傷的になっている余裕はない。冷静に隙を見極める必要がある。


 そうしてしばらくすると、神崎はホールの角を曲がって向こう側に姿を消した。もしホールのぐるりを一周するのだとしたら、しばらくは戻ってこないはずだ。


「先生、行くよ!」


 美佳も同じことを思ったらしい。二人はタンクを持って入口へと走った。

 重たい扉をくぐり、ベンチの置かれた簡素なロビーを通り過ぎる。そして、もう一枚のタマネギのレリーフが彫られた扉を開ける。


 そこには、呪いのタマネギがいた。


 ホール内を埋め尽くし、見上げるほどの山となっている。圧倒されるほどの迫力だ。だが足を止めるわけにはいかない。速やかに灯油を撒かなければならない。しかし。


「美佳ちゃん、ちょっとだけタマネギと話をさせてくれ。一瞬で済む」


 美佳は何も言わず、作業を続けていた。おそらく黙認してくれたのだろう。


 郁夫はタマネギを見つめた。郁夫には先程からタマネギ達の声が届いていた。


『タマネギ男よ! なぜ人類の味方をするのだ!』


『タマネギ男よ! 最初に虐殺を行なったのは人類のほうだぞ!』


『タマネギ男よ! まだ遅くない。我々の味方をしろ!』


 力なく微笑み、静かに返事をする。


「なあ、タマネギ。俺はタマネギ男じゃない。俺は、長沢繁幸と長沢好恵の間に生まれた人間、長沢郁夫だ。だから、人間の味方しか出来ない。ごめんな……」


 タマネギ達の悲鳴に似た声が脳内に響く。復讐をするために生み出した存在に処分されようとしているのだ。叫びたくなる気持ちも理解できる。とはいえ、平和的な共存が望めない以上、こうするしか方法がない。


 郁夫はタマネギ達の声を無視して淡々と作業を始めた。出入口までの退路と呪いのタマネギに灯油を撒く。


 一通り作業を終えると、外に通ずる重たい扉を美佳が開いた。しかし彼女は慌ててそれを閉じた。直後、銃声が響き、扉の表面がわずかに歪む。


「何事だよ! 美佳ちゃん、大丈夫?」


「うん、大丈夫。でも……先生、非常口を見てきて!」


 郁夫は言われた通り非常口まで走り、扉を開けようとした。ところが、それは鍵が破壊されていて、内側からの解錠が不可能な状態になっていた。

 急いで美佳のもとに戻り、報告をする。


「美佳ちゃん、ダメだ。俺達、閉じ込められたみたいだ」


「やっぱり。ハメられたんだ」


「どういうことだよ」


「銃を撃ったのは神崎だった。わたし達がホールの中にいるって分かった上で、待ち伏せをしていたんだよ。要するに侵入する瞬間を見られていたってこと。神崎はあらかじめ非常口を破壊してから、わたし達をこの場に誘うためにわざと隙を見せたんだと思う。完全に考えが読まれていた……」


「あの神崎さんがそんなに頭回るか? で、どうする?」


 美佳は腕を組んで少し悩み、それから軽い調子で述べた。


「うん。何もしない」


「は? 諦めるのかよ」


「違うよ。神崎の考えは、ホールから出てきたわたし達を撃つってものだった。でも事を焦って失敗した。ホールに入って二対一で接近戦をするとも思えないし、もう、あの人に出来ることは何もないよ」


「じゃあ、扉を挟んで睨めっこ?」


「そうだね。さっきヘリが爆発したでしょ。時間の問題で消防と警察が来るよ。そうすれば、わたし達は助かる。タマネギの処分も行政に任せちゃおう」


「おお、俺達、勝ったんだ」


 郁夫は安堵し、笑顔を見せてベンチに腰を掛けた。だが、威嚇だろうか、再び外から銃声が聞こえてきた時、考えが変わった。


「美佳ちゃん、その計画はなしだ」


「なんで?」


「いまの神崎は人間絶対殺すマンだ。その上、呪いのタマネギの入手を諦めることはないと思う。たぶん、ここに救助をしにきた人達が無事じゃ済まない」


「そうなれば警察の応援が来るだけだよ。神崎一人で立ち回るのも限界あるでしょ」


「ダメだって。それ、何人犠牲者が出るんだよ!」


 郁夫はタマネギの置かれているスペースに戻り、ホール内部を見回した。

 この勝負の勝利条件は、タマネギの処分、美佳の脱出、犠牲者ゼロ、この三つだ。このどれか一つでも欠けるのであれば、それは負けだし、そんな作戦は飲めない。


 脱出する方法さえあれば、解決する。


「美佳ちゃん、あれだ……」


 郁夫は頭上を指差した。


 多目的ホールであるタマネギーホールは開閉式の屋根が特徴の施設だが、現在は建設途中のため、まだその屋根が置かれていない。代わりに、屋根を設置する際に使うものだろうか、遥か頭上に中央を横断する橋のような板が架かっていた。その板の一方の端は外に通じている。もう一方の端にはそこまで登ることの出来る足場がある。


「……つまりな、足場を登って板を渡れば外に出られる」


「でも外には足場がなかったよ。あんな高い所から外に出れても……」


「気付いてると思うけど、廃墟ビルの時と同じだよ。俺が美佳ちゃんを抱えて飛ぶ!」


「そんなことしたら、また先生の皮膚が剥けちゃうじゃん!」


「ダメージを負わなくても時間の経過と共に脱皮は始まるんだ。飛んだことでそれが早まったとしても、別にたいした問題じゃないよ」


 美佳はうつむいて黙り込んだ。渋っている様子だ。


「決まり決まり。俺はもうこの作戦しかしないからな。ほら、足場を登ろう」


 郁夫は美佳の手を取って壁際にある足場へと向かった。

 足場は、金属製の細い階段がジグザグ状に配置されていた。本来は職人しか使用しないもののため、手すりもなく、非常に心許ない造りだ。


 二人は慎重に上を目指した。そして最上段に辿り着いたところで、郁夫は尋ねた。


「美佳ちゃん、燃やすものある?」


 美佳は郁夫の意図を察して、懐から手袋とオイルライターを取り出した。

 それを受け取り、手袋に火を点ける。

 既に呪いのタマネギには灯油を撒いてある。火種さえあれば、全て燃える。


「あばよ!」


 郁夫はそう言って、燃える手袋を投げた。


 小さな炎がゆっくりと遠ざかり、床の上に落ちる。その炎は徐々に大きくなり、弧を描いてタマネギの山を取り囲む。タマネギ達が、その声が、炎に包まれていく。


 郁夫は美佳のほうに向き直り、笑いながら言った。


「これで終わりだ。さっさと板を渡り切って楽しいダイビングをしよう!」


 それに対して美佳は、笑うどころか、悲しげな目をしていた。


「先生、自暴自棄にならないで。身体は大切にして」


「気にすんなよ。俺はやれることをやるだけだ。これからも」


 遠くからプロペラの音が聞こえてくる。消防のヘリコプターかもしれない。呪いのタマネギがなくなったいま、神崎がこの場所にこだわることもないだろう。救助隊が訪れれば神崎は逃げる、はずだ……


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