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タマネギ男  作者: gojo
第八章  昇天、タマネギ男
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昇天(2)


 タマネギの気配のみを頼りに暗い道を脇目も振らずに走っていると、やがて、タマネギの里に着いた。目的とする場所は里の外れにあったのだ。


 郁夫は辺りを見て、乾いた笑い声をあげた。


「ハハハ。またこの里かよ……」


 タマネギの呪いに掛かっているのではなく、タマネギの里の呪いに掛かっているのではないだろうか。そんなことを思う。

 時計を持っていないため正確な時刻は分からないが、軽く見積もっても一時間は走っただろう。ただ幸いなことに未だタマネギ達に目立った動きはない。相変わらず、ハードな恨み節を垂れ流しているだけだ。


 間に合った。胸を撫で下ろすと、日頃ほとんど運動をしていないせいか、どっと疲れが出た。と同時に、全身に痒みが走った。そこで袖を捲ってみる。露わになった腕は、皮膚が剥け始めていた。また脱皮をするようだ。普通の人間ならば一皮剥けると成長をするものだが、タマネギ男に関しては一皮剥けると身体が小さくなってしまう。


 遠くない未来、自分はタマネギになるかもしれない。


 その考えは、悲観的な気持ちではなく、むしろ、どんな無茶をしても良いだろう、という楽観的な気持ちにさせてくれた。


 気配を探る限り、まだ時間に余裕はありそうだ。郁夫は袖を元に戻し、呼吸を整えるついでに周辺の状況を調べることにした。ざっと見たところ、ここは工事現場のようだ。建設機械、いわゆる働く車が、何台も停まっている。もちろん夜なので作業は行われていないし、人も見当たらない。ただし、照明が点いているということは、何者かが、何らかの目的を持って潜んでいるに違いない。まさかタマネギが自立して灯りを点けたわけではないだろう。


 施設に歩み寄る。敷地の入口には大きな看板があった。そこには、『完成予想図』と銘打たれたカラーイラストが描かれていた。どうやら、この辺一帯は地域活性化のためのテーマパークになるようだ。予想図によれば、多目的ホールを中心に、温泉やちょっとしたアトラクションが作られるらしい。その名も、『タマネギヴィレッジ』。タマネギの里を英訳しただけだ。いや、タマネギはタマネギのままだ。


 郁夫は看板を眺めながら、腕を組んで唸り声をあげた。


「うーん、なかなかハイセンスな地域おこしだな」


 個人的にはアトラクションに対して興味が湧く。特に、『クラッシュオニオン』という名の乗り物には是非とも乗ってみたい。しかし、それらの遊具については、未だ着工さえされていない上、いまは気にしている場合ではない。現在の敵の本丸は、あれだ。


 開閉式ルーフを備えた多目的ホール、『タマネギーホール』。

 あそこから、臭い立つ怨念が渦巻いている。


 おそらくテーマパークの目玉となる施設だろう。とはいえ、資金面の都合だろうか、せいぜいテニスコートほどの広さしかない。しかもまだ建築中で、自慢の開閉する屋根は乗っておらず、現状では、壁だけの大きな物置といった感じだ。

 郁夫の立っている場所はホールの裏手にあたるらしく、入口は見えなかった。当然ながら内部の様子も窺えないのだが、気配だけで分かる。ホール内には、ミチミチに呪いのタマネギが詰まっていることだろう。


 郁夫は更に状況を知るため、まずホールの正面に向かうことにした。ホール側面の壁に沿って歩く。窓は一つもなく、やはり中の様子は分からない、ただ、施設に近付いたことで、タマネギ達のざわめきをハッキリと聞くことが出来るようになった。


『いよいよ人類を滅ぼす時』


『復讐の始まりだ』


『新たな選ばれし者よ。頼むぞ』


 いかにも物騒だ。それに、『新たな選ばれし者』というのは誰だ。


 考えていると、ホールの角に辿り着き、正面広場が見えてきた。そこには、テーマパークに不相応な乗り物があった。仄かに明かりを反射し、ヌラヌラと黒光りしている、ヘリコプターだ。ミリタリー系の知識は皆無だが、一目見ただけで、軍隊で使われているものであろうことが察せられる。

 ヘリの側面には大きなスライド式のドアがあり、それは、開け放たれたままになっていた。ただ遠目から見たのでは、その内部がどうなっているのかまでは分からない。


 首を左右に振り、周りを確認する。ここにも誰もいなそうだ。郁夫は、慎重にヘリに近付いた。そして、その真横に立った時、思わず声を漏らした。


「こ、これ……」


 ヘリには、呪いのタマネギが積まれていた。タマネギーホール内部の怨念の気配があまりにも大きいため、ヘリに乗ったタマネギ達の声は掻き消されていた。といっても、決して少ない量ではない。主婦が買い物をしてきた程度の量ではない。それ以前に、主婦は軍用ヘリで買い物はしない。


 なんのためにヘリに積んであるのだろう。どこかから輸送されてきたのか、どこかへ輸送されるのか、それさえも分からない。とにかく、このタマネギも処分の対象だ。


 一旦ヘリから離れ、周辺調査を続けることにする。辺りを良く見てから、足早にホール入口の前を通り過ぎる。おそらく黒幕がいるとしたらタマネギーホールの中だ。最終的にはホール内部も確認するつもりでいるが、まずは非常口の場所や、万が一の際の逃走経路などを知っておいたほうが良い。


 その後、先程とは反対側の側面に辿り着こうとしていた時、突然、背後から複数の足音と銃声が聞こえてきた。郁夫は慌てて角を曲がり、身を隠した。

 見つかったか。だが追手が迫ってきている感じはしない。恐る恐る顔を出して正面広場の様子を窺う。すると、そこには足を撃たれた白い防護服姿の武器商人がいた。


 なおかつ、その向かいには、タマネギを持った黒ずくめの男、神崎。


 神崎は既に貧血が全快しているようで、しっかりとした足取りで部下に近付き、そのマスクを剥ぎ取った。悲痛な叫びが響く。しかし神崎は気にも留めず、部下の口にタマネギを押し込んだ。


「アガガ、アガ、グアァァァァァァ……」


 部下の目から滝のように大量の涙が流れ出す。それを見て、郁夫の脳裏に繁幸の姿がフラッシュバックした。このままでは、彼が死んでしまう。


 誰も、死なせてはいけない。


「やめろぉぉぉ!」


 もはや脊髄反射。郁夫は、後先考えず、二人のもとへと走った。

 神崎が部下の身体を地面に投げ捨て、背負っていた散弾銃を片腕で構える。郁夫は我に返り、足を止めて両手を上げた。急停止によって靴底が擦れ、ザザッと音が鳴る。


 自ら銃の前に躍り出てしまうとは馬鹿なことをした。でも、それよりも。


「神崎さん、なんでそんなことしてんだよ! 部下を殺す気かよ! 上司失格だろ!」


 熱くなる郁夫に対して、神崎は冷めた面持ちで近付いてきた。


「私は、タマネギを食べさせてあげていただけだ」


「はあ?」


「タマネギ男になるかどうか試したのだが、また失敗だったみたいだ」


「なに言ってんだよ……」


「やはり複製ではダメみたいだな。本物の呪いのタマネギでなければタマネギ男にはなれないみたいだ。何度も試したのだが、自分を含め変化の現れた者は結局いなかった」


 そこまで話を聞いて、郁夫は、ようやく奇妙なことに気が付いた。


「どうしてガスマスクをしていないんだ……」


 神崎は先程まで呪いのタマネギを持っていた。本来ならば涙を流して倒れるはずだ。

 目の前の冷たい顔が、嘲るように口元を歪ませる。


「お前には感謝しているよ。お前に打ち込まれたタマネギエキスによって、体質が変化した。お陰でタマネギの毒に対する耐性が出来た。加えて、声援を聞けるようになった」


 そう言って神崎は、タマネギーホールに合図を送るかのように片手をあげた。

 呪いのタマネギ達の声が、ざわめきが、大きくなる。


「素晴らしい。こんな素晴らしい世界があるとは知らなかった」


「神崎さん、呪いのタマネギを増やしてるのは、あんただな」


「もちろんそうだ。世界中に上空からデリバリーしてやろうと思ってな」


 郁夫はチラとヘリコプターのことを見た。あれは輸送を目的としたものではなく、タマネギを撒き散らすためのものだったのだ。

 呪いのタマネギはその催涙効果もさることながら、もっと厄介なのは射程百メートルの覚醒ガスだ。タマネギは多くの家庭に置いてある常備野菜なので、何個か呪いのタマネギが街に放たれるだけでも大惨事になりかねない。それが上空から大量に撒き散らされるともなれば、その被害は想像を絶することだろう。そもそも、あんな硬い物が空から落ちてきたら、普通に危ない。


「あんたは武器商人だろ。そんなことしても一円にもならねえじゃねえか」


「そうだな。だが、理由は分からないが、そうするべきだと思ったのだ」


 神崎の姿に根岸の姿が重なって見えた気がした。

 お前達は、そこにいるのか?


「そんなことはさせない……」


「銃を向けられて両手を上げている奴が何を言っているんだ。まあ、安心しろ。お前のことを殺しはしない。私はお前が必要だ。まさか自ら乗り込んできてくれるとは思いもしなかった。まさに、飛んで火に入る夏のタマネギだ」


「いまは春だろ!」


 ツッコミを入れてみたが、いまいち、しっくりしない。


「さて、必要とは言っても好き勝手に暴れられたら困る。そこで選ばしてやる。おとなしくするか、おとなしくさせられるか、どちらが良い」


 どちらもお断りしたいが、それは認めてくれないだろう。かといって、このまま無言でいたとしても、いずれ撃たれるに決まっている。


 もう、手の打ちようがない。


 そう思った時、視界の片隅で炎があがった。神崎の背後、ホールの角の近くで、地面が燃え出したのだ。その炎は、まるでレールの上を走っているかのように真っ直ぐ横に伸びていった。神崎は気付いていないようなので彼が仕掛けたものではないだろう。では、一体誰が。火勢が強くなり、横に伸びる速度もあがる。そうして、やがて炎は、ヘリコプターに到達した。

 カッと辺りが白く瞬き、爆音と爆風が広がる。ヘリコプターが炎の柱を生やし、形を崩す。黒煙が立ち込め、視界が妨げられる。


「先生、こっち!」


 突如、郁夫は手を取られて物陰に引きずり込まれた。勢い余って地面の上を転がる。

 そして、ゆっくりと顔を上げると、そこには。


「美佳ちゃぁぁぁん」


「シッ! 静かにして……もぉ、そんな情けない顔しないでよ」


「マンションで待ってろって言っただろ。どうして来ちゃったんだよ」


「助けるために決まってるでしょ。案の定、危機一髪になってるし」


「本当だよ。助けるんだったら、もっと早くに来てくれよ」


「来るなとか、来いとか、どっちなの!」


 そんなやり取りをしていると、神崎の声がした。


「小娘も来てるな! よくもヘリを破壊してくれたな! まあ、いい。お前にも挨拶をしたいと思っていた。まさに、飛んで火に入る夏のタマネギだな」


 郁夫は小声で言った。


「だから、いまは春だろ」


「先生、ツッコむとこ、そこ?」


 美佳は呆れたように、しっくりする言葉を口にした。


 それから彼女は、そっと神崎の様子を覗き見た。郁夫もそれに倣う。神崎は近距離で爆風を受けたものの、髪型と服装を乱しただけで、全くの無傷のようだった。銃を片手に辺りを見回している。


「美佳ちゃん、敵はたぶん神崎さんだけだ」


「そうみたいだね。他はタマネギを食べさせられてリタイアかな」


「なんでそのこと知ってんだよ」


「会話を聞いてたからだよ」


「は? だったら本当にもっと早く助けてくれれば良かったのに!」


「神崎さんは撃つ気がなかったよ。あれは完全にただの脅し。あの銃は片手で扱えるような代物じゃないもの。あの人も少しは性格が丸くなったんだね」


「性格というか、人格が変わってるかも……」


 美佳は一瞬だけ不思議そうに首を傾げたが、すぐに真剣な眼差しをしてこう言った。


「とりあえず、いまは場所を変えよう」


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