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タマネギ男  作者: gojo
第七章  決戦、タマネギ男
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決戦(1)


 繁幸達がタマネギの里に着いた時、そこに郁夫の姿はなかった。ただ、ガスによる攻撃を受けたと思われる警官達が、不自然にも、一箇所に寝かされていた。

 郁夫達がタマネギの里にいるという一報を受けてから数時間が経過しており、既に陽も傾き始めている。さすがにどこかへ逃げたのだろう。


「それにしても酷い臭いだ」


 催涙ガスの拡散範囲の際に立ち、繁幸は呟いた。


「教授。危険なので車内にいてください」


 そう声を掛けられて振り返ると、そこには黒い防護服を着た神崎がいた。なんの意味があるのかマントまで身に着けている。


「君だけ随分と派手な防護服だな」


「こんなこともあろうかと、あらかじめ特注で作らせておいたのですよ」


 酔狂なことだと呆れながらも、「似合っているじゃないか」と社交辞令を述べる。


 それから繁幸は、再び現場のほうに視線を向けた。

 予想していた通り、タマネギ覚醒ガスが散布されたようだ。都内で発見された呪いのタマネギはガスに曝露されてから一週間後に毒を発した。それに対して、ここのタマネギは極短時間で毒性を帯びている。経時変化あるいは根岸メモによって、放たれる覚醒ガスの即効性が格段に向上したのだろう。使い方次第では催涙ガスよりも脅威だ。ただしそれは里全体を覆ってはおらず、数ある畑のうちの二つだけを汚染するに留まっている。


 一方の畑を見つめながら呟く。


「飛散距離は半径二百、三百、いや、タマネギからタマネギへと覚醒ガスが伝播した可能性を考慮すると、もっと短いかもしれない。しかし、なぜ二箇所の畑で」


 すると、神崎が嘲るように笑った。


「教授。いまそんな考察をしなくとも、捕獲さえ完了すれば幾らでも研究は出来ますよ」


「これは貴重な機会だよ。こんな実地実験を行なう機会はなかなかないのでね」


「ああ、確かに兵器としての性能を知るには丁度良いかもしれませんね」


 繁幸はその発言を聞き流し、もう一方の畑へと歩んだ。

 警官達が倒されたであろう納屋のある畑からはかなり離れている。わざわざこちらの畑のタマネギまで覚醒させる必要はなかったはずだ。そうなると。


 少し後を歩く神崎に横目で視線を送り、尋ねる。


「タマネギ男の防護服は見つかったか?」


「いいえ。そのような報告はありません」


「だろうな」


 警官達が安全な場所に退避させられていたということは、郁夫は防護服を着て作業をしたはずだ。逃走の際にもそれは着たままだったと考えるのが妥当。では、警官達を倒す際はともかく、覚醒させる必要のないタマネギ畑でわざわざ防護服を脱ぐだろうか。答えは否。不測の事態によって図らずも覚醒させてしまったに違いない。

 おそらくタマネギ覚醒ガスは、催涙ガスとは全く別種の植物ホルモンなのだろう。その為、硫黄化合物を遮断するフィルターのみ備え付けられた防護服は役に立たなかった。


 そう繁幸が思案していると、神崎の部下が駆け寄ってきて報告を始めた。


「失礼します。わずかに意識のある警官が見つかりまして、話を聞きだすことが出来ました。タマネギ男達は三十分ほど前に走ってここを発ったばかりのようです」


 話を聞き終えた神崎が、顎に手を当てて頷く。


「ならば、まだ近くにいるはずだな。どっちに行ったか分かるか?」


「申し訳ありません。そこまでは」


 そのやり取りに対し、繁幸は口を挟んだ。


「タマネギ男なら、あっちへ行ったよ」


 そうして陽の沈む方向を指差す。


「教授、なぜ分かるのですか?」


 神崎からのその問いに繁幸は平然と答えた。


「この里にはタマネギの植わっている畑と収穫済みの畑がある。タマネギ男は自身の意思に関係なくタマネギを覚醒させてしまうようなので、タマネギのないルートを選んで逃げたと思われる」


「なるほど」


「遠くに古めかしいビルが見えるな。おそらくあれを目指したことだろう」


「そこまで分かりますか」


「私ならそうするよ」






 階段を駆け上がって最上階に辿り着いた時、複数の車の停まる音が聞こえてきた。

 郁夫は美佳に促され、窓から外に目を向けた。白いワゴンが三台と、見覚えのある黒塗りのセダンが停車している。


「こんなに早く追いつかれるなんて」


 小声で美佳がそう言い、舌打ちをする。


「み、美佳ちゃん、どうする?」


「予定通りにやるしかないよ」


 そこは三階建ての廃墟ビルだった。元々は病院だったのだろうか、窓付きの長い廊下があり、その片側の面には小さな部屋が幾つも並んでいる。


 美佳は辺りを軽く調べると、再び窓に近寄って外の様子を窺った。

 車から次々と敵が降りてくる。大半は白い防護服を着ているが、その中で一人だけ上から下まで真っ黒な姿の人物がいる。


「なに、あの格好?」


 不思議そうに呟く美佳に、郁夫は誇らしげに応じた。


「あれは武器商人のボスだよ。男子はああいう格好に憧れるもんなんだ」


「そ、そうなの? ボスも攻め込んでくるなら都合が良いね」


 畑で警官達の救助を行なっていた時から、美佳は間もなく武器商人達が訪れることを予見していた。案の定、逃走を再開する際に遠くから車のエンジン音が聞こえてきたので、彼女はある計画を組み立てた。


 それは、簡単に言ってしまえば、車を奪うというものだ。


 道中で無関係のタマネギ畑を覚醒させてしまうというアクシデントはあったが、どうにか作戦に適したビルに辿り着けた。ただし、敵の到着が想定よりもだいぶ早く、綿密な打ち合わせをする余裕はない。

 美佳は、横目で視線を寄越し、覚悟を決めたように深く頷いた。それから窓の中央にあるフレームを勢い良く蹴飛ばした。

 ガラスが砕け散り、窓が、枠ごと下に落ちていく。


「三階にいたぞ!」


 そう叫ぶ敵に向かって、美佳は懐から取り出した鉄串を数本投げつけた。もちろんこの距離で的に当てることなど叶わず、切っ先は地面に突き刺さる。だが、それで充分。こちらも武装しているということを知らせるだけで、相手は慎重になり、機動力を大幅に奪うことが出来る。思惑通り、敵は身を縮こまらせて隠れるように左右に散った。


「はいはい、まずは二手に分かれて逃げ道を塞ぎますよねえ」


 美佳が、ほくそ笑みながら呟く。


 シンプルな直方体型のこのビルには三箇所の出入口があった。正面玄関と左右の非常口だ。そして非常口の近くにはそれぞれ階段が設けられている。つまり、三階にいると分かっている人間を追い込むには、二つの階段を封鎖するだけで事が済む。

 敵は、部下が十人、神崎と繁幸を含めれば十二人。視認する限りでは全員屋内に突入してきたようだ。仮に見張りが下に留まっていたとしても、せいぜい一人か二人だろう。


「先生、急ごう」


「お、おうっ」


 整然と並ぶ個室のうちから中央の部屋を選んで中に入る。

 同時に美佳は手袋を装着し、リュックから納屋で拝借した長いロープを取り出して、その端を窓と窓の間の柱に括り付けた。


 美佳の考えた作戦はこうだ。三階に敵を誘導し、彼らが各室を調べている間にロープでもって外に脱出。その後、車を奪って逃走する。


「いまから肩がらみで懸垂降下をするから、見て覚えてね」


 意味不明な単語を言うと、彼女はロープを身体に巻き始めた。まず股の間を通し、続いて右尻側面、胸、左肩、背中、右腰という順に通していく。


「み、美佳ちゃん、スカートが捲れてエグいことになってるよ」


「どこ見てんの! ちゃんとロープワークを見てよ!」


「そ、そう言われましても……」


「いい? 主に右手で制動ね。この腰のロープを前面に強く引っ張れば降下にブレーキが掛かるから、あとは速さを良い感じに調整して降りてね」


「なんか、説明が雑だな」


「先生は身体が丈夫だから平気でしょ! じゃあ、先に行くよ」


 外にロープを垂らし、窓から身を乗り出す。ところが。


「どうしてそこにいるの……」


 そう言って、美佳は室内に引き戻り、慌ててロープを身体から外した。


 窓の外、遥か下の地面には、丸メガネを輝かせる繁幸がいた。


「オヤジ……」


「きっと最初から陽動作戦はバレてたんだ……」


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